ジッタ
船にしても飛行機にしてもそうだけど、色々とドタバタして乗り込むと雰囲気変わるよね。まぁたぶん、乗り場がドタバタしていたり、乗り込む本人が緊張してたりするから余計にそう思うんだろうけど。
お、入口のところに偉そうな恰好のアルカイン人がいる。船長さんとかかな?
その人はメヌーサに目をやると微笑み、こちらに近づいてきた。
ああなるほど、そういう事情か。
「エイドム・リンター号にようこそ、メヌーサ様」
ん?
あれ、メヌアって呼ばないんだ。
ということは、この人はゲルカノ教徒じゃないってこと?
そんなことを考えていたら、
「あなたここの人間じゃないわね、どこから派遣されてきたの?」
「はい、所属はアマルー本星です。聖女王陛下からの勅命で参りました」
「アマルーの?どうして?」
メヌーサが盛大に首をかしげたんだけど、こちとら意味がわからない。
なので、とりあえず質問してみた。
「すみません、お名前をうかがっても?」
「おっとこれは失礼」
船長さんぽい人は姿勢を正した。
「自分はジッタ・ヘンダスと申します。アマルー王宮警護隊所属なのですが、元連邦軍人で船舶の運航ライセンスを持っておりまして。
実はメヌーサ様がこちらに向かわれたという連絡を受けましてから、定期的に担当が派遣されていたのです。自分もそのひとりでして」
「ちょっと待ちなさい」
メヌーサが眉をしかめてその人……ジッタ氏を見た。
「あなたアルカじゃないの、アマルー以外が王宮で働くのは王宮規則違反になるわ。そんなバカな話が」
「ごもっともです。実際、王宮所属で異人種は自分と部下のテル・ワイゼンという男だけでして」
む?なんだ?
「メヌーサ?えーと?」
「アマルー王宮じゃ、異人種と外国人は雇えないの。混血もダメ」
「なるほど」
簡潔な説明どうも。
ああ、まぁ普通の政府筋ならともかく「王宮」だもんね。
けど、それが事実だとしたら、このひとは何かの事情でアマルーに雇われてるってことか?
「とりあえず、ここでする話じゃなさそうね。どこか別室あるかしら?」
「では、おふたりの船室にご案内します。おい」
「はっ!」
「船室に案内?」
「はい、これでも自分はこの船の船長を拝命しておりますので」
そういうと、ジッタ氏とやらはにっこりと笑った。
私は旅行好きではない。非現実を味わうのが好きだけど、それは物理的な旅行でしかできないわけではないからだ。
まぁ、往復で一週間もかかる小笠原諸島の父島に行った事はあるし、この目で鳥島も見たことがある。南は沖縄の波照間島、北は礼文島の北にある海馬島まで足を運んだ経験もあるといえば、ひとによっては「旅好きじゃん」と言われかねないだろう。
でも、上陸した父島よりも、船から見るだけだった無人島・鳥島のイメージの方が強い。礼文島だって、ひとを拒絶する西海岸の方に強い印象を持っている。
そして、ひとの多いただの観光地には興味がもてない。
それが意味するものは何か?
そう。
私が好きなのは旅行そのものではなく、旅行がもたらす麻薬のような非現実感ではなかったのか?
そんなことを、ふと考える。
何やら仰々しい壁の文字は「ここから賓客専用ブース、一般客は立ち入らないでください」とある。
言うまでもないが、今までの私の人生には縁のなかったエリアだ。
けどジッタ氏は当然のように入っていくし、それにメヌーサも当然のようについていく。
その後を、なんだか場違い感に困惑しながら私も入って行った。
部屋はその一番奥の、よりによって最も豪華っぽい部屋。大きな木製のドアをあけて中に入ると。
そこは緑の風景があり、さらにその中に立派なお屋敷があった。
なんだこれ。
「えっと、これ、部屋?」
「部屋ね。いい部屋じゃない?」
「いやいやちょっと待て」
これはむしろ『お屋敷』だろう。部屋で数えるものではないぞ。
ちょっと想像してほしい。
巨大な豪華客船の中、案内されたスイートルーム。その扉を開くと、そこには見渡す限りの森があって、丘の上にはでっかい洋館。
まぁ見えている風景はちょっと異なるし、建物も地球式の洋館じゃないけどさ。立ち位置としてはそんな感じ。
どうかな?
これを『部屋』と言い切れる神経はないよ、私。
「古エリアナ式の装飾よ。空間を曲げて広い場所を作り出して、そこに箱庭を作るの。つまりこれは本物」
「へぇ、本物……本物!?」
映像とかでなく本物?
「この空間はほんの一部なのです。箱庭の本体は船内の新緑地帯と有機的につながっておりまして、生み出した自然な循環の一部を借りる形でプライベートなお庭と癒しの森を作り上げております」
「……なんてこと」
じゃあこれ、バーチャルルームみたいな架空じゃなくて本物の森なのか。
農業プラントみたいなことをしてるんじゃなくて……いやま、多少はバランス調整なんかはしてるんだろうけど。
基本的に全部、船内に設定された本物の自然環境ってことか。
やばい、とんでもない高レベルだ。
「何やってるのメル、いくわよ?」
「あ、はい」
当たり前のように建物に入っていくメヌーサたちに、あわててついていった。
建物の中は、見覚えのある作りだった。
「ヨンカ風?」
「そうね、教団支部と同じタイプだから、メルには気楽かしら?」
「うん」
「ま、お坐りなさい。ジッタさん、あなたもね」
「は、では失礼いたします」
とりあえず皆で座った。
「誰かお茶くださる?」
【少々お待ちください】
メヌーサが当たり前のように声を出すと、どこかから声がした。
いいけど、命令し慣れてるよなぁ。
「誰かいるの?」
「備え付けの家政ロボットですね。船内でなく、この『部屋』専任の担当です」
「そうですか」
レベルが違いすぎて、めまいがしてきた。
「ちなみにこの『部屋』、広さはどのくらい?」
【どこからこのお部屋に該当するかという問題がありますが……プライベート領域だけですと約百万平方メートルというところでしょう。ここは森林区画ですが、砂浜もありますよ】
なんだそれ皇居かよ!
めちゃくちゃだなもう。
「ところで」
落ち着いたところで、メヌーサが話をきりだした。
「さきの話の続きだけど。あの厳しいアマルー王宮規則に例外を作るなんて、あなた何者?」
「それは自分でなく、わが父が原因だと思います」
「あなたのお父様?」
「はい」
ジッタ氏は大きくうなずいた。
「父は元々、アルカイン王宮に勤めていたのですが、アルカイン滅亡時に郊外の病院にいて生き残りました。
それで失職したのですが、実は王宮勤めになる前は研究者でして、プライベートで研究も続けていたようなのです。
そして、そちらの才を買われてアマルー本星に招かれる事になりまして。
今は学者として王立研究所に勤めているのです」
「あらま。お父様のお名前は?」
「ヘンダス・マドゥル・アルカイン・コマオといいます。アルカインでは兵士長をしていましたが、同時にソフィア姫と学問上のつきあいがあったと聞いています」
「え、ソフィアの研究仲間?」
想定外の名前が登場して、思わず反応してしまった。
「へぇ……?配役もなかなか面白そうだけど、何よりアマルーが外の研究者を呼ぶなんて珍しいわね、お父さまの専門は何かしら?」
メヌーサがそういって首をかしげたのだけど。
「それってまさか、古代遺失文明の研究?」
思わず、思ったことを言ってみた。
「メル様、よくご存じですね」
「え?いやだってソフィアの研究仲間ってことは」
そもそもソフィアが地球にきたのは、その研究のため。
つまり私にはとても縁のある事なのだから。
「なるほど、そういうことですか」
ふむふむと納得顔。
うむ、なかなかいい男じゃないか。仕事もまじめにやりそうだ。
まぁ女ウケするかは知らないが、顔面偏差値が高いからどうにでもなるだろう。ソフィア姫と同じ金髪碧眼系だしな。
そんなことを考えていたら。
「メぇルぅ?」
「そのキモイ笑顔やめてメヌーサ。そういう趣味ないから」
「あら、メルったら女の子の方がお好き?」
「わかってて言わないでくれる?」
こちとら元男だし、そっちの趣味はないよ。
「ええ、そうでしょうね」
けど、なぜかメヌーサは楽しげにニコニコ笑うだけだった。