レンタル屋
小型ポッドはゆるやかに惑星に降下していく。
「んー、降りる先は」
「まだ地平の向こうよ」
じっと窓を見ているとメヌーサが教えてくれた。
惑星に降下する方法はいろいろあるんだけど、エネルギー消費を減らしつつ安全に降下するにはコツがいるらしい。なぜなら惑星には引力があるし、呼吸できるほどの大気圏をもつ場合、突入時に大きな抵抗があるからだ。
ただ、大気圏突入で摩擦で燃えるといった描写がよくあるけど、あれは極端なものらしい。どういう状況での突入で、どういう星かにもよるだろうけど、地球みたいなタイプの星で燃えながら墜ちるというのは、ただごとではないんだそうだ。
「今までの惑星降下でも燃えたり熱持ったりしなかったでしょう?揺れる事はあっても」
「そういえば」
「あれは別にシールドしてるわけじゃなくて、単に角度や速度を調整してるだけなのよ。
大気圏といっても水面ほど極端な密度の差はないわけだしね」
そうだったのか。
ま、そりゃそうか。
【まもなく大気圏に突入いたします。揺れますのでご注意ください】
「はーい」
「いちいち返事しなくていいのよメル?」
「ニャア」
「……」
「いや、今の私じゃないからね?」
ハツネと違って子猫は鳴くわけだけど、頭の中で鳴くのがまた。
【大気圏突入十秒前、九、八、七、六、五……】
「!」
刹那、エアポケットに入ったみたいに少しだけ揺れた。
「ヨンカより揺れ大きい?」
「このポッド、ヨンカのよりちょっと旧型ね」
そういう問題なんだ。
大気との摩擦によるせいか、それとも大気圏に入ったから震動→つまり音が伝わってくるせいか。さっきまで無音の降下だったのが、ゴオオオッてものすごい風切り音に変わる。
【消音システム作動します。突然音が消えますが異常ではありません】
「お」
アナウンスの通り、ピタッと音が止まった。
【神殿市付近の気象・快晴。気圧は2042クリング、移動性高気圧の影響で突風が強くなっております。風対策にご注意ください】
「降下ターミナルから野営場までの距離は?交通機関はあるの?」
【バスが定期運航されておりますが、運転技術がおありなら小型ビークルも借りられます。買い物用の小型ゲルもあります。おふたりは最上級クラスですので、無料のチケットを発行いたしますが、いかがでしょうか?】
「それって、使用は一回だけ?」
メヌーサは金銭的なとこが気になるようだ。
【いえ、返却までご自由にどうぞ。エネルギー補給もスタンドで無償でできます】
至れり尽くせりだなぁ。
「ビークルあるんだ。ヨンカでのゲルと比べて違いあるかな?交通ルールは同じかな?」
【同じです。交通ルールは同様にガイドが出ます。操縦はオートでお任せもカスタマイズもできますが、野営場の構内走行についてはオートでなくマニュアルをおススメします】
「あー、野営場って自由駐車?」
【はい、自由駐車です】
「なるほど了解」
納得していると、メヌーサが問いかけてきた。
「えっと、なに、どういうこと?」
「要は、小型ビークルで乗り入れ自由ってこと。テントかバンガローか知らないけど、そこの真ん前まで乗りつけていいけど、構内の運転は自力でやってねって事さ」
「へぇ」
「駐車場までならオートで入れるんだろ?どうせ?」
【はい、もちろんです】
細部は違うんだろうけど、だいたい日本のキャンプ場のそれっぽいな。
サイトまで入れるってんならゲルじゃなくてビークル借りるのも手かな。
「ゲルかビークルかはお店で決めるってことで、どちらでもいけるチケットもらえるかな?」
【了解しました。では】
その言葉と共に、頭の中にポーンと音がした。
おお、電子チケット来た。
【それでは、まもなく地上ポートに到着します。お忘れ物のないようお願いいたします】
「ういっす」
「……」
メヌーサは、なぜか面白そうに私とポッドのやりとりを見ていた。
地上ポートに無事到着し、降りるとさっそく乗り物を借りる事にした。
「よし、レンタル屋はどこかな?」
「なんかいっぱいあるわね。なんでかしら?」
お店の表示がたくさんあるのがメヌーサ的には気になるようだ。
「こういう状況ってあんまり経験ないの?」
「んー、そうね。はじめての星だとまずホテル直行だし、あとは誰かしらが接触してくるんだもの」
「ああなるほど」
「あとは、そもそもお金も何もなくて難民キャンプ一択とか」
「なにそれ」
「なにって、そのまんまの意味よ」
両極端すぎるだろ。
ま、まぁいい。
「店がたくさんあるのは、単に民間のショップが進出してるだけだと思うよ。長期用のリースとか業務デバイスの貸し出しもあるみたいだし」
「そうなの?」
「うん。なんとなく」
ゲルのカタログ見てた時、ヤンカのレンタカー・レンタルゲル屋の資料も見たしな。間違いないだろ。
「ま、とりあえず無難にオフィシャルで尋ねてみるか。メヌーサ、こっちこっち」
「はいはい。メル、あなた妙にテンション高くない?」
「そうかも。なんかワクワクしない?」
知らない街で、ぶっつけで乗り物を借りる。
ひとりぼっちで言葉も通じない、あるいは予算がないなら不安もあるだろうけど、言葉は通じるわ連れはいるわ、無料で借りられそうだわとなるとね。不安になる要素がないだろ。
すると、あとに残るのは「未知を楽しむ」事だけ。
いやぁ、いいねこういうの。日本で旅してた頃を思い出すよ。
「……メルってそんな旅行好きだったの?」
「忘れてたけど、昔はそうだったかな」
地球でおじさん生活してたうちに、そんな事すっかり忘れてたけどさ。
これでも北は礼文、南は八重山諸島まで行ったんだぜ。それも飛行機で観光とかじゃなくて、はるばる小型バイクで陸送してさ。
あの頃とはシチュエーションも、私自身も全然違うけどさ。
うん、懐かしいなぁ。
「ふうん」
そんな私を見て、メヌーサは面白そうに目を細めた。
と、そんな時だった。
「お、あれかな?」
繁盛してそうなショップ群の一角に、あまり売れてなさそうな店がぽつねんと。
けど、一応は公営のひとつらしい。
さっそく、ひまそうにしているカウンターの、頭髪だけでなく人生も寂しそうなおっちゃんに声をかけた。
「こんにちは、ビークルかゲルかあります?」
「ビークルは小型がひとつ、でもオートシステムが壊れてる。ゲルは小さいのがねえ。嬢ちゃんらは乗れるか?」
それはまたマニアックな。
「オート壊れてるんだ。案内はできるの?」
「ああ、そっちは問題ねえ。運転は自力でしなきゃならねえが」
「あらら、そりゃ閑古鳥鳴くわけだわ」
「おい!」
辛辣なメヌーサに軽く注意するけど、彼女は知らん顔だった。
「すんません、連れが口悪くて」
「いいさ、事実だからな。うちは弱小ショップでよ、ちーとわけありでな、皆で裏で修理中なんだ」
「じゃあ、かろうじて動くやつだけで店やってると?」
「せっかく臨時便がきたろ?せめてちょっとでもと思ってな?」
そりゃ大変だ。
「値段は他の店と変わらず?」
「オートがないからな、もし乗るなら二割引くぜ、どうよ?」
「値段よりさ、ちょっと機構と操縦系の確認しても?運転できなきゃ困るから」
「ああいいぜ。こっちだ」
小さい店だけあって、現物もすぐそばにあった。
で、そのマシンには見覚えがあった。
「あれ?カナン・ポンチョじゃないか?」
「ん?知ってんのか?」
「知ってる知ってる、カラテゼィナのクルマじゃないか!」
地球のスバル360にどこか似たデザインの超小型浮上式ビークル。
間違いない、カラテゼィナでメヌーサが乗ってたミニカーだろこれ。年式が全然違うけど。
思わずチェックしてみた。
『カナン・ポンチョ シャムナン暦13年型』
カラテゼィナのカナン社による小型浮遊型ビークルの名車『ポンチョ』の最終型。とてもかわいい丸っこいカタチとパステル調の選色は往年のポンチョそのままにエンジンをリファイン、そしてシリーズ最初で最後の自動運転機構を搭載している。
もちろんポンチョの名を冠するにふさわしい乗り味なので、可愛い見た目にだまされるな。
「あら、なんか懐かしいカタチね」
「カタチも何も、これの古いの乗ってたろ?あれの最終型だってさ」
「え、これポンチョなの?」
「ああ。シリーズ最初で最後の自動運転機構つきだそうだよ。……壊れてるけどな」
「へぇー」
おもしろそうにビークルを見るメヌーサ。ビークルとメヌーサを見比べ、脈ありかって嬉しそうな顔のおっちゃん。
「おっちゃん」
「おう」
「問題ないと思うけど、保険はかけとくわ。それから電子チケット有効?」
「ほう、こんなとこに上客かい!……しかしなんでだ?」
「なんでって?」
「うちよりいい店なんざ、まわりにいくらでもあるだろうに?」
「おっちゃんの顔見て決めた」
即答してやったら、おっちゃんは目を白黒させた。
いや、こういうのってフィーリングだしな。
そして私の顔をじーっと見たおっちゃんは、なぜか唐突に破顔した。
「ハハハ、そう言われちゃ仕方ねえ。いいぜ物好きめ、乗ってやる!」
「たのむ」
「よしよし、じゃあチケットみせろい。等級によっちゃ保険代もロハでいいからなって……おいおい最上級かよ」
さすがに驚いたようだった。
「まぁいい、じゃあ全部ロハでいいぜ。で、やっぱり保険は全部がけか?」
「頼む。どうせ連れも運転したがるしな」
「よしきた、心得たぜ。書類作るからちょいと待ちな。
おい、おめえら上客だ!運行前と軽点検、十分でやれ!」
「ういっす!」
なんか、いかにも愚連隊って感じの男臭い声が奥からしてきた。
『公営ショップ』
公営といっても歴史的経緯がある。メルが利用した店も法的取扱は公営だが、認可が出たのが大昔であるため実態は名前だけである。ただし店長以下のスタッフはガラの悪さのわりに職業意識が高く、きっちりやっているので今も認可が取り消されていない実情もある。
『クリング』
ヨンカの大気圧単位。2010クリングが、だいたい地球の1000ヘクトパスカルに匹敵する。