さよならサコン
「サコンさん……」
『ははは、気になさらないでくださいメルさん』
「で、でも、イダミジアからずーっとお世話になってたのに、送別会のひとつもないなんて」
『ソウベツカイ……ああ、お別れの前にするという地球の宴会のことですね。ありがとうございます。そのお気持ちで十分ですよ』
サコンさんは、いつもの通りに触手をわさわさ動かした。
『宇宙での別れというのは、いつもこういうものですよ。だってエアロックで引き裂かれた後も、通信はまだ切れないんですからね?』
「たしかに」
言われてみればそうだ。
なにしろ宇宙生活ってやつは、環境が仕切られている場所が多い。環境シールドのおかげで惑星上の環境に近いといっても、船と接続するところに近くなると、安全のために機械式のエアロックも併用しているところも多く、別れは早くやってくる。
だけど、引き裂かれても通信は通っているんだ。
そう。
それはまるで……空港で別れても電源を切るまではケータイでお話ができる地球のように。
『とりあえず、ポッドでおやすみになるまではお話できるでしょう。
さすがに、お目覚めになった時にはもういない可能性がありますが……まぁ、その時は何かメッセージでも残しておきましょう』
「……」
ひし、とサコンさんに抱きついた。
しかし、その背後でメヌーサはなぜか辛辣だった。
「はいはい、触手プレイはもうそこまでで」
「情緒がない……あ、サコンさん、そこそこ、グイッてやって……んんっ!」
『はいはい』
「あんたたち……別れを惜しむのか触手マッサージするのか、どっちかになさい!」
そんなこんなで、私たちは貨物ドックに移動開始することになった。
「さよならぁ、さよならー!」
『さようならメルさん。またいつか水脈が折り合いましたら!』
わさわさと揺れながら去っていくサコンさんを、ただ手をふって見送って。
さよなら、さよならぁと、手と触手をふりまくって。
そして。
「……」
通りの向こうに見えなくなったところで、思わず肩を落としていたら。
メヌーサに、ぽんと肩を叩かれて。
思わず返事をしそうになったら、
「ちょっと、押さなくていいでしょ?」
「?」
何をやってるのかと思えば、メヌーサの手をハツネが引っぱがそうとしていた。
あはは。
まぁ、寂しいって思うヒマもないのはいいことだけども。
さて。
なんで、こんなに急に動いたかというと一応だけど事情があった。
方針を決めてから、貨物便について問い合わせてみたんだけど、なんともタイムリーというか、明日の出港予定の船がある事がわかった。
え、タイミングよすぎる?
まぁ理由は簡単で、先日のドタバタで出たジャンクなんだって。
軍が戦闘したり、大きな船が壊れるような事があるとジャンクがたくさん出る。特に旗艦が破損した事もあり、近年ぼちぼちたまっていたものなど含めて、結構なジャンクになってきたんだって。
でも、カラテゼィナのジャンク処理には限界がある。特に特に大型戦艦の残骸みたいな面倒くさい大物は処理する設備がなく、昔から溜まるに溜まってたそうで。
そりゃま、長さ数百キロの船もあるらしいから。
そのクラスをただ破壊するならともかく、分解・再利用するとなると大型プラントが必要なのは私だって想像できる。
で、処理できる国が雑品としてひきとってくれる事になったんだとか。
問題は、その行き先。
行先がヨンカ星系だと聞いたメヌーサが「え、ヨンカに行くの!?」と目の色変えて食いついた。
どうもそのヨンカ星系ってとこを知っているそうで。
それでまぁ、突然に事態が動き出したってわけ。
スケジュールなどを聞くとその明日の便の次は、年単位で便がないという。
おかげさまで、大急ぎで事情を説明してヨンカいきに混ぜてもらう事にして。
急いで準備をし、家をすべて戸締まりして急行することになったんだけど。
「どうしたのメル?」
「いや……あれだけお世話になっといて、最後にハグだけとか。私も本当に冷たいなって」
「触手プレイして熱烈お別れしてたのに?」
「プレ……またそんな人聞きの悪いことを」
「そうなんだ、ふーん」
「……」
意味ありげに見られて、ちょっと言葉に詰まった。
「……まぁ、ポッドで眠るまでは少し時間があるから、なんならお手紙でも出しておく?」
「お手紙?」
「カムノならたぶん、ちょっと遅延あるけど普通に届くよ?」
「あ」
そうか。
ちなみに地球の電子メールと似たようなもので、簡単なメッセージを送り届ける仕掛けは銀河にもある。
ただ銀河のネットワークは地球のネットよりだいぶ不便なんだよね。
理由はというと、これが簡単。
えっとね、総合情報受付を覚えてるかな?
どうして銀河のネットワークに、国家ごとに総合情報受付があるかというと、つまるところ、星間国家ごとに別のポータルというか、いわゆるグー○ル先生みたいなものがある状態だと思えばいい。
銀河は地球みたいにたったひとつの国がインターネットを仕切ってるって状態じゃなくて、それぞれの経済圏にネットがあって、それを相互接続している状態なんだよね。技術レベルが違いすぎるので単純に比較できないけど、全銀河に統一された巨大ネットワークっていうのは残念ながら、今のところは存在しない。
まぁ、地球みたいに圧倒的な一国が全体を仕切ってるわけじゃないからね。仕方ないんだけども。
ところが。
こんなバラバラのネットワークなんだけど、お手紙を届けるシステムはちゃんとあるんだよね。
ただし遠方の場合、送れるのはテキストの文面のみで、これも伝達状況によっては紙に印刷されて送られる事もあるそうだけど。
でも。
それでも、文化圏も文明圏も超えて、中継に中継を繰り返しても、可能な限り届けてくれると。
うん。
言葉も習慣も、利害も全く異なる銀河の国々を渡っていく手紙。
うーむ……ロマンかも。
で、話を戻そう。
サコンさんとはさっきお別れしたわけだけど、お互いのネットIDをきちんと交換してある。だからこの星域を出るまでは、呼べばいつでも話ができる。非常時には。
だけど、私たちは追われる身。
星域を出れば当然通信できないわけだけど、そもそも隠れて出国するっていうのにギリギリまで通信しあっているわけにもいかない。バレてしまっては意味がないんだ。
だからカプセルに入ってしまったら、直接のやりとりはもうできない。
だから、さっきの手紙の話になるわけだ。要するに彼の帰るカムノ星に送っとけって事だよね。
「そういえば、なんかサコンさんも急いでたね」
「あら聞いてないの?彼の移動もけっこうクリティカルなのよ?」
「理由は教えてくれなかった。個人的都合だって」
「個人的……まぁたしかに個人的か」
ふむふむとメヌーサはうなずいた。
「彼、連邦に確保されたくないのよね」
「え?なんで?」
私たちと別れたのなら、連邦に捕まる心配はないんじゃないだろうか。
だけどメヌーサは苦笑した。
「そんな難しい問題じゃないのよ。単に好き嫌い。彼、連邦嫌いでしょ?」
「あ……そういう話?」
「ええ、そういう話」
そういえば、たしかに連邦嫌いだって言ってた。
なんだ、そうならそうって言えばいいのに。
「彼、真面目でしょ。個人的なわがままで急ぐことに罪悪感を持っているのね」
「そんなの気にしなくていいのに」
それこそお互い様だろう。こっちも都合で動いてるわけだし。
「要は、あれも不器用ってことよ。メルの同類よね」
「なに?」
「なんでもないわ」
質問しようとすると肩をすくめられた。
「水脈が折り合いましたら」
カムノ族の別れの言葉。意訳すると「御縁がありましたら(また会いましょう)」ということ。
カムノ族はもともと水棲生物が先祖で、そのためか運命とか宿命を水流にたとえる事が多いが、水は風より強制力が強いため、特に水脈という言い方をする場合、別れを強く惜しんでいる事が多い。