連絡
食事が終わり、くつろぎの時間になった。
「船内の散策いくんでしょう?いってらっしゃい?」
「あ、うん」
「なに、なんか遠慮?」
「あーいや、そうじゃなくて……」
私が口ごもっているのを見て、メヌーサは首をかしげた。
「何を気にしてるのか知らないけど、いいのよ?だってメルはわたしが連れてきてるだけの外来者で、ゲルカノ教徒でもなければ、わたしみたいな関係者でもないんだからね?」
まぁ、たしかに。
ただ、なんていうか……ねえ。
メヌーサってあんまり勤勉なイメージないんだけど、ゲルカノ教団にきてからこっち、やたらとよく動くんだよね?
そういうのを横で見ていると……さぼってていいのかって気になるんだよね?
私としては現状、住所不定無職でメヌーサによりかかってる状態なわけだから。
そんなことを考えていたら、メヌーサに言われた。
「そんなにお仕事したいならルドくんに問い合わせたら?彼が上司なんでしょう?」
「カラテゼィナまではそうだったけど、今はどうだろ?」
いくらなんでも、十年単位で音信不通だとなぁ。
「大丈夫だと思うけど……気になるなら、今も在籍でいいんですかって聞けば?今から」
「今から!?」
「ええ今からよ」
いやいや、ここからイダミジアって通信できるの?できたとして、いくらかかるの?
「大丈夫よ、一千光年や二千光年くらい。ねえ、通話料いくらかかるの?」
「イダミジアまでの直通ですか?」
「!?」
いきなり後ろで声がして振り向くと、職員らしい制服姿の青年がいた。
「ええそうよ、ここから直通通話っていくらかかるかしら?」
「外宇宙用公衆でイダミジアまでですから……これくらいかと」
なんか、メヌーサの前でポンポンと何かのデータが並んでいる。
「あらチケット使えるの?」
「あ、はい。お持ちですか?」
「古いのだけどね、これまで使える?」
そのデータの横に、何やら電子チケットみたいなのがポンと張り付けられた。
「旧型の教団チケットですね。はい、もちろん使えます。でもいいのですか?」
「いいのいいの、必要経費だもの。通信機よこしてくれる?」
「はい、では少々お待ちください」
そういうと青年は空中で何かをパパッと操作した。
そして食堂入口からロボットっぽいのが入ってくるのを確認してから、にこりと微笑んだ。
「はいメヌア様、こちらをお使いください」
「ありがとう」
そういうとメヌーサはこっちを向いて笑顔で言い放った。
「メル、ルドくんに電話かけるわよ、いらっしゃい」
「……え、マジでかけるの?千光年向こうだよ?」
しかも、こんな食堂の席から普通に?
「いいからいらっしゃい、ホラ!」
空中に開いたウインドウの向こうには、ルドのじいさんが映っていた。
十年単位の時間が過ぎたはずだけど、じいさんは大差なかった。そもそも蜥蜴族の年齢はわかりにくいっていうもあるとは思うけど、私の目には「変わってないなぁ」という印象以上のものはなかった。
しかし、まさかのリアルタイムビデオ通信。しかも千光年単位の向こうと。
おっそろしいな。可搬式の量子通信機ってあたりかな?
『うむ、久しいのうメル。それでどうしたんじゃ?』
「はい、長らく顔を出してなかったわけなんで、現在の所属の確認とか、あと仕事なり作業なりあるかなと」
『なんじゃ、そういうことか。まぁ生真面目で結構なことじゃが』
クスクスと楽しげにじいさんは笑うと、手前にポッポッポッとアイコンのようなものが表示された。
あ、これお金。当たり前だけど電子マネーだ。
「えっと、これは?」
『小遣いじゃ。どうせ金なんぞないじゃろ?』
「いいんですか?」
『何をするにしろ無一文では問題あるじゃろ。わしのポケットマネーなんじゃから無駄遣いするでないぞ?』
「ありがとうございます。でも」
『どうせ金銭面は姉ちゃんに頼り切りなんじゃろ?』
「!」
痛いところを突かれた。
『少しは自分の金ももっとけという事じゃ。
あと、今は渡さぬが秘書雑用の基本給が全く使われずにイダミジアの口座にたまっとる。申請すれば口座のキーを渡すように手配しておるから使うがいい。まぁ、何しろ基本給のみじゃからこっちも小遣いの域を出んがの』
「ありがとうございます……あれ?するともしかして?」
『クビになったつもりでおったか?』
「……はい」
素直に答えると、通信の向こうでじいさんは目を細めた。笑ったんだろう。
そして、カシカシと何かをカウントするような音。
ああ、電子マネーの所有がこっちに移ったのか。
当たり前だけど、むかし東京で愛用してたやつとは違うので「シャリーン」音ではない。
『おまえさんが連絡なしで消息を絶ったのなら、そうするがのう。ちゃんと断ったじゃろ?』
「あ」
たしかに。
『秘書雑用の所属はそういうやつも多いんじゃ。ここ二百年くらい定期連絡だけのやつもおるぞ』
「へぇ……それでも援助は続けるんだ?」
『無意味な投資はせんだけじゃよ。
小遣いレベルの金で、ひとの縁が切れずにつながるなら安いもんじゃろう。違うか?』
「違いませんね」
確かにそれはある。
日本にいた頃、あまり行き来のない友達がいたけど、年賀状だけは送り続けた。
私はもともと年賀状をあまり出さない人なんだけど、おっさんと呼ばれる歳になってからは逆に出すようになっていった。特に電子化してネットで宛名印刷してもらえるようになってからは、この人ぞという相手には必ず毎年出すようになっていった。
つまり年賀状を最後の縁をつなぐために使っていたわけだ。
頻繁に行き来なんてなくなったかもしれない。
だけど、細くなったかもしれないけど、それでも縁を切りたくはなかったからね。
『それで仕事じゃが……最優先はまず、姉ちゃんと共におれ』
「共に?」
『まぁ護衛じゃな、本人はいらぬと言うじゃろうが……誰かつけておかんとエリダヌス教団がうるさいでな。ちゃんと了承はとっておるから気にするな。
まぁ、おぬし自身も護衛対象になっておるから片手落ちじゃが、それについてはゲルカノ教団に保護されておるという事で言い訳がたつじゃろう』
「そういうもんなんです?」
『うむ。まぁもちろん交渉の結果じゃが』
「なるほど」
そんなんでいいのなら、もちろん喜んで引き受けよう。
『あとは、ここしばらくのニュースを見聞きして情報をすりあわせておくんじゃ。特に、お嬢とじゃじゃ馬の動きには注意せよ。おぬしを狙っているのは知っておろう?』
「はい」
『ならば情報は押さえておけ。よいな?』
「了解です」
あと、いくつかの情報について尋ねてみた。
「あの、メヌーサにも聞いてもらいましたけど、ボルダ出身のモルム・バボム姉弟ってどうしてますかね?」
『あのふたりなら現在、ちと時間のかかる特殊任務についておる。悪いが危険も多いでな、仔細はまだ明かせぬ。すまぬな』
「なるほど。まぁ問題ないならいいんです」
そういう仕事を任されるってことは、なんだかんだで有能なんだろうな。
「それと、リンって女について知りたいんですが……じいさん?」
『おぬし、なんでリンのことを知っとるんじゃ?』
ん?なんでびっくりしてんだろ?
「何かあるんです?」
『い、いや、それはいいんじゃが……ふむ』
じいさんは居住まいをただすと、ひとつ咳をした。
『あれは危険な仕事、セキュリティの高い仕事を主にさせておるんじゃ。
詳細については説明いらんじゃろ。そっちに向かっておるでな』
「あー了解です」
やはりか。
※シャリーン
メルは元Edyユーザーです。