猫と耳
なんか、とんでもない子猫を押し付けられたでござる。
とはいえ黒い子猫は可愛いし、こんな小さいのに親に捨てられるなんてむごすぎる。仕方ないので、とりあえず面倒見ることにした。
「絆されたって素直に言いなさいよ」
「なんの話?」
「はいはい。ほらミルク」
アマリリンミルクが注文可能だったので、頼んで持ってきてもらった。そしたら巨大イチ○ク浣腸みたいな変な道具までついてきた。
「なにこれ?」
「ポイト。わかりやすくいえば授乳器ね」
「あぁ哺乳瓶ね」
「地球だとそういうんだ?」
「うん」
どうやら使い方もほとんど同じらしい。
ひと肌ならぬ猫肌まで温めたミルクをあてがってやると、んむ、んむ、ぴちゃぴちゃと飲み始めた。
おお、かわええ!
「……だいぶ女の方に引っ張られてるわねえ。母性本能おそるべしね」
「何かいった?」
「なんでもないわ」
しばらく飲ませていると眠そうになってきたので、そろそろかなと中断した。
ふとハツネに呼びかけた。
「ハツネ。この子は身内だからね、わかってるよね?」
『問題ない』
頼もしい返事が脳裏に響き渡ったのだけど。
「!」
音声は響いてないはずなのに、なぜか子猫が反応した。きょろきょろと周囲を見ている。
ふむ。
きちんと対面させてやらないとまずいかな?
「ハツネ、ちょっと出てきてくれる?ご対面」
『わかった』
そういうと、ずるっと頭の中から何かが出てくるような感触があって。
次の瞬間、私の目の前にハツネが……いた?
「って、なんかでかくね?」
『?』
ハツネはアラクネ、つまり大きな蜘蛛に人の上半身が乗っているような姿のドロイドだ。もちろん伊達や酔狂で作られた存在ではなくて、昔はこういうカタチの異星人がいたらしい。
仲間になった当初、小さかったハツネは私の頭の上を定位置にしていた。
でも頭の上じゃ窮屈だろうって本人に異空間収納ってやつを覚えさせたんだけど……よほど私の頭がお気に入りなのか、結局、私の頭のあたりに異空間ポケットを開いて、そこに収まっちゃったんだよね。
亜空間ポケットは実空間の制限がない。だから、のびのびと成長できるかなと思ったのは事実。
けどそれって、ヨンカ上陸時の話だよ。あれから、そんな何日もたってないのに。
なのに今。
頭の上にちょこんと乗るサイズだったハツネは、ひとまわり大きくなっていた。
うーむ、これはもう頭の上にはちょっと乗らないね。
「……」
『……』
子猫はハツネをじっと見ている。若干警戒しているようだけど、拒絶する様子はない。
ハツネも子猫をじっと見ている。若干警戒しているようだけど、拒絶する様子はない。
お、ハツネが蜘蛛肢のばしてきた。
む、子猫も前肢のばした。
つんつん、つんつん。
なんか、つっつきあってる。
うーむ……なんかシュールなやりとりだな。
お?
なんか今、よくわからんけど一瞬、何かやりとりしたかも。
次の瞬間、私の腕の中から子猫がスルッと飛び出して、ハツネに近づいて行った。
そして、ハツネの背中の後ろ。
蜘蛛ボディの上に、ちょこなんと座り込んでしまった。
「えっと、なあに?」
「なんか合意が形成されたっぽい」
「なにそれ?」
「それは私こそ知りたい」
「そっか」
とりあえず、謎の合意をした二匹をつれもう一回散歩にでも行こうと思うわけだけど。
「メヌーサは行かない?」
「どこいくの?」
「展望台、は、ダメか」
あそこ真空だもんなぁ。子猫が死んでしまう。
ウームと悩んでいたら。
【一般客むけの展望ルームならば呼吸可能ですが、いかがでしょう】
船のサービスが教えてくれた。
「あるんだ。ちなみにどこに?」
【下層船室の近くに合計八機並べられています】
ひとつじゃないんだ。
「一番空いてるとこで、近いとこに案内してくれる?」
【了解しました】
そんじゃあ行こうかと立ち上がると、ハツネがこっちを向いてニコッと笑い。
ハツネは元通りに私の頭の中に飛び込んだのだけど。
「え?」
その次の瞬間、私は思わずフリーズする事になった。
いや、だってさ。
子猫までハツネのマネをして私の方にジャンプしてきたのだ。
しかも。
「……え?」
反射的に子猫を受け止めようとしたのに、なぜか子猫は目の前で消えてしまった。
いや、そればかりか。
「げ、なんか頭の中が猫っぽい」
ほかに言いようがない感覚だった。
原理的にいえば、そこは「頭の中」ではない。ハツネが入っているのは一種の亜空間であって、いわば私の頭に重なる座標に小さなワームホールを作り、そこを自分の部屋にしているにすぎないのだから。
けど。
「どうやってメルの頭の座標で固定しているのか知らないけど、それ別の空間なんだけど?どうして中で動いてるのがわかるわけ?」
「そういわれても……あぁぁ、頭の中がモフモフ~」
えもいわれぬこの感覚、どうにも説明しづらいんだけど。
けど、なんか知らないけど確かに感じるんだよね。
「そんなに気になるなら、ハツネはともかく猫の方は出てもらいなさい、ハツネに指示すればでき……!」
「?」
なんか知らないけどメヌーサが黙ってしまった。なんか笑いをこらえてるようにも見える。
「えっと、なに?」
「……なかなかおもしろいことになってるわよ……プッ!」
「はぁ?」
わけがわからない。
「か……鏡、みる?」
「あ、うん」
なんか知らないけど、ひとの顔を見て爆笑しているメヌーサは、ちょっとムッとくるものがある。
その理由だけでも確認してみたいと思ったんだけど。
「『水面鏡』」
突然、空中が水面のように揺らいで鏡っぽいものが現れた。
おーファンタジーなと思いつつそれを覗き込んだんだけど。
「……なにこれ?」
目が点になったというのは、この瞬間のことを言うんじゃないかな?
そこには。
ようやく見慣れてきた黒髪の美少女……要するに自分の顔が、困惑げに自分を見ていたんだけど。
ちょっとまて、なんだこの黒い猫耳。
「蜘蛛の目より同化率が高いわね。知能が高いぶんリアリティも高いのかしら」
「いやそこ、なんで笑うの。こんなの見慣れてるんじゃ」
「そりゃそうだけど……メルに……あはははっ!」
「……」
そうか。
私に猫耳ついたらそんなにおかしいか。そっかそっか。
とりあえず、ムカついたのでメヌーサの頭を軽くこづいた。
ゴチンと大きな音がした。
だけどメヌーサは「あいたたた……」とかいって涙目になりながらも、まだ笑っていた。
なんだかなぁ。
箸が転がっても笑うって言葉があるけど、そんな歳じゃあ
「何か言った?」
「いや何も」
ヒーヒー言いながらも牽制はしてくるのか。
なんて器用な。
いわゆるアマルー族は頭も猫なので、人間プラス猫耳って容姿にはならない。
だけどアマルーとアルカインは相性がいいそうで、連邦みたいに純血主義の文明以外では結構混血を見かける。いくら仲良しでも異種族同士なので子供まで作るのは稀だそうだけど、低確率であってもいないわけじゃない。
そうした結果、日本のアニメに出てきそうな猫耳娘も銀河にはちゃんといるのだ。
まぁもっとも、猫耳タイプはそれを支える筋肉も猫のそれに近くなるから、頭の形が人間のそれとは違っちゃうそうだけどね。当然、人間プラス猫耳感覚で飾るとかわいくないので、いわゆるヘッドドレスやヘアバンドみたいな飾りをつけて生え際を誤魔化すことが多いんだとか。
「あ」
そこまで考えたところで思い出した。
そういや、2010年代に大ヒットしたアニメのネコミミヒロインもやっぱり、耳のまわりをヘッドドレスで飾ってたっけ。
やっぱりあれ、ひとと違う生え際を隠すことで「かわいさ」を強調するためだったのかねえ。
もし狙ったデザインだったら本当にすごいな。
むう、「さすが」日本の漫画家?
いや、「やっぱり」日本の漫画家?
どっちだろう?
思わず悩んでしまった。
※アニメのネコミミヒロイン
アニメ『紅殻のパンドラ』のヒロイン「クラリオン」のこと。
※「さすが」「やっぱり」
前者は「すごい」という賞賛。
後者も同様だが、生暖かさを含んだ評価。