不安
最初は慣れなかった操作も、ドロイド体の性能のおかげか過去の記憶のせいか、すぐに慣れてくる。
そうなって余裕ができると、やっと周囲を見られるようになってきた。
「……」
車上から見るヨンカの町は、どこかハリウッド映画に出てくるアメリカの郊外みたいだった。
おせじにもキレイとはいえないアスファルトロード。道端に時折存在する大型店舗。看板たち。
もちろん、記憶にある映画の風景とは全然違う部分もあるけどね。
まず車両が全然違う。
地球的なデザインのそれは見えないし、もちろんアメ車みたいな乗り物もない。おそらく自動運転と思われる車両はその全てが浮いていて、重力と慣性を小さなエネルギー消費で制御しているのがわかる。車輪で走る乗り物も少しいるけど、それらはどちらかというと路地裏用と、あとはこのゲル同様の趣味の乗り物っぽい。
え?趣味の乗り物があるなら、そこそこの数いるんじゃないかって?
いやぁ、それがね。
今まで見た銀河文明の星、たくさん見てきたけど、モータースポーツのある星ってほとんどないんだよね。で、そのせいなんだと思うけど、手動でぶっ飛ばすような乗り物も非常に少ないんだこれが。カラテゼィナで小型のビークルをたくさん見かけたのがむしろ例外なくらいで。
自動運転が普通になったせいなのか。
寿命が伸びた結果、安全を考えて自動運転に頼る人ばかりになったためか。
モータースポーツという文化自体が衰退し、とてもめずらしいものになってしまっているのは間違いないんじゃないかな。前にイダミジアで調べてみた結果もそうだったしね。
え、私?バイク好きのくせになんとも思わないのかって?
いや、そこはちょっと違うんだよね。
私は元バイク少年だし、大人になってからも乗ってたのは確かに事実。
だけど、実はモータースポーツに興味をもった事がない。ただの一度も。昭和おわりのバイクブームの頃だと、少しは話をあわせたりするのに覚えてたけどね。
個人的にバイクっていうのは、オープンエアーな小旅行とか通勤通学のためのツールって印象が強い。つまり、どうもスポーツって感覚がないんだよね。だからレースやってる人はもちろん、林道や峠道で飛ばしている人も嫌いじゃないけど興味もなかった。公道でテール流すとか危ないなぁとは思うけど。ジムカーナですら興味がわかないと言えばわかってもらえるだろうか?
いざという時の回避運転を思うと技量があるのは素晴らしいことだけど、その練習を公道でやらないし、わざわざ練習しにいくのもどうかなぁってスタンス。そも、練習しなくちゃいけないようなとこにバイクで行かないというか。
まあでもそれを言うなら、荷物を山積みしたバイクで走るのも一定の危険を含んでいるから、これ自体矛盾を含んだ主張なのも事実だけどね。
それに個人的にはおんぼろな仕様が好きだったから、旅先で漁師の浮き玉で作った飾りとかバイクにつけて走ってたしなぁ。あれも安全上のことをいえば、あまりひとの事は言えないのも事実。
ふむ。
「ん?」
ふと道端にこっちと同じようなゲルが停まっているのに気づいた。
「あれは休憩中かな?それとも故障?」
【システム異常ではないようです。休憩でしょう】
「そっか」
相互通信したのか。ほんと、よくできてるなぁ。
ゴッゴッゴッゴッゴッ……重苦しく回る発動機の音。まぁダミーなんだけどね。
でもダミーといっても、実際に音と振動、そして乗り味までリアルに表現されていたら、それはもうダミーとは言いづらいよね。
元宗一郎信者のうえに普通二輪オンリーだったから、こういう古臭いエンジンの車種は学生時代にバイトで乗ったトラックや耕運機くらい。だけど逆にその遠い記憶がまた、微妙に懐かしさを呼び込んでくる。
流れる風も暑くなく寒くなく、そして程よく乾いている。気持ちいい。
【次の信号で左に入ります。走行レーンを変更してください】
「あいよ」
日本と左右逆だから、右折レーンならぬ左折レーンに入る必要がある。こういうとこは地球と変わらないらしい。
お、道端にファーストフードっぽい店まであるな。車がいっぱい停まってら。
まぁ今はバイクの方が楽しいから、このまま走り続けるけどな。
……ん?
気のせいかな?
なんかこう一瞬、ゾクッとしたんだけど。
「質問」
【なんでしょうか?】
「……あー、天気はどうだ?目的地の公園って混んでるのか?」
【現状、天候は穏やかで今日いっぱいは問題ありません。公園は空いています】
「そっか、ありがとさん」
とっさに質問をごまかした。
そして同時に、ずーっと沈黙したままのハツネに呼びかけてみる。
『ハツネ、起きてるか?』
『!』
どうやら寝ていたらしい。
もちろん呼びかけは肉声じゃなくて、連絡情報経由で直接デバイス通信している。
なんかこう、ブルートゥース接続のヘッドセットで合言葉飛ばしてる気分なのは置いといて。
『ハツネ、悪いが周囲に警戒してくれ。こっちも注意しとくけどイヤな予感がするんだ』
『リョウカイ』
お、返答きた。
直接つなぐと音声で返事くるんだ。てーかハツネの声かわいいじゃないか。
『コレハ合成音声』
『そうか』
そもそもハツネ本人は発声しないからな、機能がないわけではないらしいが。
ちなみに解説しておくと、ハツネは半人半蜘蛛という、いわゆるアラクネ型のドロイドだ。カラテゼィナで拾ったというか勝手についてきたんだけど、元は私の頭に帽子のように張り付いていた。で、今は空間を曲げて作った場所に収まる感じで、ちょうど私の頭の中にあたる場所に棲んでいる。
え?わけがわからない?まぁとりあえず気にすんな。
ちなみに私の中にいる時は、蜘蛛側の8つある目のうち前にある4つを私の額のところに出している。だから、私の額を見て、そこに額飾りみたいなのが4つ、ぽんぽんと並んでいれば、そこにハツネがいるって事。
以上、説明おわり。
ハツネの能力は編み物や縫い物など繊維に関するものがほとんどなんだけど、実は初級レベルの巫女の能力もあるらしい。私が運転中であり手が放せない今、彼女にやってもらうのが合理的だろう。
と、そうこうしていたら今度はバイクの方から発言が。
【警告、運転者以外の反応あり。二人乗りされるなら後部座席に正しくお乗りください。これはドロイド・知性体どちらでも同様です】
「非人型なんで後ろには乗れないし固定器具も使えない。また小型なので身体に取り付かせている」
【暫定了解。ただし非常時に投げ出される恐れがありますのでご注意ください】
「わかった」
ほんっと賢いわ。ヘルメットから何かはみ出してるわけでもないだろうに。
……って、ん?
「……うわ」
今、後部視界映像にヘンな影が映ったぞ。でっかい女郎蜘蛛みたいな脚というか。
……いやいや気のせいだろ。
ハツネは成長始めてるかもしれないけど、いくらなんでもその大きさはないはずだ。今のサイズって、それこそハツネの名の元になったゲームキャラのそれじゃないか。
『何か反応あるか?』
『……現在ノトコロ、ナシ。タダシ危険ナシト断言ハデキズ』
『というと?』
『未知ノ領域ヲ移動中ニツキ、精度ガ低イ』
『なるほど』
それもそうか。
『まぁいい、とりあえず警戒は続けてくれ』
『了解』
※版権キャラ: ご存知かもですが、ハツネの名前は20年くらい前にヒットしたちょっとマニアなノベルゲーの主人公の名を元にしています。メルはあの主人公を『姉様』と呼ぶほどの大ファンだったので、その名をつけました。
なお、ハツネの声のイメージは、アニメ『紅殻のパンドラ』のクラリオンのそれをもっと機械的にしたイメージ。本来の能力外の事をやろうとしているので、現状かなり、たどたどしい。
(もともとのハツネの種族は音声言語による会話能力を持っていない。メルの真似をして音声でだそうとしているが、もともとの能力ではないのでまだ非常に未熟)