フォルクロア
ドロイドの身体に変わってから、夢を見ることが増えた気がする。
人工のボディだから違和感があるんだろうって言われたけど、私は違うと思っている。
きっとそれは、身体が子供に返ったから。
おっさんと呼ばれる年代にあり、すでに身体の衰えも感じていた。そんな年代から一気に赤子同然の身体に変わってしまったわけで、目覚めてすぐにはドロイド体の超絶能力よりむしろ、そっちが驚きの連続だった。
飛蚊症が起きていた、濁った視界はクリアなものに変わった。
原因のわからない耳鳴りがしていた音の世界は、子供時代のような静寂に戻った。
慢性的なふらつきや気持ち悪さもなくなり、世界は昔のように綺麗になった。
高血圧に悩まされることも、もうない。
生まれた場所を遠く離れてしまったかわりに、頑丈な身体に強大なコネまで得られた。
少なくとも、あの頃とは比較にならないくらいの無限の可能性と希望にあふれている。
そう考えると。
女の子の身体になってしまったのは、ある意味、幸せなことだったのかもしれないなぁ。
もし男のままに少年に若返っていたら、ドロイドの身体になった事よりも若返ったことで狂喜乱舞してしまい、それで問題が起きたかもしれない。
女、それも大人の女ですらない「子供」になってしまった事による「とまどい」。
それから、見知らぬ異郷で生活できるだろうかという不安が、結果として私をそういう方向に進ませなかった。
まぁ、その、なんだ。
あえて言えば……一度も男としてのお役目を全うせずに壊れてしまった、元の身体には申し訳ないんだけど。
ごめんな、こんな持ち主で。
夢から、別の夢へ。
目覚めるはずだったのに別の夢に引き込まれたのに気づいたのは、それが知らない、いや、知ってるけど知らない風景だったからだ。
え、なにこれ?
『少し昔の地球。昭和後期の日本だよ』
その声の主も、すぐにわかった。
ああ……いつもの、あの巨大な存在なんだって。
いや、でもおかしい。
目の前に見えている風景は、たしかに昔の日本だった。それも、私の少年時代の記憶にある日本だった。
場所もわかる。
高知県高知市。十八まで私が暮らしていた故郷だ。
いや、でも、おかしい。この記憶はヘンだ。
だって。
どうして中学生の私と、ソフィアが歩いてる?
『もちろんそれは君の経験ではない。中学時代に君と彼女が出会ったという前提で、少しずつ事象の異なる別の世界線の話だ』
ああなるほど。
『君も聞いたことがあるだろう?いくつかの事象が当初の予定と異なっていたと』
『はい』
確かに、そういう話を何度か聞いたっけ。
メヌーサの迎えだけど、本来は惑星アルカインの予定だったらしい。そう予想されていたからずっとむかしに準備もなされていて、今もナーダ・コルフォにはそのための船が眠っているんだとか。
だけど、いつまでも目的の『アヤの娘』は現れなくて。やっと現れた私はアルカインに行かず、連邦どころかオン・ゲストロの首都であるイダミジアに現れた。だから彼女は予定を変更し、預けていた私物の古代船を使う事になった。
それが、ない。
何十年も早くソフィアと出会った結果、いろいろな事象が私と変わっていく。
『なに、これ』
四国の南半分が全滅て。
しかも、これ……まだ健在だった両親も、まだ高校生だった姉貴も全員死亡してる。
『ふたりの出逢いにはいくつかの可能性があったようだが、あまりいい結末を迎えていないのは一致している。なぜなら、最終的に君が宇宙に誘われるという結末が変わらないからだ。法的には現住生物にすぎない君を銀河の住人として引き上げるためには、それなりの引き換えが必要だったという事だろう。
ただしその際の被害には色々ある。君が遭遇したのは最も被害が少ないケースのようだね』
『……』
ある流れでは、富士山麓……御殿場から裾野にかけてのあたりが荒野と化している。出会いは四国なのに、どうしてこんなところに被害が?
『報復行動だよ。このケースだと蘇生直後の君が報復行動を欲し、あのアヤというドロイドがそれに従ったんだな』
うわ、なんか目からビームとか出てる。どこの安物特撮だよ!
『生まれたばかりで魔導コアの威力制御などできるわけがないからね。出力を視線に乗せて簡易的に制御可能にしたんだろう』
ああ、つまり間に合わせで戦力をでっちあげたわけね。
けど着地失敗してんじゃん。無理やり飛んでないか?
『無反動のビーム型にしたのは周囲の配慮だろう。本人が戦闘参加を譲らなかったから、なるべくそれをかなえたわけだな』
殺されたので報復を望んだってところかな?
でも、そんなことしたら二度と地球に戻れないだろうに。なんて短期な。
『……なんというか、お子様だなぁ』
『実際に子供だから当然ではないか?』
『たしかに』
あの頃は色々あって人間不信だったもんなぁ。
そんなことを考えながら「もしも」の映像を見ていたのだけど。
『っ!?』
『ん?どうかしたのか?』
『いやいやいやいやいや、なに、なにこれ!?』
なんか、少年時代の自分とアヤが、とても口に出せないような事をしている……しかも外で。
『何を驚く?同年代的な少年少女なら、可能性としてありうることではないか?』
『いや、私にそんな甲斐性ないから!』
『……』
一瞬、生暖かい空気がただよった気がした。
『おそらくだが、彼女の方から積極的に迫ったのではないか?』
『え?』
『彼女の態度を見るがいい。そんな気がしないか?』
『……たしかに』
そこには、とても、とても熱心に『宇宙』へと少年の私を誘うアヤの姿があった。
映像がゆっくりと流れていく。
今度は地球ではなく、全然別の場所の風景になった。
『ここは?』
『アルカイン王国の首都、ケセオ・アルカインシティだな』
ここが。
私が行く予定で結局行かず、そして、そうしているうちに滅んでしまった国。
『なんか私らしいのがウロウロしてるし』
『屋台を冷やかしているんだろう』
『だろうね』
故郷の日曜市や金曜市に似てるんだよなぁ。
今どきの子は知らないけど、昔の高知の子で露天市の嫌いな子がどれだけいるだろう?
少なくとも私は大人になっても大好きで、帰省しても市があると、もう昔の活気はないと知ってても覗きにいったよなぁ。
お、メヌーサ登場。
なんか、すっぽんぽんで足かせ、鎖つきってエロいんですが。まぁ外見ただの幼女なんで、幼児虐待な感じがして大変よろしくないってのもあるけども。
へぇ、こんな感じで出会ったのか。なんか今とは全然違ってるなぁ。
再び場面が飛ぶ。
『あれ、ここは?』
『惑星ヤンカだ。現実の君はこれから向かうのではないか?』
うん、そうそう。
何があってそうなったのか知らないけど、なんか登山でもしそうなリュックをしょってさまよってる私がいる。場所も山頂だし。
ああ、リュックから何かのぞいてる。黒猫かな?
どこかで拾ったのか?
そういえばハツネがいないや。
『この世界線では出会ってないようだ』
あ、そうなんだ。
そういうと、カラテゼィナらしき映像に一瞬で切り替わった。
ン、なんか知らない屋台のおばさんと話してる?
『これだけ状況が違えば、出会いも全く異なるだろう。まぁ当然のことだな』
そうだねえ。
ん?状況が違う?
ちょっと待った。
『じゃあ、この世界ではアヤと私の結末はどうなった?』
戦わずにすんだんだろうか?
だけど。
『いや、それは無理だったようだ。ほら』
あ。
どうやらイダミジアの郊外っぽいところで、私とアヤが激突していた。
激突……あれ?
だけど、その『私』を見た途端、私の中の何かが震えた。
あれは?
あの『私』の持っている杖は……?
『あれは「星辰の杖」だな』
『……そうなんだ』
あれが。
キマルケ巫女の杖の中でも至高にして究極と言われる杖。ただの巫女には触ることもできず、最上位の『風渡る巫女』だけが使えるという、究極の一たる聖なる杖。
だけど。
あれが使えるという事はすなわち、ひとの世の幸せは決して得られないということ。
そういう意味のある杖。
でも、そんなことより。
『……あれが、そうなんだ』
なるほど、わかった。
私が思ったのは、気負いでも憧れでもなければ、なんでもない。
あれが、そうなんだという理解。
ただそれだけだった。
そして私は、その反応が意味するものをまだ、この時は知らなかった。
飛蚊症: 視界に虫のようなゴミが混じって見える現象。水晶体のにごりが原因のため、視界にあわせて流体のように動く。成人病のひとつで、中高年になると発症することがある。
日曜市: 高知市で昔からある日曜日の露天市。もう昔日の活気はないが、今も高知駅近くの公道を閉鎖して行われている。
目からビーム: 1982年の第一版では本当に目からビーム出てます。第二版で真っ先に削除になりましたが。