子猫と名前
わけもわからず出会ってしまった子猫。完全に私個人を狙っただろう仕掛けと書き置き。
いったい何が起きてるんだろう?
わからない。
わからないけど。
「……ニャア」
「そっか。うん、わかった」
とりあえず戻ろう。
「おかえりなさい」
「ただいまー……?」
メヌーサのところに戻った。
戻った時、何か奇妙な違和感があった。思わず周囲を見渡した。
だけど誰もいない。
「どうしたの?」
「誰か来てた?」
「……」
なんかメヌーサが口を濁してる。珍しいな。
スンスンと鼻で嗅いで見る。
「猫?」
そういうと、メヌーサは呆れたような顔をした。
「……その身体に強化嗅覚はないはずよね?」
呆れたようにため息をつかれた。
「ま、いいわ。ええ来てたわよ、でっかい黒猫がね。その子をよろしくって」
「ああ、それで変な髪形なんだ」
「変で悪かったわね!」
ストレートのはずのメヌーサの髪に、左右に小さなサイドポニーみたいなのが追加されている。うん、なかなか可愛いじゃないか。
おそらく、その黒猫さんの仕業だろうな。
まぁいい。本題はそれじゃない。
「そう……で、置いてったってこと?」
「メルに預けていったのよ。わかってて言ってるでしょ?」
「……まあね」
腕の中で丸くなっている、小さなぬくもり。
ひでえ話だ。
やっぱり置いていったのか。
「弁護するわけじゃないけど、ちゃんと理由があるのよ。何かメッセージはあった?」
「迎えがくるまで預かってやってくれって」
「そうね、たぶん遠からずアマルーから接触があるでしょうしね」
「……」
「なんて顔してるのメル。アマルーは嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ、どうして?」
「……」
言いたい言葉を飲み込んだ。
そりゃあ理由はあるんだろうさ。
けどそんなの、当の子供には関係ない話じゃないか。
かわいそうじゃないか……置いていくなんて。
思わず、腕の中の子猫を抱きしめた。
子猫といっても地球の子猫よりはだいぶ大きい。足も太くて、そして骨格も少し猫とは違うっぽい。
なるほど。
つまりこの子は猫っぽい宇宙人、アマルー族の子なんだなと実感できた。
「メル、詳しい話は食べながら聞くわ。おなかすいてるでしょ?」
「あ、うん」
そんなこと忘れてたってことに、今気づいた。
食事は食堂でなく『部屋』の方にもってきてもらった。
で、この子を拾った部屋で見た映像について話した。
「そう。ソロンがそんな仕掛けをね。
きっと、メルに引き取ってもらいたくて、アピールできそうなコンテンツを集めたんでしょうね」
なんだそりゃ。
いやま、確かに心情的に「くる」ものだったけどさ。
夕陽ってやつは、心を寂しく、切なくさせるもの。
いや、ちょっと待て。
「ソロン?それが来訪者の名前?」
「ええそう。正式にはアマルダンキィ・ソロンというのよ」
「……それってもしかして」
「ええ、そう。アマルー始祖の生き残りよ」
アマルダンキィ・ソロン。
メヌーサたちをアルカイン族の始祖とするのなら、アマルー族の始祖にあたる猫人間だという。
スラッとして短毛の多い今のアマルー族と違って、ヤマネコみたいな長毛種らしい。高度知性体なのに狩りぐらしを好み、怠惰で残忍な一面を持ちつつも、自分の家族にはとても優しい。
なんていうか、ある意味ネコ科の象徴みたいなやつだな。
「そういえばメヌーサ」
「ん?」
「手紙にはこの子の名前がなかったんだけど、名無しってことなのかな?」
「それは逆。名前は最初から決まってるのよ」
「決まってる?」
「ネクォイ・ダ・シャイリ・クオンだっけかな?ソロンの子は、オスだと必ずこの名を冠する事になってるの」
「えっと、ネコ……猫男爵?」
「ネクォイ・ダ・シャイリ・クオンよ。どういう耳してるの」
「ごめん」
いや、だってそう聞こえたからさ。
それに、そんな流暢な発音できないし。
「ちなみにメスなら?」
「メスだったらマロン・ダ・シャンク・アマルーね」
「苗字まで変わるんだ?」
「名前には固有の意味があるの。
男の王は神聖王、女は聖女王っていって呼び方が違うのよ。それに続くものってこと」
「王族ってやつか。どこの国の?」
「え?」
「え?」
なんか、メヌーサがこっちを見て不思議そうな顔してるんですが?
「ねえメル」
「なに?」
「どこの国もなにも、アマルーに王家なんて一つしかないんだけど?」
「そうなの?」
そこからなの?とメヌーサはためいきをついた。
「あのねメル。アマルー族で王家というと、アマルー中央しか存在しないの。国名なんてないのよ」
「アマルー中央?」
「簡単にいえば、この銀河系にいる全てのアマルーの中心ってこと。
アマルー族は国家って枠組みが嫌いで、彼らだけの統一組織もほとんどないの。そんな彼らが唯一、自分たちのよりどころとして神聖視しているのが始祖たるアマルダンキィ・ソロンとその子孫が作った王家なの。つまり」
「ちょっと待てオイ」
つまりそれって。
「まさかと思うけど……この子、将来は全銀河のアマルーの王だなんて言わないよな?」
「あら察しがいいわね、その通りよ」
「おいぃぃぃぃぃっ!?」
思わず愕然としてしまった。
いや当たり前だろ。普通ビックリするわ!
この子が王族、ねえ。
まあでもさ。
「むごい話だよな」
「え?」
「いやだってさ。それって、生まれる前から名前も運命も、みんな決まってるってことだろ?
しかも……もしかしたら、こうやって母親に捨てられるってことも」
「んー、さっきも言ったけど捨てられたわけじゃあ」
「子供にとっちゃ同じことだよ」
「……」
沈黙したメヌーサ。
私はただ、この子をなでてやる。
ああ……うん、寝ちゃったな。
良かった。とりあえず落ち着いて眠れてるみたいだ。
「……」
「……」
なんか沈黙が重いな。
いくらなんでも、そこまで黙られるとちょっと困る。
しょうがないな。何か喋るか。
「そういや、話が全然違うんだけどさ」
「なぁに?」
私が話題をそらしたのに気づいたのか、メヌーサは微笑んで首をかしげた。
「私のこの名前『メル』なんだけど、アヤがつけたんだよね」
「ん?ああ妖精名でしょ、何か問題あったの?」
「妖精名?」
ああ、そこからなのねとメヌーサは微笑んだ。
「キマルケでは性別不明、性別不詳の子を妖精って呼ぶのよ。これは子供を作れない身体の人のこともさすから、あまりいい意味じゃない事もあるんだけどね」
「へえ。『メル』ってそんな特別な意味なんだ」
短い単語なのに。
「妖精の子供をメリっていうんだけど、このためにメル、メリ、メイあたりの言葉は名前には使われないの。妖精と聞き間違えちゃうから。
逆にいうと、わざわざこの三語を使っている時点で、ああ妖精なんだなってわかるってわけ」
「……それって意味あるの?」
男とも女ともつかないってことをわざわざ名前にして、どうするんだろう?
「キマルケが環境の厳しい星だったのは知ってるでしょ?」
「うん」
「キマルケでの結婚は個人でなく集落単位なの。とにかく子供が作れる可能性があるなら全員がカップルって感じでね。知ってた?」
「……まぁ知識だけは」
アヤに話は聞いてたけど、悪いけど、ちょっとそれどうよって思ったんだよなぁ。
だって、日本人的感覚だと、村ぐるみ合法で乱交ってことだよ?みんながお父さんでお母さんだよ?
どうなのよそれ?
まぁ、そこまでしても子供がほしいって切実な理由なんだろうけども。
「だけど、身体が弱いとかいろんな理由でそういう対象から外しておきたい人もいるわけ」
「それで妖精?この人は対象外ですよって?」
「そそ。私は妖精だから他の人をあたってねってこと」
「……」
なんか、生々しいなぁ。
「あれ?でもさ?」
「なに?」
「生まれた時点でわかってた人はともかく、あとで子供が作れないってなった人は?名前変更?」
「そういう人は、名前のあとにつけるのよ。……ああ、いい例がいるわ」
「いい例?」
「じゃじゃ馬がキマルケ神殿にいた頃、あれと親しくしていた巫女のひとりが妖精だったんだけど、まさにそのパターンだったわ。エドセル・メリ・アルテミアっていってね」
「アルテミア?」
「メリだけでも妖精の意味になるけど、メリ・アルテミアは完全体って意味になるの。ひらたく言えば雌雄同体ってことになるんだけど」
「……ふたなり?」
「フタナリ?なにそれ?」
「日本の古い、半陰陽の人の言い方かな。両方ついてるって意味」
「ああ、ふたなりね……ずいぶんとあっけらかんとした言い方ね」
「まぁ、落語のネタになる程度には有名だったらしいからね」
私は落語をよく知らないけど、そういう話があると聞いたことがある。
そこまで話したところで、メヌーサが「ああ」と何か納得顔になった。
「なに?メヌーサ?」
「じゃじゃ馬がメルにメルってつけた理由。今わかったわ」
ほう?
「それって、妖精って意味の他にもあるの?」
「あの子が大好きだったキマルケ人の名前からとっているのよ。
ひとりは、今いったエドセルね。
で、もうひとりは通称エレ、正式名を『遠くへ行く者』って女の子がいたの」
「遠くへ行く者?」
何度か聞いた覚えがあるな。最上位巫女ってやつじゃないか?
「ええ……キマルケ最後にして最強と言われた『風渡る巫女」の名前よ」
そういうと、メヌーサは楽しげに笑った。