蜥蜴の帝王
オン・ゲストロは、地球人の感覚だといささか奇妙な国だと思う。
まず、オン・ゲストロは民主国家ではない。少なくとも地球によくあるような政治機構めいたものは、少なくとも対外的には存在しないようだ。
なんとも不思議な国だ。
また、この点をもって、銀河連邦などはオン・ゲストロを暗黒街と呼称している。法も何もなく、ただ無法者の力関係だけで動いている世界と断定している、少なくともそう考えているようだ。
だけど俺はちょっと言いたい事がある。
たとえば地球にはたくさんの国家があるけど、どの国がどういう国家形態をとっているかなんて、それこそ学校で学んだり情報を見聞きして間接的に知っているにすぎない。
だけど。
自国の政治機構ならともかく、縁もゆかりもない他国の政治システムについて、なぜ勝手に善悪のレッテルをはったりするんだ?
だいたい政治なんてものは実績で評価するべきものであり、どういう政治システムかで評価するものではないだろう。
民主国家でないから、オープンな政治システムをとってないから遅れている、前時代的で邪悪であるなんてバカな話があるもんか。
確かに、地球にはそのバカな事を当然のようにのたまう頭のおかしい、自称専門家ってやつがごまんといたけどな。
だけどそんなお花畑の連中がいうように理想的な政治システムをとるだけで世界が素晴らしくなるというのなら、戦争なんてとっくの昔になくなっているよな、きっと。
まぁ、お花畑な人たちの悪口はいいとして。
「おかえりなさいソフィア様、お連れの皆様」
オン・ゲストロの本部入り口でいきなり俺たちを出迎えたのは、蜥蜴人の女性だった。
え?爬虫類の顔なのにどうして女性とわかったかって?
確かに顔はそうなんだけど、なんていうか……全体に柔らかで優しげな感じがするからだよ。
ここに来るまでクルマの中から見て、アルダーって、どこかゴツゴツした直線的なデザインのやつと、柔らかめで優しげなデザインのと二種類いるのがわかった。で、柔らかげなタイプの方は、アヤやソフィアと似た系列の、つまり女性用の服を着ているわけで。
まぁ、たぶん女性だろうと思ったんだよな。
その女性に案内されて、俺たちは中に入っていった。
いくつかの通路を通り、そして昇降機と思われる……ただし地球みたいな箱でなく円筒形のパイプみたいなやつだったが……で上にあがった。そして最奥にある部屋に案内された。
その部屋は、飾り気こそないが重厚な雰囲気の部屋だった。
「ルド様、ソフィア様とお連れの方がいらっしゃいました」
「うむ」
部屋の奥、大きなデスクの向こうに、そのアルダーはいた。
情報にある、いわゆる青アルダーの男性と思われた。ただし青アルダーの特徴である、本来の鮮烈な青はだいぶ色あせていて、彼が老境にさしかかっている事が異星人の俺にもありありと伺える姿だった。
「アヤ、あとで報告を頼むぞ。お嬢、久しいの」
「ええ、久しぶりねおじいさま」
ああ、このじいさまがソフィアの「おじいさま」か。
ソフィアとじいさま、両者の間には無言の会話が飛んでいるようだった。何を話しているのか知らないが、俺の方をソフィアがチラチラ見ているので、なにがしかの情報交換をしているのだろう。
そして、じいさまが「うむ、わかった」というように頷き、そして俺の方を向いた。
「いきなりで失礼したの、少し確認したい事があったものでな。
わしの名はルドという。ここいらの者たちには老体だの翁だの言われておるが、要はこの雑多な民の暮らす星『イダミジア』を束ねる仕事をしておる者じゃ。お嬢の身内に敬称なんぞはいらぬから、じじいでもルドでも好きに呼んでくれればよい。
して、少女よ……よかったら、わしに名を教えてくれんじゃろうか?」
なぜに少女扱い?
「俺の名は野沢誠一です。あー、宇宙でなんていう言い方をするかわからないんですが、誠一が名前で、野沢は姓……一族を示す名っていうのかな?すみません、よくわかってないんで」
「ああわかる、血族名のようなもんじゃな。ではセイイチ嬢と呼べばよかろうかの?」
「あの」
「む?」
「俺、こんな髪長いし容姿も微妙になっちゃってますけど、一応男なんですが」
「ああ、そのことか」
ウムウムとじいさん……ルド翁は目を細めた。どうやら笑っているらしい。
「おまえさん、今後の性別についてまだ決めておらぬのじゃろう?」
「はい」
「そういう時のマナーとしてはの、男女どちらの扱いにするかは外見で判断するんじゃよ。いちいち中の人に、あなたは男ですか女ですかと確認してから会話するわけにもいかんからのう」
「……なるほど」
逆にいうと、そんな慣習が出来上がる程度には、全身サイボーグみたいになってる性別不詳の人がいるって事か。
「まぁ、ずっと男で生きてきたというのなら、たまには女を楽しんでみるのも一興かもしれぬがのう?」
「……ひとつお聞きしますけど」
「何じゃな?」
「楽しんでますよね、えーと……じいさん」
俺が「じいさん」と言った途端、じいさんと楽しげに笑った。
「おまえさんは知らぬじゃろうが、わしと、そこのお嬢……ソフィアとは祖父と孫を名乗る関係なんじゃ。
しかし、わが孫はじつに自立精神旺盛でのう。なかなか頼ってきてくれんのじゃよ。
それが今回、おまえさんの扱いについて真正面から頭をさげて相談してくれてのう」
「なるほど……かわいい孫に頼られたら、そりゃあ上機嫌にもなるか」
種族が違うから実の孫ではないのだろう。
それにソフィアは連邦のお姫様で、目の前のじいさんはオン・ゲストロのトップ。本来ならば、交わる道理もないはずの存在。
それが、ここまで仲よさげなんだ。きっと色んな事情があるんだろうな。
思わずほっこりしながら二人を見ていたら、じいさんの機嫌がさらによくなった。
「おまえさん、聞いてはおったが本当に変わっておるのう」
「え、なんで?」
「普通、アルダーのじじいとアルカの娘が祖父と孫なんて言うとったら、だいたい、組織間の提携とか、すぐそういう解釈をしよるにのう。おまえさん、今、わしらの事を微笑ましいとか本気で思っておったろ?」
「そう思いましたけど……え、まさか、本当は違うんですか?」
「いや、違わんのだが」
「よかったぁ……驚かさないでくださいよ」
種族の違いとか難しい事情はよくわからない。でも、これだけはわかる。
仲がいいのはいい事だ。そうだろう?
思わず二人を見つつウンウンと頷いていたら、じいさんがカッカッと楽しげに笑い出した。
「こりゃあ素じゃな。また、ずいぶんと妙ちくりんなのを引き当ておったのうお嬢や」
「私は単に道を尋ねただけなんだけど?」
「ふうむ……ならば、少し調べた方がよいかもしれぬな」
「調べる?」
「うむ」
わずかに眉をひそめたソフィアに、じいさんは腕組みをした。
「転送妨害の件も、仕掛け人は不明なのじゃろう?おそらくじゃがこの件、何かあるぞ?」
「おじいさまも、そう考えるのね……でも何も出なかったわ」
「出なかったか。それはそなたらの、つまり連邦の調査じゃな?」
「ええ」
「そうか……」
じいさんは何か考えると、再び顔をあげた。
「お嬢、あとでちょっと話す事がある。今夜は泊まっていくのじゃろ?」
「おじいさまのとこに?……いいわね、じゃあよろしく」
「うむ」
じいさんは大きくうなずくと、今度は俺の方を見た。
「おまえさんは、別室を用意と言いたいところじゃが……確か今のボディになって日が浅いのじゃったな。ならば、アヤと同じ部屋の方が安心できるのではないか?それとも別途希望はあるかの?」
「おじいさま!?」
じいさんの言葉にソフィアが反応した。
「誠一さん、見た目はこうだけど中身は大人の男性ですよ?それを」
「ならば、なおさらよいではないか。最悪の場合でも、アヤが身体機能を使って慰める事もできよう」
「それは……」
ソフィアが口ごもったけど、むしろそれは俺の方が困った。
「いや、じいさん。俺も女の子とふたりで一つの部屋というのは」
「ほほう、では聞くがセイイチ嬢、そなた、入院先の病院で、泊まり込みの女医に男に替えてくれと文句を言うのか?」
「へ?いや、それはちょっとたとえが変なんじゃ……」
「何を言っておる?」
やれやれと、じいさんは苦笑した。
「一度死亡して、まるごと別のボディに取り替えられたんじゃぞ、おまえさんは。
一般の病院でそんな事になったら、メンタルケアや何やで専門のドロイドが当分は張り付いておるところなんじゃぞ?
ただ、おまえさんは特殊事情じゃから、そうして歩いておるわけじゃが」
「……そうなの?」
「そうですね」
俺の質問は、その場でアヤに肯定された。
「ですので、ひとり部屋はありえません。
そして、誠一さんの容体を一番理解しているのは、この場ではわたしです。
よって、わたしたちが同じ部屋なのは『あり』だと思います。……誠一さんがおイヤでないのならば」
「イヤじゃないな。むしろアヤの方がイヤじゃないのか?」
「問題ありません」
「そ、そう」
思わず頭をかいた。
「うーん……私としては正直どうかと思うのだけど……確かに医療行為として考えれば、まだ予断を許さないのは当然よね」
「ふふ、まぁ見逃してやるんじゃな、お嬢。
それに、万が一、お嬢が心配するような事になっても問題ないしのう」
「え、どういうこと、おじいさま?」
「その先は患者の前で話す事ではあるまいよ」
じいさんはそれだけ言うと、また少し考えこんだ。
「ときに聞くが、セイイチという名は男性名かの?」
「あ、はい。そうですが?」
「やはりか。いや、その姿で堂々の男言葉、しかも男性名となると目立つわけだが……。
将来どうするかは別にして、とりあえず何か女性名を考えておいたほうがよいかもしれぬなぁ」
「じょ、女性名ですか?」
「うむ」
いきなり、そんな事言われてもなぁ。素でそういう趣味はないし。
ふうむ。
しかし、こういう時はまごまごしていると変な名前つけられるって決まってるよな。何かスパッと申請しとくか。
「いきなり女性名、といってもピンとこないですが……では、さい」
しかし、途中まで言ったところでアヤが言葉をかぶせてきた。
「では、メルにしましょう」
「メル?」
「はい。語感も女性的だと思いますし」
「なるほど。ちなみに意味は?」
「キマルケ語で妖精の子供を意味するメリって言葉があるのですが、それのバリエーションですね」
「なるほど。悪くないかもね」
って、ちょっと待った。
「あの、今話してるのって俺の名前ですよね?俺の意見は?」
「却下ね」
「却下です」
なんでやねん。
「名前は、他者に呼ばれてつくものでしょう。違いますか?」
「それは……そうかもだけど」
「いいのです。メルで決定です」
「押し切ろうとしてる!?」
結局、メルで決められてしまった。
「……」
そして、そんな俺たちの状況を、なぜかじいさんは目を細めて見ていた。
……いやまぁ、黒幕っぽいっちゃあ、ぽいんだけどさ。
「キマルケ語で妖精の子供を意味するメリって言葉があるのですが、それのバリエーションですね」
アヤは適当にメルという名を言ったのでなく、ちゃんと命名規則を追いかけています。
理由はのちほど。