退屈
日差しの中で、ひたすらボーッとしている。
太陽の下、白い砂浜。響いてくる波の音。遠くから聞こえてくる鳥の声。
……正直、これが人工の環境だなんて信じられない。
森の方はまがりなりにも、ちゃんと環境を循環させているらしい。そして、多少の補助が必要なものの、ちゃんと海にあたる環境も擬似的に作っているらしい。
だけど、この浜辺までは再現できなかったらしい。
「森のすぐそばだからね。さすがに寒くなるよね」
「なるほど」
森は海辺よりも気温が低いし湿度も違っている。うまく合わせられなかったと。
「壁もなしによくやるねえ」
「環境シールドでしょ」
「環境シールドって、あの通路とかで気密性を保ってる、あれのこと?」
「そうよ」
へぇ。
「なあに?」
「いや、そんな使い方もあるんだなって」
「もともと環境シールドは、温度や湿度の異なる環境の種族が同じ場所に集まれるようにするために作られたのよ。気密室にも使える事がわかってからそっちに応用されたけどね」
「え、そうなの?」
「そうよ」
なるほどねえ。
「たとえばだけどさ、ひとつの島をいくつかに区切って、こっちは熱帯雨林気候、こっちはサバンナ、あっちは砂漠みたいにする事もできわけ?」
「できるわね。なに、動物園でも作りたいの?」
「そんなようなものかな。こんなの」
「なにそれ?」
「……あー、さすがに銀河には出回ってないか」
地球からもってきてリュックを引っ張り出して、背中につけてる缶バッジを指してみせた。
うむ。
「ああ、地球の何かのグッズなのね」
「うん」
そういやこれ、地球ではアニメ製作中だったんだよなぁ。ちゃんと放送されたようだけど。
本放送で見られなかったのは残念すぎる。
今度、動画もないか探してみよう。
え?地球のアニメグッズや動画が銀河にあるわけがないって?
いやいやいや、それがねえ。
実は結構、銀河に出回ってるんだよね地球のもの。
たとえば前、音楽ショップで「文明外世界の音楽」を色々聞かせてもらってたんだけどさ。
たぶんこれ、前に聞いてたオン・ゲストロの担当者がやってるんだろうね。
もちろん地球規格のCDが買えるわけじゃないしグッズもないわけだけど、資料目的なのかデジタルデータが結構吸い上げられててね。特に音楽はデータが小さいせいか、かなりたくさん見つけられた。
思えば、創作物というのは技術とは違う。
銀河文明から見て、地球の乗り物に技術的な意味はないだろう。
だけど、コンテンツ……文化的生産物という見方でいけば、興味深いものはたくさんあるはずだよね。お酒みたいに。
要は、そうしたものの一環ということらしい。
まぁ繰り返すけどグッズとかは無理だよ。データ化されているもの限定。
でもまさか。
見てないアニメのメディアやら、ちょっとマイナーな音楽まで銀河で探せるとはね。さすがにオン・ゲストロ関係だけだし、しかも限定されたものっぽいけど。
銀河に地球の音楽ないだろって、わざわざスマホに秘蔵の音楽ライブラリ入れてきた私って……。
もしかしたらビートルズくらいあるだろうと思ってたけど、ショッキング・ブルーやグランド・ファンク・レイルロードまであるとは予想外すぎた。
オン・ゲストロの担当者、いい趣味してるよ……。70年代までかと思ったけどそうでもないし、むしろ私のよく知らない90年代以降の音楽もたくさんあったしなあ。
まぁ。
これ担当者どこでゲットしてるんだろうと『ポン3』『輸送ぱみゅ2』と書いてある謎の珍訳データを見て苦笑したんだよね。なんか、妙に懐かしいタイプの誤訳っぷりがまた。
いや。これ絶対誤訳だろ。輸送じゃねえよ、いくらなんでもご本人に失礼だよ。
「シーディーっていうのが地球の音楽メディアなの?」
「うん」
個人的にはネットメディア中心になってたけど、物販だってまだ捨てたもんじゃないだろ。
そんな話をしていたんだけど。
「んー……そろそろお昼かしら。メル、あなたどこで食べる?」
「ここで食べてもいいけど……」
けど、ちょっと暑すぎてアレかな?
「森の中に木製のあずまやあったよね?あそこにテーブルセットなかった?」
「アズマヤ?」
「あー……えっとね、公園とか庭園の中に設置されてる、屋根と椅子だけがあるような簡素な休憩場のこと、でいいかな?」
「なるほどアズマヤね。ヤは日本語の『家』のことで間違いない?」
「たぶん」
「アズマは?」
「んー、たぶん『東』って意味だろうね」
「東?方角の東のこと?」
「たぶん東国のことだと思う。むかしの日本は京都ってところが国の中心で、東国……私の時代でいう関東地方あたりは、へんぴな田舎って感じだったからね」
「なるほど。要するに簡素な建物ってことね」
「それでわかるんだ……」
「そりゃ、どこの国にも田舎ってあるもの。トゥエルターグァにも似たように、田舎だって言いがかりつけられてる地域があったわ」
「へえ……どこでも一緒かぁ」
「そうね、ほんとにそうだわ……でも、わたしたち姉妹が生まれたのはその田舎なんだけどね」
「ありがちありがち」
「そうよねえ」
クスクスと笑いながらメヌーサは立ち上がった。
「そんじゃ移動しましょうか……どうしたの?」
「ねえメヌーサ……今、自分が何も着てないの忘れてない?」
「ん?見たいの?ほらほら~」
「ちょ、わざわざ見せなくていいからっ!」
ところで、こうして改めてすっぽんぽんのメヌーサをまじまじと見て気づいたことがある。
……うん、彼女って北欧系の外見しているせいかな、日本人の私には思ったより歳上に見えてたみたい。
え、何を言いたいのかって?
あー、その……私にはロリコン趣味はないらしいってことだ。
うん。
気分はこどもむけプールですな。ほのぼの。
「失礼ね」
「いやそこ、ココロ読まなくていいから!」
身体は子供でも精神年齢は高いわけで、要注意ですな。
昼食が終わった私は、散歩に出ることにした。
「人間、昼間から裸同然でいると堕落する気がする」
「えー、楽でよくない?」
「よくない」
誰か、この推定・数千万歳だかのお子様をシャキンとさせてやってほしい。こいつ、誰もいないと思ったら平気で下着とか裸で徘徊するタイプだぞ絶対。
まったく、どこのおかんだよそれ。
たまに地球の女性でもいるらしいけど……リラックスも大切とは思うけど、せめて最低限の恥じらいは忘れないでほしいと思うのは、私のわがままなのかな?
で、巫女装束を着込んで徘徊することにした私なんだけど。
「ハツネ、あんたもたまには自分で徘徊していいのよ?」
『問題ナイ、ココデイイ』
「そう?」
『ソウ』
この子、もしかして私の頭の中……正しくは頭のあるあたりに作った異空間だけど……に自分の巣を作ってるんじゃないか?私の部屋を飾り立てる勢いで。
なんか成長してくるにしたがって、寸足らずのハエトリグモみたいなのがでっかい女郎蜘蛛みたいな姿に変わりつつあるし。
え、意味わからない?
簡単にいうと、ハエトリグモは徘徊性、つまり自分であるきまわって狩りをする蜘蛛。
で、女郎蜘蛛なんかは営巣型で、いわゆる捕獲用の蜘蛛の巣を作るタイプね。
ハツネは前者だと思ってたけど、どうやら営巣型……後者っぽいみたいだなぁ。
「はいこれ、おかし」
『ウン』
散歩に出る時にもらってきた菓子を袋から出すと、ヒョイと額の前に出してやる。
すると、いきなり目の前にでっかい蜘蛛の前足かなにかが沸いて、その菓子を捕まえてまた引っ込んだ。
あ、あはは……また頭の中でポリポリやってる音がするし。
ま、慣れるしかないのかなぁ。
そんなことを考えていた、その瞬間だった。
「──あれ?」
なんだろう?
今、空間が音もなく揺れた気がした。
よくわからない。
わからないけど、とりあえずメヌーサに通信を開いた。
『どうしたの?』
「今、何か感じた。音もないのに世界が揺れたような」
『あら』
通信の向こうでメヌーサが笑った気がした。
『こっちでは気づかなかったけど……それたぶん、空間転移じゃないかしら』
「空間転移?」
『要は、どこかからこの船内に誰かが飛んできたってこと』
「誰かが?それどうしてわかるの?」
『マシンなら小さいものでも船のセキュリティが気づくでしょ。
でも、それはない。このわたしですら検知できなかったもの。
だから、飛んできたのは小さなもので、機械ではないもの……大きくても人間の成人男性を超えるものではないわ』
ほうほう。
「よくわかんないけど、わかった。ちょっと調べてみるね」
『よろしく』
メルが地球からもってきた謎の持ち物のひとつ: 某ジャ○リパークの缶バッジ。
ちなみに本放送の前に宇宙に出たのでメルはアニメ版を見てないのだけど、オン・ゲストロが仕入れた地球のコンテンツには日本のアニメも含まれているので、ストックされていれば、チャンスがあればいつか見られるでしょう。