目覚め
それが夢であることに気づいたのは、いつだろうか?
どことも知らぬ星の、どことも知らぬ小さな村。住人はたったひとりを除いてすべてウサギという、なんだか不思議な村だった。
ん?ああそうだ、ウサギだよ。あの耳の長いウサギ。
ただ、私の知る地球のウサギとはいろいろな意味で違っていた。
たとえば、薄茶色や白の普通の野ウサギたちだけど……なんと大きさが子牛ほどもあった。そんな巨大なウサギたちが、そこいらの野原でのんびりと草を食んでいた。
で、見渡して住人を探してみたんだけど……出てきたのは猫人ならぬ兎人族。もちろんウサミミの人間なんてかわいらしいものではない。アマルーが立ち上がった猫そのものであるように、彼らは立ち上がったウサギそのものだった。
ウサギ村なのかここは?ウサギしかいないのか?
率直に聞いてみたら、ひとりだけ私みたいな人間もいると言われた。
そんな、風変わりな兎人たちとの交流なのだけど……実はものすごくありがたい事があった。
そう。
実はその兎人族たちは、多くがプロの巫女さんだったんだ。
しかも。
『メルさん、そこではこうして……』
『はい!』
『そこ、腰を伸ばして!』
『はいっ!』
なぜか彼女たちの指導の元、基本的な修行をさせてもらっていた。
当たり前なんだけど、彼女らはキマルケ巫女じゃない。当然作法やなんかは異なっているのだけど、修行の基本部分みたいなところは、どうも聞いているキマルケ巫女のそれと大差ないっぽい。
そしてこの村は冬場、あまり出歩かない季節の修行場だという話で、一緒に修行しませんかと誘われたわけだけど。
これ実質、私が一方的に鍛えてもらっているようなもんだよね……彼らの宗派に仮入門すらしてないのに。
もちろん、すみませんと謝った。異教の駆け出し巫女なんかが本来いる場所ではないだろう。
だけど、そういうと彼女らに笑われた。
『いいんですよメルさん、あなたがここにいるのは間違いなく運命でしょうから』
『そうそう。お父さまと同じ顔の方だなんて、本当に運命を感じますわ』
『基本的なところはあまり変わらないようですしー』
同じ顔、ね。
そうなのである。
彼女たち全員を取り仕切る、まぁボスにあたる人物がいるんだが。
その、彼女たちがお父さまと呼ぶ人物を見た時、私は「目が点になる」という日本語の意味を、はじめて知ったと思う。
だってさ。
そのひとと地球時代の私、つまり『野沢誠一』の若い頃の顔とまるっきり瓜二つだったんだ。
おったまげた。
自分のそっくりさんなんて存在に、まさか出会う事になるとは。
まぁ、残念ながら今は事情で深く眠っているそうで、話はできなかったんだけどね。
巫女のひとりであるウサギさんが、ゆっくりとうなずいて言った。
『あなたのご事情はわかりません。しかし、私たちの出会いは偶然ではないのでしょう』
『そういうものですか?』
『ええ、たぶん』
にっこりと笑うウサギさんたちの元、修行は続いた。
祀る神が違うはずなのに、キマルケ巫女と彼女たちの祭祀は本当によく似ていた。
たとえば巫女装束もよく似ていたし。
あと、彼女らもキマルケ巫女同様に杖使いだった。
もちろん、ひとつひとつの呪文などは異なるようだけど、共通点も実に多かった。
しかし、杖使いなのか……杖を使う巫女なんて地球ではあまり聞かないし、てっきり珍しいもんだと思ってたんだけど。
『どうして杖なのかご存知ですか?』
『いえ、知りませんが』
『ひとことでいえば、私たち巫女が女だからですわ』
そういうと、白兎の巫女さんが目を細めた。どうやら笑っているらしい。
『ちなみに男なら神官となり、杖は持ちません。代わりに銀色のアンクを持っています』
『アンク?』
『ほら』
『え……アンクってアレのですか?』
『はい』
言われて目を向けて驚いた。
『……偶然ですかね?』
『はい?』
『いや、地球……私の故郷でもアレをアンクと呼ぶんですが』
そこにあるのは、見慣れた地球のアンク記号……古代エジプト起源のマークで、キリスト教世界ではアンク十字とも言われている『♀』マークをした金属製の物体に見えた。
なんで呼び名が同じなんだろう?
『こちらでもアレをアンクって呼ぶんですか?』
『はい。古くは遠い異世界から来た呼び名だと言われています』
『……』
まさか。
まさかと思うが、ここ本当に地球と関係あるんじゃないだろうな……偶然だよな?
でも。
地球でも昔から、杖は雄性、アンク等は雌性の象徴として扱われている。だから女性が杖を、男性がアンクをもつというのはおかしくない。陰陽的な補完という意味で。
……やっぱり、とても偶然とは思えないな。
『それで、あなたが知りたいのはこの杖の事かしら?』
『あ、はい』
そうそう、そっちの話もあるんだった。
目の前の巫女さんが持っている杖は、他とは違う特別なものだった。
それはとても美しいものだった。杖の先端に花が咲き誇るような、あるいは色とりどりの惑星が配置されているような。
なんとも不思議なデザインの杖なんだけど。
『これは宝杖「運命の杖」ですわ』
『運命の杖、ですか』
運命の杖ねえ……。
でもその杖を見た瞬間、私の中では何かこう、別のものが動いたんだけど。
見た瞬間、頭の中がまるごとシェイクされたような。
なんというか……逢ってはいけないもの、そして絶対に逢うべきものにとうとう出会ってしまったというか。
ああ、うまく言葉にできない。もどかしい。
『……なるほど、あなたは「資格者」なのですね』
『え?』
ふと顔をあげると、白兎さんがクスクスと笑い声をもらしていた。
『他の宗派の皆さんがどうかは知りませんが、私たち巫女の中には時々「資格者」が現れます。その者は大物忌など特殊な立場となり、つまり一般の巫女とは異なる意味で神様のおそばにつく事になるのです。
そして、その者たちに共通することがつまり』
『その杖を見て、何か特有の反応をすると?』
『はい。そしてあなたは今、まさにその「資格者」の反応をなさったのです』
ほう、そんなものなのか。
白兎さんは杖をどこかに収納すると、再び話してくれた。
『おそらくですが、あなたの帰依する宗派にも同様の杖なりシンボルがあるんだと思いますよ。そしておそらく、同じように一般の巫女とは違うカタチで、あなたは神様と関わることになるのでしょうね』
『……あの、今の杖、もうちょっと見てもいいですか?』
『ダメです』
却下されてしまった。
『意地悪で言っているのでなく、あなた本来の修行を妨げてしまうからです。
遠からずあなたには、あなたの杖が現れるのだと思ういます。ですから、それを好きなだけ見るのがよいかと思いますよ?』
『そんなものですか?』
『ええ』
『……』
『残念そうなお顔をなさってもダメですよ?』
そういって、また白兎さんは目を細めて笑うのだった。
長い眠りが全てを重苦しくしていた。
昔、俺は寝起きがとても重かった。だから六時過ぎからやる仕事に五時前に目覚ましをかけていた。で、早朝名物のアニメの再放送を目と耳に流しつつコーヒーを流し込んで目をさまし、起きたらクルマに乗り込んでバイト先に行ったもんだ。
そんな、懐かしい頭の重さ。
鉛のようにまといつく重苦しさがあるかわりに、おっさんと言える年代だった時代に悩まされていた耳鳴りやめまいのない、スッキリした朝。
ああ健康っていいよなぁなんて、年寄り臭いけど正直な気持ちを抱きつつ。
「……?」
ぬくもりに目をやると、メヌーサが抱き着いたまま寝ている。……まだ覚醒してないっぽい。まぁ、私が起きたという事はそのうち起きるんだろうけども。
起こさないよう、ゆっくりとメヌーサの手を外し、そして周囲を確認した。
カプセルと外気の気圧・温度差……ほぼなし。室内大気構成、問題なし。その他トラブル……。
「?」
視覚映像に白いものがたくさん見えて首をかしげたけど、すぐ意味に気づいた。
間違いない、どうやら蜘蛛子が先に起きたらしい。たぶん一日かそこら前に。
ゆっくりと裏から手をあてて、カプセルを開いた。
「……」
思わず声をもらしそうになったが止めた。まだ寝ているメヌーサを起こすことはあるまい。
盛大なフリルでデコられまくったカプセルから出て立った。
白いレースで飾られたカプセルから、袖口が妙に綺麗にふちどられた白い巫女装束と下着をとりだすと、ゆっくりとカプセルの蓋を閉めた。
で、装束を着こみつつ周囲を見た。
「……悪化してるし」
SF全開の救命ポッドの内装が、レース飾りやら編み物やらでデコられまくっていた。
いつのまにか色々な編み物もマスターしたようで、二つあるオペレーションデスクの椅子が、なんかエルゴデザインを斜め上に暴走した欧州製のヘンな前衛椅子に化けている。さらに小さなノブやスイッチのひとつひとつにまで、おかんの手芸みたいな妙に可愛いぼんぼん飾りがついたりしている。
こりゃすごいや。
「ハツネー」
「!」
どうやら機械の下にもぐっていたようで、ごそごそと出てくると満面の笑みを浮かべた。
いや、いいけどあんた何やってんの。
「おはよう。あんた、いつから起きてたの?」
なんとなく質問すると、ハツネから簡単なイメージが流れてきた。
『1』
「一?一日早く起きたってわけ?」
ウンウンと肯定。
「一日でよくここまで飾ったね、すごいね」
なでなでしてやると嬉しそうにしている。
「それでハツネ、誰か外から連絡きた?」
首をふるふる。否定か。
「オッケーわかった。メヌーサが起きるまで調べものしてるから、あんたも静かにね?」
「!」
ハツネは「ういっす!」と言わんばかりに敬礼すると、また機械の下にもぐって行った……。
いったい、何やってんだか。
ま、いっか。こっちは状況把握をはじめますか!
メルが夢の中で迷いこんでいたのは、どこぞのウサギの大将の神域ですね。
あちらの時系列でいうと最終章に近いあたりです。