遠い友達
ヨンカの港から地上に降りるには、イダミジアみたいな軌道エレベータは存在しなかった。
代わりに小型の移動ポッド乗り場があって、ずらずらと卵型のポッドが並んでいた。
「なにこれ?」
「まだポート式なんだ。なつかしいなあ」
「昔もこうだったの?」
「そうよ」
懐かしがるメヌーサに質問してみた。
「これ、乗ると自動運転で地上のステーションまで連れて行ってくれるの。見た目に反して効率いいのよ?」
「へぇ」
「ま、乗りましょ」
「うん」
言われるままにポッドのひとつに乗り込んだ。
【ご搭乗ありがとうございます。行き先を選べますが、どういたしますか?】
「調べ物をしたいから、一番便利のいい大きな町におろしてもらえる?」
【了解いたしました。ではルクオル市に参ります。所要時間は約一時間です】
「ええよろしく……ええと、日々研鑽を、だったかしら?」
む?
なんかメヌーサが妙なフレーズを混ぜてきたなと思ったら、ポッドも反応してきた。
【はい、間違いありません、おかえりなさいませ。おそれいりますが、お名前をうかがってもよろしいですか?】
「っ!」
なんだ?
メヌーサってば、自分で言っといてポッドの反応に驚いてる。
「……メヌアよ」
【はいメヌア様、よろしくお願いいたします】
そういうとポッドは入り口を閉じ、たちまち加速を開始した。
「早っ!」
「余計な機能のない高速ポッドだもの」
ほう、なるほど。
「ところで今のフレーズは?」
「むかしの合言葉みたいなものよ。……シャレのつもりだったんだけど、まさか受け付けられるとは思わなかったわ」
へえ。
「ちなみにどういうメリットがあるの?」
「今も有効かは知らないけど……こうしておくと、いちいち事あるごとに身分証明しなくていいのよね、本来なら」
「本来なら?」
「大昔のシステムだもの」
「なるほど」
今も生きてるとは限らないってことか。
「ところでメヌアって?」
「あー……メヌーサがなまった別名みたいなものよ。昔ここに来てた時はこれで通ってたの」
「ほう」
「ま、厳密にいうと元々名乗ってたのは姉さんなんだけどね」
ああ例の件か。
「それって今は別人なわけだけど、名乗る必要あるの?」
「モノによるわね」
「ほう?じゃ、今の名前は名のる必要があるってこと?」
「そういうこと」
それぞれの星には、それぞれの乗り物がある。この小さなポッドもこの星の事情を象徴するものかもしれない。
いや、だってそうだろ?
衛星軌道から地上への輸送なんて、いちいちシャトルでやってたら大量輸送には難があるだろう。
では、どうして資材を投入して軌道エレベータを作らないのか?
そこまでは必要がないのか?それとも別の理由があるのか?
ふーむ。
窓から見える景色を見渡すと、あちこちに同じ小さなものが飛んでいるのがわかる。どうやら連絡用ポッドとして広く使われているらしい。
「どうしたの?」
「あー、ちょっと思ったんだけど、わざわざこんなポッドを飛ばしているのには理由があるのかなって」
ある程度交通量があるなら、ちゃんと施設化するほうがいいんじゃないか?
そういうと、
「もちろん理由アリよ」
メヌーサはそういって微笑んだ。
「ピアンシリーズって船知ってる?有人小型貨物船のロングセラーなんだけど」
「名前だけなら」
地球でいえばかなりの旧式らしいんだけど、信頼性が高いうえに安く燃費もいいからって長く売れ続けているらしい。あまりにも普及したもので、そもそも船のことをピアンと呼ぶ星域すら存在するとか。
うん、地球にも似たようなケースあったよなぁ。ホ○ダとかウォーク○ンとかな。
「ヨンカはそのピアンシリーズの発売元なのよ。
主要生産拠点もヨソに分散してるし当時とは国も違っちゃってるわけだけど、さすがにオリジナルだけあって本国版が一番品質もいいし長持ちするそうなのよね。
それに時代が過ぎても技術はちゃんと引き継がれててね。このポッドも効率のいい独自技術で動いてて、あまり大出力は出ないらしいけど故障も少ないし燃費もいいんだって」
へえ。
なるほど、一種のデモもかねてるってわけか。
「じゃあ、あれかな。そこそこ栄えてるってことかな?」
「それが不思議なのよね」
「不思議?」
「あれ見て」
言われた方に目をやると、ちょっと遠くに何か巨大な設備が見えた。
「ずいぶん豪華な感じに見えるけど?」
イダミジアの宇宙港よりは小さいけど、でも何か洗練された大きな施設だった。
「ヨンカの人たちって質実剛健が大好きで、見栄は張らないものなのよ。
つまり、あのサイズの設備が必要で作ったってことになると思うんだけど……」
「心当たりがない?」
「ええ」
メヌーサは渋い顔をした。
「面倒くさいことになってなきゃいいけど」
「ふむ……降りる前に事前に調べてみる?」
現状把握のための大きなニュースは調べたけど、ヨンカ自体の時事ニュースには注目してなかった。
「そうね、調べてみましょう。でも」
「でも?」
「ヨンカ自体の状況に不安があるのに、ヨンカのネットで調べ物をするってどうかしら?」
「あ、そっか」
それは確かに危険だ。
「いやちょっと待て。じゃあ、さっき名のったのもまずくないか?」
「まずいかもね」
くすっとメヌーサは苦笑した。
「あらら……どうするつもり?」
「さぁ、どうしようかしら?」
そう言うと何故か肩をすくめてこっちを見るメヌーサ。
おや、もしかしてこれは?
「ん?私ならどうするつもりかって?」
「ええ。是非メルの意見を聞きたいわね」
「あー……うん」
そう言われると、ちょっと考えてしまうかも。
「んー……安全をとるならここで独自に降下して、なんらかの偽装対策をして入るべきだと思うけど」
「ええ、そうよね。……でもメルの意見は違う?」
「うん。最悪、ちょっと荒事になるかもだけど」
ふと考えた事を言ってみた。
「ねえメヌーサ、この星にエリダヌス教団支部ってあるかな?なければ、どこか安全に入れそうなとこならどこでもいいけど」
「あー、エリダヌス教団は……ないんじゃないかしら?」
「え、ないの?」
それはちょっと意外かも。
「ああでもそうね、昔はなかったけど今は不明かしら?」
「?」
意味がわからない。
そんな会話をしていたら、ポッドのコンピュータがなぜか反応してきた。
【メヌア様、よろしいでしようか?】
「え、なに?」
【これは個人情報にあたりますので、無理にお答えいただく必要はありません。
メヌア様はもしかして、以前ゲルカノ教団にいらっしゃいましたメヌア臨時女神官様で間違いございませんか?】
「!?」
ゲルカノ教団?なんだそりゃ?
思わずメヌーサに目をやると、メヌーサも驚いた顔をしていた。
「その質問が出るということは、外的要素から半ば確定してるってことよね?
いいわ肯定する、でもひとつだけ訂正。女神官をやったのはヨンカ竜暦三千八百年代の話で、あなたの言うように臨時だった。今はただのメヌアよ?」
【ありがとうございます。そして失礼しました、訂正いたします。
それではメヌア様。
安全に移動できる行き先なのですが、さしつかえなければルクオルのゲルカノ教団の支部はいかがでしょう?】
「……え、ゲルカノ教団ってまだあるの?」
【はい、以前いらした時と同じかどうかはわかりかねますが】
メヌーサは本気で驚いた顔をしていた。
そして、少しだけ考え込んでいたが。
「ねえ、あなた音声電話使える?」
【はい使えます。ゲルカノ教団に問い合わせをなさいますか?】
「できれば。でも料金いくらかしら?ここのお金持ってないわ」
【問題ありません。ゲルカノ教団の神職は別請求になっておりますので】
「だから、わたしは臨時で今は一般人だってば」
【そういう意味でなく。ゲルカノ教団の指示で、メヌア様と思われる方がご利用になる場合、ヨンカ国内ではあらゆる便宜が図られる事になっておりますので】
「……そう、じゃあよろしく」
【はい、少々お待ちくださいませ】
そういうと、何か『呼び出し中』のような映像がフロントパネルに出てきた。
「なぁメヌーサ」
「なあに?」
「よくわからないんだけど……もしかして、昔のコネが今もバリバリ生きてるってこと?」
「そうみたいね……悪意ある誰かのワナって可能性もあるけどね」
「……なるほど」
でもなぁ。
なんとなくだけど、悪い予感があんまりしないんだよね。
そんなことを考えていたら。
【ゲルカノ教団支部につながりました。映像つきの通信になります。
ヘッドセットを使われますか?それともそのままお話になりますか?】
「そのままいでいいわ」
【了解しました】