旅立ち
【そろそろ出発いたします。就寝に入る必要はありませんが、扉の閉鎖と消灯をお願いいたします】
「あ、はーい」
メヌーサはそう返事すると扉の方に戻り、パネルのようなものをチョコチョコッと操作しようとした。
「あ、ちょっと待って」
「え?」
ひとことメヌーサに断ると、改めてカプセル内部の隅っこなどを検索しはじめた。
ふむふむ、ふむふむ。
んー、とりあえずいいかな?
「おーけー、ありがと」
「うん。なんかずいぶんと慎重ね?」
「当然。危険なエイリアンとか放置したまま飛び立っちゃったら大変だろ?」
「……はぁ?」
そんな古いアメリカ映画みたいな会話は置いといて。
改めてメヌーサが何か操作すると、扉が動き出した。
「お」
何重にもなっている出入り口の扉が次々と閉じて行った。
そして完全に閉じると、室内アナウンスのようなものが流れ出した。19号さんとは別の、たぶんこのカプセルの中の声なんだろう、平坦な機械音声だ。
【外部との扉が閉鎖されました。
以降、本カプセルは安全地帯に到着するか非常コードにより解放されるまで、開くことはありません。
艇内生命維持装置が作動いたしました。
食糧や空気には充分な余裕がありますが、非常の際も考えられます。できるだけお早目にスリープに入る事を強く推奨いたします。
なお、全員がスリープに入って八時間後に温度調整が、二十四時間後に換気装置が待機モードに戻ります。これはスリープ・カプセルのどれかが起床モードに入るまで自動的に続けられます】
おおすげえ、かっこいい!SF的!
ソクラスにしてもレズラー号にしても、なまじ賢いからこういう「いかにも人工頭脳」的な平坦な音声じゃなかったんだよね。
ただ、ひとつだけ残念なのは。
「それって技術的に遅れてるってことなんだけど。それがカッコいいの?」
そう冷静な声で言われてしまうわけで。
うう……メヌーサさんや、そんな情緒のないことを。
「いや、あのねメヌーサさんや……この人工的な感じが『いかにも』って思わない?」
そういうとメヌーサは「んー」と少し考え、そしてまた言った。
「言いたいことはわかるけど、それは無理よ。要は主観的な美観の問題でしょう?」
「うう……たしかにそうなんだけどさ」
この感覚を共有できないのは、なんかこう残念だったり。
ふーむとおもっていたら、もぞもぞと頭の上が動き出した。
ん?ハツネ?
「……」
何か知らないが、ハツネが頭をのりだして私の顔をのぞき込んでいた。
あたりまえだけど、まっさかさま。
そしてなぜか、にこにこと楽しげな笑い。
「もしかして……なぐさめてくれてる?」
いや、何か違う気がする。
ん、まてよ?
いやまさか、でも?
「もしかして……き、共感してる?」
「!」
その瞬間、パアアッとハツネは笑顔になった。
そしてその瞬間、こまぎれの単語が意識に流れ込んできた。
『いかにも機械的』『いかにも無骨』『いかにも人工物』『興味そそる』『人それぞれ』
お、おぉ、おお?
も、もしかして会話可能になってきた?
そんなことを考えていると、メヌーサがコメントをもらした。
「ふーん、やっぱり成長はやいわね、その子」
「やっぱりって?」
「その子、メルの力を常時食べ続けてるからね。
まぁメルの内包するエネルギーを思えば微々たるものだろうけど……何か思い当たる事とかあったりする?」
へえ、そうなんだ。
「ああ、そういえば朝、頭が重いかも」
「え?」
なんかこう、青少年だった頃を思い出す感じに。
「ここんとこ毎朝低血圧みたいになってるね。
そっかそっか、あれって力吸われてるからだったんだ?
いやー気づかなかった。てっきりただの低血圧だとばかり」
「ちょっと待ちなさい」
困ったようにメヌーサが突っ込んできた。
「そんなわかりやすい前兆なら普通気づくでしょ、おかしいって思わないの?」
「え、なんで?ちょっと血圧低いだけだよ?それに若返ってるわけだし」
性別がそもそも違うって問題があるけど、そもそもおっさん、おばはんの年代から唐突に子供に戻ったわけで。昔のように朝、頭が重いのだって、低血圧まで戻ってきたのかって思っただけだよ。
でもそういうと、メヌーサが怒りだした。
「何いってるの。全身ドロイド体で低血圧になったら故障よそれ!」
「そ、そうなの?」
「そうなの!」
言いすぎたと思ったのか急速にトーンダウンしたけど、きつい目線は変わらなかった。
「まったくもう、どっかのお花畑みたいな認識すんのやめてよね?」
「モウシワケナイデス」
「で、ほかに不調はあるの?あったら何でも言いなさい?」
「んー、今のところなし」
「そう。だったらいいわ……もう驚かさないでよね」
頭を抱えているメヌーサに、私は頭をかくしかなかった。
そんな話をしていたら、唐突にガコンとポッド全体が動いた。
「およ?」
「運ばれてるみたいね。ほら」
「おお」
さっきまでいたブースが離れていく。
反対側には窓がないから確認できないけど。
「反対側の映像?ほら?」
「おお」
ポンとメヌーサが投影してくれたのを見る。
【ウインドウ・シェードを閉鎖します】
全部の窓、その外側にあるらしいシャッターが、一斉に閉じて行った。
そして全部の窓が閉じると同時に、いくつかのウインドウが空中に現れた。
「現在位置、カラテゼィナ衛星軌道上……あれ?もう上にあがってたんだ?」
いつのまに。
確かにドックは地上じゃないけど、そんな超高空でもなかったはずだ。
「だいぶ前から上がりだしてたわよ。気づかなかった?」
「全然」
まぁ慣性も重力も制御されきってるし、ドロイドボディといっても元人間だからなぁ。
話に夢中になっていたら、外の景色でも見てない限り気づかないってわけか。
「さっさと寝ちゃってもいいけど、この宙域を出るまで待機してるのも悪くないわね。メルはどうしたい?」
「どっちでも。この後って何があるの?」
「確か近郊に集積場があって、そこにジャンクが集められているはずなのよね。
そこを一度力場に取り込んで、それからアステロイド帯に移動。
で、そこで改めて最終的な力場に包まれて、そこからヨンカ星系までの最初の大加速に入るわけ」
「へぇ……」
ハイパードライブを使わない加速なんだろ?
うん、面白そうだな。
だけど私のそんな気持ちは、次の言葉でふっとんだ。
「それで、そのアステロイド帯まではどのくらいかかるの?」
「一か月ってとこじゃない?」
「そう、一か月……一か月!?」
目が点になるっていうのはたぶん、この瞬間のことを言うんじゃないかなと思う。
「どうする?一か月ここで待つ?」
「寝よう」
ふたつ返事で答えた。
さすがに、こんな会議室程度の空間に月単位で待つのはちょっと勘弁。
それに、その間もリソースを消費し続けるのも無視できない。
見てみたい気もするけど、やっぱり寝ちゃいましょう。
「そ。じゃあ、ベッドにはいりましょうか」
なぜかにっこりと、メヌーサは笑った。
そして、スリープ・ベッドに入るだけでまるまる一話使うと。うむ。
ところで、こわいアメリカ映画とはもちろんアレです。すごくネタバレなので、あえて書きません。古い作品だし有名だけどね。




