食事風景
普通の宇宙港と違い、貨物船乗り場の近くには繁華街などはない。
そもそも人間も有機ドロイドも寄り付かない場所なので当然であり、そういう施設は当然、同じ宇宙港なら客の寄り付きやすい場所に作られるはずだった。
では、そんな人の寄り付かないエリアにいる私たちがどこで食事をとるかというと?
「あちゃーそうよね、ロボット船の発着場しかないエリアに飲食店なんてあるわけが」
無味乾燥な風景を見て頭をかくメヌーサ。
でもそこで、私はウンと大きくうなずいた。
「んにゃ、あるよ」
「へ?」
まわりを見ていて、なんとなく思った。
うん、なんか匂う気がする。
いや、鼻は何もとらえてないんだけどね。
だけど。
うん、たぶん正解だろう。
「メヌーサ、たぶんこっち」
「え、こっち?」
「うんそう」
私はメヌーサの手をひっぱり、大きな通りを外れた。
「こっちって……一般用通路じゃないよねえ」
「うん。たぶんパイロットとか整備員用」
メヌーサの手を引いたまま、ずんずん歩いて行く。
いや、あのね。
昔からお店探しはけっこう得意なんだよ……まぁ、探すだけなんだけどさ。
え、どういうことかって?
みつけたお店で、どこで食べようって決められないんだ。決断力がないんだよね、あはは。
ずんずん、ずんずん。奥に向かって進んでいく。
なんかこう、裏街道的な廊下はボロいんだけど人の気配を消すことなく、だんだんと奥まっていく。そして、さすがにうらぶれたを通り越してスラムっぽい雰囲気まで漂わせはじめたころ。
その店はやっぱり存在した。
「あーやっぱり」
「うわ……なんかすごいお店出た」
うん、やっぱり見つけたぜ。
結果からいうと、それは、なんとも汚い店だった。
ここだけの話なんだけどさ。
日本にいた頃、バイクでおでかけするとよく、トラックの運ちゃん向けのドライブインを愛用してたんだよね。
そこそこの値段でそこそこ食えて、けっこう旨い。
スマートさのかけらもない実用本位なお店だし、女の子が来るようなとこじゃないんだけどさ。
なんというか、あれによく似ていた。
どう見ても、イチゲンさんお断りー、な感じの雰囲気。
なんか入り口が複数あって、そっちはたぶん手洗いか何かなんだろう。
おそらくはお店のはずなのに、普通に家みたいなドアがあって。
さらに看板が妙に古びていてボロボロ。
スマートでもなくキレイでもなく、ひたすらに濃い。
だけど、厨房のニオイみたいなのがちゃんとする。
間違いない。ここだ。
「魚食堂じゃん……さすがというか何というか、よくまぁ、いきなりこんなお店ひきあてるわね」
呆れたようにメヌーサが言った。
「イングヴェイ?」
感心したようにメヌーサがいうけど、意味がわからない。
なにその、やたらとギターがうまそうな名前は。
「あんた、魚野郎って言葉知ってる?」
「宇宙パイロットのことだよね?」
いわゆる銀河のスラングだ。
なんで宇宙に住むヤツをお魚にたとえるのか知らないけど、銀河にはそういう言い回しがけっこうある。
「宇宙パイロットって……そもそも宇宙を飛ばないパイロットってなぁに?」
「え?なにって飛行機とか」
「それは銀河じゃ運転手だねえ」
おっと、ココロの誤訳ってやつか。
「ま、それはいいわ。つまりお魚スラングは知ってるのね?」
「知ってる」
「おけ。なら話はカンタンよ」
にや、とメヌーサは小さく笑った。
「イングヴェイっていうのは、トゥエルターグァ語で魚礁、つまり海に住む魚用に作った住居の事なんだけど。
転じて、魚の餌場……つまりパイロットむけの飲食店って意味になるのよ」
「おぉなるほど!」
私の返事に、ウフフと楽しげにメヌーサと笑った。
「いいわ、入ってみましょ。でもお味はわからないわよ?」
「え、そうなの?」
こういうとこって、うまいかはともかく極端にまずくはないって印象があるんだけど。
「あまいわね、種族問題があるのよ。いくらいいお店でも、アルダー向け味覚の店だったらどうなるかしら?」
「なるほど」
当然だけど、種族によって好みの味というのはある程度ある。
トカゲ人むけの味覚の店だと、たしかに私たちの舌にはあわないかもしれない。
「まぁいいわ、とにかく入ってみましょう。ものは試しよ」
「へい、らっしゃい!」
「……」
中に入った瞬間、そんな声が聞こえて思わず回れ右しそうになった。
おかしい。
私は普段、自動翻訳されて日本語になった会話を聞いているはず。
なのに、どうしてこう、微妙に江戸っ子な感じの発音で聞こえるんだ?
前にもあったけど、どういう解釈してんだ自動翻訳?
「お客さん、なんになさるんで?」
「あ、ちょっとまってください」
言われて我にかえりメニューを見たんだけど。
「……参った、これ」
字は読める。
だけど、そこに書いてあるメニューが全然わからないんじゃ意味がない。
なんていうか、あれだ。
はじめて日本に来た人が、スマホ使ってメニューをリアルタイム翻訳してみたものの、結局なんの食べ物がわからず目が点になっているようなものか。
うごごごご、どうしてくれよう。
「ああメニューわかんないのね。選んであげよっか?」
「あい。遺憾ですがよろしく」
「はいはい、任されたわ。とにかくそこに座りなさい」
クスクスとメヌーサが楽しげに笑うと、私をカウンター席に座らせ自分も座った。
「軽く食べたいんだけど、おすすめある?」
「ツイーゲコットンにボナパルトってとこかな?」
「あら、おいしそうだけどちょっと重いかな?ボナパルトのお肉はなに?」
「ケスクのもも肉だ」
「ベスティア?ベルナール?」
「ベルナール。ベスティアはホレ、先日の連邦騒ぎで貯蔵基地が修理中らしいぜ」
「あちゃー。あそこのが一番あっさりしてるのに」
「ほう、通だな嬢ちゃん。それで何にする?」
「ボナパルトを軽く二人前。わたしはちょっと少なめに」
「わかった」
「精算先にする?」
「冷やかしじゃないから後でもいいが、今出せるならもらっとこう。2ゲルだ」
「あらお安い。はい」
「まいど。ちょっと待ってな」
「はーい」
なんかマニアックなやりとりに、思わず両者を見比べてしまった。
「慣れてるねえ」
「一応、これでもカラテゼィナ市民だし」
しかしボナパルトって、フランス革命でも起こしそうな料理名だね。
ベスティアとかベルナールは産地みたいだけど……翻訳結果なのか固有名詞なのか怪しいな。
いや、それ以前にツイーゲコットンってなんだ。コットンは食べ物じゃないぞ。
うむ、こういうココロの誤訳っておもしろいよな。
なまじ翻訳機能がめちゃめちゃ優れてるからこそ、こういう誤変換みたいな翻訳も出るんだろうけども。
まぁ似たような種族の話す言葉だし、固有名詞の発音が似てても不思議はないけど、でもなんかおもしろいね。
とりあえず、食べる予定のボナパルトなる料理について聞いてみようとした。
でもたぶん、おっちゃんもメヌーサも教えてくれないだろう。
ふむ。
とりあえず待ちますか。
なぜか万国共通の厨房サウンドをまったりと聞き続けていると、しばらくして物音っぽいのが連続し、そしておっちゃんが戻ってきた。
「ヘイおまち、ボナパルト二丁。小さめのはこっちの嬢ちゃんな」
「ありがとう!」
「ありがとうございます……」
出てきたものにはちょっとびっくりしたが、とりあえず普通に受け取った。
そして、思わず口に出した。
「やたらとカッコイイ名前だから何物かと思ったら……牛丼じゃねーか」
とてもおいしそうな本格的牛丼だった。ご丁寧にちゃんと、どんぶりまで似ている。
じっと見てみる。
ちゃんとコメの飯だ。ライスが長細いけど、日本のジャポニカ米に近いものが使われてる。
乗っかってる肉の方も、ちゃんと牛丼的に調理されているっぽい。
「……」
迷うことはない。
思わず、ボナパルトで検索をかけた。
『ボナパルト(料理)』
外来料理のケスク・ボレッチをパイロット言葉でボナパルトという。由来はよくわかっていないが、ガバッとかきこめて、よく腹がふくれる事から景気の良い名前がついたのではないかと分析されている。
『ケスク・ボレッチ』
ボレッチとは丸っこい鉢のような器に盛る料理の総称。気軽に食べられる事から職人やエンジニアといった男性に特に人気がある。
ものすごく牛丼的。
でも調べてみた限り、本当に地球から牛丼が来たわけではないっぽい。
職業人むけ軽食として発明されたのかな、これは。
うーん、まさかの他人の空似か。
しかし、ここまで似たカタチに進化するってすごいなぁ。
でも私はその直後、ものすごい違和感に気づいた。
むむ。
うん、よし決めた。
この混沌をもっとひどくしてやろう。
「ちょっと待った!」
「ん?」
「なんだ嬢ちゃん?」
私は思わず、ちょっと眉をよせた。
「失礼かと思いますけど、どんぶりは手に持てた方がいいです。えっと、こういうカタチで」
ちらっとメヌーサを見ると、いいよーと目で返事。
じゃあ、と空中にどんぶりの写真を投影してみた。
「メヌーサ、中継してくれてる?おっちゃん見えてる?」
「できてるよー」
「お、おお?」
急に空中に映像が開いたせいか、おっちゃんが目を丸くしている。
ま、そりゃそうだ。普通はデータリンクしないと見えないもんね。
「おっちゃん、どんぶりに足あるの見える?ここ持つと熱くないんだよ」
「ほほう、なるほどな」
フムフムとおっちゃんはうなずいた。
「あと、少しどんぶりが大きすぎるかも。小さくして持ちやすくして、そのぶんちょっと盛ってあげてくれると嬉しいな。
こうすると、左手でこう持って右手でガーッと食べられる」
「ほう、なるほど合理的だな」
おっちゃんは大きくうなずいた。
「あと、お箸ある?どんぶりものはお箸で食べたい」
「ハシ?……ああ二本棒か。大丈夫か?米に二本棒は食べにくいと思うが?」
「大丈夫、うちはお箸が基本だから」
イダミジアでも少し見かけたけど、銀河にもお箸はあった。正確にいうとお箸っぽいものだが、民族や種族により少しずつカタチが異なっているし、あるにはあるけど食事用じゃない地域もあるとか。
ちなみにここのお箸は、そこそこ悪くないものだった。
「いただきまーす」
「はい、どうぞ」
こうして、久々の牛丼っぽいやつを堪能した。
お箸は別に地球からいったのでなく、スプーンとかフォークとかと同様、似たような食器が銀河にもあるってことのようです。
まぁ、主要種族の身体のカタチが大差ないんだから、こういう基本的道具類も大差ないってことですね。