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サコンさんに、ハツネの様子を見てもらうことになった。
彼はメヌーサほどじゃないけど、ある程度キマルケ巫女のことも知ってるらしい。ハツネの元になった種族のことも知ってるらしくて、ハツネの能力チェックを手伝ってくれることになったわけで。
まぁ、それでお仕事に戻ったメヌーサと別れ、別室に移動したのだけど。
『ふむ、予想よりうまく使いそうですね。まあ威力は不明ですが』
テーブルの上で杖をかまえているハツネを見て、サコンさんはそんなことを言った。
「え、このサイズで私を上回ったりするんですか?」
『まさか。規格外のメルさんより強かったら、それはそれで大問題ですよ』
「え?」
『もしかして自覚していないんですか?メルさん、動力源がじゃじゃ馬由来の魔導コアなんですから、許容量も通常の巫女とはけた違いのはずですが?』
「……そんなこと言われても」
『あのですねメルさん。
いくらキマルケ巫女がすごくても、入門一ヶ月の初心者が空をビュンビュン飛び回れるとお思いですか?ファンタジー小説の読みすぎですよそれ』
「えっと、それはまぁ」
なんでそれ知ってる?とは言うまい。
だって、私のタブレットを解析し、残っていた電子本なんかを地球との認証なしで読めるようにしてくれたのは実はサコンさんなのだから。
でもさ。
そもそも杖もった生身の女の子が訓練の結果といっても空を飛べるわけでしょう?
それってファンタジーだろ。違うのかな?
ちょっと説明しよう。
電子本っていうのは読むのにお金がいる。具体的には、ネット認証によってユーザーである事を示さなくてはならない。
このため、銀河に持ちだした私のタブレットの中にある電子本は、ネット小説を自力でコピーしたコンテンツ以外は一切何も読めなくなってしまってた。
これを調整し、ある程度読めるようにしてくれたのがサコンさんだったりする。
アヤたちはコンテンツの中身まで見てくれたわけじゃないし、メヌーサはタブレットそのもののネット関係の不具合を看てくれたけど、細部はサコンさんに丸投げしたからね。一番の功労者は彼だったり。
そしてそれは、彼の学者としての興味の対象でもあったと。
とはいえあの時、wikipediaのデータを入れる関連で思いっきりよくパパーッと消したから、ほとんどのデータは消えちゃってて、見られるのは一部だけなんだけどね。
え、もったいない?たしかに。
だけど、宇宙に出るわけでしょう?
だったら娯楽コンテンツのデータより、地球に関する膨大なテキストデータの方が価値ありと考えたってわけ。ね、そうでしょう?
まあ、それはそれとして話を戻そう。
私とサコンさんの目の前にはハツネがいる。
パララネア族型ドロイドの生き残りにして、半人半蜘蛛の動くぬいぐるみ。ちっちゃいアラクネみたいな姿なんだけど、小さいので動くぬいぐるみ状態。
そんなハツネが今、背中にしょっていた小さい杖をしゅたっと引き抜き、わたしと同じ左手に持っている。
手にはちゃんとパワーも……アヤやサコンさん、メヌーサたちが魔力と呼ぶものが溢れているのもわかる。
「ちゃんと起動してるよね、やっぱり」
『理力の杖なのが幸いですね。増幅機能がないから、万が一があってもあまり危険ではないですし』
「絶対安全ではないんだ?」
『針の一刺しでも人は殺せますから。まして毒針ならば』
「そういうもの?」
『そういうものです。ちょっと試してみましょうか?』
試す?
首をかしげていると、サコンさんはこんな事を言い出した。
『訓練場つくれますか?』
「訓練場?」
『じゃじゃ馬やアディル先生が作ってらしたでしょう?神殿とか荒野とか、アレです』
ああ、アレですか。
「作れって言われても、私あれがどういうものなのかも知らないし、まして再現なんて」
『いえ、あの通りじゃなくてもいいんですよ。今のメルさんなら単に「広くて安全な訓練場所」を想像するだけで、とりあえず何か作れると思いますよ?』
「え、そうなの?」
『訓練場って、キマルケなら中級巫女の基礎ですから。まぁ、やってみてください』
「やれったってそんな」
『難しく考えず、自分なりに似たようなものを想像すればいいんですよ。
そうすればたぶん、メルさんのアクセス可能な「どこか」に望みの場所が疑似的に作られるはずです』
「え、疑似的なの?」
『はい。だってこれは、ストレージ……メルさんが杖や荷物をしまっている術の発展形ですから』
「……それは知らなかった」
いやマジで。
『これは本当です。だからこそ基礎扱いなんですよ』
なるほどねえ。
『ちなみに最初、誰が開発したものかはなぞらしいです。それこそトゥエルターグァどころか、億年単位の超古代文明のどこかだろう、とは言われていますが』
「え。わかってないの?」
『そもそも「ストレージ」の原理だって未解明なままなんですよ?多くの文明で使われていますが』
「……なにそれ。気持ち悪くないの?」
『道具として使いこなしている事と、原理を理解しているのは別の話ですよメルさん。
たとえば地球には飛行機械があったんですよね?
しかしメルさん、重力制御なしに空を飛ぶ原理について、あなたは正しく理解していますか?』
「……それは、知らないかも」
『ですよね?おそらくですが、鳥が飛ぶとか、空気をあおぐと風ができるとか、そういう経験則から、ああすれば飛べるんだと感覚的に知っているにすぎないと考えます。違いますか?』
「違いません」
そういうことですよ、とサコンさんは言った。
はぁ、なるほどねえ。
とりあえず、言われた通りにやってみることにする。
杖を取り出して、そして念じてみる。
「……『採石場』」
次の瞬間、私たちは確かに、どことも知らない採石場にいた。
『な、なんですかこの場所は』
「なにって採石場。少々ドカンボコンやっても怒られないし、ちょうどいいでしょ?」
さすがに異星人のサコンさんは知らないので、ちゃんと説明した。
え?採石場って何かって?
あー……知りたかったらライダーでも戦隊でもなんでもいい、日本の古いヒーローものを見てくれ。爆発とかバイクアクションのシーンになると、とたんに砂利だらけのヘンな空き地に背景が変わるから。
え、近年はCGなの?そんなこと言われても。
あれが採石場。アクションになると現れる、特撮世界の謎の固有結界なんだ。
『なるほど……ヘンな荒地と思いましたが、一種の資源採掘場なんですね』
「まぁ、そんなとこ。広いうえに元々こんな環境だから、荒っぽい撮影なんかにも使われたってわけ」
『なるほどなるほど、異文化ですねえ!すばらしい!』
え、そこでその反応?
サコンさん時々ヘンなこと言うけど、まさか採石場を素晴らしいと評するとか……。
うーん。
偉い学者さんはどっかズレてるっていうけど、やっぱりそういう事なのかなぁ。
ま、いっか。それより本題だ。
「それじゃあ、ハツネに何かためさせるんだよね。でもどうしよう?」
いきなり魔法使えっていっても無理だよね?
『メルさんが何か試して、同じことをやらせてみるっていうのはどうでしょう?』
「なるほど」
お手本見せて、やらせるってわけか。確かに最もシンプルだけど。
「でも、改めて見せるような力って言われても」
『特殊なものは学んでないってことですね?ならば「火」はどうです?』
「火?」
『ええ、要はコレですよ』
そういうと、サコンさんは触手のひとつを指先のように掲げて。
そして次の瞬間、
「お」
ポンッとその先から、ロウソクくらいの小さな炎がともった。
「すごい、器用!」
『いちおう私もコア持ちですから。昔はこう見えても色々やりましてね』
なるほど。
「じゃあ、やってみるか」
ハツネの方に目を向けた。
「ハツネ、今からやって見せるのを真似してくれる?」
ウンウンとうなずいてきたのを確認すると、杖を前に向けた。
うん。
別に呪文とかはないんだけど、やっぱりここは雰囲気かな?
「『炎』」
ぼんっと音がして、イメージ通りに火の玉が飛んでいった。
あ、ちなみに赤い炎ね。
熱量が低いから、あっちの砂利の山にぶつかっても、そのまま消えるだけ。
さあどうだ。
「ハツネもできる?」
「……」
ハツネは少し考えると、ミニチュア杖をかわいらしく構えた。
おお、なかなかサマになってるじゃないか。
「……!」
ハツネはしゃべらない。だけど口がおそらく「ファイヤ」のカタチにうごいた。
そして。
「おっ!」
『ほう』
なんと、私が放ったのとそっくり同じ炎が出た。
ただし驚いたのは。
『威力までメルさんと同じようですね』
「……だねえ」
そう、威力も私と遜色ないんだよね。
これはちょっと想定外だった。
炎の大きさと、たぶん威力も同等だったことだ。小さいのを想像してたんだけどな。
「こんなに小さいのに」
『魔導コアは身体の大きさとは関係ないんですよ。物理器官ではないためと言われていますが』
へえ。
『思えば、古い型のドロイドなのにコアもちという時点で何かあるのかもしれません。続けてみてくれますか?』
「うん」
次は……。
しばらくやってみた結論は、ハツネが私と同等の能力を現時点で持っている事だった。
これは驚いた。
驚いたんだけど、サコンさんの意見はちょっと違っていた。
『同じではないですね』
「え?」
『確かに同等の能力を出せていますが、それは限定されたイメージだからですよ。炎とか雷とか』
「というと?」
『たとえばですね……巫女としての能力は全く使えないはずです。巫女の能力は炎や雷のようにわかりやすいものでなく、イメージできたからって簡単に使えるものでもないからです』
「……そういうもの?」
『はい、そういうものです。
かりに時間をかけ、訓練して可能になったとしても、メルさんのクラスになる事は無理です。おそらく初級止まりかと』
「そっか」
その話を聞いた私は。
安心したような寂しいような、そんな気持ちになった。