ヨンカ・ステーションへ
そういえば、これでいくつめの宇宙港だろうか?
あの日。ソフィアに連れられてイダミジアの宇宙港で軌道エレベータを見てから数十年が過ぎているわけだけど、主観時間では数か月しかたっていない。
だけど、その数か月でも……あまりにも色々なことがありすぎて、なんというか、果てしなく遠くへ来ちゃったなぁって気持ちが強い。
知り合いのひとりもいない日本語も通じない宇宙の彼方。
しかも、自分自身もかつてのそれとは似ても似つかない別人の姿。
なんていうか、こう。
これってさ、異世界トリップってやつで見知らぬ異界をさまよっているのと、どこが違うのって思っちゃうよね。
ドックを出ると無味乾燥な乗り口に出た。
まぁ貨物用であり客がいるわけじゃないから当然。カラテゼィナでもそうだったけど、客どころか、そもそもひとが乗りこまない場所なわけだから、こう、媚びたところが一切ないんだよね。コンクリ剥き出しな感じっていうか、ハイパーテクノロジーの凄い宇宙船の機関部に入ったら、船員が茶飲んで寛いでる、マシン臭と異音賑やかな休憩ブースがあるみたいな感っていうか。
私はどちらかというと、こっちが好きだね。元プログラマだし、学生時代は大型機にも触ってたもんなぁ。剥き出しのメカとか機械音って、うるさいんだけど嫌いじゃないんだよね。
まぁ難を言うならば。
この特有の場末感っていうか、真夜中のドライヴインみたいな特有の寂しさは何とかならないもんかな?
あれだよ。たまにこう、日本の変な場所とイメージがダブるんだよね。
ほら。
高速道路で、でっかいサービスエリアの次にある、トイレしかなくてトラックの運ちゃんが仮眠してるだけー、みたいな真夜中のパーキングとかさ。そんな感じ。
なんで、あの冷たくて寂しくて、だけど懐かしい感じに似てるんだろう。
「!」
そんなことを考えていると、ポンと頭を叩かれた。
メヌーサは前を歩いているわけで、まぁ犯人は頭上のハツネしかいないんだけども。
私がちょっとへこんでいるのに気付いて、慰めてくれているらしい。
うんうん、ありがとう。
こういう慰めって、リアル青少年だった頃は無意味だと思ってたんだよね。
だから昔「話をきいてくれてありがとうな」って言ってくれた人のことがよくわからなかったんだ。
だけど、そんなバカな私も今ならわかる。
うん。
なんの役にも立たない慰めでも……何かしてくれるその気持ちだけで、とても気持ちがやさしくなれるんだね。
いやはや、まったくだよ。
こんな事に、こんな果てになってから気づくんだもの……そりゃ地球時代、ぼっちくんだったはずだよなぁ、アハハ。
ま、過ぎちゃったもんは仕方ないけどな。
ああそういえば。
ハツネなんだけど、カラテゼィナの時より少し縮んだっぽいんだよね。頭の上に帽子みたいにきれいに乗っかって、そして余らない感じ。なぜか座りのいい帽子のようにずり落ちない。
何かまずいんじゃないかと思って状態をチェックしてみたんだけど、こんな感じだった。
『ハツネ』※初期生育不全(修理不能)→システム安定しました。
パララネア族のマトリクスで構成されたドロイド体。小さいのは再生体であるため。
一時は不安定だったが、休眠と再構成により安定化した。成長も可能だが現状、望んでいないようだ。
うーむ。
まぁ、ちょっと小さくなったことで頭への座りもよくなったみたいだし、とりあえず問題ないかな?
……まさかと思うけど、私の頭上に順応するために小さくなったわけじゃないよね?
とりあえず、今の私の見た目を改めて解説。
アヤ譲りであり元日本人の黒髪黒目。髪は特に整えず肩までのストレート……のはずだったんだけど、気がついたらハツネにお下げみたいな髪にされてた。
といっても例によってレース飾りの塊がついてるから、見た目はお下げというよりもどっかの古代人の女の子みたいだけれども。
服装はキマルケ式巫女服。一張羅なんだけど、これもハツネが常に整備してくれているから綺麗なものよね。もっとも、袖口にいつのまにかフリルがついたり好き放題にデコられているのがちょっとアレだけど。
黒髪黒目だし、元も美人じゃないし。ゴスっぽいのは似合わないと思うんだけどねえ。
まぁ特に害があるわけでなし、ハツネの好きにさせてるけど。
メヌーサいわく、上下関係はハッキリさせるべきだっていうんだけど、別にこの子、言う事きかないわけじゃないんだよね。これするな、あれしろって言えばちゃんと聞いてくれる。
デコるのは仔猫の甘噛みみたいなもんで、とりあえず面白いから放置してるんだよね。
さて、話を戻そう。
無味乾燥なドック風景もいよいよ終わりのようで、エアロック区画っぽいのを抜けると風景は一変、普通の宇宙港風景になった。
【では、わたしはここまでで】
「ありがとう19号。本当に長い間ごめんなさいね」
【いえいえ、また機会ありましたら】
そういうと19号は、その首だけの身体をフワフワ飛ばしつつ、元のブースに戻って行った。
「お」
途中の扉が唐突に閉じて、彼が見えなくなった。
「シールド閉鎖したのよ」
「閉鎖?」
「あの向こうは通常、ひとが入らないとこでしょう?わたしたちが出たから通常モードに戻すのね」
「なるほど」
本来、ひとが乗らない船だもんなぁ。
「そういや質問なんだけど」
「なぁに?」
私の言葉に、メヌーサが少し首をかしげた。
「船賃っていくら払ったの?」
貨物船に文字通り、運んでもらっただけ。
なんのサービスもなく運んでもらうだけといっても、地球時間で半世紀以上だもんな。料金的にはいくらになるんだろ?
そしたら。
「んー、4ロットっていえばわかるかしら?」
「なにその単位」
「合成燃料を基準にした船賃単位よ。そのまんま燃料チケットで払ってもいいの」
へえ。
「なんで燃料基準?」
「そりゃ、通貨の価値なんてコロコロ変わるし物価もバラバラだもの。客船ならともかく貨物の場合、使った燃料とか資材そのものを基準にして換算、時価もしくは現物で払ってくれるのが一番ありがたいってわけ」
「なるほど……」
納得できたようなできないような。
「まぁいいや。で、その4ロットってどのくらいの額なの?」
「んー」
「じゃあ、連邦通貨に換算したら?」
「ああ、それなら190連邦ラダってとこでしょ」
「それって安いの?」
「ちなみに、ナーダ・コルフォからボルダまでが六十ラダだから、三倍ちょいよね?」
「……ものすごく安いんじゃね?」
ナーダ・コルフォって惑星アルカインだよね?
アルカインとボルダって、地球と火星くらいしか離れてないって聞いたんだけど?
「まー、ピンポイントで加速して、あとはじーっと待機してるだけだからねえ。これ、ほとんどわたしたちのポッドの整備費かな?」
「中の物資は?」
「わたしの持ち込み。ちなみにポッドごと寄付してきたけどね」
「そうなの?」
それはそれで結構高いんじゃ?
「ああいうものは、使う人が整備しながら譲り合うものなのよ」
「そうなんだ」
よくわからないけど、何か文化的なものがあるっぽいな。
「……ってあのポッドの中、ハツネがデコりまくったままだけど大丈夫なの?」
「修理ロボットが何とかするでしょ?」
「そ、そう」
う、うーむ。
今度から気をつけるとしよう。