通過しましたー
まぁそんなわけで、偽装して通過を試みるわけだけど。
「なんていうか」
「ん?何か言いたいの?」
「それ、逆に目立たない?」
「大丈夫よ」
「そう?」
「ええ」
いや、目立つだろそれ。
ブルカって衣装知ってる?地球でイスラム圏の女性が着てる民族衣装なんだけど。
今メヌーサが着ているのは、そのブルカに似た衣装。萌黄色のブルカともいうべき、なんというか……うん、よく似合ってる。不思議な魅力のある衣装だった。
え?中身?そんなもん美少女に決まってるだろ、言わせんな。
ただなんていうか、その話題は避けたいんだよ。どうしても比べちゃうから。
こちとら、せっかくの美少女譲りの身体なんだけどさ。当たり前だけど私の再生体なわけで「もし野沢誠一が女の子だったら」って要素が各所に詰まっているんだよ。
そう。つまり、アヤの要素が混じってるから多少可愛いけど、目の前の銀河級美少女にかなうわけねーだろバカヤローってわけで。
うん、だから指摘やめてね、悲しくなるから。
さて。
肌の露出がほとんどなく、見えてるのは目のまわりだけ。全身を上から下まで萌黄色のローブが覆っていると思ってくれればいい。
いや、これはこれで結構いいんだけどさ。
知ってる女の子がブルカっぽい民族衣装着てるのなんて、正直写真以外じゃ初めて見る。だけど、これはこれで似合ってる。
似合ってるんだけどさ。
これ、逆の意味で目立たないか?目立つよね?
「大丈夫だってば。ちゃんと認識阻害かかってるから」
「そういう問題じゃなくて、目立っちゃったら意味ないでしょ?」
「大丈夫。もう心配性ねえ」
いやいやそういう問題じゃないから。
「本当に?」
「ええ」
「まじで?」
「しつこいわよメル」
「……とりあえず了解」
ま……まぁ、行くとしますか。うん。
それにしても、乗務員さんのスルースキルって凄いと思うんだ。
ビーチで全裸で寝ていようと、こんなすごい民族衣装でウロウロしていようと応対がほとんど変わらないんだよね。さすがに本人確認はしているみたいだけど、メヌーサと私だと理解すれば普通に通してくれる。
「いちいち面倒ねえ」
たまに「ちょっとお待ちを」と待たされるので、メヌーサは早くも閉口していた。
いや、それ自業自得だから。
「目視で本人確認できないんだから当たり前だろ」
私はフードをめくるとわかるみたいだけど、目しか見えてないメヌーサはそうはいかないわけで。
当然、確認のためにちょくちょく引き留められる。
「あ、そっか」
「そっかじゃないだろ……」
呆れて見ていたら「何よその目は」と怒られた。
いや、だってさ。
あれだけ私を残念そうな目で見といて、その本人がこれかと。
「なぁメヌーサ、類友って知ってる?」
「まぁ理解できるわ。で?」
「……ごめんなさい」
ギロリと睨まれて、私は素直に白旗をあげた。
いや、だってさ。
目しか見えてないのに睨まれると怖いんだよ。
さて。
そんなわけで出入り口に到着した。
その頃になると船員さんたちも情報共有したみたいで「いってらっしゃいませ」と普通に送り出してくれた。ドーモと答えつつ歩いて行く。
うん、普通の出口だ。
よくSF映画でさ、宇宙港の中で停泊している船から港本体に通路が伸びてたりするでしょ?船も港も大きいからすごい迫力なんだけど、それ気密とかどうなってんのーみたいな気もするアレだ。
その光景が目の前にあった。
ちなみにヨンカもそうだけど、ここいらには軌道エレベータはないらしい。やっぱり降下船を使うらしくて、ヨンカのに似たミニ降下船のりばへの案内が見えている。
そして。
あ、感じる。
センサーにはないけど、どこかからアヤが見ているのを感じる。
その瞬間、とても切ないような、悲しいような気持ちになった。
いや、だってさ。考えてほしい。
私がメルになる前のあの頃、私はアヤに特別な感情を持っていた。そりゃあこっちはおじさんなわけで、今思えば純粋な男と女のそれとは異なる感情だったけどね。でも「おじさん」が自分の娘と大差ない世代の子に抱く感情とは異なるものを持っていたと思う。
うん。
それはたぶん、あこがれ。憧憬ってやつかな。
たとえばさ、映像でどこかのお姫様とか見るとするだろ?あるいはセレブのお姉さんでもいいか。
間違いなく言えることは、自分とは全く異なる人生を歩いてるだろうってこと。
でもそれは、嫉妬とか妬みとか、そういう感情じゃあないんだよね。
自分と異なる人生。
つまりそれは、自分の知らないものを知っているってこと。自分にできないことが彼女らにはできて、そしてたぶん、自分にできて彼女らにできない事、理解できない事もあるんだろう。
立場が違うってのはつまり、そういうこと。そしてそれは絶対に、どちらか片方しか望めないこと。両方は得られない。
ああ、そうかと突然、胸の中にストンと落ちた。
私はアヤを女の子として好きだったわけじゃない……いや、おじさん目線で可愛い女の子が眼福だってレベルの話ならともかく、好ましい、親しくしたいという意味ではたしかに「好き」だったけど。
そこにあるのは、男と女の湿気を伴う関係じゃなかったんだなって。
ああ、本当に切なくて悲しい。
「いこ?」
「うん」
気が付けばメヌーサとふたり、他の乗客に混じって歩き出していた。
「それで、その具体的な儀式って何なの?」
「え、召喚儀知らないの?ネット端末で資料とか見てなかった?」
「ごめん、それゲルのカタログ」
「そんなにゲルが気に入ったんだ。戻ったら一台買う?」
「え、いいの?」
「いいわよ。教団にもらってるお小遣いが結構たまっててね、中古のゲルくらい何とかなるから」
「私財なんだ……それは悪いからいいや」
「なに、自分のお金で買いたいの?」
「自前じゃないと好きにいじれないでしょう?」
「あぁなるほど」
そんな会話をしつつ、アヤの気配が近いのを感じている。
直接目を合わせないように、その気配の横を抜けて……。
今にも襲われるんじゃないか、アヤに声かけられるんじゃないかってびくびくしながら。
ううぅ、緊張で手足がわからない。
なんか、気が付いたら手足を同時に出してそうだよ。
「……こっち」
「うん」
気が付くと、メヌーサに手をひかれ歩いていた。
アヤの気配は動かない。未だに出入り口に張り付いたままだ。
それがだんだんと遠くなっていって……。
「ねえ」
「もうちょっと待ちなさい。えっとね……こっちかしら?」
ああ、言われなくてもわかる。つまり「まだ警戒を解くな」ってことね。
ヤンカのポッド乗り場はヨンカと全く同じだった。まぁヨンカが整備しているんだから当然といえば当然か。
移動ポッド乗り場には大小の、やっぱり卵型のポッドがずらずら並んでいる。
「一緒だねえ」
「そりゃそうでしょ。さ、乗るわよ」
「はーい」
近いポッドのひとつを選び、乗り込んだ。
【ご搭乗ありがとうございます。行き先を選べますが、どういたしますか?】
「選べるの?」
【開拓首都タータンと、それからゲルカノ神殿市です】
「宿泊施設はどっちにもあるの?」
【はい、あります。ただし神殿市の方は満杯の可能性があります】
「あー、そりゃそうね。お客様はみんな神殿目当てだものねえ」
ふむふむとメヌーサが言うのだけど。
ふと思って尋ねてみた。
「もし一杯だったら?野営設備あるの?」
【はい、簡易宿泊施設がいくつかと野営設備もあります。ご利用に熟練が必要ですが、野営も可能です】
「やっぱり」
そんな会話をしていたら、メヌーサが「あら」と反応した。
「あなた野営できるの?」
「銀河式のは知らないけど、故郷では旅先でよくキャンプしてたよ?」
「そう」
フムフムと悩んだ末、メヌーサが言った。
「天幕のリストある?わたしは大抵使えると思うけど、この子が使えるようなら神殿市で野営したいわ」
【了解いたしました。ではこちらを】
見せてもらった野営器具やテント、宿泊風景などを見るに、地球のキャンプと大差ないようだった。
結局、神殿のある街の方で野営することに決めた。