連絡
「おはよう、調子はどう?」
「おはようございます」
思い頭を抱えつつ、なんとか意識を戻していく。
昔の低血圧と今の頭の重さの違いは、ドロイド体のため回復力が違うことだ。かつて目覚めに三十分かかっていたのも今なら数分ですむわけで、ここは素直に嬉しいところ。
目をゆっくりと巡らせると、ベッドサイドにはメヌーサ、ハツネ、それから竜人のマコさんがいる。周囲はSFチックな機械らしきものがたくさんあって、メンテナンス部屋の中なのがわかる。
「……私、どれくらい倒れてた?」
「二日ほどかしら」
「そう、ありがとう」
とりあえず予定は狂わせずにすみそうだ。
アヤが私を殺しに来るという事実。
指示したのは『イーガ王妃』ということはソフィアが指示したわけだよね。
さすがにアヤがくるっていうのは目の前が真っ暗になったけど、ソフィアのそれは理解できる。
よし、改めて頭の中で反芻してみたけど、大丈夫そうだな。
もう倒れはしないだろう。
え、そんなもんなのかって?
いや、だって思い出してほしい。
ソフィアは王族であり政治家、つまり公人なんだってことを忘れちゃいけない。
公私は別ってこと。
それにソフィアの場合、もともとドロイド側ではなかったってのもある。
彼女はドロイドを明らかに対等に見ていなかった。純粋に道具として見ていたし、命令に従わないアヤを好ましく思ってない部分もあったと思う。
差別主義?
違う。
そもそも自然の生命体でない被造物であるドロイドは、彼女にとっては家電の親戚でしかなかった。それだけだ。
つまり彼女にとってみたら。
ドロイドと人間の混血なんてのは、地球でいえば転送装置でハエと混じってしまうよりも、はるかに「ありえない」事だったはず。
だから。
ソフィアと敵対してしまう点については、もともとわかっていた事なんだ。
ふと、イダミジアまでの、優しく親切なソフィアを思い出してしまった。
ああ、うん。
そりゃ寂しくないかって言われたら寂しいさ。
でもね、こっちだって、見た目こそ女の、しかもガキかもしれないけど……中のひとは一応、大人なんだ。
たとえどんな親しい友人同士であっても、主義主張の違いってのはどうにもならない。妥協点ってやつを見いだせればいいけど、そうでない場合は当然、袂を分かつしかないんだ。
それは仕方のないことなんだって知ってる。
まぁ気持ちがついてくるわけじゃないけどね。
そこはまぁ、それさ。
「メヌーサ」
「なあに?」
「連絡をとりたい相手と、それから確認したい事があるんだけど」
「……目覚めていきなり?まぁいいけど、なに?」
「まず連絡からね。
相手は、オン・ゲストロの秘書雑用課所属のリンっていう女。重サイボーグで、銀髪なんだけどメヌーサよりちょっと赤が入ってるのが特徴かな」
「秘書雑用課?」
ああ、そこから説明が必要なのか。
「ルドのじいさんが飼ってる、ワケあり人材の所属先のこと。ちなみに私も名前だけは所属してたはず」
「ああルドくん直結なのね。わかった」
フムフムとメヌーサはうなずいた。
「その女がたぶん動き出してると思うんだけど、できれば合流も含めて連絡をとりたい。まぁ連絡がとれれば向こうから合流してくるかもだけど」
「確定じゃないんだ。データソースは?ネットIDとかわからないの?」
「んー、見ただけだからなぁ」
その「見た」の言葉を聞いた瞬間、メヌーサが苦笑した。
「それってつまり、巫女として見たって事で正しい?」
「うん」
「オッケーわかったわ、そっちは何とかする。次は?」
「ルドのじいさんに確認。ボルダ出身のモルム・バボム姉弟が今どうしてるのか。これは安否だけでかまわない」
「ふーん?そのふたりって、前にサコンも関わったボルダの密航コンビって事でいい?」
「そうそう、そのふたり。よく知ってるね?」
「まあね。そういう面白い子っているわよねって話で」
「なるほど」
要は、サコンさんと雑談ネタにしてたわけか。
「話戻すけど、あとはカムノに連絡してほしい」
「カムノって、サコンに?でも」
「うん、本人はもういないかもっていうんでしょ?」
「ええ」
「それでもさ」
私はうなずいて、続けた。
「仮に本人がいないとしても、話をきいてる誰かがいるかもしれないでしょ?まぁ助けてくれるかはわからないけど」
「なるほど……それもそうね」
フムフムとメヌーサはうなずいた。
「それに実際、もういないならいないで、最後どんな感じだったのか、くらいは聞きたいかな」
「そう……ああ、そうかもね」
「?」
「ああごめんなさい。そういうのに最近、疎くなってたから」
「あ?……ああそういうことか、こっちこそごめん」
そりゃそうだ。
メヌーサの場合、生きた時間が長すぎる。いちいち人の死に関わっていられるわけがないし、第一とてもやってられないだろう。
でも、数が多いからといって悲しみがないわけじゃないだろう。
どれだけの人を失ってきたのか。
どれだけの悲しみを経験してきたのか。
うん。
私は色々と配慮が足りないかもしれないな。
そんなことを考えていたら、
「こら」
「あたっ」
なんかメヌーサにゴチンと頭をやられた。
「何を考えているのかわかるし気を遣ってくれるのは嬉しいけど、無用よ」
「で、でも」
「子供は子供らしくしときなさい」
いやいやちょっとまて子供って。
……まぁ、メヌーサに比べたら、そこいらの長老クラスだろうが子供だろうけどさ。
そんな会話をしていたら、メヌーサが突然にピクッと動いた。
ん、なんだ?
「ああ連絡来たわ」
「連絡?」
「実は、ルドくんには先に連絡飛ばしてあったの。わたしも確認したい事があってね。ちょっと待ちなさい」
「あ、うん」
なんだそうか。
少し待つと、メヌーサは「うん、うん」と何か見えない誰かと話をしているんだけど。
ネット端末もないのに、ほんと、どうやってるんだろ。器用だなぁ。
「カムノ以外の用件だけど、終わっちゃったわ」
「え、そうなの?」
「ええ。ちょっと説明するわ」
そういってメヌーサが右手を動かすと、ポンとウインドウが開いた。
「これって……」
「まずリンって女だけど、これで間違いないかしら?」
「あーうん、間違いないけど」
『リン・エステロ』
オン・ゲストロ本部、秘書雑用課所属。重サイボーグ(キマルケ式につき詳細不明)。
あいかわらず少ないデータだけど、微妙に違う。
あとデータが少し変。
「なにこれ、キマルケ式?」
「あら、知らなかったの?この子の身体、キマルケのラボ跡で休眠状態で発見されたのよ」
「へぇ」
「ちなみにエステロというのは、エステロ式からとったんだと思う」
「エステロ式?」
「試作型の一種で、サイボーグ、つまり元人間のドロイドボディ前提の機体につけられるものね」
「どういうこと?」
よくわからないので質問してみた。
「キマルケのドロイドが根本的に今のものとは違う話は知ってるわよね?」
「うん。アヤが前、自分は兵器機体だっていってた」
今の銀河系のドロイドはあくまで汎用機体だ。兵器として作られている有機ドロイドなんて存在しないはず。
どうしてかっていうと、もともとドロイドは義体……つまりサイボーグ用のボディとして設計されたものに人工知能を乗せて自立稼働させる流れで発達してきたからなんだよね、うん。たしか学校でそういってた。
そういうと「そうよ」とメヌーサはうなずいた。
「キマルケはそのアプローチはとらなかった。どうしてだと思う?」
「む、わからない。どうして?」
「実はキマルケってめちゃめちゃ好戦的な気風があってね。年がら年中、どっかしらで戦争やってたのよね」
「……なにそれ?」
「いや、だからそういう気質なんだって」
確かキマルケって気候の荒れた星なんだよね?
そんな環境で足の引き合いしてどうすんだそれ?
「大丈夫よ、殺しはご法度なんだから」
「え?」
「危険な星だから、死闘なんてしたら共倒れになりかねないのよ。
要はね、戦いたくてもリソースが限られてるでしょ?敵対してるからっていちいち殺してたら、次から戦争できなくなっちゃうもの。
だから殺さないのよ。一定のルールで勝敗を決めるようになっていて、よほどの事がない限りその範疇ですますのよね』
「そ、そう」
それは平和的なのか?
そもそも「殺しちゃったら次から戦争できなくなるから平和にやる」って、その論理の時点で怖すぎるわ!獣の群れのボス同士の果し合いかよっ!
ていうか。
そんなヤバい星とは知らなかったよキマルケ。
「はなし戻すけどさ。キマルケ式のボディを使っているってことは、当然それなりのところでドロイド化を受けたってことよね?」
「そのあたりはルドくんも教えてくれなかったのよね」
「え、そうなの?」
メヌーサとルドのじいさんって、かなり親しい関係っぽいんだけど。それでもダメなのか?
「姉ちゃんだから教えられないって言われたわ。どうも利用に際して、法的にけっこう危険な要素があったらしくて」
「法的に危険?」
「ええ。何しろ兵器機体だし昔のものだからね。今のドロイド倫理とかみ合わないというか、一般人に使っちゃって強制的にルドくんの直轄にしたとか、ややこしい事情があるのかも」
「そんなやばい機体をわざわざ使った?なぜ?」
「なぜかしらね。ちょっと興味深いかも」
メヌーサは、ふむと眉をよせた。
「あと、姉弟の方はちょっと説明の難しい状況にあるそうよ。問題はないそうだから心配するなと伝えてくれって」
「伝える?」
「そうメルに伝えて、とルドくんに言われたのよ」
あらら。
でもなんで?
首をかしげていると、メヌーサがなぜかにやにや笑った。
「な、なに?」
「メル、あんたその姉弟とやらをずいぶんと心配してたみたいね?」
「え?うん、そりゃそうでしょ」
たったふたりで、はるばる二千光年もキセルして来たなんて言われたらねえ。しかも、わざわざ私に会いに来たとか。
そりゃあ気にするでしょ。
でも。
なぜかメヌーサはニヤニヤ笑いを消すことがなかった。