ヤンカ到着
【みなさま、長らくの航海大変お疲れ様でした。まもなくヤンカ港、ヤンカ港に到着いたします。
神殿観光チケットのお客様のうち、お荷物を預けられるお客様にご案内いたします。受付はロビーで行っておりますが、到着後も引き続き行っておりますので、あわてる事なく、余裕をもって、忘れ物のないようにお願いいたします】
なんか船内アナウンスが流れている。
窓の外には、見知らぬ大地の広がる緑の惑星。もちろん地形も全く知らないけど、完全な地球型と思わせる風景が大気圏外からもわかる。
これは、なかなか良さげな星だなぁ。
そんなことを内心つぶやいていたら、何かが心のどこかでピクッと動いた。
うう……わかってるって。
まもなく、こんな脳天気なこと言ってられない大ピンチがやってくるのもちゃんと。
え?逃げちゃダメだ?
いやいや逃げてないって。
確実に来る未来に、今から怯えて暗い顔しててどうするのさ。
それが避けられないもんなら。
だったら暗い顔なんかしてないでさ。
備えるだけ備えたら、あとは笑ってた方がいいんだよ。
ああ、そうだよ。
確かに私はバカで間抜けかもだけど、ダテに負け犬人生歩いてたわけじゃないよ。
さすがに、この程度の知恵ならついてるさ。
……ていうかさ、想像しただけでタマタマ縮み上がりそうだったのに、あんまり脅かさないでくれないかな?
「タマなんてついてないくせに」
「そこ!ココロの叫びに突っ込まない!」
めっちゃ笑われた。
いやま、たしかに竿だけでタマはダミーなんだけどって、そうじゃないっ!
クソ、メヌーサは気楽だよなぁ。まぁ他人事かもだけどさ。
そんなことを考えていると、メヌーサが何か渋い顔をして目を細めてきた。
「な、なに?」
「言っとくけどメル、自分だけ死ねばいいとか、そういうおバカな事考えてたら、そのお飾りのちん○引っこ抜いて、二度と生えないようにするからね?いい?」
「いやいやいや、女の子がちん○とか言わないの!」
言いながらも、つい反射的に股間をかばってしまった。
……あー、でもお飾りって。
「あら、誤魔化してるつもりだった?ここ数日で急に進んでるんでしょう?」
「いや、それは」
まぁ、その。確かにその通り。
体調にはまったく問題ないんだけど、股間の例のやつ……つまりアヤがつけてくれた「擬似的な男の子機能」の部分が不調っぽいというか。
いやま、少し前から勃起しにくいとか色々あったんだけどさ。
え、生々しい?下品?
いやー、そう言われても、そもそも私、有機型とはいえ人型ロボットに魂だけインストールしたような状態なわけで。
ほら、子育てすると臭いのにも慣れるっていうでしょ?
今さらだと思うんだ。
反論に困っていたら、うふふと楽しげに笑いやがった。
「別に病気じゃないから心配しなくていいわ、単にそれ子猫の世話してるせいだからね」
「え?」
なんだって?
「どういうこと?」
「だから、母性本能ってやつよ。それが女性化を進行させてるから、だからちん○に元気がないの。わかる?」
「いや、だから女の子がちん○ちん○連呼しないのって……ちょっとまて、まずいじゃんそれ!?」
思わずギョッとした。
「大丈夫大丈夫、そのくらいなら何とかできるから」
「え、できるの?」
「忘れたの?わたし、じゃじゃ馬の開発スタッフの生き残りなんだけど?当然、メルの構造も理解してるわ。カスタマイズ部分が存在しないだけで、基本構造は同じだからね」
「……おお、たしかに」
「納得した?」
「したした」
そういえばそうだった。
「ごめん、その時はよろしく」
「ええ、頼まれたわ……材料も揃いそうだしね」
「材料?」
「ほら、例の女。合流予定の後輩ちゃん」
「?」
「わからないの?」
クスクスとメヌーサは笑った。
「要は彼女にも助手をしてもらうってことよ。」
ま、具体的な話は後輩ちゃんが合流してからね。先方の都合も確認しないとだし」
「都合??」
えっと、話が見えないんだけど?
「ああ、要するにね、女性化進行を食い止めるのに必要な材料を、その後輩ちゃんが持ってるはずなの」
「え、そうなの?」
いつのまにそんな事調べたんだ?
「ま、詳しくは後輩ちゃんと合流してから話すわ。いいわね?」
「……了解」
よくわからないが、とりあえず同意しておいた。
大型船だから、もちろん惑星上には降りない。軌道上の宇宙港にご到着である。
【接続完了いたしました。降下可能になりました。お降りのお客様はご注意ください】
「ん?ご利用ありがとうございましたって言わないのかな?」
「そりゃ言わないでしょ。ほとんどの人は帰りも乗るからね」
「え、そうなの?」
あたりまえでしょとメヌーサは笑った。
「現在、このヤンカは開発中で、航路はヨンカとしかつながってないの。しかも町なんかも限定的なものしか稼働してないの。
しかも乗客のほとんどは遺跡神殿の参拝しつつ、わたしのやる『神事』を見物したい人たちばかりでしょう?つまり」
「ほとんどの人は一時降下するだけで、帰りも乗って帰るってことか」
「そういうこと。ま、後から追ってくる定期便に乗る人もいるだろうけど」
「なるほど」
定期便も臨時便も、基本的にヨンカに戻るしかないということか。
もちろん、中には別個に船を呼ぶ人もいるだろう。だけど、もともと自分の船を呼べる人が、わざわざ定期便や臨時便で来る可能性は低いんじゃないだろうか?
うん。そういうことなんだろうな。
さて。
乗客は降下をはじめているけど、私とメヌーサはまだ客室のモニターで外を見ている。別に急ぐわけじゃないし、まぁないと思うけど、乗客がわんさといる中でアヤが襲撃してきたりしたら、それこそ大惨事だからだ。
船から顔を出しててない限りは来ないだろう、とはメヌーサの弁。
「よくわからないけど、そういうものなの?」
「そういうものよ」
銀河的には、例の波動砲的な『脅し』の後は、ビビった相手が出て来るのを待つものだそうだ。アヤはそのセオリーをきっちり守るタイプなので、船内にいる限りは襲われないんだって。
はぁ、そういうものか。
「意図的にそのセオリーを破る可能性は?」
「もちろんあるけど、それをすると、手間ひまかけて脅しかけた意味がないのよ。殺されに出てこいってドーンとかまえてこそ意味があるの」
「あー、なるほど」
そういうものなのか。
なるほど、だったらたしかにアヤならやりそうだ。腕組みして仁王立ちで。
そんなことを考えていると、メヌーサはなぜか苦笑していた。
「え、なに?」
「あの子、メルにもそういう認識されてるんだ。いったい何があったの?」
「あー……わたし、あの子を人間扱いしようとして、そのたびに怒られた」
「ああ、奉仕する者のプライドね」
ウンウンとメヌーサはうなずいた。
「あの子プライドめっちゃ高いのよねえ。誰に似たんだか」
「昔からそうだったんだ」
「ええ、そうよ。あの子の周囲の者はみんな、それをからかいの種にしてたものよ」
ああ、なんか状況が想像できるな。
もしかして。
有能すぎる被造物がやたらとプライド高いのって、何かのオマージュだったりするのかな?
それとも、世代的によくわからないんだけど、それも萌え要素とかってやつ?
プライドというか。
有能でカタブツな人といえば、最初に想像するのは某ハイジのロッテンマイヤー女史ですが。
個人的には、某とらハ3のメイド長ノエルさんあたりも挙げたい。
有能秘書や老獪な家宰、万能メイドというのもひとつのステレオタイプですからね。有能さを描くためにロボットや自動人形として描かれる事もありますが、総じて能力が非常に高く、そして誇り高い。そして誇り高いからこそ、自分より能力の劣る、でも頼ってくれる主人に仕えていられるというか。