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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第四夜・とある旅路の日記
162/264

気分転換

「気分転換してきなさい」

 唐突に、メヌーサにそう言われた。

「気分転換?」

「こっちもやる事あるんだけど、なんか余裕ないでしょメル。ちょっと遊んできなさい」

 ストレス発散はどうしてるの?とメヌーサがきいてきた。

 んー、ストレス発散ねえ。

 そんなことを少し考えていたら、ふと思い出したことがあった。

「単車屋あるかな」

 いい歳してまたバイクかよって言われそうだけど、バイクは好きだ。学生の頃からアシにしてたし、昔はよく弁当と本もって、空気のいいとこに読書に行ってたもんだ。

 それに地球の頃と比べると身体も頑丈だし、銀河のバイクは一種のコミューター扱いでやたらと安全になってるしな。少なくとも、地球のやつのような危険さはない。

 そんなことを考えていたら、竜人のマコさんが首をかしげた。

「バイク……ああペッパーみたいなやつですか。このあたりだと『ゲル』ですかね」

「ペッパー?」

 そっちがわからない。昭和時代に電気屋にあったラジオかな?って、ンなわきゃないか。

「メルって本当に二輪車好きよねえ。けど地球のやつと違ってつまんないんじゃないの?」

「いや、そんな危険マニアじゃないし先進メカも好きだから」

 宇宙に出なかったら、次に買い替え予定のバイクはABS仕様のはずだった。それにフルデジタルにこだわり、針メーターのないマシンにするつもりだった。

 まぁ、本当はEVかPHVのバイクにしたかったけど、まだ時代が追いついてなかった。ロボットもそうだけど地球の技術って、20世紀のSFマニアの予想よりだいぶ遅れていたから仕方ない。

 そんなことを考えていたんだけど。

「そういうことなら、もしかしたら」

「え?」

「本当はおすすめしかねるんですが……ええありますよ、安全装置の少ないやつ」

 そういうと、マコさんは大きくうなずいた。

 

 

 で、やってきました異星のバイク屋。

 つーかマジでバイク屋じゃん、車種はもちろん全然違うけど店の雰囲気はよく似てる。

 なんか帽子かぶったアルカイン族のハゲデブおやじがいるけど……作業服でドカッと座ってるあたりがなんとも。古き良き「おやじさん」だな。

 ふうむ。

 どうやらお綺麗なディーラーじゃなくて、まっとうな趣味のお店に連れてきてくれたみたいだ。

 マコ氏、結構いい趣味してるな。

「なんだマコか、どうしたこんな時間に」

「店長、このひとがゲルに乗りたがってるんだ。故郷にもゲルに近いものがあって乗ってるんだと。

 けど、同じように乗れるかどうかわからないし、とりあえず連れてきてみたんだ」

「ほほう?」

「メルといいます。バイクは故郷で30年ほど乗ってました」

 そういうと、店内に並んでいるバイクに目を走らせた。

 どうやらEVではないっぽい。排気管があるからだけど、でも石油系液体燃料ではなさそう。

「ふむ、どうしたねメルさんとやら?」

「いえ、ちょっと質問いいですか?」

「む?そりゃかまわんが」

 私は店内を見回して言った。

「故郷のバイクは燃料がガソリン、つまり石油系の液体燃料が主流で電気が少しあるくらいだったんですが、こいつらって燃料なんです?

 液体燃料なのは想像つきますけど、石油系じゃないですよね?

 あとエンジンから直接だと変速機が必要と思うんですが、操作系を見る限りなさげですよね?オートマチック?

 操作系は見たところ大差ないみたいっすけど調整できます?私の故郷だとそこのレバーは右が前ブレーキで左が後ろ、右手はアクセルになってて手前にひねると加速ですが……」

「……くくっ!」

 話していると、なんかハゲ店長さんは唐突に笑い出した。

「ははははっ!なんだ、可愛い顔してどこの嬢ちゃんかと思ったら仲間か!」

「はぁ」

 どうやらバイク乗りの類と認めてくれたらしい。なんか肩ばんばん叩かれたけどな。

 なんか上機嫌だなぁ。

「すんません、ちょっと死んでこの身体になったんで」

「ああ、そういうことか」

 フムフムと店長さんは納得してくれた。

「操作系ってことは、おまえさんのとこじゃ違うのかい?」

「基本構造は一緒ですね。ハブステアリングみたいですけど、これは故郷にもあるけどコスト高くて普及してないかな?」

方向転把(ほうこうてんぱ)か?そっちじゃどうなってる?」

 方向転把て。戦前のクルマかよ。

「こっち来る前はテレスコピックっていって、油圧シリンダーの長いヤツみたいのが主流でした。それの先に前ホイールつけてます」

「なんじゃそりゃ、映像あるか?」

「あ、はい」

 店長のリンクもらって結び、スマホから引き出した映像を投影する。

 ん?ああスマホは時間停止状態だったので数十年の時間とは無関係っぽい。おかげで年月日が今も2010年代だけどな。

 保存してあった国産メーカーのほか、海外数社のバイク映像を見た店長は、すごい顔をしていた。

「おいおいメカ剥き出しじゃねえか。それにこの構造って、ねじれ剛性足りるのか?」

「ご指摘の通り、テレスコピックはねじれに弱いです。ただ利用速度域が低いので間に合ってるだけですね」

「油圧といっていたな。路面ショックへの追従が遅くならねえか?」

「遅いです。コストは安いんですけどね」

 これは事実だ。

 実は旧世代の松葉(ガーター)フォーク、あるいはスプリンガーと言われるヤツの方が路面凹凸の吸収性はいい。

 ただそれっていうのは、半導体より真空管の方がいいっていうようなもので、やはりそれは「特殊用途以外は半導体」ってことになる。

 技術とはそういうもの。新しい古い良い悪いではない。生態系といっしょで、主流かニッチかで分かれていくんだよね。

 さて。

 店長はホンダのデータを面白そうに見ていたが。

「これがおめえの乗ってたやつか」

「はい、400ccのガソリンエンジンです」

「おいこれ冷却機構ねえぞ」

「空冷なんで」

「まさかこのフィンで冷やしてんのか?そんなもんで足りるのか?」

「金属製のエンジンなら何とか」

 呆れたように店長は写真を見ていたが、やがて納得げにうなずいた。

「なるほどな、とりあえず操縦系はだいたいわかった。

 まず説明するとな、ここにあるゲルのブレーキは前後一緒になってる。つまり右左、どっちを握っても両方ブレーキがかかる」

「そりゃまた何で?」

「トルク配分の関係上、ひとの手でマニュアル制御はしにくいのさ。けどよ、人間ってのは非常の際、しばしば両方握っちまうんだよな」

「ああなるほど」

 そういう合理性なのね。

 ん、ちょっとまて。トルク配分?

 するってーことは?

「まさかの二輪駆動ですか!」

 おおすげえ!なんか地球の「ちょっと未来」な感じじゃないかっ!

「なんだ、おまえさんとこじゃ一駆(モナ)ばかりなのか?」

「写真の通りです」

「あぶねえだろ、不整地どうすんだ?」

「リヤブレーキはハンドルって習いましたね。不整地でピタッと止めるには技術が必要ですが、ABSと相性悪いので山に入るようなモデルは一時的にABS解除するスイッチがあったり」

「なんだあ?前後別々制御の上に、そんな原始的なブレーキ制御で、しかもそれをユーザーの判断で切るだと?」

「私のは元々ついてなかったですけどね。ちなみにエンジンの始動もキックペダルを踏んで強制的にクランクを回す方式で」

「おいおい……」

 店長さんは苦笑いした。

「そんなもん乗ってたんならここのゲルくらい何とかなるだろ。ちょっと乗ってみるか?」

「え、いいんですか?」

「さすがに新車はダメだが……そこのちょっとボロいやつ」

「店長、あれ代車じゃないですか?」

「おう、このあとどうせ整備に入るやつだからな。ちょっと来い」

「あ、はい」

 呼ばれるままに行くと、そのバイクらしきものの前に立った。

 そいつはひとことでいうと、白く平べったいタマゴ。なんかモーターショーに出てくる未来バイクみたいな見た目だけど、ちゃんと使い込まれているのもわかる。

 排気管をふとみると……水?

「店長さん。これ、もしかして水素?」

「そうだ。水素を燃やして発電して、その電力で走る」

 おおFCVかっ!

「エフシーブイ?」

「ああすみません、要は燃料電池車のことで」

 燃料電池という言い方はしないかなと思ったけど、FCVよりは通じやすいだろう。

「わかってるみてえだが一応、警告しとくぞ。

 こいつは前後二輪とエンジンで、ジャイロ効果で立って走る乗り物だが、単純さが身上の乗り物でな、防御機構がほとんどついてねえ。ある程度の制御は自動だしブレーキも安全制御するようになっているが、あたりまえだが乗員保護機構はついてねえ。すべって転んで大怪我することもありうる。

 重力制御スーツをつければだいぶ軽減されるし、嬢ちゃんは高位ドロイドの身体みたいだから問題ないと思うが絶対じゃねえ。

 それでも乗るかい?」

「はい、よろしくお願いします!」

 間髪をいれずに答えた。

 ハゲ店長は私の顔を見て、そして「よし」と大きくうなずいた。

 

 調整はわずかな時間だった。

 そして、その間にレンタル契約をきちんとして、保険もかけてもらった。

 つーかノリは試乗会だな。地球のバイク屋と本当に変わらない。違うのは免許の提示がなかったことだけ。

 ああ、それで免許について尋ねてみたんだけど。

「この星じゃゲルの乗り手は珍しくてな。今どきの乗り物はみんな自動運転で飛んでるもんで、とうとう車輪つきは免許制度の範疇外になっちまった。警察にいっても、ぶつけるなよって言われるだけだ」

「うわ」

 まぁ、誰も乗ってなきゃ免許制度も不要か。

「よくそれで商売成り立ちますねえ」

「好きなヤツはいるさ。それに一番よく売れるのはご近所まわり用なんだよ。あいつで黒字になってる」

 ああ、スクーターみたいな小型ビークルか。なるほどね。


マコ氏は郊外の小屋(シャック)で生活していて、通勤にバイクを使っています。


※昭和時代に電気屋にあったラジオ

 ナショナルが売っていた携帯型ラジオ『ペッパー』のこと。当時のアイドルデュオ『ピンクレディー』が広告塔になっていた。

※リヤブレーキはハンドル

 90年代のオフロードバイク誌で読んだことがあります。

 実際、不整地で後ろをガッとかけると、カーブの外側にテールが流れますが、うまい人はそれで向きを変えます。


一駆(モナ): 地球のような一輪駆動型のこと。ただし『ソレックス』や『メゴラ』のような前輪駆動車はモナとは言わない。


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