カプセルイン
食事が終わり、再び貨物船ドックの方に戻った。
「やっぱりウニもどき……」
「さっき見たばっかで変わるわけないでしょ?」
「それもそっか」
くだらない会話をしていたら、19号さん……貨物船の頭脳がやってきた。
あたりまえだけど、あいかわらず首だ。機械の首がフワフワ飛んでいる。
【お食事は堪能されましたか?】
「ちょっと濃いものだったけど楽しめたわ。ごめんね待たせちゃって」
【そちらは問題ありませんが、ここを長く稼働させていると目をつけられるかもしれません。そろそろよろしいですか?】
「うん、よろしく」
【ではこちらへ】
さきほどのでっかいコンテナみたいな救命ポッドは、そのままの姿で待っていた。
【開け方はわかりますか?】
「ええ、わかるわ」
メヌーサが何かパネルを操作すると、いかにもSFっぽい合金や樹脂でできた多重ドアが次々と開いた。
そしてその中は。
「……すげー」
思わず、感嘆符が口からこぼれた。
なんというか、まるで宇宙冒険ものに出てくる、まさに脱出用小型船の中みたいじゃないか。……いや、そのまんまだろってツッコミはナシな。
「……入っていいわよ?」
「ういっす」
呆れたようなメヌーサの声を背中に、中に入ってみた。
「おお」
中も思いっきりSFだった。
全体的にプラスチックか何かを思わせる見た目が多いけど、おそらく樹脂的素材が多いんだと思う。金属などがむき出しになっているところはほとんどなくて、導線のたぐいも見えてない。きれいに整理され、機械類は隠され、素人にもわかりやすく配置されている。
間違いない。
これは円熟した技術に支えられた科学的装置、しかも一般人むけに改良し尽されたシステムでもあるに違いない。
思えばイダミジア到着以来、想定よりはるかに「地球の延長」みたいな風景に多く出会ってきた。
またそれとは全く正反対の、科学というよりファンタジーだよって景色もいっぱい見せられたと思う。
いや、たしかにわかってる。
同じような構造と大きさ、世界観をもつ種族だったら建物の構造なんかも似ていて不思議はないわけだし。
それに、進みすぎた科学なんて魔法と区別がつかないもんだろ?
だから、異質な理論や技術で組まれたものが、それこそ本人たちの言う「魔法」にしか見えないなんていうのもありがちな事なんだろうってね。
でもね、期待してる自分もあったんだよ。
え、何かって?
そりゃあ、あれだよ。
ハリウッドのSFものに出てくるみたいな、映像的に「うわぁ」って思えるような未来科学っぽいモノにね。
ほら。
イダミジアではじめてみて驚嘆した、あの軌道エレベータみたいにさ。
くぅぅ!
宇宙探索的なSFモノが好きなヤツがいたとして、こんな、絵に描いたような脱出艇をみたらどう思う?そりゃーワクワクするに決まってるだろ?な?
しかも、今からこれに乗って旅するんだぜ?
ちくしょう、なんてこった!
「何が面白いのか知らないけど、たかがポッドひとつでずいぶんとご機嫌ね?」
「……あはは」
気がつくと後ろから、メヌーサの呆れたような声がきた。
「そりゃー地球には宇宙船なんてないもの。脱出ポッドだって未来技術のかたまりみたいなもんだし」
「わたしの船でそんな反応しなかったのはどうして?」
「そりゃあ……あれは現代地球人的には宇宙船に見えないんだよ」
「船に見えない?……ああそっか、技術系統的に異質ってこと?」
「ですです」
「なるほど、ね」
どうやらメヌーサも理解してくれたらしい。
実際、どこかの外国かぶれのお金持ちの家みたいな内装だし、テーブル類も木造、しかも船の制御に使うのは光り輝く魔法陣ときた。
あれがSF的な意味の宇宙船に見える地球人がいたら、そいつはSFの意味をはき違えていると思うんだ。いくらなんでも。
で、悪いけどメヌーサや彼女の周囲にあるものは、どう見ても「そっち側」ばかりなんだよね。
そうメヌーサに言うと、笑われた。
「なんで笑う?」
「そういうメルの体内にある魔導コアは何?」
「よくわからない未解明の謎臓器」
「そうくるわけね……」
やれやれとメヌーサはためいきをついた。
いや、そこは当然だろ。
確かに私はもう、地球にいた時みたいなIT屋のはしくれじゃないよ。
でもね、今だからこそ声を出して言いたい事。
それは、私は理系であるってこと。
メヌーサたちが魔法とか魔力とか呼んでいる力だって、不可思議な謎の力とは思わないし、あるいは逆に非科学的なトリックだとも思わない。
実際に事象を起こせるというのなら、それは在るという事。
それが素朴実在的に「ある」のか、それとも袋の中の猫なのか、あるいは誤認や妄想の類にすぎないのか、それはわからない。でも私は、未解明のものを「あるわけがない」と勝手な理屈で嘲笑うような非科学的な人間ではありたくない。
まだ知らないもの。
それは「未解明」ということ、そうだろう?
「不思議ねえ」
「え?」
「メルって、超のつく未開地出身のわりには色々と理解が早いのよね。そんな賢いふうでもないっていうか、基本アホの子なのに。
しかも、知らないことでも勝手に結論づけないで、保留にしといて後で探求しようって面もあるし」
「えっと、それが何?」
「未開地からきたとは思えないってこと」
ひどいなもう。
「メルみたいなのは普通、ある程度科学が進んだ土地の凡人未満によくあるパターンなのよね。
でもあんたは違う。聞いた限りじゃ母星から出るどころか、ひとつの惑星が百以上の国家に分かれてるんでしょう?」
「うん」
まったくその通り。
「そんなアリ塚みたいな未開世界の出身なのに、なんで船や推進システムや、軌道エレベータについて普通に理解してるかな?本人が特別賢いわけでもないのに」
「……そこまでアホアホ言わんでも」
「事実でしょ」
「……」
容赦ないなもう。
「まぁ、それは。あーそれは」
学校でちょっと勉強したからって、常識まで変わるわけがないもんな。メヌーサの疑問は当然かもしれない。
ちなみに地球人は銀河レベルで言うと「原住民」ではない。なぜなら、そもそも彼らは母星の外に出ていないような低レベルの文明なんぞ、文明と認識していないからだ。アリのコロニーを見るのと感覚的にはあまり変わらない。
すなわち。
地球人は原住民でなく『現住生物』なのだ。
その原住生物が、ある程度とはいえ銀河の常識をちゃんと知っている。それに違和感をもっているんだろう。
仕方ないので、地球におけるSFやファンタジーの創作物について簡単に説明した。
「物語?娯楽作品で、そういうのがたくさん作られてたってこと?」
「宇宙に出られる文明はなかったけど、空想でたくさんの物語を作っていたよ?」
「ふうん……ドロイドも船もみんな物語で空想してたってこと?……ずいぶん夢見がちな種族なのね、地球人て」
「あはは」
それは否定しない。
想像は創造の元でもある。
思い描き、本当に夢なら物語にする。そして可能なものなら現実にしてしまう人もいる。
そう、地球人なら昔からやってきたことだ。
空を飛びたい。
海の向こうには何があるのか?
馬がなくとも走る乗り物を。
おそろしい伝染病をやっつけたい。
いつだって文明の発達には、そんな夢をみた人々の努力の積み重ねがあったんだから。
「びっくりした?」
「驚きはないわね。でも興味深いわ。
創作物が未知への理解と興味を深めて、結果として銀河文明との親和性を高めるか……。
なるほどね。
確かに、文化的な産物が技術の進歩を早めたり、理解力を高めるケースは聞いたことがあるわ。
でも、それを創作物にそこまで依存している社会っていうのは、ちょっと想像を絶するわね。
うん。
一度は覗きに行ってみるのもいいかも!」
「え」
メヌーサが地球へ?
それは……。
「なに?何か問題あるの?」
「いや、ないな。たぶん」
「?」
普通にウロウロしているぶんには、きっと問題ないさ、うん。
まぁ、あれだ。
ある種の趣味の人たちに捕まりはしなくとも、こっそり撮影されても大変かもだけどな、うん。




