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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第四夜・とある旅路の日記
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閑話・少女たち

 突然であるが、アヤの見た目は儚げな美少女のそれである。

 彼女の外見デザインはキマルケ人によるもので、彼らの中でも山岳地帯に多い黒髪の娘の容姿を基本にしている。そして顔の雰囲気に至っては偶然なのだけど、地球のモンゴロイドに……もう少し厳密にいえば日本人のそれとほぼおなじである。

 しかも、天使の輪ができるほどの艶やかな髪は、いわゆる(からす)の濡れ羽色。瞳の色も黒いと言いつつ、実態は日本人のそれと同じ暗き茶褐色。

 ただし、その姿は現代的日本少女というより、昭和時代のそれに近いといえるが。

 ひとことでいえば、古き良き大和撫子(やまとなでしこ)風の少女。

 さて。

 おなじ歳の黒髪の日本少女と銀髪の北欧系美少女を並べた場合、どうしても日本少女の方が幼げに見えてしまうが、これは種族的な問題なので仕方ないところだ。だから映像の向こうに見えているふたりの銀髪少女と比べるとアヤが子供に見えてしまったとしても、それは仕方のないところ。

 それに。

「メヌちゃん……いえ、違う?」

 アヤは映像の娘たちを見て少し首をかしげて、そして何か結論づけたようだ。

『……ちゃんづけなんだ』

 映像の向こうで、そんな小さな声が響いた。

「ああ、そっか。メヌちゃんの『予備』の人たちかぁ」

 その声を聞きつけたアヤは、コホンと小さく咳をした。

 そして、子供っぽい態度を改め、きちんとした態度で応じた。

「はじめまして、になりますでしょうか?こちらはアヤ・マドゥル・アルカイン・ソフィア。そちらのお名前をうかがってもよろしいですか?」

『とりあえずミミと名乗っておきましょう。それでいいかしら?』

『正体を知っているのならわかるでしょう。名前などありません』

 ひとりの娘は微笑んで、もうひとりはまるで機械のように返答。同じ顔なのにずいぶんとイメージの違うふたりだった。

 ちなみに『ミミ』を地球語に訳すと『名無しの女(ジェーン・ドゥ)』である。つまり言い方が違うが両者は同じことを言っていた。

『さっそくだけど、惑星規模破壊以上の攻撃はやめてくれるかしら。個別戦闘はかまわないから』

 やはり、今の攻撃を止めたのは彼女たちかとアヤは判断した。

 どうやって止めたのかはわからない。

 そもそも、科学兵器であのエネルギーを止めたのなら、なんらかの反応が検出されるはず。しかしそれはなかった。一切。

 アヤの言う「メヌちゃん」というのは言うまでもなくメヌーサ・ロルァの事で、彼女ならそれが可能なのをアヤは知っている。しかしメヌーサ・ロルァは定期便に乗っているはず。

「ひとつ質問いいですか?」

『何かしら?』

「今の攻撃を止めたのって、誰でしょう?わたし、メヌちゃん……あなたがたの言うメヌーサ・ロルァの『盾』以外でこんな痕跡もなく、綺麗に止められる力を知らないんですが」

 そう。その点が非常に疑問だった。

「何か理由があっての事なのはわかりますが、得体の知れない『力』が存在するのなら武装を解くことはできないし、できうる最大戦力で命令を遂行(すいこう)するのは当然と考えます。

 ゆえに、教えてほしいのです。今の攻撃を止めたのはどういう力ですか?」

『まぁ次第点の答えね』

 ミミと名乗った女がウンウンと同意して、そしてもうひとりがそんな女に顔を向けた。

『教えてしまうのですか?』

『彼女は大丈夫よ』

『現状、敵対しているのにですか?』

『たしかに敵対しているけど、厳密には彼女は敵ではないわ。

 ただ、彼女自身の存在意義が「主と認めた者に託された使命を果たすこと」であり、その者の指示が「母であり父である者の破壊」だからメル嬢を殺しに来た、ただそれだけにすぎない』

『命令ならば、自らの子であっても殺すのですか……彼女も有機生命体である以上、自分につながるものには愛情を持っていると考えていたのですが、違うのでしょうか?』

『世の中がそんなに簡単ならいいのだけど……』

 そこまで言って『ミミ』は首をかしげた。

『いえ、複雑怪奇だからこそ、混沌であるからこそ、ひとの世は面白いというべきかしらね』

『おもしろい、ですか?』

『ええ。

 時には泥沼の果てに絶望し、無意味に周囲を巻き込んで無理心中をはかるのも人間。

 時には何も知らずに走り続け、実はその人生が無意味だったと最後の最後に気づいちゃって、自分の愚かさに笑いながら死んでいくのも、また人間。

 複雑にからみあった、無駄と無意味を果てしなく積み上げるのが人間の(さが)なんだけど』

 そこで女は言葉を止めた。

『それは無意味だけど、無意味ではないのよ』

『どういうことですか?』

『だって、人間(ひと)の営み、知性体の文明っていうのはモザイク絵みたいなものだから』

『モザイク絵?』

『見たことない?小さな絵をたくさん集めて、巨大で全く異なる絵を描き出すことよ』

 フフフと女は笑った。

『個人単位ではまったくの無意味、まったくの無駄に感じられる人生もあるでしょう。何もなさず、何も残さずに消えていく命もまたあるでしょう。

 だけどね。

 そんな命のひとつひとつですら、巨大で混沌とした「ひと」という巨大な絵の一部ではあるの。わかる?わたしたちはとても小さいから、それを俯瞰できないわけだけどね』

『……よくわかりません』

 ミミの言葉に、もうひとりの女は首をふるだけだった。

「……」

 一方、それを聞いているアヤも理解してはいなかった。しかし別のことを思い出していた。

 それは、こんな事だった。

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 遠い昔の記憶。二千年も昔、アヤが根本的な、ただひとつの使命を受けた時のことだ。

 今はなきキマルケ王国の王の間。響き渡っていたのは彼女の唯一の主人の言葉。

愛しきじゃじゃ馬(アヤマル・ドゥグル)、おまえは人間を、ひとの世をどう思う?』

『ひとの世をどう思う、ですか。「ひとの世」が抽象的すぎて答えられません』

『ははっ、そうだろうな!』

 偉大なる金色の王は、楽しげに笑った。

『ひとの世とはな、無駄と無意味を無数に積み上げたものなのだよ』

『無駄と無意味、ですか?』

『うむ』

 王は大きくうなずいた。

 王の隣にある王妃席には、ひとりの少女が気持ちよさげに眠っている。美少女ではあるものの、神殿巫女の衣装をまとったその姿はどう見ても王妃どころか王族ですらなさそうである。

 いやそもそも、その少女はアヤの知人だった。間違いなくただの巫女であり、王妃の席なんぞで居眠りしていい存在ではないはずだ。

 だが安心しきって、だらしなくヨダレまでたらして爆睡している。

 王はその少女をチラッと優しい目で見ると、そして言った。

『そもそも人の(セイ)に意味などない。せいぜい、生まれた土地や家系なんかによる「しがらみ」が唯一の意味と言えるが、これすらも絶対ではない。

 そして多くの者はその、持って生まれた範疇を出ないで生きる。

 しかしこれも特別な理由があるわけではない。

 せいぜい、ゼロから生きる環境を構築するより、生まれ育った環境をなるべく維持したほうが、住みやすく心地よい。それだけにすぎないんだな』

『?』

 王は少し微笑んで『おまえにはまだ難しかったか?』と言った。

『昔、ひとの幸せは自由に、つまり自分だけを(よし)として生きる事だと言った者がいた。この考えは商業主義など一部の者の考えたに非常にマッチしていて、この世の真実であるかのように受け入れられる事も多かった。

 だが、すべての個人がバラバラに生きる世界はコミュニティの崩壊と、そして人の急速な減少を招いてしまった。

 そりゃあ、あたりまえだ。

 家だの家系だのというのは「古く悪い世界の因習」などではない。未来に命をつなぐため、そしてなによりも、ひとりでも多くの人間が飢えずに生きるために生み出した自然の摂理であり知恵なのだ。

 なるほど、確かに「個」を圧迫される事があるのは嘆かわしいことだ。そして貴重な人材や才をみすみす家系のために無駄にすることもある。自由がないことを嘆くのもわかる。

 だが、だからそれが悪いのだと決めつけるのは、あまりにも近視眼的であろう。全体がまるで見えておらん。

 そもそも命をつなぐ事すらできないのと、どっちがいいかという話なのだがな』

『???』

 首をかしげるアヤに、王は笑って首をふった。

『わからずともよい、我のただの愚痴だ。

 だが、まぁ……ひとつだけ覚えておけ。

 そもそも人生とは無意味であり、有意義を問うことすら間違いなのであるが──』

 そこまで言うと、王は肩をすくめた。

『だが我に言わせてもらえば、当人がよければそれでいいのだと思うぞ。

 ただ、生まれ育った環境を守るために生涯をただ使い切るなら、それもまた(セイ)

 何かを求め、あがき続け、結局何も残さず終わるというのなら、それもまた(セイ)

 世の魔術師どもをみろ。あいつらの何人が求めるものにたどり着く?

 それどころか、おそらく万人いれば万人すべてが「ああ、もう少しだったのに、あと一歩だったのに」と悔しげに去っていくだろう。

 だが、それでいいのだ。

 そも「満ち足りた人生」なんてロクなもんじゃないだろう?

 何しろ人生ってやつは基本、いつだって『ちょっと足りない』か『ぜんぜん足りない』なのだからな。

 好きなだけ生き足掻(あが)くのも人間。そして、怠惰(たいだ)に時間を使い切るのもまた人間。

 それが傍目にどう見えようと、本人がよければそれでよい。

 それでよいのだろうよ』

『……無意味なのに有意義、という事でしょうか……わかりません』

『だろうな』

 そこまで言うと、王はさらに笑った。

『このあたりを理解していれば、本当に面白いのだがな。

 昔、とある王が使用人などを並べ、たわむれに、死んでもいい者は殺すと言い放った。

 ところがだ。調べたところ、本当にどうでもいいような枝葉の人物に至るまで、誰にも必要とされていない者、本当に無意味な者など誰もいなかったという。王は心底驚かされたが、同時にさもありなんと納得したそうだ』

『……』

 いちいち妙に含蓄(がんちく)のある王の言葉だったが、アヤはそれを理解できなかった。

 しかし王はそを気にせず、ただ笑った。

『今はわからんでもいい、おぼえておけ。

 技術屋どのの話では、おまえもいつか理解できるだろうとのことだからな……その日までは単に覚えておくといい』

『はい、ご主人様』

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

「……ああなるほど、そういう事でしたか」

『?』

 映像の向こうで眉をしかめた女たちに、アヤは微笑んだ。

「わかりました、船を使うのはやめます。わたしが自力でメルを襲うのは止めないのですね?」

『ええ、そっちはかまわないわ……あとはあの子たちの問題だから』

 どういう理由で止めに入ったのかはわからない。だが、要求するものは理解できた。

 要するに、彼女らは星を砕くような戦闘力を使うことで誰かを巻き込みたくないのだと。それが誰かはわからないが。

 とりあえず、使命を妨害されないのなら別にかまわない。 

「この船はヤンカ近郊に停泊しておきますが」

『ええ、何も手出しはしないわ。約束しましょう』

「よろしく、ありがとう」

『いいえ、こちらこそありがとう。知ったことじゃないって言われたらどうしようかと思ったわ』

「確かにわたしは命令第一主義だけど、そこまで愚直ではないつもりだけど?」

『ええわかってる、人形だなんて言って失礼したわね』

「いえ、ありがとうございます」

 アヤは静かに頭をさげた。


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