通過しまーす
ある程度落ち着いてきたところで、外に出る事にした。
ただし問題も発生した。
「出口にじゃじゃ馬がいるわ。降下ポートに行く前に捕まるわよこれ」
「うわぁ」
「見ちゃダメよ。気づかれるから」
「う、ういっす」
そんなバカなと言いたいけど、そりゃそうだ。アヤだもんな。
彼女が本気で探索をはじめたら……今見つかってないだけでも驚きなのかも。
って、そうだよな。
「ねえメヌーサ」
「なに?」
「ということは、現時点では見つかってないの?」
「見つかってないわね」
なんでまた?
疑問を呈したら、メヌーサは「ああ」と何か納得したように教えてくれた。
「じゃじゃ馬は戦闘も探索も確かに有能だけど、それは今でいう既存の科学の範囲にかぎられるの。わかる?」
え?
「それは変じゃない?」
「どうして?」
いや、どうしてって、変だろ。
だってさ。
「アヤのドロイドとしての能力って、ほとんど魔導コアってやつを使った『魔術』で実現してるんでしょう?そうアヤ本人に聞いたけど?違うの?」
「ああ、そういうこと。それは違わないわよ?」
メヌーサは納得したようにウンウンとうなずいた。
その微妙な表情の変化になぜか懐かしいものを感じて、ああとすぐに気づいた。
……ああなるほど。
これ、自分の得意分野について話す時のエンジニアの顔だわ。
へぇ……。
なんだかんだいって、ちゃんと技術者してたんだなメヌーサも。
「じゃじゃ馬のドロイドとしての『人間以上』の部分の機能は基本的に魔導コアを使ってる、それは確かに事実よ。
ただし、それは方法論でしかないわ」
「方法論?」
「ようするにね。あの子はドロイドとしての各機能を魔導コアと魔術回路、魔術理論を使って実装しているわけ。確かに魔導によるシステムが使われているけど、機能面では驚くほど普通のドロイドなのよあの子。
まぁ知っての通り動力源が半端じゃないから、とんでもなく強力なわけだけどね」
「……えっと、つまり?」
魔導コアで得体の知れない魔術とかを使ってて、でも驚くほど普通のドロイド?
えっと、ど、どういうことだ?
首をかしげていると、メヌーサが何か遠くを見るような目をした。なんなんだ。
「出たわ、巫女名物アホの子」
「はぁ?」
「なんでかしらね、キマルケもボルダも巫女職って、上位にいけば行くほど電波系とアホの子が増えるってジンクスがあるんだけど、ほんっとそうよね。なんでなのかしらね」
知るかそんなの。
「……なんで、そんな痛いもの見るような目でこっち見るのさ?」
「さぁ?」
「おい」
「ま、いいわ。困ったちゃんにもわかりやすく説明したげる。
そもそも科学文明の国じゃないキマルケでどうやってじゃじゃ馬を作ったか、なんだけど。これは理解してる?」
「えーと、たしか、技術の全然追いつかない部分は魔術理論ってやつで補ったとか」
「ええ、そうよ。
ただこれは逆にいえば、あの子は内部的に言えば魔術理論の塊であるものの、外面的には『普通のドロイド』だって事になるんだけどね」
……え?
「それ、どういう意味?」
「そのまんまの意味だけど?
中でどういう技術が使われていようと、あの子はドロイドであってそれ以上でも以下でもないわ。あの子は魔術師でもなんでもないのよ?」
あ!
「ああなるほど、そうか!」
「……そうかじゃないわよもう」
呆れたようにためいきをつくメヌーサを横目に、私は頷いていた。
つまり。
銀河にたくさんいる普通のドロイドとアヤの違いは、エンジン積んだ自動車と電気自動車程度の違いでしかないって事なのか?機能面を全然別の技術で補ってるだけだから?
そういうと、メヌーサはためいきをついた。
「ええ、その認識であってるわ……今まで理解してなかったの?」
「いや、その」
だから、そんな残念そうな目でみるなって。
「けど、魔導コアってやつを除けば構造的には普通のドロイドなんだろ?よくそんなハイブリッド作ったね?」
そのおかげで銀河にある普通の有機ドロイド用の保守装置が使えるんだから、ほんと大したもんだよ。
「あの子のカラダはボルダの技術者が作ったの。
そしてそこに、人間以上の能力を使わせるための魔術システムと動力源であるコアを組み込んだわけ。わたしはこの時にキマルケとボルダ、両方のスタッフの仲立ちをしたわけね」
「提携に絡んだのか?なんでまた?」
「たまたま両方のトップに顔がきいたからよ」
「なるほど」
よくある話っちゃそうか。
あれ?でも?
「しつもーん」
「なに?」
「その理屈だと、アヤに再生された私が魔導コアもってたのおかしくない?だって身体を作ってから後天的にコアを入れたんでしょう?」
「ああごめん、そこちょっとだけ訂正。
コアは製造時にボルダ側に組み込んでもらったの。あとで改造したけどね」
「改造?」
「想定されたスペックが出なくてね」
メヌーサがちょっと苦笑した。
「ちなみに、威力が足りないからって十六並列に改造したのは、当時のスタッフの悪乗りね。高性能こそ正義って変態がいてね、どうせいじるなら徹底的にやりましょうって」
「ああ、いるよねスペックマニア」
どこの世界にもいるんだなぁ。
「それで彼女に魔操兵士としての能力を使わせようとしたのだけど、困った問題が起きたの」
「困った問題?」
「彼女は、埋め込んだコアをアクティブにする事はできたけど……自力でそれを駆使して魔術を使うことはできなかったのよ。予測はされてた事だけど、この点はどうしてもクリアできなかった。
それで、あらかじめ埋め込んだプログラムを稼働させる方式に切り替えたのよ」
「あー、そういえばそんな話あったね」
思い出した。
アディル先生も、そしてアヤ本人もそんなこと言ってたっけ。
アヤの力っていうのは、あらかじめ用意された魔術を動かしているだけなんだって。
「ええそうよ、起動しているだけ。威力調整も、あらかじめ与えられたパラメータをいじったり、流し込むエネルギーを増減しているだけなのよ」
「へぇ」
なんか、ほんとに機械って感じだな。
「じゃじゃ馬は確かに高性能なんだけど、この点だけはどうしようもないの。
そしてそれは、センサー類の性能の限界でもある」
「性能の限界?」
「既存のセンサーで見えないものは、彼女にはどうしようもないってことよ」
あ。
するともしかして。
「つまり、アヤのセンサーにかからないような偽装をすれば?」
「そ。じゃじゃ馬を出し抜けるってわけ」
そういうと、メヌーサはニヤリと笑った。
「というわけで、これを着なさい」
「うわ、なんか魔法のように何もないところから謎のローブがっ!」
萌黄色というんだろうか?いかにもファンタジーって感じのローブが現れた。
「ただの異空間収納でしょう?なに言ってるの?」
「いや、なんとなく」
渡されたローブを受け取る。
「なんかファンタジーなローブだけど大丈夫なん?逆に目立つんじゃないの?」
「これはヨンカ式の遮光ローブだから目立たないわよ。さっきも着てる人けっこういたでしょう?」
「そうだっけ?」
「気づかなかった?腰でベルトしめたり調整して使うせいかしら?」
あー、そう言われてみたら……なんか似たような感じの布がよく使われてたかも。
「そうか。要するにそのまま着るんじゃなくて、アレンジが基本なんだ」
「そのまま使うのは主に暑い地域ね。風通しがよくて陽光はよく遮るから」
「なるほどね……」
一種の民族衣装みたいなものなのか。
腰のところで簡単にこげ茶のベルトで止める。
「フードかぶって鏡の前に立ってみなさい」
「ういっす」
言われるままに立ってみた。
「先生、ネコミミがフード突き破って見えてます!」
なぞの萌黄色ローブで頭までフードをかぶった娘。それもちょっと怪しいのだけど、さらにそれをぶちこわしになるものが。
そう、ネコミミだ。
「気になるなら引っ込めさせなさい。でなきゃ問題ないわ」
「え、問題ないの?」
「問題ないわよ別に」
「そうっすか」
まぁ、だったらいいかな。
え、なんでネコミミがフードを突き破るのかって?
そりゃあ、この耳は実体じゃないからだよ。本当は異界にあるわけだけど、境界面みたいなとこに少し張り出してて、それがかろうじて見えるって状態だとこうなるんだってさ。
ちなみに、なんでこんなことをしているかっていうと、いわば潜水艦の潜望鏡みたいなものらしい。
異空間っていうのは音も光もないんで、そのままだとやってられない。だから、こうやって感覚器の一部を外に隣接させることで外界の情報を得ているんだと。シャレや飾りでやってるわけじゃないらしいんだよね。
あーなるほど。ゲームなんかでいうと倉庫の中から外を見るようなものか。
……まぁ、偽装の仕方にちょっと疑問がないわけじゃないけどさ。なんで私にネコミミ生やしたり額に蜘蛛の目つけたりするんだろうね?
ま、いいけどさ。
「とりあえずよさそうね。じゃ、いこっか」
「ういっす」




