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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第二日『銀河文明の学び舎にて』
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軌道エレベータ

 今さらかよって言われそうだけど、ソフィアは金髪の美人さんだ。もうすぐ人妻らしいけどな。

 ちなみに容姿というと、地球の女優さんでいうとシガニー・ウィーバーに似ているといえばわかるだろうか?

 エイリアンと戦う女傑や、遠い宇宙の果ての星で科学者しているあのすばらしい女優さんとよく似たソフィアが目の前にいるわけで、俺としてはなんとも複雑だったりする。まぁ、ほんとに美人なんだけどな。

 そんなソフィアだが、運命の不思議なのか彼女も科学者だ。

 熱狂的というほどでもないと思うが、シガニーファンだった俺としては、若き頃の彼女に似た美人さんに案内してもらっているというだけで、なんというか、夢か幻かという気持ちだったりする。

 この王女様には婚約者がいる。

 イーガ帝国……平たくいえば、なんとお隣のアンドロメダ島宇宙にある巨大な帝国の皇帝陛下なんだと。それも、政略結婚かと思えば、これがまたお姫様っぽいというか、なんともドラマチックな物語が別にあったりするらしい。

 まぁ、ロイヤルな家にはロイヤルなドラマって事なのかな。凡人の俺には想像もつかない話だけど。

「入国手続きはこちらです」

 まるで地球の空港みたいな入国ブースに到着した。

 わざわざ並んでいる者は多くないのか、それとも元々客が少ないのか。窓口に並んでいる客は多くない。

 それに。

「……」

 アヤから受け継いだ俺のもうひとつの不思議な感覚が、窓口に並んでいる客のほとんどがアンドロイドである事を告げていた。

 これは、もしかして?

「どうしたの?」

「いや……ここで話すような事じゃないと思う」

 ここで話題にするって事はすなわち、普通に並んでる人たちゆびさして、おまえらアンドロイドだろって言うようなもんだもんな。さすがに何かまずい気がした。

 なのにソフィアは俺の目線と動きで気づいたようだ。

「もしかして、並んでいるのがドロイドばかりなのが不思議かしら?」

「!?」

 ちょっとまて、並んでる客がみんなこっち向いたっての!

 うわぁ、空気読めよおいっ!

 なのにソフィアの喋りは止まらない。

「あのね、あなた宇宙文明の港なんて初めてなんでしょう?知らないんだから混乱するのも無理はないのよ」

 ソフィアがそういうと、客たちの目線も微妙に変化した。「ああそうか」と。

 つまり、何かこう一瞬見えた敵意みたいなものが抜けて、むしろ同情的なものに変わったわけで。

 えーと、これって?

「俺……おのぼりさん扱いってこと?」

「扱いもなにも、ほかに言いようがあるかしら?」

「ないっす」

 あー……ちょっと情けないけど、まぁ安全を買ったと思えば。

「まぁ、ボディ交換までした『重症患者』に無体な事する人もいないでしょ」

「あーそうか、俺ってそういう立場でしたっけ」

「ええそうよ。実際、その身体は本決定じゃなくて仮のものだしね」

「……」

 そうなんだよな。

 

 これがファンタジーとか未来SFものだったらホレ、新しい自分の身体にびっくり仰天するってとこなんだけど。

 でもアヤやソフィアがいうには、今の俺っていうのは野戦病院で仮の処置をしてもらったのと同じ状態なんだそうで。

 だから、他ならぬ俺の心身がちゃんと落ち着いたら、改めて性別適合のための調整をするって話で。

 だからだろうな。

 今の俺ってつまり、かつての、おっさんだった俺とは違う少年の姿なんだけど。

 で、その少年の姿も仮のもので、このまま放置すればいずれはこの身体の本来の姿……すなわちアヤによく似た女の子の姿になってしまうといわれても。

 ああ。

 なんていうか、いまいち現実感がなかったりするんだよな。

 確かに他人めいた身体だけど、よく見れば昔の俺に似てるような……というか、たぶん意図的にアヤが似せたんだろうけど、そういうところも多々あるわけで。

 うん。

 

 そんなことを考えている俺はきっと、情けない顔をしていたんだろう。

 ふと気づくと、並んでいた蜥蜴の一匹がじっとこっちを見ていた。

 いや……これは学習内容にあったぞ。

 蜥蜴というより……そうだ。うん、トカゲ系の宇宙人だよな。アルダー族ってやつだ。

 なんでも、銀河系の筆頭種族は彼らアルダーらしい。

 その姿は二本足で立ったトカゲそのものなんだけど、ちゃんと直立していてしっぽも短いあたりが、そこいらのトカゲと違うところだ。

「……」

 フムフムと何かを納得するかのようにこっちを見ていたとの蜥蜴さんは、不意に俺とソフィアに無言で挨拶のようなポーズをすると、すたすたと去って行ってしまった。

 えっと、なんなんだ?

「いくわよ」

「え?あ、はい」

 どうやらソフィアは何か思うところがあったらしい。

 よくわからないが、とりあえず従っておく事にした。

 

 

 入国手続きらしきものがあっさり終わると、そのまま観光案内みたいなところに連れて行かれた。

 ちなみに、さっき並んでいた人たちは来ないらしい。

「あれはご主人様の元に戻ったんでしょう。ドロイドだけが入国手続きをしに来ていたのね」

「え、入国ってそんなんでいいの?」

「初回はダメだけど、何度もきてる業者とかは代理で通ったりするのよ」

 へえ、思ったより緩いんだな。

 観光窓口にいたのは綺麗な人間……こういう時はアルカイン族とかアルカっていうんだったな……アルカの女の人だが、どうやらこの人もアンドロイドらしい。いや、俺みたいな全身サイボーグの可能性もあるけどな。

「おかえりなさいませソフィア様」

「はい、ありがとう。ずいぶんと話が早いのね。

 それで、この子に軌道エレベータを見せてあげたいんだけど、できるかしら?」

「はい可能です。ではご案内いたしましょう」

 そういうと女の人は後ろを振り向き、「あとを少し頼みますね?」と告げると、ブースの横をあけて外に出てきた。

 無人になった方のブースに目をやると、女の人によく似た別の人が奥から出てきていた。

 思わずそっちを見ていると、

「彼女も担当のひとりです。こうして案内の時には流動的に代役をするのです、セイイチ様」

「別に案内役がいるってわけじゃないんだね……あれ?」

 そこで俺は気づいた。

「えっと、なんで俺の名まで?」

 ソフィアを知っているだけならわかる。さっきも、おかえりなさいって言われてたしな。

 でもなぜ俺を知ってるんだ?

「アヤが先にいったでしょう?たぶん根回しして回っているのよ」

「は?」

 そんなもん、ネットでやれば一発じゃないのか?

 俺が首をかしげていると、ソフィアが「何?」と不思議そうな顔をしていた。

「どうしたの?」

「いや、そんなもんネットで伝えればいいんじゃないかって思ったんだけど」

 そういうと、ソフィアは「ああ」と納得げな顔になった。

「黎明期のネットワークだと、とにかく何でもかんでも繋ぎたがるわよね。だけど、ある段階まで進むはそれが危険だって話になるのよ」

「危険?」

「そうね……誠一さんにわかりやすく言えば、敵国の全ての調理器具の制御頭脳を狂わせて、一斉に出火できるようにできるとしたら?」

「!?」

 たぶん俺は顔色を変えただろう。

「わかったみたいね、そういうことよ。

 技術がある程度進んだところで、さすがに何もかも接続するのは危険すぎるって事になるわけ。で、宇宙船運行のためのインフラみたいなものは相互接続するにしても『乗客』のプライベートデータは相互接続されなくなった、というわけ」

「なるほど、ありがとう」

 まさにこれは近代日本の、いや世界の技術史の進む先だろう。

 今はまだ、世界の全てをつなごうとしている。その方が全ての利便性が高いからだ。

 おそらく、この状況は当分続くだろう……そりゃあもう、いろんなものがネットされていくんだろう。

 だけど、全てのパソコンをネットするようになって利便性が高まると同時に危険性も出たように。

 いつか、便利になりすぎた反面危険も増してきて、その再調整が必要になるって事だな。

 まぁ……地球が本格的にその段階に達するのはまだまだ遠い未来の話だろうけどさ。 

 俺は思わずためいきをついた。

 

 ここで俺は気づいてなかった。

 単に船のプライベートデータを流さないというのなら、改めて港の設備から個人データを流せばいい。なぜそうしなかったのか?

 つまり。

 関係者以外には俺の情報を共有させないために、わざわざそうしている可能性について。

 基本的にまだ頭の中が平和な日本人だった俺は、気づく事ができなかったんだ。

 

 

「……なんだこれ」

 それを見た瞬間……いや、しばらくフリーズしてたかもだけど、俺の口から出たのはたぶんその一言だった。

「どうかしら誠一さん?これが軌道エレベータで……」

「すっげえっ!!」

 次の瞬間には、俺は絶叫していた。

 うわぁぁぁ、すげぇぇぇっ!!

 ちょーのつく巨大な建造物。

 だけどそれより凄いのは、その超巨大な何かが、なんと惑星表面から伸びている、バカなの死ぬのって言いたくなるほどにスーパーウルトラ超巨大な『塔』みたいなもんだって事だった。

 

 これが……これが軌道エレベータってやつか!!

 

 いったいどんな素材を使えば、こんな構造を支えられるのか?

 いったいどんな土台をつくれば、こんなデカブツを地上に建てられるのか?

 いや、むしろ、支えても建ててもいないのか?

 見ればみるほど疑問は尽きない。

 

 これ、地球のSFマニアが見たら狂喜乱舞すんだろうなぁ。

 てめえ死ねそこ代われって恨みごと言われるかもしれんなぁ。

 いやぁ、うわはははは……すんげえわこれ!

 

「すごい喰いつきっぷりねえ……ちょっと引くけど」

「あはは、可愛い顔しててもやっぱり男の子なんですねえ」

「え?そういうもの?」

「先日、うちの弟たちを連れてきたんですけど、ほとんど同じ感じでしたよ?」

「へぇ……」

 ふと、受付のお姉さんとソフィアさんが生暖かい目で見てるのに気付いた。

 一瞬、なんかすごく恥ずかしい気がした。

 でもそれも一瞬で、俺はその気持ちを押し込め、やっぱりガラスに張り付いた。

 

 そうそう。ある年代くらいになると、こういうのが恥ずかしくなるんだよなぁ。

 

 本当にちんまいガキの時なら、もう大喜びで張り付くんだよな。

 で、ある程度の年代になると、もうガキじゃねえよってよそを向くんだけど。

 でも、さらに上の年代になると結局、好きなもんは好き、それでいいじゃねえかって開き直るんだよな。

 

 ま、それが男ってもんだろ。異論は認めぬ。

 

 

「そういえばすみません、ひとつ伺ってもかまいませんでしようか?」

「なにかしら?」

「いえ、大した事ではないのですけれど、あの方が背中にしょっている布製の背嚢(はいのう)のようなものは」

「そういえば珍しいかもね、小物なんてドロイドに持たせるのが普通ですものね。

 あれは彼の話によると、その」

「リュックです」

 お姉さんとソフィアの会話に割り込む形になってしまったが、きっぱりと告げた。

「リュック、つまり背嚢よね。確か地球で愛用していたものって話よね?」

「はい」

 ソフィアと逢った日は平日帰りだったから、小さいメッセンジャーバッグだったけどな。

 荷物全部だと、こっちじゃないとダメなんだよ。

「背嚢のデザインは趣味の問題として……でも、どうしてわざわざ背負ってきたの?その金属製のカップと金具はなに?」

「リュックは(オトコ)の武器ですから!」

 きっぱりと断言した。

 だってそうだろ?いつ、どんな時にお宝をいれる必要が発生するかわからないんだぞ。離島のキャンプから年二回の戦場まで、武装なしだなんて絶対ありえないよ。

 ちなみに。

 まぁ、質問された理由はわかってるつもりだ。

 俺のリュックは横のところに大きなカラビナをとりつけてあって、そこには鉄のキャンプ用のカップがぶらさがってるからね。よく質問されるんだ、いやマジで。

「このカップの方は27年ほど愛用しているキャンプ用の鉄カップで、二分の一パイントサイズ。それから26年使っている登山用カラビナです。まぁ、安全祈願のお守りみたいなもんですが、いつでもどこでもコーヒー飲むためのものでもありまして」

「そ、そう。よくわからないけど大事なものなの?」

「お守りですから」

「……そう」

 どうしてだろう。何かこう、生暖かい目で見られている気がしてならないのは。

 いや、だってよぅ、このカップ、本物のロッ○ーカップなんだぜ。若い頃はこいつ片手に礼文島から波照間まで行ったんだ。手放せない愛用の品なんだよ。

 それに、キャンプ生活しなくなってからも、こいつがずーっとマイカップだったしな。

「……本当にこっちに馴染めるのかしらこの人」

「えっと、何ですソフィア?」

「なんでもないわ。それよりも軌道エレベータは堪能したかしら?」

「あ、はい。めちゃめちゃ見ました。あ、ちょっと待った」

 スマホを出して、軌道エレベータをしっかりと撮影した。

 ん?エラー?

「あー……クラウドにつながらないか。そりゃ、つながるわけないよな」

 写真はローカルだけでなく、ネットサービスにも保存してたんだっけ。

「どうしたのかしら?」

「いや、撮った写真をネットに保存してたんだけど、ここじゃ当然つながらないなと」

「それはそうね……ん、ちょっと待ちなさい」

 スマホを見て、そして俺を見るソフィア。

「地球のネットにつなげる事はできないでしょうけど……自分のライブラリに保存できるんじゃないかしら?」

「自分の?」

「その身体はアヤから受け継いだもの、そうでしょう?

 将来的に生身の男性体を手に入れるとしても、今はそれが自分の身体なのよ。ならば、その機能を有意義に使えばいいわ」

「なるほど道理ですね……でも写真の保存なんて、どうすればいいのか」

「写真の保存程度なら、できる人は多いと思うわよ。サイボーグ化している人に頼めば要領もわかるんじゃ……」

「あ、わたしできます。一応ですけど四型になりますから」

 見ると、受付のお姉さんがニコニコと自分を指差していた。

「え、あなた全身だったの?」

「はい。病気だったもので。

 それより、無線デバイスの写真を保管したいんですか?」

「あ、はい」

「ちょっと端末の現物、見せていただいていいですか?」

「どうぞ……」

 お姉さんにスマホを渡した。

「うわぁ、これもしかして多目的端末ですか?珍しいですねえ……あ、この文字不思議。象形文字かな?」

「え、珍しいの?」

「ここまで強力な端末で持たなくても、町にあるサービスで大抵間に合うものなのよ」

 俺の疑問をソフィアがひきとってくれた。

「あー……なるほど」

 なんか、昔の洋物SF思い出したぞ。

 異星にいったらゴムタイヤがなくて、原始的だなといっていたら、実は道路の方が舗装されきっていてゴムタイヤなんか不要だったってオチだったよな。

 そうか。何もなくとも進んだサービスを受けられるんなら、こんなスマホなんていらないってのも当然アリなのか。

 

「なるほど、解けました!」

 しばらくすると、お姉さんはにっこりほほ笑んだ。

 そして次の瞬間、俺の脳裏に『お姉さんのプレゼント(はーと)』という名前のデータがポンと渡されてきた。

「あ、これって?」

「それを開くと、この端末のデータを自分で受け取れるようになりますよ」

 へぇ……やってみよう。

 頭の中で開いてみると、何かセキュリティみたいなものが検査した後、データの中身が見えた。

 よし、実行。

 そうすると……。

「うわ、本当に読めた!」

 なんというか、ちょっと気持ち悪い経験だった。

 さっき撮影した写真が脳裏でパッパッと展開されて、まるで網膜投影のウインドウみたいな感じに開いたんだ。

「すげ……なんかバーチャルな感じ」

「遊び用のファイルもいくつか入れてあります。サイボーグ化間もないのなら慣れてないでしょうから、色々試してみるのがおススメですよ?」

「はい、ありがとうございます!」

「いえいえー」

 お姉さんはにっこりと笑うと、

「おっといけない、そろそろ戻らなくちゃ。

 ソフィア様、それからセイイチ様。どうも失礼いたしました。それでは、よい時間を」

「ありがとうお姉さん!またね!」

 思わず素でお礼を言ってしまった。

 お姉さんは一瞬、きょとんとした顔をした。

 でも次の瞬間、くすぐったいような悪戯っぽいような顔をして、俺だけに向かって可愛く小さく手をふってきた。

 あはは、なんか本当にお姉さんって感じだな。

 そしてまたソフィアに向き直って静かに礼をして、そして去って行った……。

「……へぇ、なんていうか興味深いわね」

「え?」

「なんでもないわ、さぁ行きましょう」

「はーい」

 

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