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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第四夜・とある旅路の日記
176/264

ドレス

 そんなわけで始まった、臨時便とはいえ一般航路での星間旅行。

 まさに気分は長距離フェリーだった……飛んでるのが宇宙で、船のサイズが全然違うけども。

 学生時代や新社会人の頃を思い出すなぁ。ツーリングなんて立派なものじゃないけど、よく愛用のバイクでお出かけしてたもんなぁ。川崎・木更津(きさらづ)のフェリーとか懐かしいな。カブで千葉にいくのに使ったんだよなぁ。

 あ、木更津は「きさらづ」だぞ。「きさらず」ではない念のため。多くの日本語変換プログラムでは両対応しているけども。

 ちなみに『()』には元々船着き場とか渡し場って意味がある。「きさらづ」という言葉自体にはいろんな由来があるらしいけど、現在使われている「木更津」が意味するのは、おそらく川崎・木更津のフェリー乗り場があった土地にふさわしいものだろう。

 って、こんな宇宙の果てでどうして木更津の話してるんだと。

『はぁ。星座が全然わからん』

『あたりまえでしょう?』

『え?』

『わたしの故郷ではペストリって言ったかしら?』

『ペストリ?』

『星の絵って意味よ』

『星の絵……』

 なんだかロマンチックな言い方だなぁ。

 ま、ミルクの道でも天の川でもロマンのある名前だしな。

 人間の感性ってのは、宇宙の果てくれでも大差ないってことだろうか?

『ペストリは基本、その星から見た夜空だものね。メルの故郷と違うのは当たり前といえば当たり前だけど。

 でも、たしかに違う星空は不思議って感じるよね?』

『うん』

 まったくだ。

『それにしても』

『ん?』

『どこの文明でも夜空を見上げるんだなって』

『そりゃ、夜空と星に夢を見るのは、心にそういう余裕のある生き物ってことだもの。そして、余裕のない生き物じゃないと進歩的なもの、文明を進化させるようなものを創造することはできない』

『そうなの?』

『メルの持ってる本にも「人間とは心にヒマがある生き物である」ってセリフがあったわよね?』

『あー、うん』

 どこぞの喋る右手さんですな。

 てーかメヌーサさん、私のタブレット貸したの昨日じゃん、もうそこまで見たんかい。

 なんという暇z

『なぁに?』

『いや、よくたった一日で日本のマンガそこまで読めるなって』

 しかも日本語勉強しながらだぜ?学習機のデータもないのに。

 どんだけ頭いいんだよマジで。

『ん、死生観とか面白いわ。さすがお姫様が目をつけた星だけの事あるわね』

『熟読してる!?』

 

 ここは船内探索で発見した最上部の展望台。

 景色はいいんだけど、ゼロ気圧で飛来物シールドがあるだけの場所なもので、生身の人間や部分サイボーグのたぐいは利用できないという、ちょっと残念な場所なんだけど。

 メヌーサに説明したら興味をもったので連れてきてみて。

 で、ここで夜空の鑑賞会をしているわけだけど。

『なんで生身なのに平気なんだ……』

『このドレス、実は宇宙服でもあるのよね』

 今メヌーサが着ているのは、何やら古風っぽいドレス。ロングのスカートが広がってるようなやつだ。

 これが宇宙服って……そんなのアリかよ。

『宇宙のお城で舞踏会する時には必須じゃないかしら。これで、刺客がダンスホールごとシールド破壊して皆殺しにしようとしても耐えられるが』

『メヌーサ』

『なぁに?』

『お城の舞踏会を宇宙空間でやる国って……』

 どこの国だよ?

『あんまり一般的じゃないかもね?』

『絶対まともじゃないだろ、それ』

 いや、クスクス楽しげに笑ってないでさ。

『さぁ?ま、用途が少ないからこそ、わたしにくれたんじゃないかしら?』

『……それはそれで違う気がするけどなぁ』

『そう?』

 どう見ても安物じゃないし、サイズもピッタリじゃないか。

 絶対これフルオーダーっつーかメヌーサにあわせた設計だろ。いらないから回したレベルのものじゃないとおもう。

 デザインからして、和服みたいに簡単に仕立て直せそうじゃないしね。

 そう。

 このドレス、地球でも中世ヨーロッパあたりで似合いそう。

 お世辞にも派手とはいえないけど、かりにベルサイユ宮殿の中にいたら、アジアから来た観光客がオーと叫んでシャッター押したくなるかも。いやほんと、なんとも優雅。

 こんなドレス作る国も宇宙にはあるんだな。

 しかしもっと驚くのは、これがれっきとした宇宙服だって事だ。しかもネット機能つきで喋らなくても通信できるうえに、動力源は着ている人の微細な生命活動からとるんだと。

 つまり。

 まるで魔法のドレスだけど、きちんと科学で作られたファッション・スペーススーツなんだ。

『残念ながら酸素は二時間四十分しかもたないけどね』

『充分だと思う』

 見た目はただのドレスなのに、これのどこに生命維持装置やらリソースまで仕込んでるんだ?

 宇宙文明、まじでレベル違うわ。

『このドレスの作られた国ではパーティの平均時間が二時間だったの。つまり非常事態が起きてもそのパーティの時間くらいは会場で微笑んでいてオッケーってこと』

 うん、それはわかるんだけどね。

 地球でパーティとかあまり行ったことないけどさ。二時間って地球のイベントなんかでも基準に近い気がするよ。

 けど。

『ますますニーズがわからん』

 こんな古臭いドレスを使うような状況と、その姿で真空中に投げ出される状況ってのがなぁ。

『ちなみに疫病フィルターならもっと長持ちするのよ?気密性を保つだけだから、テロで空気感染の細菌をばらまかれても余裕で逃げられるくらいの時間は』

『……疫病対策ね。そっちなら何となくわかる気がするけど』

『そう?』

『うん』

 やっぱり可愛い、キレイなのは見た目だけで実は物騒な用途なんだろうか?

 でもまぁ……うん。

 見ていて、なんとなくだけど思うこともあるかな。

 

 昔話なんだけど「水面を行く水鳥は優雅に見えるけど、水面下では醜い水かきのついた短い足が必死に水をかいている」という話を聞いて、ああ、そりゃそうだなと納得したのを覚えている。

 見た目を美しく仕上げるということは、それを為すだけの労力がつぎ込まれているってこと。

 

 このドレス見てると、なんかその言葉を思い出すんだよね。

 

 こんな優雅なドレスに宇宙服の機能を仕込むなんて、どういう状況か想像もつかない。

 ただ、おそらくなんだけど。

 このドレスを仕立ててメヌーサにプレゼントした人たちは、きっとこのドレスがメヌーサを飾り立てつつも、危険な存在から彼女を守ろうとしたんじゃないかな。

 そのために色々と考えた結果、できあがったのがこれなんじゃないかな?

 なんとなく、そう思う。

 簡易的な間に合わせでなく、きちんと宇宙服として使える優雅なドレス。

 美しく、だけど少しでも安全に。

 そこに「やさしさ」を感じるのは私の考え過ぎなのかな?

 

 

「ふぅ……」

「ちょっと飽きてきた?」

「うん。ちょっとだけ」

 約三十分後、お茶したくなった私たちは展望台に近い小さなパブにいた。いや、さすがに真空の空間でお茶はアレだから。

「あの展望台って、どうして真空なんだろ」

「なんでって?」

「環境シールド使って空気いれたら、いっぱいお客さんくると思わない?」

 銀河文明には環境シールドがある。

 ちょっとアナクロな言い方をすると、不可視の『障壁(バリヤー)』みたいなやつで一気圧の世界を閉じ込めるんだよね。この技術があるからこそ、なんの壁もない『屋上展望台』を宇宙空間に作り上げることもできるし、なんだったらそこで打ち上げ花火だってできてしまうし、壁も柱もないからお花見ならぬ星見会にもベスト。

 いやぁ、ほんっとにすごいわ銀河文明。

 なのに、どうしてここの展望台には使ってないんだろ?


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