移動先に問題あり
ハツネの能力について調べているうちに、メヌーサがやってきた。
さすがというか何というか、私の作った採石場のイメージに外から普通に入ってきたのにはビックリした。
なぜかプラスチックっぽいトレーを持っていて、その上にはピンク色のコップがふたつ、それからカムノ族用のドリンクカップが並んでいる。中身はお茶かな?
「お疲れ、でもよく入れたね?」
「この『訓練場』って、よく枯れた古い技術なの。つまりある程度の知識と可能とする技術があれば、外から入ってくる事もできるわけ。はいサコン」
『ありがとうございます』
「へぇ、そうなんだ。ありがとメヌーサ」
お茶を受け取りつつ、なるほどなーとそのまま納得しかけたんだけど、
『いやメルさん、外から訓練場にアクセスってとんでもない超絶技巧ですからね。騙されないように』
あ、そうなんだ。
「サコン、そこでバラしたら面白くないじゃないの」
機嫌よさげな顔から一転し、やれやれとためいきをつくメヌーサに苦笑した。
こういうヘンなところで遊ぼうとするあたり、実にメヌーサらしい。
うん。
ヒトの性格を読み取るのは苦手な方なんだけど、彼女の性格がなんとなく見えてきた気がする。
基本、いたずらっ子なのだ彼女は。いちいち小細工をしないと気が済まないというか。
で、知ってることを知らないといい、相手を煙に巻いて楽しむのも好き。
ついでにいうと、野暮なお世話を焼くような、おばちゃんっぽいとこもありそうだ。
ただし、私の事とかで義務でもないのに奔走してくれるあたり、本当にいい子なんだろうなとも思う。
うん、きっとそうだ。
「もう用事はすんだの?」
「一応ね」
「その渋い顔からすると、あまりいいお返事ではないみたいだけど?」
「よくないわね。ただし全く悪いわけではないんだけど」
「?」
メヌーサは肩をすくめると、自分のコップを手にもちトレイを消した。
え?うん、消したんだよ。まるで魔法みたいにね。
ここまでくるともう、トレイやお茶がただのデータの産物なのか、本当にお茶を入れてきたのかの区別すらもつかない。
現実なのか幻なのか、そして科学なのか得体のしれない魔法とやらなのか。
いやま、とりあえず今はどうでもいい事だけどね。
メヌーサはお茶をちょっと飲むと、一息ついて話しはじめた。
「なんかね、ボルダとアルカイン王国の間で揺れ始めているの。予想よりずいぶんと動きが早いわ。
とりあえず今、ボルダに行くのは危険ね。何が起きるかわからないもの」
「どういうことです?」
「どうも妙なのよね。
ボルダとアルカインの衝突は予測された事だし驚くことじゃないんだけど、それにしても動きが早すぎるの」
「早すぎる?」
『それは、ボルダ・アルカイン間の衝突が早まったということですか?』
「ええそうよ」
大きくメヌーサはうなずいた。
「アルカインからボルダに正式に要請があったの。ここ一か月ほどでボルダに渡航したドロイドの個体名と情報を全て求むっていう」
「正式に要請?なんで?」
「アルカインから全銀河指名手配級の犯罪者が渡航した可能性があるっていうのよね。
で、ボルダとしては受ける義務はない、犯罪者というのならこちらでも調べるから、その疑いのある者たちの情報を出せと返したと。ま、妥当なとこよね」
「だね」
そもそもお互いに独立国家だ。どちらが上下というわけでもなし、一方的に命令できるわけがない。
「それで?」
「アルカイン側はそれに対し、数名の情報を提示したんだけど。その中にはメル、あなたも含まれてるわね」
「え、なんで?」
なんで犯罪者扱い?
『まぁ妥当な線でしょう。なにしろ問題が出ているドロイドたちがそろいもそろって、メルさん由来の危険データを所有しているんですから。
いわば源泉であるメルさんを確保するのは当然のこと。
そして犯罪者扱いするのも当然です。そうすることで、事情を知らない一般の連邦人も協力してくれるわけですから』
「……オーマイ……」
思わず天をあおいだ。
前略、天国のお父さんお母さん、そしてまだ死んでないと思うけど姉ちゃん。
すんません、あなたがたの不肖の息子にして愚弟は、なんと全銀河に指名手配の凶悪犯にされちまいました……トホホ。
しかも巻き込まれた結果とはいえ全くの濡れぎぬでもないときた、ちくしょうめ。
くそ、どうしてこうなった?
『メルさんの他にはどなたのデータがあるのですか?』
「それがちょっと意外な人物がいるのよね。たとえばアルカイン王宮のオペレータ三人組とか」
「オペレータ?それが意外なの?」
「メンバーがボルダに内通していて、それが発覚しかけて全員で逃げたっていうんだけど。
そもそも敵対してなかったはずのボルダに内通って名目はおかしいわ。何か別の理由があって捕まえたいんでしょうけど、なんで凶悪犯扱いなのかよくわからないし。
ま、このひとりはちょっと記憶にあるんだけどね」
そういうと、メヌーサはその三人娘とやらのデータをポンと出した。
「お、耳だ」
三人組のひとりには猫耳としっぽがあった。なかなか可愛い。
「その混血さんは三人組のリーダーだけど、その子は宮殿関係者の娘だからマァ置いといて。
それより、もうひとりの小さい子に覚えがあるの」
「このロミって子?詳細不明って書いてあるけど?」
「その子、ちょっと前にザイードで拾った子なのよね」
『ほう、ご存じなのですか?』
「個人的には何も知らないけどね。
ザイードでドロイドの暴走事件があってさ、ちょっと気になって調べてみたら、バーサクみたいな状態で暴れまわってる個体がいたのよね」
「それが、このロミって子?」
「そそ。なんか前の主人が国家間の陰謀みたいなので殺されたらしくて、この子自体も破壊されたんだけど、怨念だけ持って蘇ったような状態になっててね。
とりあえず記憶を真っ白にしてあげて、それからアルカインに行くっていう商人に託して、あっちで保護させてやってっていって頼んだのよね」
「それはまた。でもなんでアルカインに?」
「調べてみたんだけど、原因になった人物がザイードで政治家してたのよ。
元の主人はもういないし、メンタルケアのこともあったし、遠くにやったほうがいいと思ってね」
「なるほど」
理解できる話ではある。
しかし、それにしても。
やっぱり面倒見いいんだなメヌーサって。
『疑われているのはどの子なんです?』
「このプニベスって子ね。この子はま、仕方ないかなぁ」
「仕方ない?」
そこに示されているのは、三人のうちで一番大柄で、一番ムッチムチな感じのエロいお姉さんだった。
まぁ、他のふたりが小さすぎるのもあるんだけどな。
『ご存じの方なのですか?』
「百年くらい前に少しボルダにいた事あるんだけど、首都の盛り場で踊り子してた子じゃないかと思うの。一緒に飲んだこともあるからよく覚えてるわ。
確かアルバイトで、実は本業はお堅い仕事してるって聞いてたんだけど」
「アルカインで仕事してたとは知らなかったと?」
「アルカイン側ではあまり知られてないけど、ナーダ・コルフォとボルダの定期便って安いのよ。内惑星同士ですぐ近くだから当たり前なんだけどね。
政治的理由で遠いわけなんだけど、そこさえクリアすれば近いものよ。それこそ定期のお休みで気軽に行けるくらいにはね」
「なるほど」
定期のお休みっていうのは、地球でいうところの週末にあたる。
楽しそうに笑うメヌーサに、こっちもちょっと呆れ気味の笑いを浮かべた。
「他にも何人かいるけど、どれもこれも、こじつけ臭いのばっかよねえ。中には末席とはいえアマルーの王族までいる始末よ?
これはたぶん、何か狙いがあるんでしょうね」
「狙い?」
「これ自体が狙いじゃなくて、とにかく政治的にごねて有利に立つきっかけを求めているとかね、なんかそういう事なんじゃないかしら。つまり」
「つまり?」
『つまり、ドロイドに「光」が拡散していく事の意味をきちんと理解している、そう言いたいのですね?』
「ええそうよサコン」
「!」
それは。
それの意味することは……まさか?
唖然としていたら、メヌーサが肩をすくめてみせた。
「ええ、そういうことよメル。
ボルダはアルカインの目と鼻の先、つまり最も近い非連邦勢力圏だし、しかも有象無象の小国ってわけでもないわ。
つまり。
アルカインとしては今回、ボルダに対して下手に出るわけにはいかないの。
もしやっちゃったら、他の非連邦系の国に、今回のドロイドの問題で強く出ることができなくなるからね。悪しき前例ってわけ」
「……」
おもわず、ごくっとつばを飲み込んだ。
まさか、まさか自分がそんな国家レベルの、いや銀河レベルのややこしい事態に巻き込まれるなんて。
マジか。ほんとのほんとにマジなのか。
気が付くと、私は渋い顔で額に手をやっていた。