夢幻の彼方
どうして、こんなことに。
最初に湧き上がってきたのは、そんな気持ちだった。
『アヤに命を狙われるなんて、そんなバカな』
でも同時に、冷静な私の心は知っていた。
『そう。私は知っていた』
アヤと別れたあの日。アヤに『綾』という漢字の名前を贈ったあの日。
あの時、確かにアヤはこう言った。
【わたしの推測に間違いがないなら、わたしたちが留守の間に、メルをひとが訪ねてくると思う】
アヤの言ったとおり、私はメヌーサに会う事になった。
彼女と会ったのは偶然ではなくて、はるばる私を訊ねてきていた。
【そこでメルがどんな選択をするのか、それはメルに任せる。だけど選択次第では、直接会って、こうして普通にお話できるのはこれが最後になるかもしれないの】
私はメヌーサの手をとった。彼女が連邦に反する存在と察していたにもかかわらず。
アヤと私にはもちろん、敵対する理由なんてない。
それどころかアヤはドロイドであり、今の私の生みの親といっていい立場。そもそも本来は敵陣営ではない。
本来なら、もちろん彼女は味方なのだ。
だけどアヤは、自分が合成人間である事にすごくプライドを持っている。
どこからどう見ても人間そのもののアヤだけど、だからって人間扱いすると彼女は怒る。
なぜなら彼女は、こうあれと人に望まれ、託されて生まれてきたもの。
彼女を突き動かすのは上位者の命令ではない。
彼女は自分が作られた存在であることに誇りをもっている。自分を作った人たちが自分にどんな夢と願いを託していたかを、嬉しそうに語ってくれるような存在なのだ。
ひとの仕事をこなす、それは彼女の存在意義というか、プライドのようなもの。
そしてアヤは自分の意志でソフィアの配下にいる……。
間違いない。
ソフィアと対立するということは……それすなわち、アヤを敵に回すってこと。
そう。私は知ってた。
ただその事について、見てみぬふりをしていただけだ。
ああ。
つまりアヤはこの展開を、予測していたんだ。
予測したうえで、それも納得したうえで、それでもソフィアについていったんだと。
つまり、遅かれ早かれ、いずれアヤは殺しに来る。
私を……正しくは、ドロイドたちの歴史を変える遺伝子データと封印解除キーを提供した大元である『母にして父』と呼ばれる存在を。
……私、詰んだかも。
こうしてドロイドボディになった今なら、改めてわかる事がある。
私は、どう逆立ちしてもアヤには勝てない。少なくとも、まともにぶつかったらひとたまりもない。
巫女の力なくば、ろくに空も飛べない私に対し、まるで歩くように自在に天空を駆け巡るアヤ。
破壊力を行使できるけど、反動で自爆しかねない私に対し、力を自由に制御できて、自分の力を充分以上に発揮できるアヤ。
おまけに。
アヤも言ってたけど、オリジナルである彼女のもつエネルギーは私とは比較にならない。
後天的なカスタマイズ要件は遺伝しないのだけど、彼女の体内の魔導コアってやつは、私とはケタが違うレベルに引き上げられ、チューニングされている。
そして、とどめ。私はアヤを殺したくない。
そして、アヤは私を殺すのに躊躇しないだろう。
え?なんでって?
だって昔、アヤは私にこう言ったもの。
『キマルケでわたしが作られた時の区分は「魔操機兵」といって、まぁ簡単にいえば兵器区分でしたから』
そう、アヤは確かに『兵器』といった。
世の中には非殺傷型の兵器というものもあるけど、アヤはおそらく違う。断言しないけど、むしろ積極的な対人殺傷を意図したものかもしれない。
自分よりはるかに性能の勝る、戦闘にも長けたアンドロイド……しかもこっちは積極的に殺したくない。
これで勝てる道理なんて……正直、無理だろう。
思わず夢の中でためいきをついた。
ためいきをついた瞬間、私は懐かしい場所にいる自分に気づいた。
ここは、もしかして訓練所かな?
いつだったか、アヤとの訓練でアヤが作った世界。キマルケってところの建物に似た場所だった。
夜空がとても綺麗だ。
星座も何もわからない、まったくの異星の星空。だけど星々のきらめきは地球とほとんど変わらない。
私はのんびりと石段に座り、天空のショーを眺めている。
地球で明日の見えない労働者していた頃も。
もっと昔、無謀と愚かさに人生を棒にふりまくっていた頃も。
いつだって、郊外で空を見上げれば星は輝いていた。
遠い異星で、見慣れた星座なんて何一つない星空だったとしても。
でもやっぱり、星は星なんだなと思う。
ああ……このまま終わりがくるまで、ずーっと星を見ていようか?
そんなことを考えてもいたのだけど。
『?』
どこかで、誰かが泣いている。
しくしく、しくしくと。
こんなところで誰だろう?
よくわからないけど……とにかく足を進めた。
泣き声の主は、物陰にいた。
目立たないように小さく座り、背中を丸めてすすり泣いていた。
『ねえ』
『!』
声の主……若い女性は顔をあげて、そして私の顔を見てビックリ顔になった。
『まぁ……みこさま……いえ、おねえさまですの?今までどちらに?』
え?知ってる子?
あれ、でも確かに、どこかで見たような面影があるのだけど?
いや、そんなことはどうでもいい。
『私の事より、いったい何があったの?』
『弟が……たったひとりの大切な弟が、大怪我をしたんです』
『あら』
それは大変だ。
『命に別状はないの?何とかなりそう?』
『それは……はい、何とか。ただ肉体の大部分が使い物にならないそうでドロイド化を勧められていますが』
なるほど、それは不幸中の幸いだね。
あれ、でも、だったらどうして泣いていたの?
『わたしたちには役目があるのです。それをこなすためには魔道コアと呼ばれる、わたしたちの身体の持つ特殊なシステムが必要なのです。
しかし、現在この星にある最新のドロイドボディでは、この魔導コアを引き継ぐ事ができないのです。
だけど故郷で治療を受けるのは無理です。故郷ははるかな宇宙の彼方ですから』
ああ、なるほど。
一時的にこちらのドロイドボディに入れてもらってから、故郷で再調整を受ける事はできないの?
『そんなお金はありません』
あら世知辛い。
『それに、一時的にせよコアを失うのは問題があるのも事実です。
わたしたちには使命があり、そのためにもっと、もっと大きな力が必要です。特に弟はわたし以上にその事にこだわり、いつも全力で突っ走ってきたのです。だというのに』
使命ねえ。
そのためには魔導コアが必要なわけ?
『必要です。
わたしたち姉弟は■■■の大神官と聖女様の血を今に受け継いでおりまして、失われし幻の神器の復活を目指しております。それほどの大きな力なくば、来たる危機に対抗できないのですが、それを駆動するためには魔導コアが、それも可能な限り強力なものが不可欠なのです』
ふーむ。
よくわからないけど、すごい武器か何かを駆動するわけ?
『はい、そのようなものです』
なるほど。
私は少し考えて、ふと思ったことを言ってみた。
『最新のドロイドボディっていったけど、じゃあ最新じゃなきゃどう?』
『え?』
いや、え、じゃなくてさ。
『確かドロイド関連技術ってずいぶん前から飽和状態だよね?むしろ文明ごとの個性とか時代による流行とか、そっちに向くようになって久しいって聞いたんだけど。
だったらさ、多少は流行ずれしてても古くても、特定用途に限ればいいヤツがあるって可能性はある?生産終了した在庫とか、モスボールっていうのかな?保管されているサンプル機体とか』
『……そ、それですぅっ!』
女性は何かに気づいたらしく、あああっと叫びをあげた。
『あります、確かにあります凄いのが!とんでもないのが!』
ほほう、あるんだ。
『実のところ、起動条件が厄介きわまる代物でオクラいり?してる機体なんです。うちの弟もひとりだけではどうにもならないです。……でも、何とかできるかも!』
ほうほう。
ちなみに、どんなのが聞いていい?
『詳細はよくわからないのです。いわゆる「忘れられた遺産」に属する古い機体なので』
忘れられた遺産?
『製造元が文明ごと滅びちゃって現物しか残ってないとか、そういう遺物の総称です。
問題の機体ですが、既に稼働することは証明されているのです。機能上は問題ありません。
ただ、とんでもなく乗り手を選ぶシロモノで、現在使い手が誰もいない状況なのです』
おーレアもんなんだ。でもお高いんじゃないの?
『遺物の場合、お値段はプライスレスです。普通は使用許可なんて絶対おりないです。
ですがこの機体の場合……交渉により、データとりや実験に協力する事と引き換えに許可が出るんじやないかと!』
それは素晴らしい。
女性は元気になったみたいで、立ち上がるとニコニコ笑顔になった。
『ありがとうございます、おねえさま!何とかなりそうです!』
それは良かった。
で、悪いけど君の名前を教えてくれないかな?残念ながらわからないんだ。
『ああ、それは……内緒です!』
なんじゃそりゃ。
『大丈夫、きっと会えますから!また会いましょうおねえさま!』
ってちょっと待て。
あらら……行っちゃったよ。
とりあえず、元気が出たようで良かった良かった。
え?私?
うーん……まぁ、その時になったら、それはそれで仕方ないかな。
未来にほぼ確実に破滅が来るってわかっていたとしても、今はまだそうじゃない。勝率が限りなくゼロに近いからって、それがまだ見えもしないうちに怯えても仕方ないでしょ。
だったら今、できることをしよう。
そう思った。
と、その瞬間だった。
──あれ?
夢から覚めると思ったその瞬間。
私の意識は覚醒するかわりに、何か別の場所に吹っ飛ばされた。