まもなく到着
「まぁ伝説武器の話はいいわ、それより伝えることがあるの」
「伝えること?」
「今、ちょっと個人通信で情報がきたんだけど……メル、ちょっと確認したいんだけどいい?」
「えっと、いいけど?」
「『カンシュハドウホウ』って武器知ってる?」
「……は?」
いきなり何を言いだすんだよ。
「えっとなに?カンシュ、ハドウホ?」
「『カンシュハドウホウ』だって」
え?
「……あー、も、もしかして『艦首波動砲』って言いたいのかな?」
「あ、そういう意味なんだ」
「?」
「あれ、言ってなかった?わたしメルと音声だけでなく、同時に頭の中で展開されてる『意味』も読んでるんだけど?」
「……そうなんだ。いやごめん、覚えてないや」
まぁ、別にそれくらいかまわないさ。
お互い、異星人同士だもの。本来、メンタリティやら常識やらのズレで色々と大変なはず。
でもメヌーサといて困ったことって、ほとんどない。何かあっても即訂正されたし、誤解されてギクシャクしたこともない。
つまりそれって、メヌーサがうまく読み取ってくれてたって事なのか。
「うん、問題ないよ」
トイレでお尻見られるわけじゃなし、それより会話がスムーズな方が助かるし。
「そういう割り切りの良さだけは男の子よね」
「ほっとけ」
なんかクスクス笑いが飛んだ。
「話戻すわね。つまり『艦首』から発射される『波動砲』って武器のことでいいの?」
「うん、それそれ」
波動砲かぁ。
またずいぶんと懐かしい名前が出てきたな。
何しろ、私らの世代なら誰もが知ってる武器の名前だし。
まぁ『ライ○ーキック』にはさすがに負けるけど、それでも普通名詞化するほど有名になった名前。平成世代には信じられないだろうけど「エネルギー充填百二十パーセント」とならんで、いろんなところでネタにされ使われた。
「って、ちょっと待て」
「え?」
「なんでメヌーサが波動砲なんて知ってるのさ?」
そうだ、おかしい。
そっち関係のコンテンツはタブレットに一切入れてない。イラスト一枚だって入ってないはずだ。
「メヌーサ、なんで波動砲なんて言葉知ってるの?それが出て来るアニメってさ、オン・ゲストロの未開文明ライブラリにも入ってないし、私の端末にも入れてないはずなんだけど?」
オン・ゲストロの担当者って意外というか何というかマジメみたいでさ。大人の事情っていうか、要は著作権関係のややこしいのがある作品とか、そういう作品はライブラリに取り込んでないんだよね。
だから問題の『ヤ○ト』シリーズもライブラリに収録されてなかったんだけど。
「ええ、そうね。もちろんメルの持ってる端末やオン・ゲストロのライブラリは関係ないわ」
「というと?」
「実はねメル。わたしたち、一時間ほど前かな、この船ごと撃ち落とされかけたらしいの」
え?
なにそれ?
「それ……どういうこと?」
「そのまんまの意味よ。で、もちろん今こうしているって事は結果は未遂。この船に届く前に食い止めてくれた人がいたのよね。
で、その『ハドウホウ』って武器の名前なんだけど。
これは、食い止めてくれた人たちが犯人と通信した際に、犯人が自称、使用武器として紹介したんですって」
「……」
「続けていい?」
「あ、うん」
考えがまとまらない。
「犯人はこの船を攻撃するにおいて、ちょっと変わった武器を使ったの。
コリガン砲ってエネルギー武器があるんだけど、これをベースに改造して、その『波動砲』なる武器と同じような感じに動くものを作ったらしいのね。わざわざ」
「わざわざ?なんのために?」
「さて、なぜかしら。でも誰をターゲットにしてたかは予想つくわよね?」
「……それは」
そもそも今の銀河文明に、波動砲ネタなんて知ってる人がいるわけが……ない。
もし知っているとすれば。
そう、私と、そして私の再生時に私の記憶をコピーしたアヤくらいじゃないだろうか。
「まぁ要するにブラフ、脅しでしょ。殺しに来たぞ、逃げられないぞってね」
「どういうこと?」
「だから、そのまんまだって。
犯人はね、わざと派手な演出効果のある、しかもメルならわかる武器を使った。それが防がれることも計算した上でね。
そして実際、それは防がれた。
おまけに防いだ者が通信までしてきたので、堂々と『ハドウホウを使った』と宣言までしたってわけ」
「……」
「メルのとこじゃどうか知らないけど、こういう脅しのかけかたはこっちじゃ珍しくないと思う。ターゲットが好きだったもの、ターゲットが恐れるもの、そういう、相手の心の琴線に触れるものをわざわざ用意して、それを突き付けるの。『俺はおまえを把握している、準備もできてる。逃げる事なんてできないぞ』ってわけ」
「……な」
おい。
なんだよそれ。
だって、そんな馬鹿な。
「……なんだよそれ」
「ん?」
「脅しって」
「……」
「ひとつ間違ったら、ひとつ間違ったら、この船ごと吹き飛んでたんだぞ!何千人って巻き込んで!」
「……」
「それが、それがただの『脅し』!?そんな馬鹿な!!」
激昂する私に近づき、メヌーサはポン、ポンと肩を叩いてくれた。
何も言わず、ゆっくりと。
しばらくすると、少し気持ちが落ち着いてきた。
「……落ち着いた?」
「あ、うん」
「言いたいことはわかるけど、少し冷静になりなさいメル」
「……」
「ゾッとしたでしょう?とても冷静でいられなくなったでしょう?つまり、これが犯人の目的ってわけ」
ふうっと、メヌーサのためいきが聞こえた。
「メル自身を直接攻撃するより、多人数を巻き込む方が効果的ってことか。さすがね、メルの性格をよく把握してるわ」
「……」
目の前が真っ暗になった気がした。
「は」
「ん?」
「犯人の目星は?」
「目星も何も、言ったでしょ?防いだ者と通信したって。誰かも確認ずみよ。……逃げられたそうだけどね」
ホントに逃げられたのかしら、とさらに不穏なことをいうメヌーサ。
でも、頭の中がグルグルしてよく聞こえない。
「それで誰だったのさ?」
「そんなのわかってるでしょ?」
「おしえて」
「……」
はぁ、とためいきをつくと、メヌーサは教えてくれた。
「ご想像のとおり、じゃじゃ馬……メルがアヤと呼ぶあの子よ」
「!」
「ちなみに間違いじゃないし、誰かがなりすました可能性もほぼゼロ。理由知りたい?」
「……ええ」
「使った船が特徴的すぎるの。アルゴノートっていって、ソフィア妃所有の船なんだけど、あれは一品ものの船だし、ものすごく特徴的だから間違えようがないのよ」
アルゴノート?
「……ああ、確か生体宇宙船なんだっけ」
しかもアンドロメダの技術だけで作られた船で、しかもソフィアのためだけに製作された特注船なんだっけ?
「わざと目立つ船に、わざと目立つ武装。隠れる気ゼロよね。
そして、メルにしかわからない武装をわざわざ模倣して」
「……なるほど」
確かに、わざと狙ってるとしか思えないな。
「最初から一度撤退することが前提ね。で、その際にメルだけに伝わるメッセージも残したってとこかしら。
ね、メル。
あまりいい内容じゃないのは承知の上で聞くけど、彼女のメッセージの意味って読み取れるかしら?」
「……うん。とってもイヤな意味だけど」
「聞いていい?」
「いいよ」
私はためいきをついて、そして言った。
「そもそも波動砲ってどういう武器か簡単に説明するよ。
波動砲はね、一種の『機械仕掛けの神』みたいな絶対武器の扱いだったんだ。わかるかな?」
「機械仕掛けの神?」
メヌーサは少し悩んで、そして「ああ」とうなずき、そして微笑んだ。
「要するに、舞台装置そのものと化しているって事で合ってるかしら?ピンチを打開する、強力な敵をあっさり粉砕する、その鍵となる兵器ってとこ?」
「そそ、まさにそんな感じ。まぁ強すぎるんで、直接対人攻撃に使われた事はあまりないんだけどね」
「それはまぁ普通でしょ、典型的な大型武装の使い方だわ」
「そうなの?」
「ええ」
そんな会話をしていたところで、メヌーサが大きくためいきをついた。
「そっか。つまり……そういう意味でも、絶対逃さないぞって言いたいのね」
「そうだね。
だいたいこの波動砲って武器はね、戦って他者から奪うよりは滅亡を選ぶってくらいに平和を愛した国の人たちが作った武器で、恐れと怒りをもってぶっ放す『正義の鉄槌』みたいなところがあるんだ。これが発射される時、その道を遮るものは皆滅ぶと言わんばかりにね」
「なるほど……一種の決意表明みたいなものかしら?」
「うん、そうだと思う。私への表明と同時に、自分への決意表明もある気がするよ」
正直、自分で言ってて腰が引けそうだった。
アヤが私を殺しに来る。それについては、頭の中では納得したつもりだった。
だってそうだろう?
アヤは自分を人間じゃないと言い切り、受けた命令をこなすのがアイデンティティとか、まるでプロのメイドさんみたいなことを言いきる子だった。
でも同時に、こんな私なんかを哀れんで、やさしくしてくれた存在でもある。
そんな彼女が「母にして父の殺害」をソフィアから命じられたらどうなる?
波動砲は、私の……子供の頃の思い出と結びついているもの。
あの頃の私は波動砲という武器を、最も強く、最も正しい意思の発露だと考えていた。実際の物語上の演出がどうだったにせよ、私の中での波動砲って武器の位置づけはそうだったんだ。
そして、その事を、他ならぬ私の記憶を通して知っているはずのアヤ。
それを知ったうえでの選択。
意味するものは……明白だろう。
頭が働かない。
呆然としていると、いつの間にかメヌーサに抱きしめられていた。
「落ち着きなさいメル」
「……」
「しっかりなさい。故郷じゃ、おじさんって呼ばれる歳まで男の子してたんでしょう?」
「……」
「困った子ね。じゃあ、ちょっと昔話でもしてあげようかしら?」
「昔話?」
「ええ」
ぽん、ぽん。
メヌーサの手がやさしく、子供をあやすように私の背中を叩く。
「知ってると思うけど、わたしも立場上よく狙われるわ。これは過去形でなく、今でもしょっちゅうなんだけどね」
「……」
それは……。
「ねえメル、想像できる?
わたしよりもさらに小さな女の子がね、にこにこ笑ってお花もってくるの。こんにちはめがみさまって。
……身体の中に、街ごと吹っ飛ばせるような爆弾を飲み込んでね。
機械の体でもなんでもない、普通の女の子がよ?」
「!?」
「笑顔で言われたこともたくさんあるわ。あんたがいなければ、あなたがいなければってね。
もう覚えていないくらい、なんども、なんども、いっぱい、いっぱいね。
実際、そういう連中の行動に巻き込まれた第三者なんて、億や兆じゃきかない数よ。星系ごと吹っ飛ばされた事だってあるんだからね」
「……」
たったひとりのために。
たったひとりのために、星系ごと吹き飛ばす?
なんだよそれ。
無茶苦茶にも限度があるだろ。
「で、その事をもってさらに言われるのよね。おまえが災いを招いてるんだって。おまえのせいで故郷は滅びたってね。
ふざけないでって感じよね。勝手にわたしを狙って、勝手にひとを、町を、国をふっ飛ばしたのは彼ら自身でしょうに」
「……」
「ねえ、メルはどう思う?
彼らの言うように、それって全部わたしたちのせいなのかしら?わたしたちは大量殺戮犯で、あの子たちにふっとばされたり、公開処刑で首ちょんぱされて死んで当然の存在なのかしら?」
「そんなわけない!」
思わず叫んでいた。
そうだ、そんなわけない。
悪いのは、第三者を巻き込んで殺しに来たやつに決まってるだろう。
もちろん、簡単に割り切れないのはわかってる。難しい問題だろう。
でも、だからってメヌーサたちが一方的に悪いっていうのはおかしいだろ……って、
あれ?
「!」
「理解できた?おばかさん?」
「……ああ、うん」
なるほど理解できた。
「ごめん、ありがとう。そうか、そういう事か」
「大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫……さすがだねメヌーサ、落ち着いたよ」
「ふふ、伊達に何千万年も追い回されちゃいないわ」
「笑えないなぁ」
「まったくよねえ」
私たちは、思わず苦笑しあった。
「なるほど、たしかに彼らの言い分も正しいのかもしれない。
ある意味、確かに私のせいでもあるのかもしれない。
だけどね。
それは私のせいって割り切れる問題じゃないし、だいいちそんな事で悩んでもなんの解決にもならないって事よね」
「うん、私も今、そう思ったよ」
ウンウンとお互いに頷きあった。
「ええそうね。じゃあ具体的にどうする?」
「決まってる」
私は胸をはり、そして言い切った。
「どういうカタチであれ決着をつける。最良はアヤの撤退だけど、無理っぽいなら殺害も視野にいれる」
「難易度高そうだものね」
「高いどころか、史上最悪だよ」
もちろん、最悪の場合は私が殺される事になるだろう。
「あとはそうね、あの子の性格なら、できればメルのマトリクス情報は残そうとするでしょうしね」
「うん、でもマトリクス情報は期待してないよ」
「あらどうして?」
「だってあれ、即死したらとれないんでしょ?しかも戦闘中は無理っぽいし」
「なるほど、たしかに」
「……」
思わず、自分の手をぎゅっとにぎりしめた。