ゲルカノ神殿国設野営場
買い物をすませた私たちは、いよいよ野営場の方に移動した。
移動したんだけど。
「さっきから気になってたんだけど、なにこれ?」
なんか、とんでもなくデカい施設があるぞ。
たとえるなら巨大スタジアム。
ただし規模が違う。
地球のスタジアム施設はどう巨大でも普通は一キロメートル未満に収まると思うんだけど、ここにあるそれは、おそらく十キロメートル級のものだった。隣接する市街よりもデカいんじゃないかってくらい。
そんなものが町に併設されているもので、町そのものがちょっと、いびつなカタチに展開しているありさまだ。
なんなんだ、これ。
「なにって、神殿の建物よ。ここから見えるのは外周壁だけどね」
「外周壁?」
「あの壁の向こうは神の領域ってこと。宗教には大切なことでしょう?」
鳥居みたいなもんか。
いやちょっとまて。
「じゃあ、この、とんでもなく馬鹿でかいのがゲルカノ神殿なの?」
「そうよ。そう言ってるじゃない」
メヌーサが微笑むように答えた。
「ゲルカノ神殿は、彼らの崇拝する神獣ゲルカノを召喚するためのものだからね。当然、ゲルカノ本体より大きく作られてるわけ」
「よくわからないけど……ゲルカノ神ってそんな大きいの?」
「メルにわかりやすい単位でいうと……とりあえず四キロメートルくらいね。身体をのばすともっと必要になるけど」
「へえ?」
そりゃあ、でっかい神様だなぁ。
しかし、なんだな。
「しかし、こんなでっかくして意味あるのかね?」
召喚祭なんていっても、まさか言い伝え通りに神様本人が降臨するわけじゃあるまいに、なんでこんなバカでかくするんだ?
こういうのって、実際のお祭りでは象徴的なものにしたり、神輿みたいな小さなアイテムにしてしまうんじゃないか?
そういうと、メヌーサは苦笑した。
「そりゃもちろん、この大きさには理由があるわよ。別に言い伝えがどうとか、そんな理由でこのサイズなんじゃないのよ?」
「そうなのか」
うむ、なるほどわからん。
そんなことを考えていたら、メヌーサが苦笑していた。
「えっと、なに?」
「またヘンな誤解してるみたいだけど、まぁいいわ。それよりホラ、野営場入り口」
「おう。ここで右折ね」
ナビの指示通りにクルマを右折レーンに寄せた。
ヨンカもそうだけど、ここも自動運転車ばかりになっているらしい。そのため白線みたいな「ひとの目で見る印」がかすれたり、なくなったりしているところが結構あったりする。
ヤンカは比較的マシなんだけど、ここもだいぶボロボロだ。よってナビがそこも指示するようになっていた。
ふむ。
『ゲルカノ神殿国設野営場』。
入り口のところに書いてある文字は、私の脳内ではそう翻訳された。
なんか、名前だけ聞くと、昔なつかしい北海道の羅臼にあった国設野営場みたいだなぁ。露天風呂が好きだった。
でも、場所の雰囲気はというと。
「……森林公園キャンプ場?」
「?」
「ああごめん、昔何度か遊びにいったキャンプ場に似てるんだよ」
これまた懐かしい雰囲気だ。
広大な森の一角が切り開かれて公園になっているんだけど、簡易野営設備が併設になっている。すでに泊まり込んで自炊している人たちもいるらしくて、どこかからおいしそうニオイもする。
遠くに見えるのは、あれは天幕かな?
地球のテントみたいに派手なのがあまりないのは、レジャーとしての野営の習慣がないか、考え方が異なるのかもしれないな。
おっと、懐かしがってないで手続きをしよう。
入り口のところでチェックインできるみたいなんだけど、そこで担当者のおじさんに声をかけた。
「あのね、私たち宿泊したいんだけど、まず先に要件がひとつあるの。クレセントって人にちょっと頼まれてるんだけど、ポチョムキンっておじさんいる?」
自分でいうのもなんだけど、こんな女言葉がスムーズに出てくるのって、なんか複雑だなぁ。
え、なんでそんな物言いいてるんだって?そりゃもちろん猫かぶりなわけだけどさ。
自分ひとりならナチュラルに行くけど、今はぼっちじゃないからね。ヘンなところで痛い子と思われたり色眼鏡で見られると、それはメヌーサの評価をさげたり、あのクルマ屋のおっちゃんたちにも無用な迷惑がかかるだろ。
うん。
こういう時こそ、イダミジアから練習してきた「見た目通り女の子っぽく」が役立つんだな。
さて。
「クレセント?ああ、あんたらクレセントの客かね、ちょっと待ちなさい」
そういうと、何かおじさんは操作して人を呼び出した。
「ポチョムキン、客だ。クレセントの大将のご指名だとよ」
『おうわかったコナーズ、ありがとよ。70番に誘導してくれ。登録と代金は俺にしといてくれ』
「70番?あそこは賓客用だぞ?」
『ああそれで問題ない、ワケアリってやつだ。話は通してあるから』
「そうか。それなら任せた」
『おう、頼む』
おじさんは顔をあげてこっちを見た。
「そこに番号が出てるだろ?見えるかい?」
「はい」
「70と書いてある建物に向かってくれ。そこを左に曲がって、一番奥になる」
「どうも。料金は?」
「そいつはポチョムキンに聞いてくれ」
「わかった、ありがとう」
礼を言うとクルマを走らせた。
指定のところで曲がると、あとは。
「あれかな」
「たぶんそうね」
「わかりやすいね」
「ふふ、たしかにそうかも」
ずーっと道が続いていて、バンガローっぽい木造の建物が並んでいる。で、壁のところにヨンカ語とオン・ゲストロ語、連邦公用語の3つで棟番号らしきものが書いてある。
「48ってあるね。あれが70のところを探せと」
「メル、建物はわたしが見るわ、あなたは子供の飛び出しに気をつけなさい」
「ういっす」
予想してたけど、ナビは構内通行には対応してない。黙ってしまった。
そして構内は、先に泊まり込んでいる客の家族らしいガキどもが元気に走り回っている。
思わず窓をあけた。
「なんで窓あけるの?」
「ん?ああ習慣」
「習慣?」
「こういうとこじゃいつも窓明けるんだ」
「へぇ」
バイクの時も、いつもシールドあけてたんだけどね。習慣なんだ。
「おー、各種族いるね」
ヒト、つまりアルカイン人が多いのはわかるけど、猫も蜥蜴もいる。ほかのよくわからない種族もいる。
「お、湯葉もいる……あれ、湯花だっけ?」
「ユベラルダのこと?」
「ああ、それそれ」
竜人、ユベラルダ族もちらほら見かけるね。
ちなみにユベとかユベラルダっていわれると、どうも日本食の『湯葉』を想像してしまうのは、私の頭が貧困なのかねえ。
まぁ、似たような言葉やイメージがかぶってしまうのは仕方ないよね?
そんなことを考えていたら。
「メル、あれが70番よ」
「おっと了解、じゃあ、あの前に止めるよ」
「ええよろしく……あら」
「お」
指定された建物の手前に、なんか竜人らしきおっちゃんがいるんだけど。
そのおっちゃんの横に、ちょっとくすんだ銀髪の女がいる。
「あれって」
「例の後輩ちゃんかしら?」
「それっぽいねえ」
にこにこ微笑みと、ピシッと決まったグレーのレディーススーツ。
ほうほう、これは美人さんだね直接見るのは初めてだねって思いつつ、二度見直して。
「……え?」
その瞬間。
世界が塗り変わったような気がした。