リンという女
彼女、リンはあっさりと私とメヌーサの間に入り込んできた。
有能なだけでなく嫌味もない。
妙齢のハリウッド女優を思わせる派手さもあるのに、有能ゆえの冷たさを持たないというか。
うまく説明できないけど。
あえていえば、アホな弟を連れた有能な姉貴みたいな、不思議な懐かしさを伴っていた。
ん、姉貴?
ああそうか。
彼女、姉ちゃん……まだ生きているかわからないけど、地球にいる私のリアル姉貴に似てるんだ。
それが私を警戒させない、そういう気持ちにさせないのか。
ああちなみに、見た目は全然似てないぞ。
そりゃそうだろ。
実の姉妹と似てるって理由でクラクラきてたら、そいつは色々とおかしい。
そこはやっぱり「いいオンナ」だから。
「するとあなた、メルのエージェント担当ってこと?」
「はい。お姉さまの周囲は何かと騒がしいですから、そういう名目で派遣されました」
私担当なんだ。ふーむ?
今、私たちは食事を終えて一息ついている。
膝の上では子猫が哺乳瓶みたいな器具からミルクを飲んでいる。
うん。
ハツネと違って生身のこの子には食事が必要だからね。
「……ふうん」
で、そんなリンをメヌーサは何か探るようにして見ている。
「ところで話は変わるけど、身体の調子はどう?」
「え?」
「え、じゃないでしょ。その身体はキマルケ製よね?じゃじゃ馬の時代のプロトタイプのひとつじゃない?」
「あのメヌーサ様、その話は」
「リン。プライベートな話はともかく、生身かドロイドかの情報は大切よ。そこまでメルに伏せるのはどうかと思うわ」
「……それは」
よくわからないけど、何か秘密があるってことか。
うん、私もちょっと援護射撃するかな。
「そういや重ドロイドって聞いてたけどキマルケ製なんだ。できれば性能面とかの話を聞いていいかな?」
「え、あ、はい」
「ああもちろん、プライベートな情報は言わなくていいよ。非常時にどこまで連携がとれるのか、そこを知りたいわけだから」
「なるほど、わかりました」
フムフムとリンはうなずいた。
「メヌーサ様のご指摘の通り、この身体はアヤ……メヌーサ様のおっしゃる『じゃじゃ馬』ことアヤマル・ドゥグルのプロジェクトで生成されたプロトタイプのひとつです。ほとんど記録のない失敗作なんですが、機能と性能はストック状態のアヤのそれとおなじだそうです」
そりゃすごい。
「出力も同じってこと?」
「いえ、並列増設前基準ですからそんな性能はないです」
「そっか」
それでも充分だろう。
「じゃあ、どうしてプロトタイプだったんだろう?何か問題が?」
「この身体はもともと、サイボーグとして機能するように最初から設計されていたんですが、無理があって失敗とされていたんです」
「無理?」
「ひとことでいえば、格闘技の達人と魔法使いを同時にはやれないってことです」
リンは肩をすくめた。
「お姉さまはご存知ですよね。人間として生まれ、生きてきた魂が突然にドロイドの身体に入れられて、それをうまく制御できるかって話ですが」
「ああ、あれか。無理だよね」
ただの地球人は生身で空を飛べないし、どこぞのシッポのある格闘家みたいに『気』で攻撃もできない。
たとえ戦闘力五十三万の身体に移植してもらったとしても、ウインクで山を吹っ飛ばせるわけがない。
なぜか?決まってる。
他でもない私が『ただのにんげん』だからこそ、人間を超えた機能を扱えないんだ。
「この垣根を乗り越えるために、さまざまな試作がなされたんですよ。この身体もそのひとつです。
ちなみにこの身体が失敗作となったのは、その制御法です」
「制御法?」
「人間以上の能力を一種の兵装に見立てて、それを生かす試みがなされたんです。そしてそれは成功しました。
でも、それでもなお無理だったんです。
具体的には……制御にはとても特殊な条件が必要で、それを満たす者が見つからなかったんです」
「特殊な条件?」
はい、とリンはうなずいた。
「ああ、情報を直接お見せするのがいいでしょう。連絡情報くださいますか?」
「はいはい」
リンに連絡情報を渡してリンクを確立した。
次の瞬間、目の前にバーチャルな情報がたくさん表示されたんだけど。
え?うん、そう。もちろん地球でいうところのAR、拡張現実ってやつでウインドウ表示してるんだけどね。
「これは……」
表示されたのは写真。それも、かなりメカメカしいものだった。
どこかの機械室みたいなところで、機械とも何ともつかない、ムキムキの筋肉男みたいなドロイドがいるんだけど、何か変だ。
そう。
見た目はアルカイン族、つまり人間なのに、手が四本あるんだ。
まぁ、あれか。ハツネみたいな非人類型の一種ってことか?
「変わってるね。こんな種族いるんだ?」
「いえ、彼はアルカイン族ですよ?つまり我々と同じ種族です」
え?
「いやでも、手がこんな」
「これは、どこかの星で過去に行われたプロジェクトの写真です。オン・ゲストロ語に訳して『百の手をもつ者』計画といったようです」
「……なに、その百の手」
ヘカトンケイルってのは地球の神話だけど、百の手と五十の頭をもつ巨人だったと思う。
その話をすると、リンはうなずいた。
「その認識で間違いないです。つまりこれは、技術のちからで人間を人間以上にする計画ですね。
どこの宇宙でも技術発展の課程でしばしば行われて、そして最終的には挫折するものです」
「挫折?なんで?」
「意味がないからですよ。ですよねメヌーサ様?」
「ええ、そうね」
リンは苦笑した。メヌーサも渋い顔をしていた。
「人間には、人間にない機能は扱えない。結局はそういうことよ。
技術的には、ひとに翼を生やして空を飛ばすことはできる。だけどその翼の制御が人間にはできない。
では、そこをどう解決するかって話なんだけど」
そこまでいうと、メヌーサは肩をすくめた。
「わざわざ人間以上を作る行為に意味がないのよ。
それより、その人間の意思をくみとり、代わりに彼の望むよう翼を操るエージェントがあればいい。
あるいは、あらかじめ『翼の使い方』を汎用プログラム化して『飛ぶ』という意思に反応してそれを呼び出すだけにすればいいってわけ」
「そんなもんで飛べるの?」
そんな方法で自在に飛べるもんなのか?
でも。
「メル、あなたゲルの運転をする時、手足で全力疾走するの?アクセル開けるんじゃない?」
「は?あたりまえじゃないかそんなこと……あ」
そうか。
バイク乗りは『オートバイの操縦』という『手続き』をもって道路を人以上のスピードで走るわけで。
ならば。
翼もって飛行するシステムを構築して、空を飛びたいという『手続き』をもって翼を駆動すればいいと?
「……すごい事を考えるもんだな」
「そう?おかしな話でもないでしょ?」
「そりゃそうだけど……いやまてよ?」
どこかで聞いたような話だなとちょっと考えて、すぐに「あっ」と思い当たった。
「そうか、アヤと魔法の話だ!」
「ええご名答。これらの試行錯誤の結果、じゃじゃ馬の『プログラム選択方式』にも結びついたわけ」
「……なるほど、あぁなるほど!」
思わず、うなってしまった。
そう、そうだよ。
つまりリンは「人に人以上の機能を持たせる」というテーマで行われた、ひとつの技術的挑戦の生きた見本ってことになる。
これは、また。
なるほど、「ひとを有翼生物に改造する」ことに意味はない。自力で空を飛びたいという願望が銀河の人々にあるかは知らないけど、自己満足のためだけにやるには、あまりにもハードルが高すぎる。
だけど。
すでにドロイド化している人が「飛行機システムを組み込んで自力で空を飛びたい」という事なら?
ああ、やるなぁ銀河文明。
「つまり、よくわからないけど君はなにがしかの理由で、ちゃんとその制御ができるってこと?」
「はい。そのあたりはプライベートになるので申し訳ないのですが、そういうことです」
「いや、いいよ。ちなみにどのくらいのものか聞いていい?」
「そうですね」
『戦闘力五十三万』
どこぞの冷凍室なボスキャラ様ですね。




