クラッシュしました。
その瞬間のことは、もしかしたら一生忘れないかもしれない。
夢の中で見た覚えがあった。情報などで顔写真も見ていたし、映像も確認してたはずだった。
でも。
直接見た瞬間に頭の中で、何かこう、カチッとはまるものがあった。
ああ……。
彼女は決して「絶世の美女」ではない。そういう意味で目をひかれたのではない。
ただ、感じた……そうとしか言いようがないのだけど。
ああ、そう。
まさに、それ。ピンときたんだ。
どうやってクルマを止めたのか、全然覚えてない。
気がつけば、彼女の前に立っていた。
「……」
「……」
喉が渇いてるのか、言葉が出てこない。
どうやって自分が立っているのか、それすらもわからない。
彼女も私をじっと見ていた。
笑っているような泣いているような、形容のできない表情だった。
どうしてだか、じーっと私を見て。
そして次の瞬間、何かを納得したように、嬉しそうに顔をほころばせて。
そして。
そしてなぜか、やさしく抱き寄せられた。
え?ええ?
「……やっと、やっと出会えました」
な。なんですと?
うお。
な、なんか両手で顔を挟まれてますよ?
ていうか、顔近い、近いぃぃぃぃぃっ!!
「……何をやってんの、あんたたちは」
「!」
ふと、呆れたようなメヌーサの声が耳に入った。
そして、フッと身体が解放された。
振り返ると、そこにはなぜか苦笑いのメヌーサがいた。
「えっと、ごめん、なに?」
「……まぁ、確かにそういう方向狙ってたんだけどね」
やれやれとためいきをついたメヌーサは、なぜか下から見上げるように私を見た。
「?」
「ねえメル」
「な、なに?」
「メルはメルになる前、つまり地球にいた頃は、おじさんだったって聞いたけど?」
「あーうん、そうだったけど。それがなに?」
はっきり答えたら、何か呆れたような顔になった。
なんか「これはやっぱり……」とか、痛いものを見る目線になってるのはどういうこと?
ねえ、あのさぁ?
と、そんな時だった。唐突に私は気づいた。
「……え……うそ」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
なつかしい感覚。「メル」になってから、実は一度も感じたことのなかったこと。
股間に。
なんかこう、盛り上がるものを。
私は、目の前のいい女性を見て欲情したって事?
正直おどろいた。
メヌーサは外見年齢的に論外としても、今まで銀河でどんな美女美少女にであっても、エロいシーンとかに遭遇しても、一度だって「勝手に立った」事なんてなかったのに。
やっぱりそういうとこ、生身とは違うんだなーとか思ってたのに。
いやまさか。
これはもしかして。
ああちくしょう、ドキドキが止まらない。
いやま、たしかにいい女だけども。
特別に豊満でもなきゃ、凹凸もささやか。というより新宿あたりで信号待ちで並んでそうなくらいには普通。
だけど。
その普通さに、すごくドキドキする。
どうしよう。むくむくと邪心が湧き上がって仕方ない。
「……いーかげんにしなさい」
「あいた、あいたたたたたたっ!痛い痛い痛いっ!」
メヌーサにギュッとつねられた。ケツを。
「あのメヌーサ様、そんな事なさらなくても」
「あなたもよ、ちょっとしっかりしなさい。えーと、リンっていったっけ?」
「はい」
「最初に断っとくけど、あなた、本当にコレでいいの?
言っちゃあなんだけど今の反応、まるで色気づいたばっかのお子様よ、童貞よ絶対コレ」
「……メヌーサ様も、ウン千万年の処女なんじゃ?」
「女はいいのよ!」
女の初物は希少価値で、男の初物は事故物件って言いたいのか?
なんだよそれ、ひどい差別だな。
「誰もそこまで言ってないでしょう?」
ナチュラルにこっちの思考を読み取ったらしいメヌーサが口を尖らせたんだけど、
「いいんじゃないですか?誰しも初めてはありますよ?」
彼女にあっさり流された。
「やっぱりイヤなんじゃないの?」
「異性の好みはそりゃありますけど、それ以前に『お姉様』である事が第一ですから」
「そう?」
「あたりまえですよ。ひとを何だとお思いですか?」
「姉さんの子孫」
「初代様にメヌーサ様がどういう印象をお持ちなのか、一度しっかりと伺ってみたいとこですけど、まぁ今はいいです。
話を戻しますけど、短所や醜いところも見せてこそ身内でしょう。キラキラ恋愛ごっこなんて面倒なだけだし、だいいち醒めたらおしまいじゃないですか」
「……ええ、それは確かに違わないんだけど、女優そこのけの容姿のあなたが言うと説得力ないわね」
「えええ、ひどいですよ大おばさま!」
「誰が大叔母様よ」
なんか頭上でヘンな会話が飛んでいた。
ただひとつ、ちょっと気になる事もあった。
「大おばさま?子孫?」
「この子、姉さんの遠い子孫なのよ」
「あー、そういうこと」
なるほど、メヌーサの先代さんの子孫なのか。
「申し遅れましたお姉様、わたくしリンともうします。秘書雑用課に所属しまして、お姉さまの後輩にあたります。以後、末永くよろしくお願いいたします」
「あ、うん、よろしく」
なんだか違和感を覚えるあいさつをする。
「その微妙に肉食系な挨拶、本気で姉さん譲りなのがいただけないわね」
「おほめにいただき恐縮です」
「褒めてないわ。やだもう、あなた完全に姉さんの同類じゃん。性格だけ返品できないかしら?」
「この性格が長所なので、取り換えるのはよくないかと」
「うわぁ」
なんだこの我が道を行きまくった性格。
有能は有能だけど、アクが強いうえにマイペースなのか。
じいさんが秘書雑用にするだけの事はあるなぁ。変。
「……メルも大差ないと思うけど」
「え、なにメヌーサ?」
「なんでもないわ。それより」
メヌーサは、さっきから何もしゃべらない別のおっちゃんに声をかけた。
えっと、あっそうか。この人が例のソ連の戦艦じゃなかった、ポチョムキンさんか。
スキンヘッドに短いあごひげがよく似合う、ちょい悪風の男性ですな。
でもポチョムキンさんや。
あえて突っ込まないけど、お酒よくこぼすだろ。おひげが一部脱色してるぞ?
「ごめんなさいバタバタして、お世話になるわね」
「いえ問題ありませんメヌア様。クレセントからお話はうかがっておりますんで。ではこちらに」
そういうとポチョムキンさんは「にっこり」笑って歩き始めた。
アダルトな秘書雑用課女、リンを含めて打ち合わせ……といきたいところだけど、まずは食事を作る事になった。
「メル、その揚げ鍋借りるわ。花のお皿作るから」
「あいよ」
加熱機器などの使い方を教わると、とりあえず軽く作ってみる事にした。
メニューは、ヨンカ式らしきフワフワパンと肉野菜炒め。要は中身だけ作り、好きにパンで挟んで食べようってわけ。
メヌーサが作ろうとしているのは、イダミジアで彼女がこしらえた『花のお皿』ってメニュー。おそらくリンのために作るんだろうけど、特大のお皿をわざわざ取り出していた。
「そのお皿って私物だったんだ」
「ええ。こんな薄くて軽い磁器のお皿ってあんまりないでしょ?」
「……なるほど」
その薄さと軽さが、高知県人にはちょっと懐かしいんだよね。
あとお皿に描かれている絵のセンスもどこか似てる。銀河にも似たようなものがあるんだなと。
しばらく奮闘すると、とりあえず軽く食べられるくらいはできあがった。
設備の方にある食器類やコップを出してもらう。
「ポチョムキンさんもどうです?」
「私は仕事がありますので。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
行っちゃった。
ふむ、仕事ね。
たぶん警備の手配とか走り回ってるんだろうなぁ。
「それじゃあ食べましょ。リンも席につきなさい」
「はい、大おば……メヌーサ様」
大おばさまと言おうとして、メヌーサににらまれ訂正していた。
あはは。
「それじゃ、いただきますー」
「いただきます」
「??」
不思議そうな顔をするだけのリンに、ああと気づいた。
あ、そうか。リンは知らなくて当然だ。
メヌーサがナチュラルについてくるものだから、ついやっちゃった。
「リン。食事のはじめには「いただきます」で感謝を。食べ終わったら「ごちそうさま」と。まぁ好きにしていいけど」
「なるほど……ではわたしも、いただきます」
『チェリー』
地球の『チェリーボーイ』に意訳されている。
もちろん実際にメヌーサが言っているのは銀河にある同様の俗語。




