閑話・性別
メル「そういえば、小型船ピアン号の製造で有名なのって、ラム星域のランカ国だって聞いたんだけだ?」
メヌーサ「ランカは最大のライセンス生産地ね。オフィシャルものだし後年にはランカ版特有の改良も入ったから、その言い方も間違いないわ」
メル「なる。陸王とかピアッジオ・ポーターみたいなやつか」
メヌーサ「??」
陸王:
戦前の日本でハーレー・ダビットソンのライセンス生産をする時に募集した和製ハーレーの名前。のちの陸王内燃機は昭和30年代まで戦前タイプのハーレーを作り続けていた。
ピアッジオ・ポーター:
ダイハツの軽トラ『ハイゼット』をイタリアのピアジオ社がライセンス生産したもの。
そんなわけで、今回は定番の三者視点回です。
なお、医学的表現にとどめていますが性についての表現が少し出ます。苦手な方は申し訳ありません。
部屋中に広がっている機械、機械、機械。
中央にベッドがあり、そこに寝かされている全裸の少女……メル。
そしてその周囲には、どこまでが現実やら映像やらわからない注釈データやウインドウの山。
それは『有機ドロイド・メンテナンスベッド』である。
銀河における有機ドロイドの多くをひとことでいえば、生命体であり同時にメカニズムでもあるもの。
生物でありながら、なんの補助デバイスもなく公共のネットワークに接続が可能で、しかも端子の規格が変化すれば、それにあわせてその場でインターフェイスを変更することさえ可能。もちろん故障などの問題が起きた場合も、怪我が修復するように自動的に復旧する。
機械の壊れやすさをもたず、そして有機体のある意味融通のきかなさも持たない存在。
普通にそこいらを歩き回っているので軽く見られがちではあるのだが、実のところ彼ら有機ドロイドこそ、銀河文明の多様性や柔軟性をさししめす存在なのである。
そんなドロイドたちであるが、生身の人間と同じく医者にもかかれるが、同時にアンドロイド用メンテナンスシステムも使用することができる。生命体であり機械でもあるという特殊な立場だから可能なことであるが、同時に欠点が出ることもある。
つまり。ハイブリッドであるからこその特殊な不具合も起こりうるということだ。
ケセオ・アルカイン事件以降、特に混血の『新人類』の増加にあわせ、これらの医療システムも増産されてきた。ここゲルカノ教団にあるシステムもそうしたもののひとつではあるのだけど。
「どうですかメヌア様?」
「いいシステムね、とりあえず隅から隅まで見たけど健康上の問題はないわ」
竜人とメヌーサが話をしている。
メヌーサ……ここではメヌアと呼ばれているが、彼女はベッドの上で眠っている『メル』の調整を行っていた。
カラテゼィナを出る際、身体の一部……つまり、元男性であるがゆえに装備されていた股間の部分に不具合が発見されたためで、それらの原因調査のためだった。
「問題ないのですか?ではその……勃起しないという理由は?」
目の前に眠っている全裸の美少女つまりメルだが、彼女には女性にあらざるものがついている。言うまでもないが、男性にあるべき装備である「ちんちん」だ。
もちろん少女であるメルに成人男性のそれがついているわけではなく子供のそれなのだけど、元男性のメンタルヘルス的理由で装備されているものだ。だから、毛こそ生えていないし皮もかぶっているものの、きちんと擬似的に男性の機能を持っている。まぁ一時的に配置されたものだし、このままではメルが女性として成熟していくにしたがって萎縮し、やがて失われてしまうものなのだけど。
「ま、通常のメンテじゃこの理由はわからないでしょうね……わたしにはよくわかるけど」
「と、いいますと?」
「勃起しなくなった直接の理由は、カラテゼィナで星とつながったからよ。
過去、キマルケで神官、つまり男性が星とつながった事があるんだけど、たった一回で男性機能を失ってしまったそうだもの」
「それは……治せなかったのですか?」
「それがねえ。肉体派でムキムキだったはずなのに、全体的にも中性的で儚げな感じに変貌していたんだって。
で、さらに全身が短期間にみるみる女性化して、最終的には完全に女になってしまったそうよ」
「なんですかそれ」
ふらふらと竜人は頭をふった。
「キマルケの神はオス嫌いだと?」
「というより、単に自分と接続しやすい相手が『女』なんじゃないかしら。
で、合わない場合はリジェクトすればいいんだけど……どうも適合者とみなした場合、よりよく相手を作り変えてしまうらしいのよね」
「……」
「ふざけてるでしょう?でも事実なのよ。
まぁ、生物かどうかも疑わしい、いえ、かりに生物だとしても存在そのもののステージの全く異質なもの同士の接続でしょう?最初の接続がどういうカタチで行われたのか知らないけど、両者を接続すべく調整を繰り返したと思うのね。
で、もっとも適合するのが人間の雌型だったとか、まあ、そんなとこじゃないかって推測されているんだけどね」
「……そうなんですか。しかしなんというか」
「ええ変よ、わたしだってそう思うわ。
むしろ一般的にいえばこの場合、人ならぬ化物に作り変えられるとか、おかしな器官を身体に追加されるとか、そういう変化がある方がまだ自然よね。
まったく、なんでよりによって女なのかしらね?」
肩をすくめるメヌーサに、竜人もうなずいた。
「神の考えることは神にしかわからない、ということですか?」
「そう思うわ。というか、そうであってほしいってところかな?
誰でも彼でも問答無用に女にしてしまう神なんて、そんな気味の悪い代物が恣意的に生み出されてたまるもんですか」
「ですねえ」
そんな話をしている間にも、メヌーサの手は動き続けている。
ちなみに余談だが、ハツネはメヌーサの反対側で待機し、メヌーサをじっと見ている。
ハツネはペット動物ほどのサイズでしかないし声も出さないが、最初からメルやメヌーサの話を理解している。それにメヌーサがやろうとしているのが医療行為であることも認識しているし、メヌーサを嫌ってはいるものの、評価していないわけでもないらしい。
メルの前では幼児レベルの行動を取り続けているが、それはその方がメルが喜ぶからにすぎない。
そして今はそのメルが休眠中なので、遠慮なくメヌーサの一挙手一投足を警戒している。
「それで、メルさま……始祖母様のご様子はいかがなのでしょう?願いはかないそうですか?」
「もともと男性だし、たとえ女となる道を選んだとしても、男性機能を失いたくはないわよね」
「そういうものなのですか?ですが、彼女は女性化を選んだのでしょう?」
「女になることを選んでも、男を捨てられない……矛盾してるって思うかもしれないけど、それはヘンな事じゃないわ。だって不能っていうのはね、もともと男性が本能的に恐れるものだから。理屈じゃないのよ」
「そういうものですか」
「ええ、そういうものよ……さて」
ふむ、とメヌーサはコンソールを見て、そしてメルを見て「うむ」とうなずいた。
「何か結論が?」
「女性化を止めることはできないわ。今後も女性化はどんどん進んでいって、メルは完全に女になってしまうでしょう。明確な対応が必要ね」
「女性化は止められない、ですか。何か明快な根拠が?」
「ほら、これよ」
メヌーサはモニターされているデータのひとつを指差した。
「このカタチに見覚えがない?」
「これは……自分はアルカの身体構造に詳しくないのですが、もしかして子宮と膣ではありませんか?未発達ですが」
「ええそうよ。ほら、ここに卵巣もあるでしょ?」
ツンツンとデータを指し示す。
「メルが性別を選ぶまで、ここは半覚醒状態で動いていたはずなのよ。もちろん、女性化によって仮設の男性機能が停まってしまわないようにね。
でも今、これらのシステムが動き出してる。急速に成長もしている」
「それはつまり?」
「動き出したのはもちろん、メルが性別を選んだからね。
だけど本来、こんな急激に女性化が進むわけがないわけで、その後押しをしているのが」
「その神様とやらの影響、ということなんですね?」
「そうよ」
ふうっとメヌーサはためいきをついた。
「仕方ないわね。メルの願いでもあるし、ちょっと本気出しますか」
「具体的にはどうなさるのですか?メヌア様?」
「まぁカンタンにいえばお相手を連れてくるのよ」
「ほう?それで大丈夫なのですか?」
「つまり、今のメルは女の方に引っ張られているわけだから……ちょっと逆方向に引っ張ってくれる存在がいればいいのよ。
まあ、本来この役目はじゃじゃ馬がやったほうがいいんだけどね……どうやら無理みたいだから」
「無理、ですか?」
「ええ。ほらこれ、さっき流れてたニュース」
そういってメヌーサが指をはじくと、空中にウインドウが現れて竜人の前で止まった。
「ええっと……イーガを『ドロイドの母』探索隊が出発。今回はアヤ・マドゥル・アルカイン・レスタが参加……って、これ前回のですよね?」
データを見た竜人が、ふむとうなずいた。
「お姫様もやるわよねえ、じゃじゃ馬に義理の娘を殺せと命じるんだから」
調査隊となっているが、要は名前を変えた討伐隊だ。そしてターゲットはメル。
「しかしもう、この調査隊は解散になってますよね?」
「遠からず再出発してくるわ」
「そうなのですか?」
「ええ」
そういうと、メヌーサは肩をすくめた。
「今まで見つからなかったのはメルが休眠に入ってたからだもの。今は通常モード、そうよね?」
「……なるほど」
「さすがに、即日イーガで嗅ぎつけるほどいい耳は持ってないでしょう。でも油断はできないわね」
「そうですか……それで話を戻しますけど、お相手とやらはどうなさるのですか?それともまさかメヌア様が?」
「え、わたし?」
「はい」
「ああいや、それはダメ。わたしはちょっと」
「?」
「いや……あのね」
ぽりぽりとメヌーサは頭をかいた。
「わたしが既婚者なの知ってるでしょう?」
「それは存じておりますが、しかしそれは」
「なぁに?はっきり言っていいわよ?」
竜人は少し黙ると、それから意を決したように言った。
しかし、その後の発言にはメヌーサの方が驚くことになった。
「それでは申し上げます。メヌア様は、実は六柱おられると伝わっております。そして、ご結婚なさったのは先代で、今のメヌア様は元は末代の方であられたと。
つまり、ご結婚なさっていたメヌア様は、貴女様とは別の方なのではないのでしょうか?」
「……なんですって?」
メヌーサが危惧していたのは『メヌーサ・ロルァ』の結婚相手が二十万年前の神聖ボルダ国の神官長である事を指摘される事だった。
だが相手が指摘してきたのは、秘密にしているはずの長女交代の件だった。しかも今のメヌーサが元、末っ子である事まで知っているという。
なぜ?
「なぜそれを?」
「ボルダの神官長が代々語り継いでいる事です。
自分は国を出ておりますが、竜王国の王家の出なのです。王家には極秘情報として伝わっておりますれば」
「なるほど、ボルダつながりね……だったら仕方ないか」
ふうっとメヌーサはためいきをついた。
「確かに、それはわたしの経験じゃないわ。
でも姉さんの記憶を受け継いでいるの。
それは確かに情報にすぎない……でもね、とても、とても強い思い出なのよ」
「……」
「わたしは姉さんとは違う。
こんな強い、もう届かない遠いひとへの想いを胸に残したまま……さらに別のひとと情を交わすなんて……わたしには無理だわ」
「なるほど、そうですか……申し訳ありません。心からの謝罪を」
「いいのよ。知らないんだから当然のことだもの」
ふうっとためいきをついた。
「では話を戻しますが、どなたをあてるのです?」
「オン・ゲストロに候補者がいるのよ、二名」
「二名?」
「ええ。男の子と女の子のふたご。わたしはよく知らないんだけど、メルとサコン……カラテゼィナまでの連れが関わったらしいわ」
「ほう。どちらの民なのですか?」
「確かボルダ人よ。オン・ゲストロで今も仕事していれば、そろそろいい感じに成熟していると思うんだけど」
「なるほど」