買い物にいく
ポンチョに乗り込み「いってらっしゃーい」と送り出された。
かわいらしいパステルカラーのミニカーを、世紀末的な「いかにもアングラな」一同が送り出す。
ある意味異様な風景ではあったし、そしてクルマの方も自動運転が故障しているという素晴らしい状態でもあった。
だけど故障ありのわりには整備もきちんとしている。彼らの外見通り、ポンコツなんだろうが状態は万全という感じだった。
「道案内頼む」
【どちらまで参りますか?】
「食料品を買いたいが、近くに大きな店は?」
【トルネックの神殿前支店がお勧めですが、現在とても混雑しています】
「ああ、だろうな。せっかくクルマなんだから空いてるところを優先に」
【ではサンサンマートの郊外七号支店がいいでしょう。遠く、自動車道からしか入れませんのでクルマのないお客様はいらっしゃいません】
サンサンマート?
なんだそりゃ、「トルネック」はまだ固有名詞と思うけど、サンサンマートってどういう自動翻訳してるの。
いったい原語はどうなってる?
そう思ったら、脳内にデータが出た。
『サンサンマート』原語: オルオルリーネ
オルはヨンカ語で太陽、リーネは路上マーケットまたは中小規模の店舗型マーケットを意味する。
ヤンカで展開している地元密着型の小型マーケットで、ヨンカにはほとんど進出していない。
もともとヤンカから撤退した小規模生協『オル・リーネ』の穴埋めに地元有志のはじめたもので、ヤンカ地元民にとっては定番。
オルはヨンカ語で太陽、リーネは路上マーケットまたは中小規模の店舗型マーケットを意味する。
直訳なんだ……。しかし『サンサンマート』て。
センスがものすごく日本のスーパーなんですが。
しかも、できた理由が日本の地方限定コンビニみたいで生活感ありすぎる。
いいなこれ、行ってみよう。
「わかった、そこへ頼む」
【了解、では次を左に曲がってください】
自動運転はダメでもナビはついてる。これが賢いから便利なものだ。
地球でもスマホナビは使ってたけど、賢さ便利さが段違いだよなぁ。オーケーとかシリとか起動呪文言わなくていいし。
うん、天気もいい。
さて、問題のポンチョの運転なんだけど……呆れるほど日本の軽自動車と変わらなかった。
ただし、当たり前だけど大きな違いもあった。
たとえば操縦なんだけど、ハンドル形状がバイクのそれに近い。地球でもいわゆるオート三輪とか、今となっては珍しい部類のクルマの装備だろう。
まぁ、なんとかなると思う。
で、アクセルとブレーキはペダルになっているんだけど、幸いなことに右アクセルの左ブレーキだった。
これはありがたい。逆だと間違えそうだもの。
クラッチペダルはない。そりゃそうだ、そもそもギアチェンジの概念がないからな。
速度その他のインフォーメーションはお察し。まぁ問題ない。
ふむ。
たしかに、加速、減速、方向転換。単純すぎて変わりようがないってのもわかるけど。
でも、浮いて走るのにタイヤ式のクルマとこうも変わらないってのは?
「運転どう?」
そんなことを考えていると、メヌーサから質問された。
あ、そうだ。不慣れだから運転してみたいって言ったんだっけ。
「意外なほど地球のクルマに似てるよ。ハンドルがバイクみたいだから地球のドライバーは違和感強いだろうけど、私はどちらかというとバイク乗りだからそうでもないかな?」
「そう……よかったわね」
どこか悔しそうに見えるのは気のせいだろうか?
もしかしてメヌーサ、自分が運転うまくないのコンプレックスなのかな?
むむ、だったら悪いな。できるだけ嫌な思いはさせないように注意しよう。
「ねえメヌーサ、ついでに質問していい?」
「なあに?」
「こいつ浮いてるのに、操縦感覚がクイックなんだよね。フワフワしてないっていうか」
「フワフワ?どういうこと?」
「いや、だからさ。タイヤもないのにどうしてこう、反応がクイックなんだろ?」
「はぁ?」
あなたがクルマに乗るなら、エアカー、つまり空飛ぶ自動車を想像してほしい。
タイヤで走るクルマがハンドルをクッとまわして曲がるところで、エアカーで同じようにやったらどうなるだろう?
フワフワと方向転換しながら曲がっていく感じがすると思わないか?
そういうと、メヌーサが一瞬「なにいってんのこの子?」って顔をして、それから笑い出した。
「えっと、なに?」
「もう、おバカ。慣性も重力も制御されてるのに、そんな不安定なわけないでしょう?」
「そういうものなの?」
「あったりまえじゃないの。もう、笑わせないでよね!」
「へいへい」
いや、あったりまえって言われてもですな。
そもそも21世紀の地球から来た私にとってみりゃ、そこは「あったりまえ」じゃないわけで。
うーん、そういうものなのか。
まぁ、メヌーサのご機嫌は治ったようなんで、よしよし。
さて。
「まぁわかった。さて、じゃあそんなことより買い物かな?」
「ええそうね」
そういいつつ、さっきのショップでもらってきた大型販売店ガイドデータを見ているメヌーサ。
「それにしても、ここまでインフラが未整備なのは珍しいね」
星の規模はヨンカと大差ないみたいなのに、検索してもデータが少ない。
なんでこんななんだろう?
「未整備じゃないわ、作り直し中なの」
作り直し?
「この星は以前、異教弾圧にやられて全惑星ごと焼き払われたの。その時にインフラも根こそぎ破壊されちゃったのよ。ようやく復活してきたみたいだけど」
「そうなんだ」
宗教弾圧で星ごと殲滅か……おっそろしいな銀河文明。
「そういやメヌーサ、どういうスタイルの野営にするか決めてる?」
「ん?そうね」
フムとメヌーサは首をかしげた。
「ええと、言いたいことがよくわからないんだけど?」
「つまり、食事は自分で作るけど寝場所はあるのかとか、テントや寝袋も買わなくちゃダメなのかとか、そういう事だよ。
食事を作るなら食材だけど、自炊設備がなければ最悪、外で食べてもいいわけだろ?」
「……ああ、そういうこと」
私の頭から何かを読み取ったらしいメヌーサが、なぜか少し楽しそうに微笑んだ。
「野営まで趣味にしてるんだ。文明レベルのわりには遊びが豊富よねメルのとこ」
「そう?」
「ええ、そうよ」
ウフフというと、メヌーサは続けた。
「ヨンカ式自炊設備の使い方は知ってるから任せなさい。
それでメルにわかりやすくいえば、寝場所はあるわ。バンガローっていうの?それを想像すれば近いと思う」
「ほうほう。で、食事はてめーで作れと?」
「そういうこと。寝具はこれが使えるでしょう」
そう言うと、メヌーサは何かカプセルみたいなものをどこかから取り出した。
「それなに?」
「メルの記憶にある『シュラフ』とほとんど同じものよ。非常用なので高圧縮してあるけど寝心地はいいわよ?」
ほうほう、寝袋まであると。
「なんでそんなの持ってるのさ?」
「そりゃあ、宇宙船ごと撃ち落とされて、一人で無人惑星に放り出されても安眠できるようにね」
「……さいですか」
たぶん危機管理用だとは思ってたけど、想定してる条件がハードすぎた。
メヌーサってやっぱ、過酷な人生送ってるよなぁホント。
「まあ、それはそれとして食べ物とかは気にせず好きに買いなさい?」
「え?どういうこと?」
思わず首をかしげたけど、メヌーサはただ笑うだけだ。
「だって、この星域の食材も料理も知らないでしょう?わたしも近年のものは知らないしね」
「あ」
それは確かに。
「失敗や無駄が大量に出てもいいわ、どうせ収納には困らないしね。
とにかく適当なレシピをいくつか想定して買ってみましょう」
「ういっす」