準備[1]
バイク屋でバイクを返し、ゲルカノ教団に戻った私はメヌーサに渋い顔をされた。
「メル、機雷役をやっつけちゃダメでしょ」
「ツェンカー?」
「要は触覚ってことよ。さっさと煙にまいておけばよかったのに」
「???」
首をかしげていると、メヌーサはますます渋い顔をした。
「意味わかってないのね……じゃあ、まぁ仕方ないか。説明してあげる。
機雷役っていうのはね、ここぞと思う怪しげな場所に配置しておくやつのことよ。たいていは消耗品扱いの雑魚なんだけど、定時連絡だけは欠かさないってやつ」
「定時連絡……定時連絡!?」
「そそ。わかった?自分が何やったか?」
それってつまり。
「そうかPingか!」
「ピング?」
「ああごめん、要は存在確認だよ。ピングっていうのは地球の音波探知機の探針音をもじった言い方なんだ」
「音波探知?ああなるほどね」
言わんとするところがわかったのか、メヌーサはうなずいた。
「要するにそういうことよ。連絡が途切れる、それだけで何か起きたとわかるってわけ。ま、確認手順がその後にあるはずだから、明日にも本命がくるって事はないと思うけど」
「でも、やばいってことか」
「ええそうよ」
なるほど、やっちゃったかぁ。
「じゃあ、どういう行動がベストだったわけ?」
「ケースバイケースだから何ともいえないけど……そうね」
フムとメヌーサは考えると、ピッと右手の人差し指をたてた。
なんだ?
「一番ベストなのはわかると思うけど、そもそも発見されないことだったわね」
「たしかに」
「機雷役の由来知ってる?広範囲に探知網を広げるために薄く広く操作範囲を広げるために、端末の品質をギリギリまで下げてあるって事よ。
たとえば、そのへんのごろつきに『こういうやつみつけたら教えてね』という仕事を頼みつつ、定期連絡もさせるのね。
きちんと連絡をしておかないと、みつけた時にご褒美やらない。で、見つからなくても連絡続けるだけで小遣いくれる、みたいな感じでね。理由とか理屈は言わなくていい。
ほら、たったこれだけで定期連絡してくれる末端がひとり確保できるでしょ?」
「品質悪いのもいそうだけどね」
「ええ。だから仕事は可能な限り減らしてるってわけ。
移動とか索敵はしなくていい。たったひとつの事だけをやってくれるように」
「なるほどなぁ」
すると、あいつらはおそらくあの山だけの担当だったわけだ。
あれ、でもすると……私はいつ彼らに察知されたんだ?
「あ」
「なに?」
「ゲル屋から走ってる最中に何かゾクッとして、ハツネに周辺警戒頼んだんだけど、それってもしかして」
「可能性高いわね」
ウンウンとメヌーサはうなずいた。
「でも、山よりだいぶ前だったよ?」
「幹線道路かどこかに網はってたやつが別にいたのよ。そいつが通報して誰かが解析して、周辺担当に指示を飛ばしたのかも」
なるほど理屈は合うか。
あれ、でも?
「私がそれに気づいたって事は、悪意か何かを感知したって事?
けど自分でいうのも何だけど、そんな都合のいい感覚ってあるの?いったいどうやって?」
すごいなドロイドボディ。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、それ巫女の能力よ。悪意に反応しただけじゃないの」
そういうことか。
「……またタネなしかぁ」
「タネなし?」
「いやほら、魔法とか魔術とか、タネのない手品みたいだなって」
「……まーだそんなこと言ってるの」
「そんなこといわれたって」
いやだって、ねえ。
原因があって結果がある、それが因果ってものでしょう。
なんの原因もなしに結果だけがポンと湧くなんて不条理はヘンでしょ。
「因果律については同意するけど、メルの論理には穴があるわよ?」
「へ?」
「因果をもたらした原因とその結果って、そりゃ主観的には時系列に沿って対になるものでしょうけど、客観的にもそうとは限らないんじゃないの?」
「あ」
それは、たしかに。
「主観的には普通に原因と結果があったとしても、観測者からみたら、まるで結果が先にきたように見えたり、結果だけが突然現れて見える可能性もある。そうでしょう?」
「うん、そりゃそうだ」
極論といえば極論かもだけど、たしかに真理だ。
原因と結果が不可分のものだからって、それを見る側の第三者が正しく観測できるかどうかは不明だ。見方によっては時系列が反対になったり、唐突に結果だけが見える場合もありうると。メヌーサが言いたいのはつまり、そういうことだろう。
なんの種もない不可思議な魔法に見えるとしても、それは単に私が原理を知らないだけ。それなりに理屈があり、原因があり、そして結果が導かれていることには変わりないと。
うん。
確かに、これは私が間違ってたかも。
「うん、わかった。今後はそういう偏見なしで見てみるよ」
「それでいいわ。
育った環境で学んだ価値観と異質のものに触れているんだから、理解しにくい、時には納得しがたいのもよくわかる。だけど、理解しようとする前に眉唾と考えてしまうのはよくない、それは間違ってる。
それだけはわかってね?」
「うん、もちろん」
科学って、理屈にあわないものを「非科学的」と一方的に排除することじゃないもんね。それは科学でなく狂信、盲信だ。
情報不足なら情報不足、未解明なら未解明だろう。
それは自分自身か、それとも他の誰かがいつか検証し、まがい物なのか勘違いなのか、それとも、未知の新しい事実だったかを判別し、証明することになるだろう。
そう。
科学とはつまり、推論と検証を繰り返して未知を知に変えていく事なのだから。
話がずれた。
「それであいつらって、アヤが手配した可能性が高いの?」
「あくまで可能性だけど、小さくないと思う。ただしソフィアちゃんが関与してる可能性は低いと思うけど」
ん?
「どういうこと?」
「わたしは今日、カムノへの問い合わせと、それからわたしたちが寝てる間の色んなことを調べていたの。実際、ソフィアちゃんの事とかよく知らなかったからね。
それで判明したんだけど……彼女はちょっと『白すぎる』のよ」
「白すぎる?」
どういうことだ?
「矛盾やよどみを受け付けられないってこと。
ルドくんが一度は後継者候補にって思いつつも不採用にした理由がわかるわ。確かに難しいもの」
「え、ソフィアってじいさんの後継者候補だったの?」
「その可能性もあったってことらしいわ」
へぇぇ。
ああでも、何となく理解もできるかな?
ソフィアって、連邦のお姫様だったのに、どちらかというと敵対してるはずのオン・ゲストロの本拠地にフリーパスだったもんな。そんなの、じいさんの関係者でもないとありえない事のはずだ。
しかし後継者候補……そこまで見込んでたんだねえ。
「彼女は今もドロイド混血排斥すべしを主張していて、しばしばイーガの議会ともぶつかるそうよ。まぁ、それでも旦那の皇帝陛下が別の意見をもつ事を非難しないし、それぞれに議論はしあっても夫婦仲とは無関係でいられるってあたりがまぁ、生まれながらの王族で政治家ってことなんでしょうけど」
「うわ、そんな状況なんだ」
アヤをきつい目で見てる事が時々あったけど……やっぱり苛烈な性格なんだなぁ。はは、彼女らしいかも。
思わず苦笑していたら、メヌーサがじっと見ていた。
「なに?」
「お姫様が憎くないの?」
「え、なんで?別に憎くないけど?」
「敵に回ったのよ?メルを殺せって命令したのよ?」
「そりゃー残念だけど、けど、政治的主張と個人の人格は別でしょ」
肩をすくめてみた。
「もう、あの頃みたいに笑顔で話ができないんだなーと思うと寂しいし、それに悲しいよ。
でも、だからって立場や主張を曲げる事はできないしね。
まぁどちらにせよ、憎いって気持ちはないよ。残念で悲しいだけだよ」
「……そう」
メヌーサは静かにためいきをついた。
※Ping
Packed InterNet Gopherの略と潜水艦の探針音(=ping)にかけた名前。ネットワークの疎通を確認するための小さなプログラムだが、存在確認という意味でIT技術者の間ではしばしば概念化、一般語化している。
メルは元IT屋であるためPingの概念はあるし、ほかにも「ティー」をテーと呼ぶ、ゼロとオーを区別するために手書きだとラインを入れる等、古き電機業界人特有のクセをいくつか持っている。