スリーパーベッド
冬眠システム。
この装置がSF作品の中でどれだけ取り上げられてきたか、その数を、歴史を私は知らない。
だけど断言してもいい。
今までの人生で多くの作品でこの装置がとりあげられ、描かれてきたかを見て、読んで、語りまくってきたつもりではある。
ある時は、船に問題が起きて宇宙を漂流する主人公たち。
またある時は、同じ人間の裏切りや悪意によっておそるべき怪物と戦わされる羽目になった若き女傑。
そしてまたある時は、眠り続けたあげく自分たちの文明がなくなってしまった孤独な旅人。
彼らが、彼女らが使っていたコールドスリープ・システムは当然、空想の産物にすぎない。
だけど。
地球の空の下で宇宙の深淵への夢を見る時、どれほどの人間が想像したことだろう?
進んだ未来の文明。
だけど、そんな夢の超技術の世界ですら、それでも届かない遥か彼方への旅。
それだけのために。
人間本来の生命システムを曲げ、動物のように冬眠し。
そこまでしてもなお、彼方を、彼方を、彼方を目指したいんだって!
そんな、はるかな夢。
そのために昔、誰かが考えた夢の儀式……それがコールドスリープなんだと。
……だというのにである。
「おバカ」
「……」
なんというこの、メヌーサ嬢のテンションの低さ。
「夢見すぎ語りすぎ、キモい」
「えーひどいなぁ」
「えーじゃないの。たかが救命ポッドひとつでどうしてそこまで語れるのよ?」
まぁ、その、ねえ。
そりゃリアル銀河文明の住人にとっちゃあさ、救命ポッドなんて学校の廊下の消火器程度の存在なのかもしれないけど?
だけど、だけどさ。
「そこんとこは、ねえ。わかってほしいなぁ、なんて」
「知らないわよ」
一瞬でぶったぎられた。
「人類の夢なんですよぅ、わかってくださいよぅ」
「はぁ……」
どこぞの電気ヒツジな映画の中で、一杯で充分ですよと言うオヤジっぽいイメージでぼやいてみたりするのだけど……ためいきしか返ってこない。
うーん、温度差がなんとも。
まあ、そんなこんなアホな会話をしていた私たちなのだけど。
「そんなことより脱ぎなさい。寝るわよ」
唐突に妙なことを言い出すメヌーサに、思わず首をかしげた。
「え、脱ぐ?」
このまま着衣で寝ればいいんじゃないの?
そんなことを言うと、メヌーサは大きくためいきをついた。
「そっか、なんにも知らなくて当然だったわね。
あーうんわかった、まぁ聞きなさい。
わたしさっき、あの19号だかって首さんに質問したでしょ?みんなでひとつでもいいかって」
「あ、うん」
確かに、そんな質問してたよね。
「カプセルベッドにはいくつかのタイプがあるんだけど、大きくわけで二つに分かれるの。まぁ詳しい説明は置いといて概要だけ話すとね。
ひとつは、ひとりずつしか入れない代わりに衣服・小物、装身具、なんでもオーケーってタイプね。ほとんどのものはこっちに属するわ。
で、もうひとつが家族とか恋人で一緒に入るタイプね。
こっちは何人でも入れるかわりに、身体の一部でないものは入れちゃいけないの。下着でもね。わかった?」
「なんだよそれ」
意味がわからない。
「ごくカンタンにいえば、冬眠システムの仕様の違いってことよ。
ちなみに本当に避難時でも脱ぐのよ?……ちょっとこれみて」
「?」
メヌーサはポッドのひとつに手をかけた。
ちなみにポッドは少し細長い。
あと変な話だけど、ひとつひとつのカプセルは大きいしスマートでもない。その理由はというとカンタンで、いろんな種族に平均的に対応しようとすれば、大きくせざるをえないって事らしい。
まぁ、そりゃそうか。
ちなみに、よくあるハリウッド映画に出てくる宇宙船のコールドスリープ装置みたいに、人間サイズぴったりの、いかにもスマートな同じ大きさのカプセルがずらりっていうのは、単一種族以外は全く住んでない、とんでもないド田舎の文明くらいでしかお目にかかれないんだって。
……おっと、話を戻そう。
「ほら、ここ見て。ポケットがついてるでしょ?」
「うん」
カプセルの横に、たしかに小物入れみたいなのがついている。
「ここに衣服を入れておくと、自動で殺菌と洗浄がなされるようになってるわけ。ま、エネルギーの節約のために動力式の洗浄はしないんだけどね」
「……ねえメヌーサ」
「なあに?」
「ウソついてるよね?」
「え?」
不思議そうな顔をするメヌーサ。
いやいや、さすがに慣れた。そうカンタンには騙されないよ。
「ここに、ふたり以上で入る時には安全のために脱げって書いてあるよ」
「!」
「それってつまり、ひとりで入るなら着衣オーケーなんじゃないの?自動判定?」
「……しまった」
不満げにメヌーサが眉をよせた。
「らしくもないね。なんでそんなウソつこうとしたの?」
『……それはね』
メヌーサは少し、いやだいぶ困った顔をしてたんだけど、やがて観念したように、だけど声でなく、私の頭に直接つぶやいてきた。
つぶやいてきたんだけど。
「は?一緒?」
『声に出さないで!』
「!」
なんかわからんけど、口を閉じた。
そして、通信で打ち返した。
『なんで内緒?』
『あんたの蜘蛛に聞かれるでしょ。それじゃ困るの!』
『ああ了解』
なんか知らないが了解した。
『で、本題なんだけど……一緒に寝たいってどういうこと?』
『悪いかしら?』
『そりゃ悪くないけど、でもどうして?』
メヌーサは見た目や言動のはしばしこそ小さな女の子だけど、当たり前だが中身はそうではない。それに私だって、見ためは女の子だろうが中身はアレだ。
だから当然、枕もってきて一緒に寝ようなんて話になった事もない。
それがどうして今、突然?
『……』
メヌーサは困ったように、もじもじと私を見た。
あれ?なんか妙に可愛い?
だけど、返ってきた言葉は私の想定外だった。
『冬眠カプセル、スリーパーポッド、色々あるけど……実はこの手のベッドっていい思い出がないのよ』
『いい思い出がない?』
うん、とメヌーサは深刻な顔でうなずいた。
『起きた時には自分以外、全員死んでるとか。そんな経験が過去、何度かあってね』
うわぁ……それは。
『……もしかして、ひどい提案しちゃった?』
過去のトラウマを刺激しちゃったんだろうか?
いくら長生きだからって、いや、長生きだからこそ、きつい経験なんかしてトラウマもあるのかもしれない。
もしかしたら、すごく残酷なことを彼女に?
でも。
『あ、何考えているかその顔で想像つくけど、そこまで気にすることはないからね?』
『で、でも』
『ただ、ひとりぼっちはちょっとこわいかなーってくらいだから。ね、ね、いい?』
『……』
はっきりいってメヌーサは美少女だ。特に日本人目線が抜けない私からすると、北欧風銀髪美少女なんて、歩くお人形に等しい。
そんな顔で不安そうに懇願されて……私にはとうてい、ダメだとはいえなかった。
『わかった、一緒に寝ればいいんだね?』
『あ、ありがとぉ……』
う、うん。
渋るハツネをいいくるめて、カプセルのひとつにいれた。
スイッチをいれて二分もすると眠くなったのか、ハツネはそのまま眠りに落ちてしまった。
おー。眠るアラクネってなんか可愛くない?
で、こっちだ。
ふたりして裸になり、服はサイドポケットに。言われるまま先にカプセルに入ると、後からメヌーサが入ってきて、そしてカプセルの蓋が閉じた。
お、なんか押し倒された。
「わっ!」
「♪」
むしゃぶりつかれた。
一瞬ドキッとした……でも、それだけだった。
誰もいない閉鎖空間。全裸の美少女と裸で抱き合う。
間違いなく昔から事案、それどころか手錠をかけられるレベルの状況なのに。
なのに、今の私は……うーん。
あ、あはは……なんかこう、悪いことしてるような気持ちになるのはなぜだろう?
(…………あれ?)
と、その時。
私は、おそろしいことに気づいた。
……た、立って、ない?
私の身体はアヤのそれを元に、外装だけ、微妙に元の人間・野沢誠一の要素を加えたものにすぎない。
何を言いたいかというと、その身体は間違いなく女だってこと。
ただしアヤと唯一違う点がその……ついていること、だった。
擬似的ではあるけど、男だった私がいきなり「喪失」することで精神的に追い詰められないようにってことで、男性体を再生する時には装備されるものらしいんだけど。
それなのに……裸の美少女に抱きつかれてるのに。
それが、機能……してない?
冷水をぶっかけられたような気がした。
「ん?どしたの?メル?」
「……」
さすがにこの状態で、なにも言わないわけにはいかなかった。
それでメヌーサに状況を説明したんだけど。
「なるほど、そういうことか」
「ね、ねえメヌーサ、これって」
「ああ大丈夫。びっくりしたと思うけど異常じゃないから、心配しなくていいよ?」
「え、そうなの?」
「うん」
にっこりとメヌーサは笑った。
「はじめてエネルギーを限界まで使ったり、巫女として急成長したりと無理が続いてるでしょ?
もともと、女性体で無理やり男の子をエミュレートしているわけで、そっちまでエネルギーが回ってないんだよ。
わかるかな?この説明で?」
「言いたいことの意味はわかるけど……」
なんとなく理解できた。頭では。
だけど。
立たないって認識は、氷のように私の意識を掴んで……ひどく不安定にさせていた。
「ふうん……」
メヌーサはそんな私の顔をじっと見ていたけど、やがて微笑んで言った。
「ん、わかった。じゃあ、あっちに着いてから調べてみよっか?」
「え、調べる?」
ウンウンとメヌーサは笑った。
「全体的なメディカルチェックね。擬似的男性部をはじめとする各部の機能について。
実際、六型以上の高機能ドロイドボディもちで巫女って珍しいから調べてみて損はないだろうし」
「は、はぁ」
「もう、またそんな顔しないの」
そういうと、クスクスと笑いだした。
「もう、わたしがわがままで一緒にしてもらったのに、これじゃあ、あべこべじゃないの」
「ご、ごめん」
「ま、いいわ。頼られるのは嫌いじゃないもの」
そういうと、ゆっくりと抱きしめられた。
女の子と肌をよせあい、抱き合って眠る……そんな経験は生まれてはじめてだった。もちろん過去の地球人時代にも未体験だった。
いいこ、いいこ……。
気がつくと、なぜか頭をなでられていた。
だけど、そのことに意識を向けるより前に。
私の意識は眠りに向かって、急速に落ち込んでいく。
現在地、タータン星系惑星カラテゼィナ周辺。救命ポッドの中。
私の旅は終わることなく、ゆっくりと続いているのだった。
(第三夜おわり)