閑話・Sci-fi vs Phantasia
そう。
そこに写っていたのは、なんと……後ろの風景が霞むほどの数の、おびただしい生命体の群れだった。
そしてそれは。
銀河文明の世界でも昔話などによく登場する、ドラゴン、竜、オグステ、オロチ等、さまざまな名前で呼ばれるあの生き物に、非常によく似ていたのである。
室内の皆は、あまりの光景に完全に絶句していた。
だが次の瞬間、提督がかろうじてうごき出した。
「なんだこれは、もしかして生物兵器か?」
銀河における生物兵器にはいくつかあるが、実は銀河で最もポピュラーなそれを地球的にわかりやすくいえば『宇宙怪獣』のそれにあたる。そして確かに、それらの中には昔話のドラゴンっぽいものも存在する。
こういう兵器は、戦場の後方撹乱にしばしば使われる。
たった一体で他国に潜り込み、破壊活動をする事ができる。それに宇宙船や機動兵器で構成された軍隊とは共同戦線をはるのが難しいので、そういう意味でも独立遊撃隊的に使用することが多い兵器でもある。
だからてっきり、彼らはソレをそういう兵器であろうと推測しかけた。
そう、推測しかけたのだが。
【前方の集団から通信が入っています】
「あのドラゴンから!?」
生物兵器には人間は乗っていない。通信してくるなんてありえない事だった。
「音声通話ならば出る。ただし危険な音波などは選択的にカットしろ」
【了解、通信開きます】
二秒ほどして、雑音まじりの女の音声が聞こえてきた。
『こちらはポピュロの海の竜帝国機動兵団。我はその隊長にして今代の竜帝国を率いる者、神竜皇后リュミリアである。後方にある、そなたらがボルダと呼ぶ小さきものの星に攻め込もうとする者たちに警告する。
彼らはわが竜帝国の友であり、長き友好国である。それに理由もなく一方的に攻撃を加えるなど許さぬ。
早急に兵をまとめ撤退せよ。さもなくば、そなたらの侵略とみなしてこれを滅ぼした後、二度とそのような真似ができぬようそなたらの本国に反撃をする事となる』
「……」
提督を含めたその場の全員が、通信相手の言っていることが理解できなかった。
竜帝国?ポピュロ?いったい何の話だ?
そしてその疑問は、即座に口をついて出てきた。
「こちら銀河連邦所属マドゥル星系アルカイン王国方面第三師団、提督のワシロ・マドゥル・アルカイン・ユーリー。申し訳ないが貴殿の申告した国家についての情報がこちらにはない。連邦未加盟国と思われるが、こちらとしては敵対の意図は一切ない事をまず理解してほしい。
こちらは現在、惑星ボルダの全土を覆っている惨劇の収拾に向かっているところだ。かの地は現在、人類種そのものが有機ドロイドに種として置き換えられるという未曾有のバイオ・ハザードのさなかにあり、すでに国家として機能していない。こちらからの支援要請についても、汚染により生成されている違法で危険なドロイドを国民と称してはばからず、このままではその汚染を他の星にまで広げていきそうな状況にあるのだ。
このおそろしい悲劇を何とかするために我々はやってきた。
竜帝国と自称される貴殿らがどちらの宇宙の方々かは知らない。しかし我々はそのようなやむを得ぬ理由により動いているのだ。ボルダ国と友好を結んでいるとの事ではあるが、彼らはすでに国家ではない。この宇宙の平和を守るためであり、事情を察していただける事を心から願う」
そこまでを淡々と、しかし丁寧に言い切り、そしてきちんと礼を尽くした。
相手が何者かわからない以上、誠実に応対すべきだと。
だが、それに対する返答は明快なものだった。
『緊急避難的行動であるという主張は理解した。
しかし、さきほどまで我々はそのボルダにいたが問題など何も起きていなかった。
ましてや、すでに国ではないだと?笑わせてくれる。
そのような、意味のわからぬ世迷い言を聞き入れるわけにはいかぬな。
さしずめ、おまえたちの目的はボルダの人族を皆殺しにする事であり、そしてボルダを一度滅ぼしてから自分たちのものとする事であろう。
薄汚い侵略者よ、思い上がるのもいいかげんにせよ』
声は嘲笑を隠しもしていなかった。
『おまえたちに警告する。
この警告に対して即座に撤退せよとまでは言わぬ。だが、撤退はせずとも、まずは話し合いのために今すぐ機関を停止、すべての艦船をその場に停止させよ。
撤退にたとえ上意の判断が必要だとしても、会話のために一時停止する事くらいは許されよう。
ゆえに警告する。ただちに停船せよ』
「……」
提督は眉をよせた。
もちろん止まれるわけがないし、止まる理由もない。
だいいち戦力差は圧倒的であり、これで止まる指揮官がいたら笑われるだけだろうと提督は考えた。
なので彼はコホンと咳をすると、こちらの要求をやんわりと繰り返す事にした。
あのドラゴンのような兵器たちはおそらく、さっきの話にも出てきた「生物兵器」の類だろう。
この手の兵器は地上やコロニーの街を襲うのには効果的なのだけど、戦艦と戦うためのものではない。機動性は高いが破壊力が低いし、だいいち宇宙空間で戦闘するようにはできてないからだ。
しかし、ぶんぶん飛び回られても迷惑千万だし、まかりまちがって、こちらの機動兵器を撃ち落とされでもしたら目もあてられない。
そのまま進めと皆には指示しておき、自分は返答をした。
「申し訳ないが停船の要望には応じられない。
本船は作戦行動中であり、本来ならばこの通信すらも規約違反となる。ただ状況を見てあなたがたの問いかけに誠実に対応させていただいているものである事を、まず第一に理解してほしい。
繰り返しになるが、ボルダはもはや国ではない。
いわば伝染病に国ごと犯されて壊滅状態であり、医療行為等で個別に対応することは不可能であるとの結論が出されている。これは我が国単体のものではなく、銀河連邦の総意と受け取ってもらってかまわない。
ゆえに、竜帝国とやらの者よ、ここは平和的に引いてほしい。
我々は無益な殺戮を望まない。君らが現状を理解し、円満に立ち去る事を願う」
すると、通信の向こうの女の声は、バカにしたように笑いだした。
『ほうほう、無益な殺戮ときたか。要するに武力衝突にもならぬと、こちらの戦力ではどうせ一瞬で全滅なのだから、死にたくなければおとなしく道をあけよというのだな?
なるほどのう、そういう事ならば、こちらもそのように応対しよう。
そなたらに停船の意図が全く見られないのは確認したので、これを正式な敵対宣言と受け取ろう。これよりそなたら銀河連邦は、我ら竜帝国の正式な敵と認識した。
最初の攻撃開始は一分後から開始する。死にたくなければ逃げるなり降伏するなり、全力で攻撃してくるがよい。
なお、攻撃開始以降の対話には全く応じないので、死にたくないのならさっさと降伏する事だな。では』
そういうと、それっきり通信は切れた。
そして次の瞬間、いきなり提督の周囲は大混乱になりはじめた。
【警告。正体不明の高エネルギー反応が、前方の集団より検出されました】
「攻撃準備か?武器種別を解析しろ!」
「無理です、アンノウンです!全く未知の武器で」
「未知の武器!?おいちょっと待て、いくらなんでも解析不能の兵器なんてボルダくんだりの連中が持ってるわけが……」
「無理だよこんなの!見てくれよ、おまえこれ解析できるのかよ!?」
そんな声が響いたかと思うと、映像がポンとフロアに映し出された。
そしてその映像を見た提督たち全員が、あまりの光景にフリーズしてしまった。
なぜなら、その映像はあまりにも彼らの想定から外れていたからだ。
宇宙空間に浮かんでいる、無数のドラゴンたち。
そして、その中央あたりにいる、白く優美な巨大なドラゴンと、それを囲うように配置されている、いかにも強そうなドラゴンたち。
そして問題は、その強そうなドラゴンたちだった。
その者たちの前に、まるでファンタジー映画の巨大な魔法陣のようなものが多数展開されていたからだ。
かたや、星をも砕く宇宙艦隊。
かたや、魔法陣を展開した巨大なドラゴン軍団。
当たり前だが、銀河文明の軍人たちは、魔法だのドラゴンだのといった連中など想定していない。
銀河でも各種族の神話や世界の創生伝説などは結構似通っているらしく、古代伝説にはいわゆる「荒ぶる神」の類も多く存在する。たとえばドラゴンや魔法などもそうで、神だったり怪物だったり色々だけども、ほとんどの文明でドラゴンとは「何か途方もない力の象徴」として認識されていたもする。まぁ容姿はピンきりなのだが。
だけど、当たり前だが、あくまでそれは伝説や物語の話にすぎない。
なのにそれが目の前にいる。
フリーズしてしまうのも無理もない話だった。
その中で、真っ先に復帰した人物がいた。
そう、提督だ。
「全砲門開け!ボルダに当たらないよう射線調整しつつ自動斉射!!」
【了解、全艦シンクロにて全自動射撃】
たちまちシステムが戦闘状態に入った。
宇宙空間における戦闘には音がないが、それは空間レベルでの話。たとえば大エネルギーを使う破壊兵器を作動させると、居住区画のある船内には多少の振動が起きるものもあるし、チェックのためのモニターが壊れるほどの光を放つものもある。
つまり一斉照射ともなれば、積み重なった光や振動は結構大きなものになるわけで。
平時なら起こらないはずのビリビリという振動と、モニター類にこぼれる光。
それらが続くことで映像の向こうに見えている幻想的な竜の大群がみえなくなり、光に飲まれたようになる。
そして、数秒たった時。
「……なに?」
「お、おい、まさか」
困惑の声があがったのも無理もない。
なぜなら。
映像で見る限り、それら竜の集団はなんのダメージも受けてないように見えたからだ。
そして次の瞬間。
映像の向こうに見えている竜たちが、一斉にその口をこちらに向けて開いた。
そして。
【高エネルギー反応確認。警告・惑星破壊級攻撃のおそれあり。警告、警告、】
「なんだと!?そんなバカな!!」
だが提督の言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら。
その前に光の本流が彼のいる司令室を飲み込み、そして焼き尽くしてしまったからだった。
光が途切れた時、ついさっきまでいた艦隊の姿はどこにもなかった。
ただし、艦載機や機動兵器らしい小さな機体が結構たくさん残っていた。
『おまえたち、あの小さきものたちをすべて焼き尽くせ。
かぷせるとやらも必ず壊せ。
かわいそうだが防衛戦の基本じゃ。塵ひとつ残してはならぬぞ』
人間のポケットに入るような反陽子弾いっこでも見逃したら、守るべき星を消されてしまう。
ゆえに、何もない空間での戦闘ならともかく防衛戦の場合、空域を離脱しない限り非武装の救命カプセルまで破壊し尽くすのは基本であった。
その声と共に、無数のドラゴンたちが動き出す。逃げ惑う小型船を焼き、機動兵器も、不発ロケットやら、果ては脱出カプセルまでも追い回し、捕まえ、噛み砕いていく。
やがてこの宙域にいるのが彼らだけになった時。
『よし、我らが仕事はここまでじゃの……オルド・マウはおるか?』
『はい、こちらです真竜皇后様。このたびは大変ありがたく』
巨大な白竜の頭の横に、ボルダの大神官の映像が現れた。
『そういうのは良い。それで報酬は約束通り例の「新しい子」じゃ。よいな?』
『やはり望まれますか。しかし竜族は現状でも充分に頑丈なのでは?』
『そうは言うがな、繁殖力で蜥蜴どもに劣るため筆頭種族にはなれぬ宿命も忘れてはおらぬじゃろう?ま、我らも未来の可能性くらいは欲しいからのう』
『そこまでして繁殖したいですかねえ』
オルド・マウの映像は、ぽりぽりと頬をかいていた。いまいち納得していないようだ。
『多産種族のぬしらにはわかるまいよ。まぁ、ダメなら例の母にして父にコナをかけるだけじゃが』
『やめてください』
楽しげな神竜皇后の言葉にオルド・マウは顔色を変えた。
『かの者の故郷は連邦型の科学文明の星ですよ?しかもアルカイン族しかいない未開文明だって話です。
そんなところから銀河にあがったばかりなのに、このうえ竜族の姫に迫られたりしたら、それこそ何が起きるか』
『ふむ……つまらんのう』
『興味本位で幼子を誘惑する気ですか?』
『言っておくが、わしがやるのではないぞ?うちの末っ子あたりじゃな』
『そういう意味じゃありません』
『男と女のきっかけなんぞ興味本位か偶然くらいがちょうどよかろう。それとも政略の方が健全というつもりかの?
それに銀の乙女が連れておれば、いずれ我らが神にも逢うだろうに。それでもいかんのか?』
『それはそれ、これはこれというやつで』
『しょうがないのう』
しかし、竜の声はどこか楽しげではあった。
閑話はもう一話あります。それが終わったら戻ります。