財団本部へ
すごい。
いや、語彙が乏しくて申し訳ないけど、まさにそんな印象だった。
クルマ自体はなんていうか、すごい異国情緒って感じじゃなかった。座席が並んでいるだけで運転手がいないのが不思議だったけど、どうやらこれもロボットカーって事らしい。自動運転が普通に普及しているんだろう。
だけど、移動するその窓から見える「人々」がもう……なんていうか、すごかった。
宇宙港でも見た、トカゲ頭と爬虫類っぽい尻尾の人々。
化け猫よろしく、でっかい猫頭と猫しっぽの人々。
地球人とよく似た人間族もいるけど、よーく見ると顔立ちや雰囲気が少しずつ異なっていたり。
いやいや、本当に異星文明なんだなぁ。
それにしても。
「そんなに珍しい?このあたりはまだ連邦とそんなに変わらないと思うけど?」
「連邦と変わらない?」
「ソフィア様、そもそも誠一さんは連邦基準を知りませんから」
「ああそうか、ごめんなさい。そりゃそうね」
アヤのツッコミにソフィアが苦笑した。
「誠一さん、今見えているのはほとんど、いわゆる銀河の筆頭種族と言われているアルダー・アルカイン・アマルーの三種族なんですよ。誠一さんにわかりやすくいえばトカゲタイプがアルダーで第一位、人型のアルカインで第二位、ネコ型がアマルーで第三位になります。
ですけど、いろんなバリエーションを見たいのでしたらこんな表通りでなく、商業地域の裏通りにいくと面白いですよ?」
「そうなの?」
「はい。もっと希少で、不思議で変わった種族がたくさんいますから」
へぇぇぇ、そりゃあ見たいなぁ。
でも、俺が期待で胸をふくらませているとソフィアが釘をさしてきた。
「楽しみにしているところ悪いけど、繁華街は危険なので当面は行かないほうがいいわ。アヤ、行かせちゃダメよ」
「そうですか……わかりました、注意いたします」
「あー、いろいろいるって事は危険も多いってか?」
「そういうこと。町に慣れてくるまでは自粛してね?」
「りょうかい」
俺も無謀な若者じゃないから、危険に自分から飛び込む事はしない。
見た目は子供の容姿になっているのかもしれないけど、中身は分別ある大人なんだから。
……大人だよな、俺。
いやぁ、あのね。
実はソフィアに出会う前からそうだったんだけど……正直、自分の精神年齢にはあまり自信がないのも事実だった。
歳をとればとるほど、人間は自分が思ったよりガキでバカだって気づくものらしいけど。
ま、今はそれはいいか。
そういえば「人々」を見ていて、ふと気づいた事があった。
「なぁソフィア、ちょっといいか?」
「何かしら?」
「地球のファンタジー作品とかでよく、人間そっくりだけど獣耳や尻尾がついてるって種族が描かれていたんだけど。そういう奴らっているの?」
「え?」
一瞬、ソフィアは何を言われたのかわからないようだった。
そして、すぐに何か思い直したような顔になって、
「それはつまり、私たちのようなアルカイン族に、アマルーのような耳がついてる種族ってこと?」
「そうなるね」
「あー、まぁ、いるにはいるわね。でもちょっと特殊になるけどね」
「そうなのか?」
「ええ」
ソフィアは大きくうなずいた。
「進化には必然性があるものでしょう?
まぁ、それに近い種族に、ひとつだけ心当たりがあるけど……あそこは自然にそういう種族になったんじゃないのよね」
「自然になったわけじゃない?」
「ええ」
こくりとソフィアはうなずいた。
「アルカイン系ガレオン族といってね、ちょっと特別な歴史のある種族なの。……アヤ、あなた映像持ってる?」
「すみません、持ってないです」
「じゃあ……はい、こういうのよ」
ソフィアが何か手元でちょこちょこっと操作したかと思うと、唐突に俺の脳裏にアクセス要求がきた。
あ、これソフィアの端末かぁ。よしOKっと。
「お……おー、可愛いじゃないか」
送られてきた写真を頭の中で広げてみて、俺は思わず賞賛した。
え、なんでかって?
いや、だってさ。
その写真に写っていたのは。
巨大な狼みたいな動物の上に、獣耳の美少女が乗って散歩している映像だったからだ。
「これがガレオン族なんだ。これ女の子だけみたいだけど、男もやっぱ似たような姿なの?」
「いえ違うわよ。それはガレオン族の成人男女の写真なの」
「……はい?」
俺は、改めて写真を見直してみた。
「あの、ソフィア……人間は女の子しかいないよねこれ。あとはでっかい狼みたいな生き物がいるだけで」
「その、オオカミみたいなでっかい生き物がガレオン族の男なの」
「……はぁ!?」
なんじゃそれ?
俺は再度、その写真を見直した。
「いや……さすがに冗談でしょソフィア」
「いえ本当よ。
もちろん自然にそうなったものではないわ。彼らには彼らの歴史的事情があってこうなっているだけで、彼らは本来、私たちと同じアルカイン系の種族なの」
「……そうなんですか」
いろいろあるんだなぁ、宇宙も。
ところで。
そんな話をしていたら、何かアヤが眉をつりあげているんですけど?
「その前に質問なんですが。ソフィア様、いつから誠一さんとの間にリンクをつないだのですか?」
「え、つないでないわよ?ただあなたと別れてからここに来るまでの間にちょっとイベントがあって、彼が通信システムの使い方をちょっとだけ覚えただけの話で……」
「ああなるほど、そういう事ですか」
そういったかと思うと、アヤはなぜか俺の方に手をさしのべてきた。
「誠一さん、手を」
「え?えっと?」
「いいから手をだしてください。ほらさっさと出す!」
「は、はいっ!」
なんか知らないが妙な迫力に負けて、俺は手を差し出した。
で、その手をガシッとアヤに捕まれた次の瞬間、
俺は、なんかファンタジーなアテネの神殿みたいなところに座っていた。
「な、なんだこりゃあ」
「『騒がないで、ただのイメージです。わたしの故郷、キマルケ王国にあった聖堂のひとつなんですが』」
「あ、はい……え?」
あー、そういえば……何度か見せてもらった映像に似ているな。
「『それより、なんですかこれ……ああ、港湾設備の方にサイボーグの方がいらしたのですね。その方に習ったと』」
「うん、そんなとこかな?」
そうなんだけどさ。でもなんで怒ってるのアヤ?
「『怒ってないですよ。それより再編に邪魔なので、このファイルはもらっていきますね』」
「はぁ……」
なんか知らんが、お姉さんにもらったファイル群をとりあげられちまった。
そして、何かデータのようなものが強制的に俺の中に注ぎ込まれる感じがして。
「……おお」
次の瞬間、俺は自分の中に、通信インターフェイスがあるのをしっかりと認識できていた。
「『今度はちゃんと見えたでしょう?』」
「おー、なんか知らんが見えた見えた」
「『わたしたちの身体は近年の方式とは違うので、あれでは限定的な機能しか発揮できないんですよ。
そもそも、人間だった誠一さんがいきなりドロイド由来の機能をうまく使えるわけがないのを忘れていました。
本当に、すみませんでした』」
ぺこりと頭をさげたアヤに、俺は頭をかいた。
「いや、いいさ。それだけ俺が特殊ケースなんだろ?仕方ないって。
でもさ、今まで使えなかったっていうのは俺が人間だからって事でいいの?」
「人間の方を再生する場合、制御不能になると危険ですから、初期状態では人間以上の機能は封印されているんです」
ああなるほど、そういう事なのか。
「人間以上ね……あれ、すると今、解放されたのは通信機能だけじゃないってこと?」
「はい、そうですね」
なるほどと俺は納得しかけた。
だけど、続いたアヤの言葉に、俺の目は点になった。
「『これで解放されたのはですね……たくさんありますから名前だけ言いますけど。
各種身体能力拡大、五感拡大、重力制御能力、エネルギー障壁発生能力、ネットワークアクセス能力、耐熱・耐寒・耐圧能力、各種キマルケ式エネルギー集約砲制御ロジック群……』」
「おいこらちょっと待て!」
「『はい?』」
いや、はいじゃないって。
「なんかさっぱりよくわからんけど、ずいぶんと物騒な言葉がたくさん入ってたんだが?」
「『物騒?どのあたりがですか?』」
「いや……重力制御能力とか、何かよくわからんけど集約砲がどうとか」
「『ああ、それですか』」
まるで明日の献立でも質問されたかのようにアヤはうなずくと、説明してくれた。
「『まず、わたしたちは翼もなければ通常の推進システムもありませんよね。ですから、空間戦闘を行って戦艦と戦うには、どうしても重力制御を行い、エネルギーシールドをはり、数万度の超高温から絶対零度までを耐え抜く必要があるわけですが』」
「いやいやいやいや、だからどうしてそこで戦艦と戦う必要があるのさ!?」
「『あー、そうですねえ。わたしは生まれが生まれですけど、地球人の誠一さんにはピンとこないのは当たり前でしたか』」
そういってウフフとアヤは笑うと、なぜか、俺の顔を両手で挟んできた。
え?
な、なに?
「『でも……これからの誠一さんには必要な能力ですよ?』」
「……え?」
そういうと、アヤはウフフと楽しげに笑った。
「『戦闘能力といっても、戦いに使うとは限りませんよ?
たとえば、職場が宇宙空間になる可能性は結構高いと思いますけど、重力制御ができるかできないかで、船外活動での自由度が全然違うんです。それだけでお仕事に幅ができちゃいますよ?』」
「あー……」
なるほど、それはそうか。
「つまり、いろいろ物騒な名前がついてる能力も、これからの生活に必要な可能性があるってこと?」
「『そういうことです。できないよりは、できた方がいいですよね?ましてや自分の身体の能力なんですから』」
「たしかに」
そういう事なら納得だよ。
「アヤ、そういう事なら最初からそういってくれないか。俺は小心者だからビビッちゃうんだよ」
「そうですね、気が向いたらそうしますね?」
気が向いたらかよ!
「『とにかく、これからそうですね……一日一回、そうですね……夜にこういう学習の時間をとりましょう。同型とこうして接触するのが、経験や能力を共有させる最もよい方法ですから』」
そうなんだ。
「はい先生、質問がふたつあります」
「『なんですか誠一さん?』」
「今までその方法をとらなかったのは?」
「『同型接続の学習についてはソフィア様に知られたくなかったからです。一般の通信機能という事にしておきたかったのですが、ソクラスの中ではバレる可能性がありましたから。誠一さんも他言無用にしてくださいね』」
「なるほど了解」
ソクラスとアヤは仲がよさそうだったけど、そうか。ソフィアに知られたくない事なら、彼に教えるわけなにはいかないもんな。
「じゃあ、もうひとつ質問。言葉なんだけど」
「『言葉?』」
「アヤ、今、俺と話してるのって何語だ?」
「『キマルケ語です』」
キマルケ?
ああ、そうか。
「つまり、生まれ故郷の言葉だよね?」
「『わたしたちは同型の身体でしかも接触しているので、言葉はわからなくてもその意味だけを共有できるんです。
わたしはたくさんの言葉をつかえますけど、この場では母国語であるキマルケ語を使いたかったんです』」
「へぇ……」
そういうもんなのか。
知らない言葉なのに意味はわかる。なんとも不思議だな。
「なぁアヤ」
「『なんですか?』」
「その言葉……俺も覚えられるか?」
「『キマルケ語をですか?』」
アヤは不思議そうな顔をした。
「『わたしの言語ライブラリを一部転送するだけですから、今なら一瞬ですけど……もう二千年も前に滅びた言語ですよ?』」
「よけい面白そうじゃないか。たとえばさ、それで日記をつけたとしてソフィアたちに読めるかな?」
「『簡単ではないでしょう。キマルケ語は事情があって、正しく伝わっている資料が事実上皆無ですから。研究者なら多少わかるでしょうけどデータとして共有されていませんし』」
「鍵つき日記帳くらいのセキュリティはあるかな?」
「『たとえがよくわかりません』」
「破ろうとしたら破れるけど、釣り合わない労力がいるってくらいの意味かな?」
「『そうですね、そんな感じです』」
おお。
「いいね、そんな感じなら是非教えてほしいな」
「ずいぶん長く対話してたわねえ」
「あー……特別講習受けてました」
やっとのことで視界が戻ってきた時、最初に聞こえたのはソフィアの声だった。
「特別講習ね……ねえ誠一さん、アヤとネットでつながるってどんな感じだったの?」
「他にたとえるものがないですけど……なんか普通に向き合って話すみたいでしたよ。で、そこで手取り足取り教えてもらう感じかな?」
「なるほど、そうなんだ。それで成果は出たのかしら?」
『とりあえず、このくらいは』
俺はスマホを持ち上げると、スマホのスピーカーから声を出してみた。
「あら、そんなことできるんだ」
「スマホの機能におんぶにだっこ、みたいなもんですけどね。なんか便利に使えそうです」
「そ。よかったわ」
まさか全機能が解放されましたなんて言えないもんな……。
そんな会話をしていると、アヤが少し割り込んできた。
「ソフィア様、これからしばらくの間、誠一さんに接続して授業をしたいと思います」
「授業?」
「やはり人間であるために能力には制限がかかっているようです。
それはいいのですが、一部の機能がきちんと制御できていないのが気がかりです。万が一暴走したりすると面倒の元ですから、一から制御をお教えしたいと思うのです」
「アヤ。彼がこの身体をずっと使うかどうかは決まってないのよ?」
「完全な生身に戻るといっても、ネット機能くらいは埋め込む可能性があると思います。
そして彼の素質なら、それが推奨されると思います」
「あら……何かの素質をみつけたということ?」
「はい。まだ断言はできませんが」
「そう……」
少しソフィアは考えていたが、やがてウンとうなずいた。
「そういう事ならわかったわ。でも訓練内容などの報告はしてちょうだいね?」
「了解しました」
とりあえず、夜ごとの講義だか練習だかは決定したらしい。
『皆さま、あと二分で到着いたします。お忘れ物などございませぬよう』
お、もうすぐ着くんだ。
俺は思わず窓の外を見た。
「誠一さん、興味津々のところ悪いけど財団本部は普通のビルよ?」
「そりゃそうだろうけど」
それは異星人目線だろ?地球人的にはわからないもんな。
俺はそんなことを考えながら、あちこちに見える建物を、あれかな、これかなと思いながら注目していた。