訓練や打ち合わせ(1)
夜が来た。
はじめての異星の夜だった。
俺に、というかアヤに与えられていた部屋は普通の居住区の一室だった。銀河ではアンドロイドは道具、つまり人間扱いされてないと聞いたのだけど、ベッドしかないというシンプルさを除けば普通の部屋だったし、大きな窓もあった。
「この建物にはドロイド用の部屋というのはありませんから」
「え、そうなの?」
「はい。それにわたしは立場がちょっと特殊なので、ドロイドだからという理由で倉庫に押し込まれる事もありません」
それってつまり、普通のアンドロイドなら倉庫に押し込まれる事もあるってことか。
うーむ……。
いいけど、普通にお話できて人の姿をしたものを倉庫に押し込むとか、何か抵抗ないのかね?
ちょっと悩んでいると、アヤがクスッと小さく笑った。
「なに?」
「ルド様がどうして、わたしたちを一緒にしたかわかりますか?」
え?
「どうしてって、医療的な意味じゃないの?」
「あれはただの言い訳だと思います。おそらくルド様は、わたしたちの間に秘密がある事を察してソフィア様と分けてくださったんですよ」
「そうなの?」
「まぁ、大組織のトップをやっているだけの事はある、という事かと」
「?」
「知っている方によく似ているのです。だいぶ昔の方ですし性格も全く異なりますけれど、空気を読んで采配するあたりはよく似ていると思います」
「そうか」
空気読むのって俺は苦手だからなぁ。
そういうのが得意な人ってそういうもんなのか、うーむ。
「まぁ、せっかくですから便乗させていただきましょうか。はじめますよ誠一さん、いえ、メル?」
「その名前、マジで使うの?」
「マジです。あと『俺』でなく『私』も習慣づけましょう」
「『私』……ねえ」
「何ですか?」
いや、その。
「実は俺、中学から高校にかけては『私』って言ってたんだが」
「そうなんですか?」
「ああ。大好きな漫画の主人公が、自分の事を『私』と言ってたんだけどね」
顔に傷のある、無免許の天才外科医。
彼が大好きだった少年時代……俺は自分を『私』と呼んでいた。
中二病全開だったあの時代に別れを告げた時、『私』をやめ『俺』というようになったんだけど。
「って、ちょっと待て。俺の記憶を見たんなら知らないわけないだろ?」
そうだよ、何か変だぞ。
だけど、そんな俺の疑問にアヤは苦笑した。
「それはないですよ」
「え?」
「メルの、いえ、この場合は誠一さんの記憶ですか。それは一時的にプールしただけで今は消しちゃってますから」
え、そうなの?
「あたりまえです。……ちょっと惜しい気もしましたけど」
なんでだろう。
身体を再生してもらってからこっち、アヤはどうも、いちいち一言多い気がする。
もしかして俺、遊ばれてる?
まぁ、話しやすい存在に思われているのはイヤじゃないんだが。
「話を戻しますけど。
メル、他人の記憶というのは客観的なデータにすぎない。そうでしょう?」
「そうなの?」
「ええ、そうなんですよ。
だから、その人本人が自分をなんと呼称してたとか、そういう当人にとって主観的なデータというのは逆に読み取りづらいんです」
「……そういうもんなの?」
「ええ」
そういうと、しかしアヤはにんまりと笑った。
「でも、そうですか。過去に『私』といっていたんですか。
だったら簡単ですよね。では、今から『私』にしましょう!」
「え」
「できますよね?」
「あ、いやそれは」
「できますよね?」
「……」
なんだろう。この、ノーと答えたら無限ループしそうな笑顔って。
俺は思わず、ためいきをついた。
「ああ、わかったわかった」
「約束ですよ?もう決まりですからね?」
「うん」
マジかよ……この歳になって中二病復活とか。
「いえ、別にこの左腕ガーとか、もうひとりの自分がプギャーとか必要ないですからね?そこは普通でいいんですよ?」
「お、おう」
なんだそのガーとかプギャーって。
そんなわけで、とりあえず『俺』から『私』に変更する事になったわけだけど。
……いや、マジで懐かしいな。自分のことを『私』なんて。
「はぁ……まぁわかった、そんじゃあ俺、がんばるよ」
「違うでしょう。『それじゃあ私、がんばるね?』ですよね?」
「そっちこそ、なんで女言葉?」
「えー」
「えーじゃないだろ」
油断もすきもあったもんじゃない。
そんなわけで俺……もとい、私とアヤの『訓練』は始まっる。
いや、そこのあんた。言っておくが『女の子レッスン』とかじゃないぞ。ドロイド体の能力を使うための訓練だぞ。間違っても変な解釈はしないでくれよ?
「別に女の子レッスンでもいいんですけど?」
「やめろ」
とんでもない事を言い出すアヤに、もちろん即座に突っ込んだ。
「とはいえ、メルに女の子教育はあまりいらないと思いますけどね」
「え?」
どういう事?
「自分で気づいてないようですけどメル、あなたは言葉遣いが環境に影響されるタイプみたいですから」
「え?」
「やはり自覚はないんですね……まぁ、それはそれでいいのですが」
「……えっと、よくわかんないけど、そうなのか?」
「ええ。
見ているとわかりますけど、はじめてお会いした時よりも言葉づかいがきれいになっているんですよ。自分の姿が変わった事とか、あとソフィア様の言葉づかいにも影響されているんだと思います。無意識に少しずつ変えていっているのかもしれませんね」
むむ……?
「話を戻しますけど。
今のところメルに必要なのは野郎全開の言葉づかいや一人称をただす事であって、女性化の推進じゃありませんよね?」
「もちろん」
「メルの場合、普通にしているだけで自然と言葉は丁寧になってくると思います。だから、それ以上無理に訓練はいらないと考えます」
「そう……でも、だったら一人称も俺のままでもいいんじゃないか?」
「それはダメです」
ふるふるとアヤは首を横にふった。
「女の子の姿で一人称が俺のままだと、それは目立ちますよ。痛い子だと思って敬遠されたり、足元を見られる可能性もあると思います。
ですので、一人称だけは意図的に変更したほうがいいと思ったんです。
実際『私』なら男女どちらでも使えますから、今後どっちを選ぶにしてもOKでしょう?」
「あー……なるほど」
理路整然と指摘されると、確かにまったくそのとおりだった。
正直、女を選ぶ未来はないんじゃないかなと思うが……。
でも、この先何があるかわからない。だから選択肢はないよりあったほうがいいに決まってる。
「わかった、じゃあ本題に戻ってくれるか?」
「ええ」
アヤは微笑んだ。
さて本題だ。
「それではさっそく、場所を移しましょう」
アヤがそういった途端、俺たちはまた例の神殿みたいなところにいた。
「今、わたしはキマルケ語で話していますけど。今回はちゃんと違和感なく聞けていますよね?」
「うん、問題ない」
ちゃんと意味をもって聞き取れている。前回の違和感もない。
そしてお……私もそのキマルケ語とやらで返せているみたいだった。
「ここは訓練場、わかりやすくいえば環境シミュレータの中と思ってください。ここでなら、メルはどんな能力を使ったところで外に影響はありませんし、大怪我しても死んだりする事もありません」
「へぇ、シミュレータなのか」
よくできてるもんだな。まるで現実と変わらないってのに。
「まず、わたしたちの能力から説明していきましょう。
この身体は人間とほとんど変わらない有機化合物でできていますし構造的にもアルカ、つまりアルカイン系の人間に酷似しています。
しかしこの身体には、通常のアルカイン系住民には存在しないものがひとつだけ含まれています」
「存在しないもの?」
「はい。わたしはこれを魔導コアというものだと教わりました」
「は?まどう?」
まどうって……まさか魔道?魔導?
「えーと……それってなに?」
私の顔はたぶん、疑惑と疑問の顔になっていただろう。
アヤも何か困ったように言葉を足した。
「すみません、わたしにもよくわからないので詳しい説明は困難です、もうしわけありません」
「いやあの……まどうって、やっぱりこう、コンパクトもってテクマクとかラミパスとか?それとも、片手をあげてムー」
「すみません。そっちの方向には行かないでいただけますか?」
なんでそうなるのと言わんばかりに苦笑すると、アヤは言葉を続けた。
「もう少しかみ砕いて説明いたしますね。
その魔導コアなるものはれっきとした生体組織でありながら、その機能と成り立ちが連邦技術的観点とはかなり異質なものなのです。全く異質の基礎理論、全く異質の技術により動作しているようなのです。
つまり、ここで魔導、魔法とは……ひとことでいえば、一般技術の範疇で理解できないもの、不可解なものをとりあえず総称して魔導だの何だのと呼んでいるのですね」
「あー……進みすぎた科学技術は、もはや魔法と変わらないってアレかぁ」
「はい、そのご理解でよろしいかと」
要するに、これだけ進んだ銀河文明をもってしても未解明のものがこの身体の中には含まれていると?
むむむ。
「未解明のものって、本当に何もわかってないの?」
「原理はさっぱりだそうです。ただし利用法や性質については、ある程度はわかっていますし、もちろんわたしも把握しておりますから実用上の問題はありません。
まぁ、ソフィア様は全くもって納得いかないご様子ですが」
「そりゃそうだろ」
ソフィアは王女様らしいけど、同時に学者さんでもある。
原理すらわからないものが普通に目の前を闊歩していたら、そりゃあ納得いかないだろう。
「実用上の問題はないといったね。じゃあ、それはどう使うものなの?」
「たとえば、コントロールには心のイメージを使うんです。そうですね……こんな感じに」
「お」
アヤが右手の人差し指をツンと立てると、その先端にポンとロウソクのような炎がともった。
「えっと……メラってやつ?ファイヤかな?なんならトーラでもいいけど?」
「いえ、ですからその、ファンタジーな魔法ネタから離れていただけますか?」
わざとやってますねと言いたげにアヤは苦笑した。うん、わざとだけどさ。
「魔導コア、第二の心臓、スティカ・ドライヴ……ユニヘル・ヌーヴォっていう言い方もありましたか。
まぁ、わたしが製造時に習った言葉そのままならば、意志の力でエネルギーを取り込み変質させ、これにより望む事象を引き出す力となりますが」
フッと火が消えた。
「意志の力?」
「はい、そうです」
「エネルギーを取り込むって、どこから?」
「ちょっと火をつける程度なら、たぶんですが自分自身の生命力のようなものを使っているようです。
わたしの能力もそうです。
この身体は人間より格段に大きな出力を持っていますから、当然その分だけ上限が大きくなります」
「大気圏突破したりできるのも、その結果?」
「はいそうです。ですがこの原則も、ある程度の規模を超えると通用しなくなるのですが」
「ほう。そこ詳しく」
「元々この魔導コアは、キマルケ人やボルダ人のように、一部の人種は自然に持っているものなんです。そしてこれらの人たちは、まさしく地球のファンタジー作品のような使い方をしていたりもしますね。つまり火を起こしたり風を吹かせたりですね」
「え、という事は天然の器官なの?臓器か何か?」
「ちょっと違いますけど、まぁその解釈でよろしいかと。
ところがですね。
わたしにはよくわからないのですが、彼らの使う力で、単に身体の生命力を使っているとは到底思えないものがあるんですよ」
「というと?」
「たとえば彼らは、山を穿つような大規模土木工事も魔導コアで行います。またキマルケのある種の巫女職は、砂漠をまるまる緑地に変えてしまったりと、とんでもない技能を駆使するのです。
でもそれって、明らかに個人のリソースでできる範疇を逸脱していると思いませんか?」
「えっと……そんな事できるの?」
「実際やってますね」
「」
うーむ……それはまた。
「なるほど、たしかに謎だね。ところで今、巫女職っていった?」
「あ、はい。キマルケには巫女職がありますよ。
キマルケ巫女にはいろいろなタイプがいますけど、上にいけばいくほど神がかりっぽくなっていきます。そして上位クラスになると緑化儀式というものを使うのが主な仕事になります」
「うわ、本当に神職って感じだね」
「興味ありますか?」
「あー、うん、見てみたいかも」
宇宙の巫女さんなんて、どんな感じなんだろう?
だけど。
「それは難しいですね」
「え、そうなの?」
「現在、本職のキマルケ巫女はひとりもおりませんから。星ごと滅ぼされてしまいましたからね」
「あ、そうだった……ごめんよ」
キマルケはアヤの生まれ故郷で、そして今はもうないんだった。
しまった、悪い事言っちゃったな。
そんなことを考えていたら、いたずらっぽくアヤが笑った。
「えっと、なに?」
「巫女を見る事はできませんけど……体験する事なら可能ですよ?」
「え?体験?」
「たとえば、わたしはキマルケ生まれですし、教育中は技術工房と神殿を行き来していました。だから巫女のカリキュラムについても覚えてますよ。あいにく、資格などはもっていないので上位の巫女までは無理ですけど。
あとは……あ、それより教育資格もちがまだおられますね。少なくともひとりは」
「え?」
一瞬、意味がわからなかった。
「えっと、二千年も前になくなった国の資格ってことだよね?」
なんでそんな資格、わざわざ習得したんだろう?
「あら簡単ですよ。当時から生きていらっしゃる方ですから。キマルケ王宮の隣にあった、中央大神殿で教育資格を取得なさったと記憶しています」
「そうなんだ」
二千年以上の年寄りってこと?
なんかすごいな、長生きも宇宙スケールかよ。
「ただ、この方に教えを乞うのはちょっと難しいですけどね。特に連邦人が習うのは無理かもしれません」
「あー、大人の事情かぁ。連邦と敵対している国の人なんだ?」
お……私のその質問に、アヤは微笑んで首をふった。
「国ではありません、この方個人の立場的に無理があるんです」
「個人の立場?」
「その方の名はメヌーサ・ロルァ。銀河最大といわれる巨大宗教、エリダヌス教の女神と謳われる方なのですが、少なくとも二十万年前には記録が存在する、なかば都市伝説的な人物ですね」
「なんじゃそれ……」
へぇ、宗教的な有名人か。宇宙文明にもそんな人いるんだ。
地球のどこぞの国は半万年なんていってるけど、歴史の粉飾も宇宙規模って事かぁ、ある意味すごいな。
でも、そんな私の反応をみてアヤはクスクスと笑い出した。
「な、なに?」
「少なくとも彼女、二千年前からは今と同じ姿なんですよ。だってわたしがキマルケのラボで生まれたあの日、あの方もラボにいらっしゃったんですもの」
「え、そうなの?」
「はい。
実はけっこう最近にもお会いしたのですけど、二千年前とまったく変わらない姿でご健在でした。
正直、あの方なら、二十万年前からあのままでも全然不思議はないかと」
「……なにその妖怪ババア」
なんというか、コメントしがたい話に笑いしか浮かばなかった。
私はこの先、この信じがたい噂の真実を知る事になる。
だけどこの時はわけもわからず、ただ頭をかくだけだった。