機械式の首
さて、ちょっと質問なんだけど。
あなたは貨物船という言葉をきいたら何を想像する?
日本の大きな港湾で見かける、下が赤が上が黒い地味な貨物船?
あるいはもっと近代的な、巨大なコンテナ船?
某エイリアンの映画に出てきたような、動くプラントみたいな船?
それとも、でっかい飛行機的な何か?
だけど。
私が見ることになった『貨物船』は、そのどれでもなかった。
「……これが貨物船?」
「そうだねえ……」
「そうだねえって」
「正直、わたしも見るの初めてなのよね」
「え、そうなの?一度も?」
とんでもねえ長生きなのに?
それはちょっと意外だった。
でも、そんなことを考えていたら、何かメヌーサが不穏な目で見てきた。
「なに?」
「あのねメル、メルがわたしをどう評価してるのか知らないけど」
「?」
「わたし、長生きしてるだけで本質は普通の人間なんだけど。わかってる?」
「へ?」
ふつうの人間?
「なによその笑いは?」
「いや、あのメヌーサさん?」
「なにかしら?」
「普通の人間は、生身で大気圏突入しないから」
まぁとりあえず、ぶった斬っておいた。
それで『船』なんだけど。
結論からいうと、それは『船』という表現で想像するものとは、なかなかに程遠いものだった。
思えば、宇宙に出てからずいぶんと奇妙な船を見た気がするけど、これもまたとびっきりだった。
たとえるなら、それは超巨大なウニもどき。
イガイガのついた巨大な球体で、よくみれば表面にもあちこち穴があいていて、中のシステムみたいなものが見えていたりする。
この珍妙きわまる球体が宇宙船?
ネットで調べてみると、データも出てきた。
『力場コンテナ船』
巨大な荷物を他星系に輸送する専門の船。
原理は単純で、加速時にだけ力場で包んで力場ごとゆっくりと加速し、あとは惰性航行する。驚くほど低出力であるが、特殊な推進法を用いており、天体サイズでも低コストで加速させる事ができる。
歴史的な意味、また天体級の物体を包む力場を放出する都合により、球形にたくさんの凹凸がある見た目のものが多い。
なお、生きた生命体を運ぶ機能はない。
「すごい船だね。いろんな意味で」
「このイガイガが力場生成ユニットかしら?興味深いわね」
【そのとおりです。お客様】
「!」
振り向くと、そこには……なんかロボットの首みたいなのが浮いていた。
【驚かせてしまいましたか、すみません】
「あ、どうも。お世話になります……ところでどうして首だけ?」
【はい、私の本体はあの船そのものなのです。
普段はそれで問題ないのですが、ご挨拶くらいはと思いまして。はじめてのお客様ですし】
「あ、お船なんだ。はじめましてメルです」
【これはご丁寧に、メル様。特に名前はありませんが、19号とお呼びください】
「19号?」
なんで番号?
「名前ないの?」
【名前がないのは事実ですが、19号というのは特別な意味があるのです。なのでお気になさらず】
「?」
首をかしげていたら、メヌーサがポンと手を打った。
「もしかして、流通王の御座船?」
【ご存知でしたか、はい、そうです】
流通王?
首をかしげていたら、メヌーサが教えくれた。
「昔、アマルーの神聖王がいたんだけど、彼は王になる前、星の海を渡る豪商でもあったそうなの」
ほほう。
「で、そんな彼の御座船が通称、19号だったわけ。ただの貨物船なんだけど、旗揚げ時代から愛用していた船で、王様になっても彼はその船をずっと愛用してたって話ね。まぁ、さすがに専門の保守スタッフがついたそうだけど」
「ああなるほど。伝説にあやかっているわけか」
【王の御座船というのは貨物船の生き方としては少し変わっていますが……すみません】
「いや、面白いじゃないか。じゃあ、よろしく19号さん」
【はい、よろしくお願いします。
では、ご指定のコンテナまで案内しますので、どうぞこちらへ】
「はーい」
19号さんに案内されて、港湾設備の中を歩いていく。
「船に直接乗り込むんじゃないのね?」
【客室どころか船内は高山未満の気圧しかありませんから】
え?真空じゃないの?
ちょっと想定外のことに、思わず口が動いた。
「真空じゃないんだ?」
【全くの真空だと温度管理が面倒なんです。試行錯誤の結果、最低限の温度を保つには少量の気体を充填するのがよいと結論されたそうです。もちろん酸化を引き起こすようなものは含みませんが】
窒素でも充填したのかな?よくわからないけど。
通路をずっと歩いていくと、広いブースに出た。
【この設備には常時駐在の人間はいませんが、時々検査に来る業者には人間もいます。よって今のように惑星上と同じ気圧にすることもできます。
しかし厳密には疑似的な組成にしかなっていないので、ここで二日以上滞在することは健康上、認められていません】
「普段は真空なの?」
【ここは真空ですね。そもそも船がない時は閉鎖されていますし】
常駐するものは何もなく、最低限の監視コンピュータが動いているだけらしい。
【さて、あれがカプセルです。ご確認ください】
「あれが?」
カプセルというよりコンテナというべき大きさの物体があった。
とはいえ地球のコンテナみたいにはゴツゴツしてない。曲面で構成されていてちょっと細長い。
メヌーサは正しくカプセルと認識したみたいで、ウンとうなずいた。
「わかったわ。メル?」
「うん」
あらかじめメヌーサにもらっていたチェックプログラムを実行する。
『大型客船・家族用脱出ポッド』
非常用ポッドの一種。家族単位でコールドスリープして助けを待つのに使う。
四人用となっているが、カプセルの機能上は十人まで耐えられるようになっている。ただしリソースが足りない時に死亡率が高くなるので、六人以上での利用は推奨されない。
状態データは以下の通り。
故障個所なし。
燃料系は全て更新ずみ。
食糧と水: 合成システムで 6人/年分。
備蓄空気: 合成システムで同量。
動力: 6人・第一居住状態で48年分。全員スリープ状態なら9329.8年(連邦基準)。
食糧は合成か。ま、そうだよな。
もっともすぐ寝てしまうなら、消費するのは数日分だろうけども。
で、その間にメヌーサはというと、19号さんとお話中だった。
「これ一基だけなの?」
まぁ当然の疑問だった。
【客船用のカプセルなんですよ。おひとり用ではありません】
「ロボットによる物理検査は終わってるかしら?」
【法的レベルによるものと、念のために客船レベルの検査もしておきました】
「あら悪いわね、急ぎの注文だったのに」
【めったにある事ではありませんから。ベストを尽くさせていただきました】
「ありがと」
なるほど確かに、整備状況はいい。万全といっても良かった。
「機能面での問題はないのね?」
【中に四つのベッドがあります。おつれの蜘蛛さんもふくめ、ひとつずつ使うのがよいでしょう】
「それぞれ別々なんだ……ちなみに、みんなでひとつでもいいの?」
【システム上の問題はありません。しかし若干狭いですよ?】
「いちおう確認よ。何があるかわからないでしょう?」
【なるほど】
そんな会話を聞きながらチェックを続ける。
「メルどう?」
「機能面の問題ないと思う。ヨンカに行くのに必要なリソースが不明だけど」
亜光速でいくんだよね?
当たり前だけど、かなり年数かかるんじゃないか?
だけど、そんな私の疑問は裏切られる事になった。
「そういや確認しなかったけど、ヨンカへはアレを使うの?」
【アレといいますと?】
「ユルコンナ・チューブよ。使えるんでしょう?」
ユルコンナ・チューブ?なんじゃそりゃ?
【ご指摘のユルコンナ・チューブとやらが『ウーゴの抜け穴』の事ならば肯定します。あの宙域は安定しているうえに連邦系の船は使わないので、大量輸送には最適なのです】
「だったら所要時間は一年割るわよね?」
【それはさすがに危険すぎます。空間の状態にもよりますが、だいたい一年四か月を見込んでください】
「オッケーわかったわ」
一年と四か月?
「メヌーサ、ヨンカ星系って一光年とかで着く距離なの?」
「そんなわけないでしょ。まぁ後で説明したげるから待ってなさい」
「あー……わかった」
どうやらワケアリらしいな。
とりあえず了解と返事をしておいた。
「さて、それじゃあ行きまし……」
「ちょっと待ってメヌーサ」
ゴーサインを出そうとしたメヌーサを横から止めた。
「もう、なによう?」
「なんか食べていかないか?」
私の提案に、メヌーサは「はぁ?」という顔をした。
「食事?中にもあるよ?」
「合成なんだよね?自然のものを食べたくないか?
それに、カラテゼィナのものをまだ全然食べてないんだけど?」
いきなりドタバタで、それからメヌーサんちに急行したもんね。
そういうと、メヌーサは「うーん」とうなっていたんだけど。
【かまいませんよ。さすがに半日などは待てませんが、お食事くらいなら】
「え、でも」
【かまいません。
無事向こうまで眠りっぱなしならともかく、問題があれば最悪一年もこの中なのでしょう?】
「まぁ、たしかに」
メヌーサは少し考えて、そして言った。
「それじゃ悪いわね、ちょっといってくるわ」
【はい、いってらっしゃいませ】
※メヌーサの生身で大気圏突入: 第二夜『降下』参照