じゃあ結局どうする?[1]
「問題はわかったけど、じゃあ結局どうする?」
「とりあえず選択肢は2つあるわね。
ひとつは、このまま無理やりボルダに行っちゃうこと。もちろん危険なんだけど利点もあるのよね」
「利点って?」
「ボルダがどこにあるか話したっけ?」
「あ、聞いた聞いた。連邦中枢のすぐ近くなんだよね?」
「そ。ナーダ・コルフォこと惑星アルカインのね」
地球と火星くらい近いって聞いてびっくりしたっけ。
いやだってさ、そんな近郊に敵対勢力の星があるのに何もしないのかって。
まぁ、そのへんの話は今はいいだろう。今は重要じゃない。
「天体規模の兵器なんて使ったら、それこそアルカインにも影響が出てしまうのよね。
だいいち、調整なしで普通に生態系がある惑星は非常に価値あるものよ。
それにアルカインとしてはボルダの科学力を過小評価はしていないと思うけど、戦力については過小評価しているわ。少なくとも、星間戦争するような戦力があるとはみなしてないの。つまり」
「少なくとも、彼らが惑星アルカインを捨てても滅ぼそうなんて考えない限り、ボルダは安全ってこと?」
「そういうこと」
にっこりとメヌーサは笑った。
「ボルダって確かに、星ごとぶっ潰すような兵器はないと思う。持ってても少ないでしょうね。
だけど、地上から衛星軌道にかけての制圧戦というのなら話は逆、むしろ独壇場といってもいいわ。
そもそもボルダの技術の真髄は衛星軌道以下にあるんだからね」
「なるほど」
得意分野ってわけか。
メヌーサがそこまで断言するってことは、とんでもない隠し玉がたくさんあるんだろう。それもたぶん、見た目的には連邦側が脅威と思わないような代物で。
うん。
確かにめんどくさい敵かも。
「で、もうひとつの選択肢はね、全然別の星にいくこと。それもまったりと」
「まったりと?」
どういうことだ?
首をかしげている私に、もういちどメヌーサは笑った。
「今、連邦は血まなこになってわたしたちを探してるわ。カラテゼィナ政府筋情報でも、まだこの星からも監視の目が撤退してないそうなの。
だからね。
彼らの目が向いてないルートで、彼らの想定と全然関係ないとこに行くのよ」
「関係ないところ?」
「ええ」
ムフフとメヌーサは笑った。
「今、一番重要なのは、次の展開……つまり、光を受けた新世代が生まれるまで生き延びる事なんだけど。
メル、新世代が出揃うまでにかかる時間ってわかるかしら?」
「出揃う、なんだよね。生まれるでなく」
「そうよ?」
少し考えた。
わざわざ「生まれる」でなく「出揃う」といったのは世代交代にかかる時間ってことだと思う。
たとえば地球人。二十歳くらいで一応は成人なわけだけど、まぁ二十四歳くらいになれば大学に行った人もそろそろ社会に出るだろうと考えて……妊娠期間も含めると、二十五年くらいでいち世代が『出揃う』んだろうか?
そういうと、メヌーサはウンウンとうなずいた。
「種族により大人になる時間は違うけど、今回はメルのデータからの一次拡散だけを見ているからね、似たようなものでしょう」
メヌーサは、そこでいちど言葉を切った。
「そこまで単純に行方をくらます方法だけど……一番いい方法って何かわかる?」
「一番いい方法?」
私は少し考え、そして答えた。
「連邦が今、私たちがどこにいるか把握しているのか、それ次第かな?」
「……というと?」
「私たちがこの星にいるって確定されちゃっているのなら、まずは急いでここから逃げるべきだろ。どこかに雲隠れするにしても、特定されたままじゃ安心できないよ」
「そうね」
「で、そこはどうなの?」
「微妙ね。特定はされてないけど、ここにいる事を疑われてると思う。そのうち第二次捜索隊もくると思うし」
また、あんな悲惨なのが来るのか?
「いえ、ああいう強硬派なのはもう来ないでしょう」
「そうなの?なんで?」
「カラテゼィナは小国だけど外交力は決して小さくないわ。惑星レベルで降下作戦を行い、市民の生活を脅かし、国中のドロイドを潰しまくったのよ?それって第三者的にもわかりやすい破壊行為でしょう?」
「あー……外交チャンネルで大々的に非難すれば」
「そそ。連邦だってバカじゃないわ、次は犯罪ドロイド捜査官みたいな精鋭を派遣してくるでしょう。
それに、あんな凶行は連邦としても想定外のはずよ。連邦はあそこまで野蛮な連中じゃないわ」
「そうなの?」
「あたりまえでしょう。あんなのが普通だったら、とっくに連邦なんて消えちゃってるわよ」
ためいきをつくメヌーサ。
「そもそも彼ら、わたしを追いかけてる特殊部隊みたいな連中だったんだけど……能力はともかく専門外の資質には問題があったってことかしらね」
「なるほど」
ああ、そうだった。
この星であんな凶行に走った連邦軍だけど、もともと彼らはメヌーサひとりを追いかけていたらしい。
私は軍隊っていうのがよくわからないけど、たぶん兵種というか部隊ごとの特性があると思うんだよね。静かに調べるのが得意な部隊とか、ちょっぱやで正面突破がお得意とか。
つまり。
たったひとりの異星人の女の子を追い立てるには向いているけど、無数のドロイドの群れの中から危険な個体を探すって用途には向かない連中だったと?
そういうと、メヌーサは「そうよ」と笑った。
「なんか地球の軍隊みたいな話だな」
「あら、どんな文明だって動かしている種族が同じである限り、同じような問題が出る可能性は常にあるものよ。当たり前だけどね」
それもそうか。
「それで話を戻すけど、行方をくらますにはどの方法がいいと思う?」
「んー……」
私は少し考えた。
「私には専門知識がないから、あくまで想像になるけどいい?」
「もちろんそれでいいわ」
「そっか。じゃあひとつ思ったんだけどさ。
星系から逃げ出そうって船も彼らは監視してるんだよね?」
「そりゃもちろん、ハイパードライブできる機体なら、どんなやつでも狙うでしょ」
なるほどねえ。
「だったらメヌーサ、ハイパードライブ『できない』船も監視されてるの?」
「はぁ?」
メヌーサは不思議そうな顔をして。
そして奇妙なものをみる顔をして私を見た。
「言いたいことはわかるけど、そんなんじゃ遠くまで逃げられないわよ?」
「そう?でも、光速未満で何かを運んでいる船ってあるよね?岩塊とか」
「それって合成用素材の運搬船ってこと?」
「あ、それそれ」
「そりゃあ、あるけど……」
メヌーサがものすごく困った顔をしていた。
ちなみに、光速未満で物資を運ぶ船っていうのは基本的に無人だ。だって十光年向こうには十年ちょっとかかるわけで、とても、とても悠長なものだからだ。
え、そんなそこまで、しかもそんな低速で何を運んでるんだって?
答えは……要するに、高密度なだけのただの鉱物・岩塊・大昔の船のスクラップなんかだね。
当然、きちんとしたものに入れているわけでもない。
ちょっと説明しよう。
銀河文明の時代になると、基本的に物資は合成で作る。
でも合成っていうのは無から作るのでなく、材料となる物質が必要なんだよ。
それは自分たちの自身の資源のリサイクルでやるんだけど、でも、宇宙空間に大型コロニーをつくるなんて用途になると、必要な資材のレベルが全然違ってくるわけで。
するとね。
へたにそのへんの星から資材をとると、既存の天体群の軌道などを歪めるおそれもあるんだってさ。
まぁ、学校で習ったことなんだけどね。
ちなみにそういう場合、外から資材をもらってくるんだと。
それもそれで危ない気がするけど、既存の天体バランスを歪めるより、後付けで天体が増える方が影響を割り出しやすく制御もしやすいそうで。
ま、それはともかくとして。
そういう需要があれば当然、供給もあるわけだろ?
そう。
ある程度の文明規模になると、この『合成用素材』ってやつの流通が始まるんだ。
次話に続きます。