買い物
「これでいいのか宇宙文明」
「え、なに?」
ハリウッドあたりの近未来映画に出てきそうなショッピングカートを押しつつ、思わずつぶやいた。
いや、このカート……まじでコス○コあたりにあっても不思議ないんじゃないか?
重力制御ってやつで小指でも動くすごいヤツだけどね!
それにしても……なんつーか日本のスーパーと大差ないなぁ。
カートは3つほど並んでいて、そこには各種食材がてんこもり。
いや、最後のカートは半分くらいお酒なんだけどさ。
ただ、ひとつだけ言いたい。
おい、なんで日本のウイスキーがあるんだよ?
どこのメーカーとは言わないけどさ、思いっきり日本の酒造メーカーのウイスキーがあるんだけど?
「違うわよ。ホラここよく見なさい」
「えーと、あー……」
なるほど、一種のコピー生産か。製造元はオン・ゲストロのどっかか?
でも、いいのかこれ?色々と?
「正式ライセンス生産品って書いてあるわよ?」
「え……マジで日本の酒造メーカーとやりとりしてんの?国交ないのに?」
つーか、向こうから見たら謎の宇宙人だぞ。正式な取引なんてできるのか?
でも、そういうとメヌーサは首をかしげた。
「あら、国交の有無と商取引は別問題よ?」
「そうなの?」
「あたりまえよ。
商人がその程度で引っ込むわけないでしょ?信用できる取引相手と判断したら、そりゃ取引してもおかしくないでしょ」
「……そんなもんなのか?」
「チキュウでなく、オン・ゲストロのどこかで生産っていうあたりがカギなんじゃないかしら?」
「?」
「もう、鈍いわね。つまりね、一部のお酒を委託生産してるんじゃないかってことよ」
「……はい?」
一瞬、言ってる意味がわからなかった。
でも次の瞬間、なんか理解できた気がした。
「……ねえメヌーサ、それってまさか、アレのこと?」
「ん?」
いや、だからさ。
「スーパーとかコンビニとかでさ、たとえば中国製とかいって売ってる商品があったとしてさ。
よくよく見ると『Made in China』じゃなくて『Made in Cina』とかになってて、そのCinaってのは中国のことじゃなくて、実は地球上ですらないどこかの星って可能性があるってこと?」
「……あー、うん。ツッコミどころありそうなイメージだけど、おおむねそんな感じかしら?」
いやいやいやいや、ちょっと待てや。
「それは無理があるんじゃないか?」
「どうして?」
「どうしてって、星間輸送ってことだろ?いくらなんでもコストが追いつくわけがない」
「ええ、少量生産ならそうでしょうね」
少量?
「……というと?」
「だから。それってつまり、コストが折り合えば輸送オーケーってことじゃないの?」
「……そりゃそうだけど」
そこまで考えて、ふと思った。
日本にいた頃、当たり前のように「安い外国製品」を色々見てたけどさ。
単純に考えたら、あれって、はるばる海外から輸送してきてなおかつ、つ大量生産・大量輸送してひとつあたりのコストを下げてるわけだろ?
だったら。
もっと安く運べて単価を下げられるなら、外国どころか異星製もアリってことなのか?
あの「中国製」とか「ベトナム製」と書いてあるものの中に、しれっと異星のプラントで作られたものが混じってたかもって事?
国交がなくとも商売はできる。
利があり信用できるなら、たとえ異星人とでも?
一瞬、めまいがした。
「……商魂たくましいにもほどがあるだろ」
思わず、カートに入ってるウイスキーを呆然と見てしまった。
「でもさ、それって地球で売る場合だよね。なんでヤンカなんかにあるんだ?」
「そりゃあ、これでしょ」
そういうと、目の前にポンと情報ウインドウが開いた。
なんだこれ、販促チラシか?
「えっと、なになに……いぃ!?」
『始祖母さまの酒』
メヌア様と行動を共にしていらっしゃる『母にして父』こと始祖母さまの故郷のお酒。特価!
現地名・『サソトリー』製造はオン・ゲストロ。
「なんだこれ!?」
「いや、なんだも何も、そのまんまでしょう?」
「いや、それは……は……はは……」
まさか、私自身がネタ元だとは。
誰だ翻訳したの、ンとソを間違えてるって、ンなベタな。あとサ○トリーはメーカー名で商品名じゃないぞ。
「ツッコミどころありすぎだろ……」
「味見してみたけど、よかったわよ?」
「いつのまに……」
「メルが野菜とにらめっこしてた時にね」
さいですか。
私がパプリカに似た野菜とにらめっこしてた時に、メヌーサは利き酒してたと。
むう、あいかわらずだよこの女。
思わずじろりと睨むと、楽しそうにケラケラ笑い出す始末だった。
まったく。
ちなみに余談だけどメニューの話。
凝ったものを作ろうとすると大変だって話で一致してさ、直接焼くか炒めて食べられるものってことで一致してるんだよね。
うん、何をやりたいかわかるよね?
そう、バーベキューだ。
焼き肉のたれみたいな便利なものがないみたいなので、そこはソースで誤魔化すけど。
まぁ一応、何か豚汁っぽいのが作れないかって野望もあるにはあるけど、何しろ見知らぬ異星の素材だからね。「食えなくはないけど……」っていうものはできれば避けたいんだよね。
こういう場合、なるべくシンプルに食べられるものに限る。
と、そんな話をしていたら意外なツッコミが。
「最悪、わたしはそれでも大丈夫よ?」
「え?」
「難民キャンプにいた時なんか、そりゃあもうひどかったんだから。あれに比べたら、ひとの食べ物ってだけでも充分よ」
「……」
「え、なに?」
「いやその」
だからさ。
なんでそう、いちいち、悲惨な話が普通に出てくるかなメヌーサさんや。
まぁなんだ。
きっとこの子は、ずっとそうやって生き抜いてきたんだろうな。
「何を考えてるか知らないけど、同情されるほどお子様じゃないつもりだけど?」
「そりゃそうだろうね」
何千万歳だか知らないけど、そんだけ生きてるんだ。生きる知恵も半端なもんじゃないんだろうな。
大量に買ったわりには精算額は少なかった。
「わたしのチケットで大丈夫なの?」
【問題ありません】
「そう。ありがと」
レジのところでロボットとやりとりしていたメヌーサが、ウンとうなずくと「いいわよー」と言ってきた。
よくわからないが、いいんだな?
カートを押してレジを通過する。
「荷物はどっちが持つ?」
「わたしが運ぶわ」
そういうと、みるみるうちにカートは空っぽになってしまった。
ああ、本当に便利だよな。
なんかね、宇宙のスーパーで大量に買い物して、そんで買ったものを「魔法」で収納するとか。
うーむ……SFなのかファンタジーなのか。
悩んでいたら、メヌーサにまた笑われた。
「そういうのは『すこしふしぎ』って認識しておくといいのよ?」
「いやまて、なんでその言い方知ってる?」
しかも『すこしふしぎ』を日本語で言いやがった。
「メルの蔵書にあったわよ?もしかしたら批評テキストかもしれないけど」
「あ」
どこぞのブログの抜粋か。だったらありうるな。
そんなマニアなって言われそうだけど、地球から持ってきたスマホやタブレットの中には、大昔にネットで仕入れた、いわゆるアングラ小説もあるんだよね。誰かが翻訳した海外のエロ小説とか。
ああそうそう、本が入手困難で、自分で訳したロバート・F・ヤングの短編もあるよ。アヤと出会った頃には主人公のマークよりも年上になっちゃってたけど、あれはいいロマン派小説だった。でも私の時代にはちょうど和訳が売られてなくて、原語から必死に訳して読んだんだ。
「そんなことよりメル。さ、いきましょ」
「はいはい移動だね。メヌーサ、どさくさに運転するのはダメだよ?」
「えーなんでよー」
「うるさい酔っ払いはおとなしくする」
「むう」
『ロバート・F・ヤングの短編』たんぽぽ娘(The Dandelion Girl)のこと。メルの中のひとが興味をもったのは21世紀のはじめだが、当時この作品の和訳が入ってる本は絶版で入手困難だった。海外のサイトで全文公開されていたので、自力で翻訳を試みるものがたくさんいた。
メルは「好きな空間」のひとつに図書館をあげる種類の人なので、こういうテキストを端末のあちこちに入れてあったりします。