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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第四夜・とある旅路の日記
198/264

クラッシュしました。

 その瞬間のことは、もしかしたら一生忘れないかもしれない。

 夢の中で見た覚えがあった。情報などで顔写真も見ていたし、映像も確認してたはずだった。

 でも。

 直接見た瞬間に頭の中で、何かこう、カチッとはまるものがあった。

 

 ああ……。

 

 

 彼女は決して「絶世の美女」ではない。そういう意味で目をひかれたのではない。

 ただ、感じた……そうとしか言いようがないのだけど。

 ああ、そう。

 まさに、それ。ピンときたんだ。

 

 どうやってクルマを止めたのか、全然覚えてない。

 気がつけば、彼女の前に立っていた。

 

「……」

「……」

 

 喉が渇いてるのか、言葉が出てこない。

 どうやって自分が立っているのか、それすらもわからない。

 

 彼女も私をじっと見ていた。

 笑っているような泣いているような、形容のできない表情だった。

 どうしてだか、じーっと私を見て。

 

 そして次の瞬間、何かを納得したように、嬉しそうに顔をほころばせて。

 そして。

 そしてなぜか、やさしく抱き寄せられた。

 

 え?ええ?

「……やっと、やっと出会えました」

 な。なんですと?

 うお。

 な、なんか両手で顔を挟まれてますよ?

 ていうか、顔近い、近いぃぃぃぃぃっ!!

 

「……何をやってんの、あんたたちは」

「!」

 ふと、呆れたようなメヌーサの声が耳に入った。

 そして、フッと身体が解放された。

 振り返ると、そこにはなぜか苦笑いのメヌーサがいた。

「えっと、ごめん、なに?」

「……まぁ、確かにそういう方向狙ってたんだけどね」

 

 やれやれとためいきをついたメヌーサは、なぜか下から見上げるように私を見た。

 

「?」

「ねえメル」

「な、なに?」

「メルはメルになる前、つまり地球にいた頃は、おじさんだったって聞いたけど?」

「あーうん、そうだったけど。それがなに?」

 はっきり答えたら、何か呆れたような顔になった。

 なんか「これはやっぱり……」とか、痛いものを見る目線になってるのはどういうこと?

 ねえ、あのさぁ?

 

 と、そんな時だった。唐突に私は気づいた。

「……え……うそ」

 思わず、そんな言葉が口から漏れた。

 なつかしい感覚。「メル」になってから、実は一度も感じたことのなかったこと。

 股間に。

 なんかこう、盛り上がるものを。

 

 私は、目の前のいい女性を見て欲情したって事?

 

 正直おどろいた。

 メヌーサは外見年齢的に論外としても、今まで銀河でどんな美女美少女にであっても、エロいシーンとかに遭遇しても、一度だって「勝手に立った」事なんてなかったのに。

 やっぱりそういうとこ、生身とは違うんだなーとか思ってたのに。

 

 いやまさか。

 これはもしかして。

 

 ああちくしょう、ドキドキが止まらない。

 

 いやま、たしかにいい女だけども。

 特別に豊満でもなきゃ、凹凸もささやか。というより新宿あたりで信号待ちで並んでそうなくらいには普通。

 だけど。

 その普通さに、すごくドキドキする。

 どうしよう。むくむくと邪心が湧き上がって仕方ない。

 

「……いーかげんにしなさい」

「あいた、あいたたたたたたっ!痛い痛い痛いっ!」

 

 メヌーサにギュッとつねられた。ケツを。

 

「あのメヌーサ様、そんな事なさらなくても」

「あなたもよ、ちょっとしっかりしなさい。えーと、リンっていったっけ?」

「はい」

「最初に断っとくけど、あなた、本当にコレでいいの?

 言っちゃあなんだけど今の反応、まるで色気づいたばっかのお子様よ、童貞(チェリー)よ絶対コレ」

「……メヌーサ様も、ウン千万年の処女なんじゃ?」

「女はいいのよ!」

 女の初物は希少価値で、男の初物は事故物件って言いたいのか?

 なんだよそれ、ひどい差別だな。

「誰もそこまで言ってないでしょう?」

 ナチュラルにこっちの思考を読み取ったらしいメヌーサが口を尖らせたんだけど、

「いいんじゃないですか?誰しも初めてはありますよ?」

 彼女にあっさり流された。

「やっぱりイヤなんじゃないの?」

「異性の好みはそりゃありますけど、それ以前に『お姉様』である事が第一ですから」

「そう?」

「あたりまえですよ。ひとを何だとお思いですか?」

「姉さんの子孫」

「初代様にメヌーサ様がどういう印象をお持ちなのか、一度しっかりと伺ってみたいとこですけど、まぁ今はいいです。

 話を戻しますけど、短所や醜いところも見せてこそ身内でしょう。キラキラ恋愛ごっこなんて面倒なだけだし、だいいち醒めたらおしまいじゃないですか」

「……ええ、それは確かに違わないんだけど、女優そこのけの容姿のあなたが言うと説得力ないわね」

「えええ、ひどいですよ大おばさま!」

「誰が大叔母様よ」

 

 なんか頭上でヘンな会話が飛んでいた。

 ただひとつ、ちょっと気になる事もあった。

 

「大おばさま?子孫?」

「この子、姉さんの遠い子孫なのよ」

「あー、そういうこと」

 なるほど、メヌーサの先代さんの子孫なのか。

「申し遅れましたお姉様、わたくしリンともうします。秘書雑用課に所属しまして、お姉さまの後輩にあたります。以後、末永くよろしくお願いいたします」

「あ、うん、よろしく」

 なんだか違和感を覚えるあいさつをする。

「その微妙に肉食系な挨拶、本気で姉さん譲りなのがいただけないわね」

「おほめにいただき恐縮です」

「褒めてないわ。やだもう、あなた完全に姉さんの同類じゃん。性格だけ返品できないかしら?」

「この性格が長所なので、取り換えるのはよくないかと」

「うわぁ」

 なんだこの我が道を行きまくった性格。

 

 有能は有能だけど、アクが強いうえにマイペースなのか。

 じいさんが秘書雑用にするだけの事はあるなぁ。変。

「……メルも大差ないと思うけど」

「え、なにメヌーサ?」

「なんでもないわ。それより」

 メヌーサは、さっきから何もしゃべらない別のおっちゃんに声をかけた。

 えっと、あっそうか。この人が例のソ連の戦艦じゃなかった、ポチョムキンさんか。

 スキンヘッドに短いあごひげがよく似合う、ちょい悪風の男性ですな。

 でもポチョムキンさんや。

 あえて突っ込まないけど、お酒よくこぼすだろ。おひげが一部脱色してるぞ?

「ごめんなさいバタバタして、お世話になるわね」

「いえ問題ありませんメヌア様。クレセントからお話はうかがっておりますんで。ではこちらに」

 そういうとポチョムキンさんは「にっこり」笑って歩き始めた。

 

 

 アダルトな秘書雑用課女、リンを含めて打ち合わせ……といきたいところだけど、まずは食事を作る事になった。

「メル、その揚げ鍋借りるわ。花のお皿作るから」

「あいよ」

 加熱機器などの使い方を教わると、とりあえず軽く作ってみる事にした。

 メニューは、ヨンカ式らしきフワフワパンと肉野菜炒め。要は中身だけ作り、好きにパンで挟んで食べようってわけ。

 メヌーサが作ろうとしているのは、イダミジアで彼女がこしらえた『花のお皿』ってメニュー。おそらくリンのために作るんだろうけど、特大のお皿をわざわざ取り出していた。

「そのお皿って私物だったんだ」

「ええ。こんな薄くて軽い磁器のお皿ってあんまりないでしょ?」

「……なるほど」

 その薄さと軽さが、高知県人にはちょっと懐かしいんだよね。

 あとお皿に描かれている絵のセンスもどこか似てる。銀河にも似たようなものがあるんだなと。

 しばらく奮闘すると、とりあえず軽く食べられるくらいはできあがった。

 設備の方にある食器類やコップを出してもらう。

「ポチョムキンさんもどうです?」

「私は仕事がありますので。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」

 行っちゃった。

 ふむ、仕事ね。

 たぶん警備の手配とか走り回ってるんだろうなぁ。

「それじゃあ食べましょ。リンも席につきなさい」

「はい、大おば……メヌーサ様」

 大おばさまと言おうとして、メヌーサににらまれ訂正していた。

 あはは。

「それじゃ、いただきますー」

「いただきます」

「??」

 不思議そうな顔をするだけのリンに、ああと気づいた。

 あ、そうか。リンは知らなくて当然だ。

 メヌーサがナチュラルについてくるものだから、ついやっちゃった。

「リン。食事のはじめには「いただきます」で感謝を。食べ終わったら「ごちそうさま」と。まぁ好きにしていいけど」

「なるほど……ではわたしも、いただきます」


『チェリー』

 地球の『チェリーボーイ』に意訳されている。

 もちろん実際にメヌーサが言っているのは銀河にある同様の俗語。


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