状況確認
地上に降りる前に、確認すべき事があった。
「それで、どうしてこんなに時間がかかったの?まぁ直接の理由はわかるけど」
「直接の理由?」
「ショートカットできなかったんじゃないかな。19号、どう?」
【はいメヌーサ様、ご指摘の通りです】
ショートカットできなかった?
【連邦軍の捜索が執拗で、我々ですら発見される可能性がありましたので】
「それでルート変更を?」
まぁ理屈としてはわかる。
でも十年単位のタイムロスって、問題にならなかったんだろうか?
それにルート変更をするってことは、余計な加減速したということ。余計な燃料を使ったってことで。
巨大質量をはるばる輸送しているんだから、それもバカにならないんじゃ?
【メル様、それは問題ありません】
「問題にならない?なんで?」
【進路変更の有無にかかわらず、ウーゴの抜け穴の出入り口では加減速が必要だからですよ】
なるほど。
「じゃあタイムロスは?何十年も遅れたんでしょう?」
【恒星系間の荷役は、どのみち天文単位のサイクルなので。極論すれば、無事つけばいいのです】
「……はぁ」
わかるような、わからないような。
納得しかねていたら、メヌーサがフォローしてくれた。
「大規模の軍の中には自前の処理設備をもっていて、資材をかすめていく者たちがいるの。
たとえ到着が十年遅れても、余計な燃料を使わず資材も使わずに到着する方がいいのよ」
「泥棒じゃんそれ」
「ええ、そのとおりなんだけど雑品の積荷って単価が安いのよね。中には、あとで金払うからいいだろってメンタリティの連中もいるってことよ」
「……」
銀河的には問題ないってことなのか?でもなんかイヤだな。
そんなこんなで悩んでいたら、さらなる爆弾が投げ込まれてしまった。
【メヌーサ様】
「ん?なぁに19号?」
【連邦軍の行動が執拗になった理由はもうひとつあるのです。ネットワークで十年単位の過去ニュースを閲覧すればわかるかと思いますが、先に要点だけお伝えいたしましょうか?】
「あら、気が利くわね。ええ頼むわ」
【了解しました。
ではまず我々が出立して約一年半後ですが、アルカイン王国が消滅、かの星は昔の名前であるナーダ・コルフォに戻りました。銀河連邦は二千年ぶりに中枢を移転させました】
「!?」
なんだって?
「あらら……遷都は予想してたけど一年半って……またずいぶんと早く片付いたわね」
アルカイン王国が消滅だって?
「ちょ、ちょっと待て」
「なあに?」
「なあにって……アルカイン王国って銀河連邦の中枢だろ?国自体は小さいけど、かなり強力な大部隊が防衛任務についてるんだよね?
それが……たった一年半で国ごと消滅って、いったい何が?」
いや、そこまで言ったところで別の問題にも気づいた。
「ちょっと待った。先にひとつだけ教えてくれないか?」
【なんでしょうか?】
「安否を教えてくれ。まさかと思うけど、アヤとソフィアは無事だよね?」
単純に考えれば、ふたりはイーガ、つまりアンドロメダにいて影響なかった可能性が高い。
でも、何かの理由で戻ってないとも限らないんだ。
そしたら。
【すみません。その両名の続柄等はわかりますか?お名前だけでは】
とっさにどう言おうか困っていたら、メヌーサが助け船を出してくれた。
「アヤっていうのは例のじゃじゃ馬のことよ。
ソフィアというのはソクラスのソフィアのこと。メルが銀河にあがった時の身元引受人だったの」
【ああなるほど、そういう事でしたら。両名とも現在もご健在です。
ソフィア姫は予定通りイーガのお后になりまして現在もイーガにおられますね。『じゃじゃ馬』はその秘書をずっと勤めていると思われます】
「わかったわ、ありがとう」
そっか。とりあえず無事だったか。
「悪いメヌーサ、一瞬焦った」
「いいのよ別に。お姫様はともかく、じゃじゃ馬の安否は気になって当然でしょ?」
「……」
意味ありげに笑うメヌーサに、私はためいきをついた。
「アー話戻すけど、アルカインの被害は?まさか惑星ごとドカン、なんてことはないよね?」
まさかと思うけど、惑星ごとふっとばされたなんて事ないだろうな。
だけど、こちらも幸いなことに最悪の返答ではなかった。
【まず惑星ナーダ・コルフォですが健在です。被害は地上にとどまりました】
「具体的には?」
【地上の被害はアルカイン王宮と当時の連邦首都ケセオ・アルカインシティだけで、それ以外の地域は全くの無傷でした】
「そう。連邦軍の被害は?」
【最大の被害はアルカイン防衛隊で、艦載機などいれると二百万以上と言われた大部隊はほぼ全滅しました。特に船舶はシャトルひとつ、救命ポッドの一つさえ残さず完全に破壊され尽くしたそうです】
「……救命ポッドまで?」
それは人道的にどうなんだろう?
「なんでそこまで……」
【仔細は不明ですが、アルカイン側の生命体消却弾使用に対抗するものだというボルダ側の声明が出ています。
生命体消却弾は救命カプセルに入る程度の小さなものでもボルダ上のすべての生命体を根こそぎ滅ぼしえますので、カプセルに偽装した爆弾をボルダに落とされただけでも全滅の可能性があります。ゆえにボルダは防衛のため、あえて小さな無人機ひとつ、カプセル一個に至るまでボルダの空域に入れる前に破壊しつくしたそうです。
また、同じ理由で本星では捕虜もとらなかったそうです。体内に爆弾を仕込んだサイボーグやロボットに自爆されると困るからで、わずかな捕虜もナーダ・コルフォ周辺宙域でとらえたもののみとなっております。
そして、反撃としてアルカイン王国の政治機構を国王レスタごと抹消し、同国を銀河の地図から消去したという事のようです】
「……」
生命体消却弾?
よくわからないので、検索をかけてみた。
『生命体消却弾?』
対生命体むけの大量破壊兵器の一種。炭素系生命体、特に多細胞型の生命体の基礎構造を致命的に狂わせ、細胞にいわば自爆させることで大量死させる。逃れられるのは単細胞生物やウイルス、あるいは多細胞でも構造が単純で、異変に耐えうる生命体のみ。また珪素生命も影響を受けない。
全惑星むけの殲滅兵器として開発された。なるべく環境を壊さずにひとつの星の生態系を根こそぎ破壊しつくし、その後に希望する生物群をばらまいて生態系を作り上げる、つまりテラフォーミング的用途に使われる。
なお、知的生命体の住む星に使用することは厳重に禁じられている。
思わず、データを見て総毛立った。
「ちょっとまて」
【なんでしょう?】
「連邦は本当に、こんなもの使おうとしたのか?これ、知的生命の住む星に使うもんじゃないだろう」
それどころか。
たとえ知的生命がいない星であっても、まともな倫理観のある文明世界がこんな兵器を許すだろうか?
考えてみてほしい。
ひとつの星の全生命体を根こそぎ破壊し尽くす爆弾だぞ、これ?
しかもたぶんこれ、もともとは戦争用のものじゃないだろ。
つまり。
よその星の全生命を根こそぎ消去して、その後に自分たちの星の生き物をばらまき、星まるごと乗っ取ってしまうためのシステム。
悪い意味での、惑星改造用の装置。
こんなものを、しかも人のすむ星に……凶悪にもほどがあるわ!
それこそ、どこぞのスターブレイザーなアレに出てきた重核子爆弾だっけ、アレですら裸足で逃げ出すようなトンデモ極悪兵器じゃねーか。
そんなものを、ひとつの惑星国家に対して使おうとしただって?
もし本当なら、頭おかしいんじゃねーか銀河連邦。
「その手の殲滅兵器を持ち出したってことは……連邦はボルダを汚染地域と判断したって事よね?」
【はい。攻め込む前に全銀河に向けて連邦の名で声明が出されています。読みますか?】
「ええ、よろしく」
【では読み上げます。なお原文は連邦共通語、オン・ゲストロ公用語、イーガ帝政共用語の3つで同時発表されまして、後に確認しただけでも二百万以上の言語に翻訳されました。全銀河、およびイーガにも広まっています。意味はどれも同じです。
『心ある全銀河の友邦よ、そして長年の敵対者や傍観者を含む、広い意味でのあらゆる銀河の同胞たちよ。今は、今だけは争いの手を休め聞いてほしい。
我々の銀河系は今、おそるべき侵略を受けている。
銀河連邦は、連邦だけでなくオン・ゲストロやそのほかの文明圏を含む、全ての、ありとあらゆる銀河の文明世界に対し、ここに非常事態の宣言を行う。
告げる。
すべての増殖有機ドロイド体を手遅れになる前に全て破壊せよ。
これは全銀河に向けた未曾有の侵略行為である。放置すればすべての、あらゆる銀河の知的生命は増殖ドロイド体に置き換えられ、種の交代というカタチで滅ぼされ尽くす事となるだろう。
迷っていては手遅れになってしまう。
ここに銀河連邦の名の元に全銀河に非常事態を宣言し、そして警告を送る。
繰り返す。
心ある全銀河の友邦よ、そして長年の敵対者や傍観者を含む、広い意味でのあらゆる銀河の同胞たちよ。
今は、今だけは争いの手を休め、増殖する有機ドロイドたちの破壊に手を貸してほしい』
……だ、そうです】
「……なんだそりゃ」
全銀河って、バカか?
ドロイドが自力で子供作れるったって、そもそも銀河の人の多くはドロイドを人と見てないだろ。喜ぶのは過疎地の人たちとか、あの人たち……嫁不足・人不足で悩んでる地域の人たちだけだと思う。
なのにどうして、そこまでして強硬的に排除しようとするんだ?こんなの無駄な争いを呼ぶだけだろ?
だけど。
「まぁ連邦の場合は仕方ないわね」
「仕方ない?」
「ええ」
見ればメヌーサは微笑んでいた。ただし「冷ややかな笑み」って感じだったけども。
「連邦は歴史的経緯があって『ひと』とそうでないものの境界にものすごく神経質なの」
「なんでまた?」
思わず質問してしまった。
「知りたいの?」
「悪いけど知りたい。簡潔でもいいから」
「わかったわ」
ウンウンとメヌーサはうなずいた。
「連邦の基本が通商連合なのは知ってるでしょう?
彼らは最初期に共通語構想を掲げたの。それはつまり、誤訳による商売上のトラブルを防ぐためだったんだけど、すぐに便利だって事で、その共通語が連邦公用語として定着するのに時間はかからなかった。
で、次に『知的生命体』の基準を宇宙文明の有無と規定したの」
「基準を規定した?なんで?」
「ぶっちゃければ、相手が対等な商売の相手なのか、あるいは商品かの線引きが必要ってことよ。
銀河を歩けば雑多な生命体に遭遇するわけだけど。
その場の気分であなたは人間、これは動物って区分けしていたら、必ず問題が起きるわ。
ペットだと思ってショップで売買していたり、薬の原料として工場で量産していた生き物が、実は人間であり、あなたがやっているのは大量殺戮で人権侵害ですって言われたら困るでしょう?」
「……」
それは、怒るとかそういう問題じゃすまないよな。
「だから彼らは、そこを厳格化したのよ。ちょっと厳しいくらいにガッチリとした線をひいたわけ」
「?」
「わからない?
最初から『これは人間じゃないですよ』って善意の第三者が法律で決めてくれていたら、彼らは人間だ、いやそうじゃないってイヤな論争しなくてすむでしょう?」
「!」
なるほど、そういうことか!
つまり。
銀河にはあまたの文明が存在するわけだけど、石器時代のメンタリティの人たちと、高度に進歩した文化レベルをもつ人たちを同列に扱うことはできないし、やれば問題の元になるだけだ。
そして『知的生命体』の基準を宇宙文明の有無と規定して、母星から出られない、ひとつの星の上で旗のたてあいに終始するような連中を『現住生物』とみるような基準が昔から銀河にはあるわけで。
で、連邦はそれをガッチリと、かなり厳しく明文化したってわけだ。
「道具であるドロイドと広義の『人間』の混血。
これは銀河文明でも意見が割れるところだろうけど……連邦にとっては事実上、根本的な秩序の破壊そのものなの。だって、彼らにしてみれば家具にいちいち人権を認めて住人とするようなものだから」
「そんなレベルなんだ……ちなみに連邦を除く銀河一般では?」
「賛否両論でしょうね。都市部や富裕層では否定的が多くて、周辺部や環境の悪いところ、スラムなどでは賛成、あるいは受け入れ派ってとこね」
「受け入れ派?」
「嫌いだけど、でも現実が見えないほどバカじゃないってこと」
「なるほど」
日本の観光地みたいだな。わかりやすくはある。
「さて、じゃあ話の続きね。どういう経緯でアルカイン王国は消されたのかしら?」