閑話・計算違い
メヌーサたちの視点です。
『らしくないですね、メヌーサ様』
「どの点が?」
『メルさんにずいぶんと入れ込んでいらっしゃることです。先代以外の事では、いつも淡々としているあなたらしくもない』
「まぁ、おバカな子って可愛いから否定しないけど」
クスクスとメヌーサは笑った。
メルが退出した後、メヌーサはサコンと向かい合って話をしていた。
内容はといえば、現在のメルにはあまり関わらせたくない内容……すなわち国家間の話などが中心であった。メルには触手の塊の変人のように思われているサコンだが、実は識者であり彼の生まれた文化圏では知識人に属した。
もちろんメヌーサは彼を知っていた。
「そういうサコンこそ。あなた、残り時間そんなに長くないんでしょう?」
『メルさんの本当のサポート役が現れるまで、くらいなら余裕ですよ』
「そう……サコンは誰だと予想してるの?」
『先日確保したボルダ人の姉弟は該当だと思います。ただ彼らは使い物になるまで、もう少しかかるでしょう』
「そっか」
少しメヌーサは考え込んだ。
『それにしても……あの話は本当ですか?』
「計算された事象がいくつか異なっているって話のこと?」
『ハイ』
「間違いないわ」
ふう、とメヌーサはため息をついた。
「原因もわかってる……この世界そのものに時空震の痕跡が見つかったそうよ」
『時空震……つまりこの世界そのものが揺らいだと?』
「そうよ、しかも原因は外からのものだったわ」
メヌーサは、ふうっとためいきをついた。
「究極の未来予測技術といっても、世界の外が原因で起きる事には及ばないってことね」
『それは無理ですよメヌーサ様、いくらなんでも異世界との干渉なんて想像もつくわけがないじゃないですか』
「そうなんだけどね……よりによってこの計画に影響が出るなんて想定外もいいとこだわ」
『もしかして、メルさんの能力の高さもそのせいで?』
「それっぽいわね。本来ならたぶんあの子、もっと早く宇宙に出るはずだったんじゃないかしら。つまり」
『精神的にも未熟な状態で、成長にも時間がかかったろう……という事ですね?』
「ええ、少なくとも数十年以上ね。
絶対あの子おかしいわ。運命か何か知らないけど、絶対何かおかしな力が働いちゃってると思う」
はぁ、と大きくためいきをつくメヌーサに、サコンがフム、と触手を小さく動かした。
ちなみにサコンはメヌーサほどには深刻に考えていない。
なぜなら、
メヌーサが深刻そうな言葉と裏腹に、妙に楽しげな顔をしていたから。
『被害の件ですけど、メルさん本人以外には何が?』
「いろいろあるけど最悪なのは……時空震の痕跡を通じて、異世界と取引をした者がいるようなのよね」
『異世界とですか?まさかワームホールでも作って?』
「そこまではしなかったようなんだけどね、ある意味もっとひどい話かも」
『といいますと?』
「物質のやりとりができなくとも、コミュニケーションできればやりとりできるものよ」
『知的財産ということですか?いったい何を?』
「……多次元相転移機関の設計図を売ったっていうのよね、これが」
『はぁ!?なんなんですかそれ!?』
「それ、わたしのセリフよ。ったく、なんでそんな面倒くさい事するかな?」
多次元相転移炉というのは、一言でいえば相転移炉の一種である。ただし一般の相転移炉がいわばこの世界の中での相転移を元にしているのと違い、複数の世界間におけるソレを利用するというシロモノである。
確かに途方もない出力が得られるだろう。
しかし原理的にいって、多次元相転移機関は原理的に世界そのものに余計な負荷をかける危険きわまる代物。そしてこの世界では構造の複雑さのわりに大出力を得られないという欠点もある、まぁ、結構マニアックな機関なのであるが。
『なんでまたそんなものを?』
「どうも取引相手の世界って、世界間接触で時空震が起きた原因そのものらしいのよね。
つまり、確かに多次元相転移機関にとっては効率がいい世界なわけで、それで売った人たちも問題ないだろうって思ったそうなんだけどね」
『なるほど、そういう事ならいいんじゃないですか?まぁ、そちらの世界にあんなキテレツな炉を管理・運用できる技術があればの話ですけども』
「あれば、ね」
『……まさか?』
「いや、それがね。先方で異変があったらしくて、今、あっちで動いてる炉に手を出せるのは、自分たちの天体から外に出られないレベルの人たちなんだって。
しかもその状態で、明らかに設定図通りの性能を出しているらしい炉の反応が、世界の向こうから感知できたって」
『最悪じゃないですか!もしトラブルが起きたら!』
「ほんとにね。最悪、隣接する世界をたくさん巻き込んで消滅するかも……やってくれるわもう」
はぁっとメヌーサはためいきをついた。
「まぁ、今日明日どうにかできる話じゃないけど、いつかは対応しなくちゃダメよねえ」
『いったい、どうなさるおつもりで?』
「とりあえず、空間干渉系の技術力のある国にエリダヌス教経由で調査してもらってるわ。ワームホールを越えてエンジニア、最悪でも作業員を送り込めるようにするにはどうするか、とかね」
『ふむ、できますかね?』
「空間ふりこ理論っていうのがあってね、送り込めはすると思うの。
ただこれ、姉さんがむかし、旦那様に聞いた記憶しかないもんだから、今できるかどうかは」
『初代のボルダ大神官ですか。確かとんでもない天才なんですよね?』
「そうなのよね」
天才は確かにすばらしい。
ひとの世には、時々天才と呼ばれる者が現れる。それはどこの世界、どこの文明でも変わらない。突出した個人が社会を大きくかえて、新時代の礎になる事もある。
しかし。
たったひとりの偉大な天才の遺産というのは、なかなか継承されにくいのも事実だったりする。
『それで、もしダメならどうなさるおつもりで?』
「地道に研究させるしかないでしょ。もしかしたらカムノの方にもお願いが行くかもしれないわ」
『わかりました……その際には繋ぎくらいはいたしましょう』
「あらサコンは手伝ってくれないの?」
『さすがに専門外すぎますね。国に話をつける方が少しはお役にたてるかと』
「そっか。その時は悪いけど頼むわね」
『はい、もちろん』
ふたりはお互いの意志を確認しあった。
『それで、とりあえず現時点ではどうなさるんです?』
「データの拡散速度が予想外に速いのよね。これだと、わざわざメルと銀河中ばら撒かずにすむと思うの」
『そうですか。しかし、まだちょっと足りないのでは?』
「そのあたりの検討をしたかったんだけどね。どこにするべきだと思う?」
そういうと、メヌーサは手を空間にかざした。
すると、そこにパッパッと銀河図のようなものと、そして何かの進行を示す矢印のようなマーカーがたくさん現れた。
『もうこんなに広がっているのですか?』
「エリダヌス教さまさまよね。彼ら、いい仕事してるわ。
あと、ちょーっと面白そうな子たちがいるのよね」
『面白そうなこと?』
「見て、これ」
そういうと、メヌーサはデータのひとつを拡大した。
『これは……ずいぶんと田舎みたいですが、どこです?』
「さすがに知らないか。ン・ゴロタ星系っていって、連邦にもオン・ゲストロにも属してない地域よ。正式な国家はなし」
『国家以前の集団ですか。元移民星か何かで?』
「ここ『隠れ家』のひとつなのよ」
『え……ここがですか?』
メヌーサの言葉の意味を知ったサコンが、星図を見ている神経節を思わず開いた。
それはアルカイン族でいうところの「ギョッと目を見開いた」状態にあたる。
「ええ。たった一体なんだけど、光を持った状態でここに逃げ込んだ個体がいるのよね。しかもパートナー連れで」
『パートナーって、まさか』
「ええそう。人間の『だんなさま』連れてポルカに逃げ込んだってわけ」
『それはまた……よくポルカ側が受け入れましたね』
隠れ家というのは、人間に虐げられ、追われたドロイドたちが最後に逃げ込む、いわば駆け込み寺コロニーの事だ。銀河に複数あるらしいが、ドロイドたちだけの口コミで伝えられ、ドロイド以外が知ることはないという厳重な秘密でもある。
そこにパートナーとはいえ人間を連れ込んだというのだ。
『ひとつ間違えたら殺されますよ。よくもまぁ』
「エリダヌス教の口利きらしいんだけど、旦那の方も適正ありと判断されたらしいわ」
『適正?なんのです?』
「つまり、同胞としてもかまわないって意味」
『それはまた……ちなみに、どんな人物なんで?』
「なんでも、ただの初老のおじさんらしいわよ?年齢イコール彼女なしって感じの。
でも、パートナーが子供作れると聞いた途端、子供を安全に育てられるところに引っ越そうって言い出したらしいのよね。せっかく掴んだ定職も何もかも捨てて、何より子供だって」
『なるほど……』
ふたりの会話は、静かに続いていた。
メル「なんか、お風呂から出たら、また眠い……ちょっとだけ寝ようっと」
ハツネ「……」(←メルの腕の中から抜け出して、再びお部屋の模様替えを再開)