閑話・未知との遭遇
今話から三話にわたり、メル視点ではなくなります。
マドゥル星系アルカイン王国。
連邦以外ではナーダ・コルフォという名で知られているこの惑星は、連邦では惑星アルカインの名でも知られている。銀河の大種族のひとつであるアルカイン族の名を冠するだけあって全国民の大多数がアルカイン人であり、銀河連邦の中心地を二千年に渡って続けている星でもある。
銀河文明に『王国』という事で違和感をもつ未開文明人がしばしばいる。その疑問も確かにもっともではあるのだけど、実は王族や騎士団、あるいは元老院といったスタイルの運営をしている星間国家は結構たくさんある。
その理由をひとことで説明すれば……まぁ「餅は餅屋」ということに帰結する。
未開時代の過渡期などでしばしば、民主国家……すなわち全ての国民が政治に関わる事こそ至高である、という思想が流行する事があるが、これは文明以前の原始社会の反動であると言われている。つまり王権神授などの概念で特定個人が権力を必要以上に肥大化させ、富を独占したり民を私物化していた事への反動という事。
だが実のところ、これはその生命体や社会そのもののが欠陥や未熟さを内包しているために他ならない。
自分たちの社会性の浅さから目をそらし、社会システムの方が悪いと責任を押し付ける無責任な行為の結果なわけで、別に王侯貴族が悪いのではない。実際、社会性が高いステージに推移した知的生命体の社会では、王権神授だろうと元老院制だろうと健全に社会はまわり、普通に大きく発展していくものである。
そして実際、文明や社会が進歩すればするほど、それを動かす政治などにも専門知識や経験が必要になるのは当然のこと。なのに、その担い手をド素人から、しかも勝手のわからない一般人に人気投票で選ばせようというのだから無茶な話である。
実際、ある程度より社会が高度で複雑になってくると、最終的には結局民主選挙をとりやめる国も珍しくない。理由はカンタンで、任せられる専門家が他にいなくなり、そして同様に、人気取りの素人や有名人などに気軽に務められる仕事ではなくなってしまったからでもある。
もちろん、これがベストかも断言はできない。
実のところ「理想の個人」を全住民の脳に強制インストールして相互接続し、種族自体を群体のようにして民主政治を行うという試みも過去には行われている。生理的におぞましいなどの理由で一般的ではないものの、すべての国民を政治に参加させるのが民主政治の本質というのなら、その未来のカタチとして、あのように全住民の脳をつないでしまう、というのもひとつの未来としてあるのではないだろうか?まぁおそらく、今の銀河文明の住人の多くは拒絶するだろうけども。
さて、話を戻そう。
政治は専門家が担うのが正道であり、素人の人気取りに政治をさせるなど正気の沙汰ではない、という国は銀河には存外に多いという話はわかっていただけただろうか?
そしてこれらの国はまぁ、民主国家というカタチはとらない。たいていの国では義務教育制度を持っているので、子どもたちの就学中に彼らの才覚を調べ、その分野に才のある者を拾い上げるという感じで人材を集めている事がおおいようである。
もちろん、それらはいつだって慎重に、そして丁寧に行われる。
人材とはプライスレスな資源。
どんな世界でも『子供たち』というのは、それだけで未来の可能性であり、そして、かけがえのない宝なのだから。
◆ ◆ ◆ ◆
惑星ボルダに近づきつつある、ひとつの艦隊の中。
司令室にひとりの初老のアルカイン人がいた。
「提督、もう少しでボルダの宙域に入ります!」
「よろしい、戦闘艦等の反応はあるか?」
「小型船舶または機動兵器らしき未識別船の反応が多数ありますが、どれも本当に小さいです」
「機動兵器か。詳細はあいかわらず不明か?動力は?」
「動力反応が全くありません。未知の推進方法を用いているのかもしれません」
「未識別船か。機動兵器と判断した理由は?」
「動きが変則的で、どう見ても通常船舶のそれではないようです」
彼らは動力炉やそのほかの反応から、相手の属性を識別する習慣があった。
だけど、感じられる多数の存在は船舶にしては小さく、しかも、既存のありとあらゆる動力炉の反応がなかった。
つまり未確認飛行物体。
そのため彼らのシステムは、動きと大きさから船舶でなく機動兵器であろうと推測を出していた。
「なるほど。ではこちらも機動兵器部隊を出撃させたまえ」
「了解です!」
彼らは自分たちの勝利を疑ってはいなかった。
得体の知れない敵ではあるが、そもそもボルダ周辺に戦闘艦に類するものは確認された事すらない。時折、他星系の商船団がやってくるくらいで、ボルダ自身は宇宙で使える戦闘力など一切所有していないらしい。
そして、王宮からは汚染除去という名目の元、生命体消却弾の使用許可も出ている。
ならば。
ならば、小型爆弾一発でおわりだろう。
堂々と衛星軌道に近づき、そこから地上に向けて発射してやろう。落とした爆弾が大気圏内に入ったところで作動を開始すれば、2日とかからずにボルダの地上の汚染された生態系など一切、排除されてしまうだろう。
生命体消却弾だと微生物などは生き残るが、要はドロイド汚染を処理できればいいのだから目的は達成される。そしてそれが最も低コストで済む方法でもあった。
唯一の問題点は。
「まさかとは思うが妨害されてはかなわん。周辺の機動兵器群は全部排除せねばな」
どのように殲滅しようかと考えていた提督だったが、
「提督、退去勧告はどのようにしますか?」
「退去勧告?」
そういわれて、はてと首をかしげた。
「伝わってなかったか。その必要はない」
「は?」
「これは戦争ではない、汚染の除去作業なのだ。
もう少しカンタンにいえば、我らは全惑星に広がった伝染病の対策をしようとしているんだ。もはや通常の医療体制では救うことができないので、惑星ごと浄化しようというわけだな」
「……で、でも健康体の生存者もいるのでは?」
「もちろんいるだろう。しかしセネク、どうやって個別の汚染の有無を見分けるんだね?」
「!?」
部下の顔色が変わった。
「非情と思うならそれもいい、わたしを軽蔑するのもかまわないさ。この手の作業は気持ちのいいものではないし、嫌われ役も必要だからね。
だがなセネク、恨むならわたしだけを恨み、そして任務だけは必ず遂行してほしい。
全惑星レベルの汚染除去なんてのはめったにある事じゃないが、対応の基本は決まっている。
つまり。
退去勧告をしないのは、逃がさないためだ。逃げられちゃ困るんだよ」
「困る、ですか?」
「そりゃそうだ。処分すべきキャリアや病人が他の星に逃げ込んだらどうする?
最悪、その星もすべて滅ぼさねばならなくなるんだぞ?」
「それは……」
「だからこそ、まるごと滅ぼすんだ。今ならまだ惑星ボルダ一個で間に合うんだからね。
……わかったかね?セネク?」
「……り、了解しました」
提督の言葉に、部下は神妙な顔をしてうなずいた。
そして提督は、同じフロアにいる皆にむけても語りかけた。
「皆もちょっと聞いてほしい。
セネクにかぎらず、気持ちがついてこない者がいるのはわかるし、むしろ当たり前のことだろう。
だけど、今だけは気持ちを鬼にして対応してほしい。なんなら終わってから、わたしを憎んでくれてもかまわないから。
ただ、今だけは仕事してくれ。
もしここで彼らを逃してしまったら……悲劇を連鎖させないために君らのちからを貸してほしいんだ。
すまないが頼むよ」
「……了解!」
「了解しました!」
提督の言葉に、口々だが了解の返答が返ってきた。
そして、そんな部下たちの返答に。
「ありがとう。本当にありがとう」
提督はそう微笑むと、大きくうなずいた。
と、そんな空気を大きく引き裂いたのは、システムコンピュータからの警告音だった。
「何だ!」
【敵の小型兵器と思われるものの正体が擬似的ですが判明しました。こちらを御覧ください】
そういうと、メインパネルにそれらの映像が写った。
写ったのだが。
「な……なんだこれ?」
そう。
そこに写っていたのは、なんと……後ろの風景が霞むほどの数の、おびただしい生命体の群れだった。
そしてそれは。
銀河文明の世界でも昔話などによく登場する、ドラゴン、竜、オグステ、オロチ等、さまざまな名前で呼ばれるあの生き物に、非常によく似ていたのである。