準備[2]
ヤンカいきの準備が加速しだした。
アヤ側の状況がわからないけど、探知されるのは時間の問題だという。でも、だからといってできる事が多くあるわけじゃない。
ならば、今できることをやるという話になったんだけど。
「逃げなくていいの?」
「できる限りの手は打ったからいいの。
それに、じゃじゃ馬が来るから都会はダメよ、人口の多い惑星なんかに移動したら最悪、とんでもない犠牲が出る恐れがあるからね」
「えっと、そうなの?」
アヤは確かに強いかと思うけど。
「メヌーサって人間至上な人だっけ?むしろ多少の犠牲なら仕方ないってタイプだと思うんだけど」
「その評価には異議をとなえたいとこなんだけど、まぁいいわ。
確かに、わたしは多少の犠牲はいとわないけど、でも天体規模の無益な犠牲となると話は別よ。理由があるなら別だけどね」
「天体規模?」
なんの話?
首をかしげると、メヌーサは大きくためいきをついた。
「そっか、知らないのか。
そもそもあの子……じゃじゃ馬がどうして魔王なんて呼ばれているか、その理由を聞いてないの?」
「ごめん、よく知らない」
アヤの本名……アヤマル・ドゥグルっていうのが、もともとはお転婆、はねっかえり、じゃじゃ馬みたいな可愛い意味でしかないのに、連邦系の国家群では魔王とか怪物って意味になる事は知ってるけど。
まぁ立場的に敵対なんだから、何かあったんだろうなとは思う程度かな?
そういうと、メヌーサはウンウンとうなずいた。
「まあ流れとしては間違ってないかな」
「ながれ?」
「少なくとも、外から見る限りの経緯はね」
メヌーサはそういうと、話を続けた。
「まず最初、キマルケが皆殺しにされた所から始まるの。犯人は連邦ね」
皆殺し!?
その物騒な言葉の意味に眉をしかめていると、メヌーサは続けた。
「もちろん連邦の総意というわけじゃないんだけど、キマルケを、それも国家群でなくキマルケ人そのものを危険視する者たちがいたの。そいつらの主導でキマルケは攻め滅ぼされた。それも惑星上の森羅万象、あらゆる生き物を焼き尽くすという方法でね。
逃げ出したわずかな生存者も、キマルケ防衛隊を滅ぼした光の国ってとこの連中の手で殺されていった。老若男女一切関係なくね」
「……なんだよそれ」
ひとつの国を星ごと皆殺しって。それを連邦がやった?
「連邦って、特定国家が中枢で力もつような組織なのか?」
ひとつの国を一方的に滅ぼすとか、地球の国連がやるならわかるけど。
え?国連がそんなことするわけないって?
いや、地球の国連は掲げる理想こそ高いけど、実態は少数の有力国が平和の名の元に世界を好きにする団体だと思うけど?
まぁ、理想と現実が折り合わないのはよくある事だけど、もともと国連はその理想だって一部の組織が一方的に掲げるものでしかない……まぁ、お墨付きを得ると一定の説得力を得るって意味からすれば、それなりの意味はあるのだけれども。
いやま、地球の国連の話はどうでもいいか。
「いえ、連邦はそういうヘンなところはないわ。本来はね」
「本来は?」
「キマルケは文明の形態そのものが根本的に異なる世界でしょう?
連邦は商業連合である性質上、非物質科学文明に対してはあまり好意的とはいえないのよ」
「……」
「話、続けるわね。
キマルケは確かに滅ぼされたけど、襲いかかった連中はキマルケ人の本質を理解してなかった。
確かにキマルケは国として滅亡した。キマルケ人もほとんど生き残っていない。
だけどね……キマルケを襲った光の国の軍も壊滅した。それも軍相手じゃなくて、たったひとりの巫女にね」
「巫女が?」
どうやって、と言おうとしたところで、ふと気づいたことがあった。
あの、夢の中で出会う巨大な『なにか』。
もしかして。
「まさかその巫女って……」
「たぶんメルの想像通りよ。侵略者を皆殺しにしたのはキマルケ最後と言われた風渡る巫女……正式名を、エルグァラントスレキシビビデア、通称エレって呼ばれてた子よ。その超常能力を破壊にむけて開放した結果、ほとんど相打ちで光の国軍も滅びた。
いえ……ゲノイア本国も滅亡している今、勝ったのはあの子かもしれないわね。だって」
そこまで言ったところで、メヌーサはパチンと自分の頬を叩いた。
「ああごめん、今は推論してる場合じゃなかったわね。
そんなわけでキマルケは滅ぼされたわけだけど、じゃじゃ馬はこれに巻き込まれず助かったのよね。訓練がてら辺境のアステロイド掃除をしていたんだけど、そのおかげで生き残った。
だけど戻ってきて、中央神殿が滅ぼされ、巫女も皆殺しになっているのを見たあの子は激怒した。
そしてゲノイア群を手引きした3つの星間国家を急襲して、そして国家まるごと皆殺しにしたの」
「皆殺し?国家まるごと?」
アヤがいくら強くても、それは物量的に無理でしょう?
「じゃじゃ馬が最も得意とする戦いって知ってる?」
「いえ、何でしょう?」
そういやアヤの戦闘特性なんて知らないな。
「あれが最も得意とするのは重力や質量を使った戦いよ。
地上なら重力波兵器ですり潰すわけだけど、メルの言うような国家単位だと物量がどうしても足りないでしょう?
だけどね、問題の3つの国は、じゃじゃ馬にとって最良の条件の国だったの」
「最良の条件?」
「惑星国家ってことよ。小さなコロニーやステーションもなくはないけど、中枢の母星が滅びれば生き延びられない。生命維持を含めた、あらゆるインフラが母星中心になってるからね」
え、それって。
「そうよ。近郊の小惑星の軌道をいくつか変えて、彼らの星に叩き込んだの」
……なんですと?
「ちょ、ちょっとまって」
「なぁに?」
「アヤって確かにすごいけど、天体を動かすほどの能力なんて」
ドロイドにそんな能力ないでしょ。
いや、機能があったとしても天体を動かすほどのエネルギーなんて。
でも。
「前提条件が間違ってるわね」
へ?
「前提条件?」
「ドロイドの姿をしてるけど、あれはドロイドじゃない。ひとと同じ思考する存在だから勘違いされるけど、あれは最初から戦闘向けにデザインされた存在なのよ。そこは間違えちゃダメ」
「……」
「メル、あなたの体内に魔導コアがあるでしょう?」
「はい」
「じゃじゃ馬の体内には、それと同じものが十六基あるのよ。しかも組み合わせ理論があって、相乗効果で実質の能力は十六倍どころじゃないわ」
「……なんですかそれ?」
「なんですかって、そのまんまよ」
「……どうして私とそこまで仕様が違うんですか?」
「そりゃ個別のカスタマイズ部分だからよ。当時、あの子のコアの追加まわりはわたしの担当だったから」
「何やってんの!?」
「んー、そう言われてもね」
そういうとメヌーサは苦笑した。
「あの子は第一号だったから。試行錯誤もあったのよ」
「第一号?」
なんの第一号?
「ひらたく言えば、魔導技術と科学技術の高位ハイブリッドの第一号、かしら。
それまでにも、偶然に生まれたミックスは存在した。だけど最初から、ゼロからそのために設計した機体というものは存在しなかったの。
あの子は、ドロイド技術で作り上げた魔操兵士であり、同時に異界の技術で組み上げられたドロイドでもある。
ただ、その組み合わせがどういう結果を生むかはわかってなかったし、組み合わせ自体が試行錯誤でもあった。
だからこその、魔導コアの並列導入だった」
「……」
「ちなみに、その担当がわたしだったのは当然の流れね。
だって、生きてる人間の魔導コアを取ったりつけたりできるのはボルダの大神官だけなんだけど、姉さんはその術を編み出した初代大神官に直接教えを受けてるんだもの。記憶しか継いでないとはいえ、わたしだって練習すればできたわ」
「……なるほど」
なんというか、言葉が出ない。
「まぁ今は理解できなくてもいいわ。さて、それじゃあ次いきましょうか」
「あ、はい」