じゃあ結局どうする?[2]
はるばる宇宙を渡っていく船。
とはいえ、運んでいるのは素粒子レベルで分解・再利用する元の「素材」なわけで。
そんな素材なんて安価にゲットできればそれが一番だよね?
基本的に「物質」であれば素材はなんでもいいんだけど……運びやすさ、分解のしやすさ、それから、送り出す側が生命のいない星系か、あるいは「金を払っても持って行ってほしいもの」がたくさんあるところから、星いっこいくらってレベルで買い付けて運ぶんだってさ。内容もしかりで、何もないところで無駄に漂っている孤独な惑星とか、大昔の遺棄された大型船とか、だいたいそういうものらしい。
そういう物資だから、運び方もちょっと変わっている。
すなわち、活躍するのは全自動のロボット船。
そして、対象となる物資を極限まで低コストの力場で包むと、目的地に向けて単にグイッと押し出すだけ。必要な最低限のエネルギーと、最適な方向に。
そんで、自分もその「素材たち」の一角に張り付いて便乗し……そして遠い場合、数千年後とかの到着まで待機。
ね、すごいだろ?
最低限っていっても場合によると天体サイズだぜ?
それを別の星系まで、長い時間をかけて輸送していくとか。
はぁ。
悠長というか気長すぎて目が点というか脳が凍りそうというか。
呆れるほど気の長い「輸送業」だよね。
メヌーサは、私の話に心底呆れたような顔をしていた。
でも少し考え込んで「面白いわね」とニヤリと笑った。
「よくそんなすごい発想がわくわね。あれはドロイドだろうと人間だろうと、寿命に限りのある存在は乗せないものなのよ?」
「そう?」
個人的には、そっちのが謎だけどなぁ。
「だいいち何年かかると思ってるのよ。無事行けたとしても神経がもたないわよ?」
ん?ああそっちか。
「いや、そっちはそっちで手があるんだけど」
「?」
ここまで言っても思い浮かばないのか。
そういや、ソクラスやアヤに話した時にもヘンな顔されたしなぁ。
まぁ、コールドスリープみたいな技術はあるけど、脱出船で助けを待つためのものみたいだったしな。普通の航海に使う発想って、やっぱり一般的じゃないのかな?
ならいい、提案しよう。
「時間対策なら大丈夫だよ」
「え?」
「脱出ポッドにコールドスリープ装置があるよね?あれ使って寝て行けばいいでしょ?」
「え?なにそれ?」
メヌーサが首をかしげた。
『もしかして休眠装置のことです?』
「あ、たぶんそれ」
『なるほど』
サコンさんはすぐ理解してみたいだ。
「休眠装置?なにそれ?」
『避難カプセルなどにある仕掛けですが、ハイパードライブできない状態で長い時間、救助を待つための仕掛けです。冬眠状態にしたり、生命活動自体を一時停止させて保管しておき、しかるべき後に覚醒させる仕掛けですね』
「へぇ……サコン、その装置の技術データある?」
『はい、少々お待ちを』
しばらくサコンさんが蠢いたかと思うと、コールドスリープ装置っぽいカプセルベッドの表示とデータが出てきた。
『これは、わがカムノに昔落ちてきた天人……要するに銀河文明の住人が使っていたものです。古いものではありますが、こういうシステムの技術はとっくの昔に枯れきってまして、今もほぼ変わりありません』
「ふうん、動作原理はどういうものなの?」
『タイプは色々ですが、中に入った生命体を疑似的な冬眠状態、あるいは休眠状態で静止させます』
「客船のスリープベッドみたいなもの?」
『あれは単に深く眠らせるだけですが、これはレベルが違いますな。場合によっては千年以上待つこともありえますから、最低でも冬眠、場合によっては周囲の空間ごと時間凍結をかける文明もありますね』
「……それ危険はないの?」
『当然ありますよ。でも救助を待つ身じゃ背に腹は代えられんでしょう』
データが次々と提示されていく。
メヌーサはそれをじっと見ていたけど、途中から心底呆れたような顔で私の方を見た。
「なるほど……言われてみればだけど、確かにそんなものあったわね」
『ご存じでしたか』
「まぁね……こんなものを積極的に利用しようなんて、正直予想もしてなかっただけよ」
そういうと、ためいきをついた。
「どういう発想してるのよホント。一度頭の中見せてもらいたいわ」
「いやいや、コールドスリープで宇宙旅行ってSFの定番だから」
「どこの異世界の定番よ。まったく」
「そうか?だって脱出ポッドには機能ついてるんだろ?」
「おバカ」
メヌーサは私の顔を見て、さらにためいきをついた。
「乗員の生命活動を一時停止させたり遅延して時間を稼ぐなんて、危険がないわけないでしょう?
廃れて当然よこんな技術。それこそ救命ポッドで漂流中ならともかく、普段の航海中にわざわざ使うなんてバカのする事だわ」
「……そうなんだ」
「そうよ、当然でしょう?」
なるほど、言われてみればその通りだ。
コールドスリープは結局のところ、遠くへ行くのに時間がかかりすぎる事から生まれた苦肉の策なわけで。
だったら、何光年向こうに一日で行けるのが当たり前の文明で、そんなリスキーな技術が使われるわけがない。脱出ポッドで使われているのはあくまで、どれだけ待つかわからないって現実があるからだと。
そういうことか。
「じゃあ、この案はボツか。いい考えだと思ったんだけどなぁ」
「え?なんで?悪くないんじゃないの?」
へ?
顔をあげると、メヌーサが楽しげに笑っていた。
「これもアリなの?」
「リスクなしとは言わないけど、たとえば一年寝ているとしてその範疇で行ける星域を調べればいいのよ。まずバレないだろうし、安全度も高いわね。
最悪のケースとしては、起きた時に捕まっている可能性だけど……そうなったらなったで、まだ手はあるし」
「そうなの?」
最悪のケースは考えなかったけど、言われてみれば確かにありそうだ。
たとえば、冬眠中のカプセルを攻撃されたら、メヌーサも私もひとたまりもないだろう。
そう思ったんだけど。
『メルさん、それはないですよ』
「え?」
『今存在するこの手のカプセルは救命用のものです。船が近づいたら、何もしなくても住民をまず起こしますよ。
おまけに、スリープ中に中にいるのが何者かを解析する事はできない。特定人種だけを助けない、みたいな事をさせないための措置なんですけどね。
ですので。
捕まる可能性があったとしても、いきなりスリープ中に攻撃される事はないんです』
「そうなんだ」
妙なとこで配慮がされてるんだな。
「それに、渡航中の輸送船なんて一般には『船』という認識すらされてないわ。だって、自動制御のロボットが力場で岩塊やスクラップを係留して運んでるにすぎないんだもの。
そんなものの中身に注目するなんて……まずありえないわね、原始人じゃありまいし」
「む、なんか今、名前に変なニュアンス混ぜてなかった?」
「気のせいよ」
メヌーサは肩をすくめた。
「あら、でもこれひとつだけ問題ないかしら?」
「え?」
「このシステムって種族別に存在するはずよね。
メルとハツネは問題ないだろうけど、サコンは……」
『無理ですね』
調べようとしたメヌーサに触手で合図のようなものを送ると、サコンさんは言った。
「無理?」
『私の知る限り、カムノ仕様のスリーパーは見たことがありません。生理構造がアー系と全く異なりますし、スリーパーを使われるなら、残念ですがここでお別れとなります』
「うわ、そっちの問題があったか」
それは想像つかなかった。
「それじゃあダメだね、この手は使わない……」
使わないとして、と言おうと思ったその瞬間だった。
『いえ、私はここで離脱します』
サコンさんは、そんなことを言ってきた。
え、サコンさん?
『メルさん、驚くことはありません。
もう少しおつきあいするつもりだったんですが、実はもうあまり時間がないのも事実でして。本国から帰還命令が出ていたのも事実なのです』
「時間がない?」
「もうすぐ寿命なのよ彼」
「!?」
思わずサコンさんを見た。
『もう少しおつきあいするつもりだったんですが、どうもやはり調子がよくないのですよ。
途中、留守番が多かったのも実はそのせいなのです。
すみません、今まで言わなくて』
「いや、それは」
正直、水臭いと言いたかった。
でも。
『気を遣って言えなかったのではなく、私が言いたくなかったんですよ。
許されるギリギリまで……いえ、できれば自分の命が尽きるまででも、メルさんのそばに居たかったので』
「え?」
えっと、どういうこと?
『わかりませんか……まぁ、そうでしょうね。
つまるところメルさん、私はあなたがとても気に入っていたのですよ。できる限り未来を見たい、そう思う程度にはね』
「……それは」
なんというか。
返す言葉が見つからなかった。
『そんな悲しそうなココロをしないでいただけますか?
生きるものには必ず終わりがある。私も、あなたも……それどころか、メヌーサ様にだっていつか終わりはくるのですよ。いつになるかは知りませんが。
私は、もうずいぶん長く生きてきた。それがもう、遠くなく終わるだけです』
「……そうか」
冷たいと言われそうだけど、それ以外の言葉が見つからなかった。
結局。
強行突破するとカラテゼィナの人たちに迷惑がかかるという事から、コールドスリープ作戦を実施することが決まった。