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宇宙(そら)へ逝こう  作者: hachikun
第三夜『メルの巫女みこ日記』
140/264

閑話・目覚め

新章『とある旅路の日記』開始。


同名のタイトルのついている作品が他にありますが……意味はお察しとなります。


 メルとメヌーサたちが、色々あれど平和に宇宙を旅していたその頃。

 ちょうどその頃と同時進行で、トゥムこと銀河系宇宙全体に異変が起こり始めていた。

 

 まず、有機ドロイドたちの文明間渡航がやたらと増え始めた。

 もっともドロイドたちは社会の根底を支える存在であり、しかも、寿命がないわけではないがギリギリまで働ける個体が圧倒的多数だった。このメリットは特に熟練や経験の蓄積が重要視さる分野ではとても有効で、国を超えて働き、重宝されているドロイドもたくさんいたのも事実。つまり、それほど問題とはされなかった。連邦の方からドロイドの活動に要注意という警告がきた時も、問題視する声は少なかった。

 だが。

 メルたちがカセテゼィナで行方をくらまして数ヶ月たった頃、その問題は起こりはじめた。

 そう。

 いよいよ、ドロイドの頑強な肉体をもつ新しい子どもたちが、銀河のあちこちで一斉に生まれ始めたのである。

 

 

 神聖ボルダ首都、カルーナ・ボスガボルダ。中央大神殿。

 そこには多くの神官や巫女が集っており、純粋に神殿としての仕事のほか、この星中のさまざまな政務やら、すべての神殿の中枢にふさわしい多くの責任ある仕事も行われている。いわばそこは立法と、司法と、行政を兼ね備えた場でもある。

 そんな大神殿の一角の会議室で今、報告が行われていた。

「以上のようなわけで。

 ここ一週間だけでも全ボルダで四千に及ぶ新しい子どもたちが生まれました。現在、どこの区域も子どもたちへの対応に大わらわしており、一時的に政務の滞りが見られます」

「致し方あるまい。気候の厳しい我が国では、子は何よりの宝。それがこれほどの豊作となれば、浮かれるのも無理もあるまいよ。

 それよりだ。

 特に子供の多い地域では特別体制に切り替わらせろ。一時的に重要でない業務をすべてストップさせてでも、子供対策と安全保障を両立するのだ。急げよ」

「は、了解しました大神官」

「うむ」

 黒衣の青年の了承を得、男は席についた。

「ちょっと聞いてほしい。

 たった今皆も聞いての通り、ついに例の事態が始まった。爆発的に増えた新しい子供たちはおまえたちもわかっているように、たちまちのうちにこの全ボルダを覆い尽くすだろう。

 そう、ついにすべては動き出したのだ」

「大神官、よろしいですかな?」

「テムジンか。うむ」

 テムジンと呼ばれた老人が立ち上がった。

「子どもたちの誕生はまことにめでたい事です。実はうちも孫がまた生まれましてな」

「なに、ルリリアント嬢に子供が?ドロイド体がもうそこまで落ち着いたと?ほほう、それはめでたいな!」

 ドロイド体での出産ということは、そのルリリアント嬢とやらも今回の該当なのだろう。

「ありがとうございます、大神官どの」

「しかし珍しいな、テムジンどのが私事の発言など……いやちょっと待て」

 そこで黒衣の青年……オルド・マウは首をかしげた。

「テムジン殿……まさかそれは」

「おわかりになりましたかな?」

 ニヤリ、とテムジン氏は笑った。

 ルリリアント嬢はテムジン氏の愛娘であり、もちろん人間である。当然その子も人間のはずだった。

 ただし昨年、彼女は魔物に襲われて死にかけており、ドロイド体に変更した経緯があった。

 だが問題はそこだけではない。

「たしか旦那のゴルア氏は一昨年、いやその前か。魔物病で亡くなったはずでは?

 テムジン、ぶしつけな質問だが教えてほしい。ルリア嬢のお相手は誰なのだろうか?」

「それが実はですな……うちの侍女でドリアという娘がいたのをご存知ですかな?」

「ドリア?ああ覚えている、あの侍女がどうかしたのか?彼女のきょうだいか誰かが相手ということかな?」

「いえ、実はドリアは男性型でして」

「……なんだと?」

 オルド・マウの方の目が点になった。

「もしかして、かくれ男性タイプか?」

「はい」

 今までなら、もし公になったら放置できなかった。ボルダとしては問題ないのだけど、さすがに近隣の国々が目をつりあげるような事を平然と行うわけにはいかないからだ。

 しかし、今なら?

「よくもまあ、今まで隠し通せたもんだな。しかも首都ど真ん中で」

「ルリアが侍女たちと結託して、昔から隠しておりましたからな。

 ゴルアが死んでルリアが不安定だったのを、今までの恩とドリアが必死に介抱していたのですが……侍女たちが色々とやらかした結果、ふたりを結びつける結果になってしまったようで……いやはや、お恥ずかしい」

「いやいや、何が恥ずかしいものか!」

 うむうむとオルド・マウは破顔した。

「テムジン殿、このタイミングでそんな話をするという事は理由があるのだろ?国内に男性型のリストでも作ったのか?」

 このテムジン老は養子縁組などのベテランであり、地域にやたらと人脈が多い。

「さすがにお話が早い。は、この通りで」

 データが提示され、おお、なんとという声が広がった。

「ほほう、全惑星に広がっておるな。さすがに都会には少ないか?」

「田舎の方が多いですな。

 多くは女どもが隠すようですが、やはり田舎の方が隠しやすいのでしょう」

「なるほどな」

 オルド・マウはうなずいたが、問題のややこしさにも同時に気づいた。

「保護を与えるのはカンタンだが、問題は信用されないだろうな。今までの経緯を思えば」

「はい、さようで。いかがいたしますかな?」

「ふむ。誰か知恵はあるか?コロナン!」

「はっ!」

「意見ありげだが、なぜ手をあげん?」

 コロナンと呼ばれた文官は、どうやら書記のひとりらしい。困ったような顔をしている。

「じ、自分は書記でして、そのような発言は」

「なんのために書記が複数いると思う?書記のひとりが発言なり問題なりで書けない時の補完のためでもあるんだぞ。

 おまえたち書記も立派な参加者だ、遠慮せず発言せよ。

 で、コロナン。意見があれば述べよ」

「はっ!」

 コロナンは立ち上がると、静かに一礼した。

「では愚案でありますがひとつ。テムジン様を相談役にし、男女二名ずつの専門チームを設けるのはどうかと」

「二名ずつ?またなんでだ?」

「ひとりずつでは責任がおもすぎます。そして女だけ、男だけでは対処しきれないかもしれません。

 テムジン氏は、ご本人はああ言っておりますが、ご本人が率先して昔から保護していたろうことは明白でして、つまりノウハウの蓄積が「ウォッホン!ゴホ、ゴホ、ゴホ!」」

 コロナンの発言を咳払いで遮るテムジンだったが、もう遅い。

「ま、そうだろうな。昔からテムジンは面倒見がよいし、だからこそ養子縁組の担当なんてものを長年やっておるわけだし」

「きさまら……いや大神官、あなたの事ではなく」

 昔の口調で反論しかけ、あわてて立場を思い出すテムジンだったが。

「いいよテムジン、私もあなたに比べればただのガキだ。今だってこうして大神官を拝命しているものの、つい先日まで青臭いガキだと文句を言われていた立場なのは間違いない。

 まして、この件は政治そのものではない。まさに長年のあなたの専門分野じゃないですか。

 それで、です。

 そんなわけでコロナンの案を採用したいのだが、やってくれますかね?」

「……やれやれ、大神官どのにはかなわんわ。わっはっはっ!」

 肩をすくめて笑い出すテムジン。

「しかし大神官どの、さすがにこの老骨では手が足りぬ。助手をひとりもらえますかな?」

「ああもちろん。ひとり若手をつけよう。あとコロナンも手伝ってくれるよな?」

「いいっ!?」

 ギョッとするコロナンだったが、もう遅い。

 そしてテムジンも「ほお」と微笑みを向けた。

「そういえば、貴殿はシャルルんとこの四番目の孫じゃったな。なかなか優秀ときいておるが。

 ふむふむ、これはいい。わしも後継者が欲しかったとこでな」

「ちょ……勘弁してくださいよぅっ!」

 会議室に笑いがこぼれた。

 

 巨大宗教の元締めというと多くのひとが想像する、荘厳なイメージとは異なる風景だったが、それには理由があった。

 魔法文明の国によるある事だが、ここボルダも歴史的事情により環境が劣悪。

 資源も技術も、何もかもがない。しかも危険な「魔物」と呼ばれる動植物に満ち溢れた世界。

 そうした中で手をとりあい生き延びてきた彼らは「生きる」という事に貪欲だ。

 足の引き合い?そんな余裕はない。

 生きることに全力を尽くすことには「協業」も含まれる。

 ひととは、美談だけでは手をとりあわない。利害だけでも限度がある。

 美談を建前にしつつ、利害もあわせて結びつく。

 これこそが、ボルダという国を強大な国に育て上げた原動力であった。


 

 このボルダのような星は他にもあった。

 その中には、政府がドロイドの子どもたちに拒否反応を示す星も当然あった。

 しかしそのほとんどは政府筋または中央部のもので、そんな国でも地方の事情はまったく別だった。

 

 そうした「ズレ」のある国のほぼすべてに、いわゆる過疎地の問題があった。

 ドロイドたちは賢く、そして自分たちの状況をよく知っていた。だから良い環境のうえに人口過多な場所は避けて、元気な子を欲しがる地域……すなわち過疎地で子を作り、育てる事を選んだのである。

 

 子供はかすがいというが、まさにそのとおりだった。

 ドロイドを人間と認めなかった者たちも、自分たちの遺伝要素を受け継ぐ子供は別なのか、たちまちその顔もほころんだ。

 そして、もりもりという言葉が似合う勢いで子どもたちは増えていった。

 田舎の人口問題はどこでも深刻で、食料や燃料を作るプラントの維持管理には最低でも人が必要だった。それに、その労働者たちは何もない荒野で自給自足するわけにはいかない。つまり、そこには最低限のインフラ、最低限の利便性もなくてはならない。

 そう。

 つまるところ、田舎町程度であろうが町がない、というわけにはいかなかったのである。

 

 無人化?

 だが、これらの土地は間違いなく、多くの国では僻地や周辺部にある。これらを完全無人化した場合、あいにく他国が侵略してきて実効支配をしたり、勝手に領有権を主張されてしまうケースも実際にあった。

 つまりどのみち『自国民』が必要なのだ……実態が何者かはともかく。

 でも、仕事もリソースも足りない、またそれに代わる魅力もない田舎に誰が好き好んで行く?

 その圧倒的な人材不足がきれいに解決するのだ、補完されるのが混血であることを黙っているだけで!

 

 有利な要素は他にもあった。

 

 そういう地域の人材担当は「グレーゾーン慣れ」していた。

 今までだって人材ブローカーなどが未加盟惑星から「連れてきた移民」を受け入れたりもしていた現状があり、すでに多くの星のこの手の担当はそういう、法的に曖昧な状況に慣れていた。つまり「目を閉じておく」ことにためらいはなかった。

 この状況が、全てを加速させていく。

 ドロイド体の要素をもつ子どもたちは新生児時の成長が早い。人より頑強な母体が回復する速さも驚くほどだが、それは同じくらいに子どもたちが「赤子」から「幼児」に達する速度も早かった。

 母親から最低限の記憶情報を引き継いでいる彼らは、物心がつくのも早い。周囲の人間の子供たちも巻き込んで成長をうながして。

 

 

 そして、メルたちが数年かけ、ほとぼりをさましつつ他星系にまったり流れている間に。

 それらの国では、メル視点で小学生くらいのサイズのドロイドベースの子どもたちが、町を駆け回る事態にまでなっていたのである。


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