今後の予定
私の身体についての話はとりあえず、メヌーサに預けることで一段落となった。
「ところでハツネの調子も見てほしいんだけど」
「そっちも診といたわ。とりあえず問題なし、というか想定通り、ちゃんと成長の軌道に乗ったっぽいわね」
「そうなの?よかったー」
「まぁね……ただちょーっと別の問題があったけど?」
「?」
「いやね、メル以外の命令きかないのよねあの子。で、それはそれで問題なんだけど、そのメルが寝ていると警戒モードになっちゃうらしくて。メンテナンスのために止まれっていっても耳貸さなくて、止めようとした職員相手に無力化行動に出ちゃってね」
「……うわ」
一瞬で、その光景が想像できてしまった。
「何とか強制停止させたけど、二名ほどグルグル巻きになって宙吊りにされちゃってねえ。ま、けが人はいなかったけど?」
「ごめんなさい」
「ご主人様の留守に番犬に手を出すなってことよね。次からはメルが起きてる時にするわ」
「なんか、ほんとにいろいろごめん」
「いいわもう」
メヌーサの笑いがちょっとひきつっていた。
「それで当面の予定なんだけど、聞いていい?」
「とりあえずはヤンカに行くわ。メル、あなたもいらっしゃい」
「ヤンカって、ここヨンカだからえっと……お隣だっけ?」
「そそ。まぁ隣といっても星系が違うから、それなりに日数かかるけどね」
「何日?」
「そういえば聞いてなかったわ。どうなの?」
ちらりとメヌーサがマコさんに顔を向けると、マコさんが答えてくれた。
「定期便だと片道二週間かかりますね、本来は」
「結構かかるんだ……」
もうすこし早いかと思ってた。
「そういえば、何か問題があるという話は?」
「問題というほどではないんですが。
定期便に使っているリンガム・リンター号なのですが、こちらに向かって戻っている最中ですので加速の打診をしたのですよ。メヌア様がいらっしゃるという事をお伝えしまして。
ですが、エンジン出力に余裕がなく残念だが無理だという返答が来まして」
「リンガム・リンター?……また懐かしいお船を。まだ使っていたの?」
「すみません」
「責めてないわ。昔わたしが乗った船だからって気を回そうとしてくださったのでしょ?」
クスクスと笑うメヌーサにマコさんは申し訳なさげにしていたが、ふと、コテンと首をかしげた。
む、なんだ?通信かな?
「何かあったの?」
「臨時船の方の準備は問題ないようです。予定通りなら、こちらになるかと」
「そう。そちらの船だと時間はどのくらいかかるの?」
「七日で飛べるそうです」
「あら速い」
「はは、この場合はちょっと微妙ですが」
「微妙?」
「リンガム・リンターってすごい旧式なの。わたしは大好きなんだけど、船足遅いのよね」
「なるほど」
首をかしげた私にメヌーサが教えてくれた。
「それでお船の情報はあるのかしら?」
「はい」
そういうと、目の前にポンと情報ウインドウが開いた。
「エイドム・リンター号です。リンガムの直系子孫にあたる船ですね。竜王国との交流事業で寄贈されたものですね」
「あら、いいんじゃない?」
フムフムとデータを見ていたメヌーサが微笑んだ。
改めて見ると、新しいといっても船自体は古そうだ。中古船を買ったのかな?
そのまま質問してみた。
「これ、元はどこで使われていた船?」
「リフルンシュトル産、つまり再生船なんですよ。リフルンシュトルはご存じですか?」
「いえ」
「リフラは竜、インシュトルは友達。つまり竜の友邦、竜王国と友好関係にある国々のことですね。
たとえばこのヨンカもそうですが、他にもいくつかあります。有名なところではボルダやシンソニー、ギブソ星系あたりもそれになります。
この中のシンソニー国ですが、この国は古い客船をリメイクしていいお値段で売ったり、難民キャンプに改造したりするのが昔から得意なんです。ただ自国の名を出したくないとの事で、リフルンシュトル名義で扱っているんですよ。
あまり儲かる仕事ではないそうなんですが、地味ながら有名でして。銀河のあちこちから注文がくるそうです」
「へぇ。そんなので儲かるの?」
「新造するよりは儲からないでしょう。
しかし、大型船のリフォームなんてする時には、それに付随していろんなものが流れるものなんですよ。燃料、資材、作業船。時には整備工場や基地用微惑星なんてものまでね」
「微惑星?」
セット売りってこと?それともまさか?
「いえ譲渡です。手ごろな遊星捕まえて工場にするのはよくある事なんですが、それごと廃棄ってことですね」
「……」
ためいきしか出ないや、はあ。
まぁでも、地球でも大型システム納入なんかの時、単体で買えば一千万する業務用端末とか無料でツケたりするからなぁ。そんなもんといえばそんなもん、なのかな?
「正直どちらかというと、この手のオマケの方が儲けになりますね。くれる側からすれば不良債権なんでしょうけど、こちらにとっては使ってよし、直してよし、バラして良しの事が多いものですし」
「へぇ……」
銀河文明っていうときらびやかなものを想像するけど、むしろその超文明から出る廃品利用の凄さに圧倒されるものがあるなぁ。リサイクルも徹底してるようだし。
元理系出身としては、こういう話を聞くのはけっこう楽しいから別にいいんだけどさ。
「それで話戻すけど、ヤンカで何するんだっけ……ってそうか、何か儀式をするんだっけ?」
「儀式って……まぁ間違ってないけどね」
なぜか苦笑するようにメヌーサは言った。
「ヤンカにはゲルカノ召喚用の大神殿があるの。
召喚神殿って、召喚陣本体だけでキロメートル単位の代物だし、周辺施設も含めると中規模都市ひとつくらいの大きさになる事も珍しくなくてね、だからポンポンあちこちに設置できないのよ。
その中でもヤンカのそれは、破壊されたテンドラモンカの大神殿に勝るとも劣らない立派なものだったのよ?」
「へぇ」
キロメートル単位ね……。
そういや日本でも、出雲に昔あったっていう大神殿が高さ96メートルって話を聞いておったまげたっけなぁ。ピラミッド級の木造建築物っておまえ、何考えてんだと。
しかし、こっちはキロ単位ですか……。
さすが宇宙の宗教、いちいちスケールまで段違いなんだなぁ。
「現状把握やら何やらで、メルが寝ている間にあちこち指示を飛ばしてあるんだけど、そのあたりの結果もその頃には出るでしょう。今後の細かい決定はその後になるわね」
「そういや、私のお仕事の話もずいぶん棚上げだし」
結局、なんだかんだで一度も実際の巫女さんを見てないし。
「そうね、ボルダにもゆっくり行きたいわね。ただその前に確認すべき事があるの」
「確認すべきこと?」
「じゃじゃ馬……メルがアヤと呼ぶ、あの子の所在がわからないのよ」
小さくメヌーサはためいきをついた。
そして言った。
「今ゲットしている情報からすると、イーガ王妃がメル殺害を指示して送り出した事までは判明しているんだけどね」
「……え?」
私はその時、メヌーサの言った言葉が理解できなかった。
「えっと、あの、メヌーサ?」
「ん?ああそっか、いきなりでごめんね。でも事実だから」
「アヤが……私を」
アヤが私を……殺しに来るだって?
い、いや、違うよね。そんなバカなことが、
でも。
「ごめん、事実なの。
メル殺害指令は昨日や今日の不確かなデータじゃなくて、二十年近く前に正式に出されてる。これは事実で、覆しようのない事なの」
「……」
なんか、目の前がスウッと暗くなった気がした。
「ちょ、メル、メル!?」
遠ざかる意識の向こうで、あわてるメヌーサの声が聞こえた気がした。