巫女
あの人のよさそうな店長さんが実は社長さんで、しかもあの後に結局殺されたという。
それはものすごくショックな事だった。
だけど同時に、思い出した事がある。
──誰かを助けようとする事。
それはつまり、味方したい誰かのために、その人の敵を排除するという事に他ならない。
人であったりモノであったりしても、それは結局同じことなのだと──
昔……ずいぶん昔に読んだ物語の主人公が、確かにそんな事を言っていたと。
ああ、なんてことだ。
なるほど、私は甘かった。
日本にいた頃はそれで良かった。いや、それで当然だった。
ひとを害するなんて思いもよらない、考えたとしても実行するなどありえない環境にいたんだから。
でも。
でもそれは、私の生きていた環境が暴力を良しとせず、それをせずとも生活可能だったからに他ならない。
同じ地球であっても、常に銃を手放せないって国は普通にあったはず。
それどころか、むしろまだ地球基準ですら、そっちがむしろ当たり前だったはず。
そして、親兄弟にすら寝首をかかれかねない国も現実に、しかもたくさんあったはず。
あのちっぽけな地球ですらそうだったっていうのに。
こんな数多の文明、数多の種族がひしめく銀河文明の世界で、どこまでも平和な、というより平和ボケな日本人の論理が通じるはずがないのに。
ここは現実の銀河文明、ファンタジーな夢物語ではないのだから。
なるほど、私は根本的なところでダメダメだったのか。
道理で、私に出会う人みんな、私を子供扱いするわけだ。実は中身は子供じゃない、成人男性だって説明しても変わらず、やっぱり子ども扱い、ひどい場合は女児扱いするわけだ。
見た目がどうのというより。
それだけ私が現実の見えない、子供にしか見えないって事か。
はぁ……。
思わず脱力しちまった。
「がっくり来てるとこ悪いけど、まだ本題じゃないわよ?」
「え?」
このうえ、何を責められるのかとビクビクする私だったが、今度はメヌーサの方が複雑な顔をした。
「ああ、こっちは一方的に非難する話じゃないわ。ただ確認したい事があるの」
「確認?」
「メル、あなたその後、全惑星の、たぶん万単位の負傷したドロイドたちをまとめて癒やしたわけよね?しかも、心折られているような個体にまで独自の癒やしをかけて?
それで、その時にこの子に気に入られたんでしょ?」
そういうとメヌーサは私の頭上にいるハツネに手を伸ばしたが、ペチッと音がした。
どうやら、ハツネがメヌーサを拒んだらしい。
「やっぱりかぁ」
「え?」
「いえ、なんでかわたし、蜘蛛さんたちにあまり好かれないのよね」
「あらら」
私はそもそもペットを飼わないけど、別に嫌いなわけじゃないんだよなぁ。一人暮らしで面倒見きれないとか、ペット禁止のアパート住まいだとか、そういう面の方が大きい。
その意味でいうと、ハツネだってそうだよね。
この子は私の魔力だか何だか、よくわからないけど、そういうものに惹かれてやってきたっぽい。
逆にいうと、もし私にそういうものがなかったら……やっぱりメヌーサと同じなんだろうなと思う。
だってそうでしょう?
私という人間を客観的に考えて……こんな無心に好かれる要素があるとは思えないし。
ごめんメヌーサ、この面では助けになりそうにない。
そんな話をしていたら。
「おはようサコン」
ふと気づくと、部屋の入り口からサコンさんが入ってきていた。
ああもちろん、外出中じゃないから触手の塊状態で。
「おはようサコンさん」
『おはようごさいますメヌーサ様、メルさん』
そのまま、まるで80年代の恐ろしい不定形宇宙人映画みたいにわしゃわしゃ、もぞもぞとデスクサイドまで移動してきたサコンさんは、このまま椅子のひとつにからみついた。
まあ、着席とかできないわけだけど……どこか現代地球人的にいうと、あれか。冒涜的というか、SAN値下がりそうというか。
『お話を中断してしまいましたね、すみません。どうぞお続けください』
「あ、はい」
「ええ」
メヌーサはうなずくと、話を再開した。
「大勢のドロイドたちを助けた時、何か巨大なものと接触したっていったわね。どういうものだったの?」
「どうって、よく覚えてないんだけど」
「ええ、でも接触したことは覚えてるんでしょう?印象すらも残ってない?」
「ちょっと待って」
メヌーサに促され、思い出してみる事にした。
「黒かった、かな?」
「……それで?」
「ものすごく巨大で深くて……でも怖くなくて。
ううん違うかな。
あれは、かなうのかなわないのってレベルじゃない。
うまく言えないけど。
もし、リアルに神様って存在がいてそれに遭遇したんだとしたら……きっと、あんな感じだと思う」
「…………そう」
メヌーサはしばらく考えて、そして、やれやれと言わんばかりにためいきをついた。
「メヌーサ。彼が何者か、心当たりあるの?」
「あるわ……信じられない気持ちだけど」
「え、何かまずいもの?」
「いいえまずくない、まずくないんだけどね」
なんだろう。
メヌーサはまるで、マジかよ、冗談じゃねえよって頭を抱えているようだった。
「参ったわ……確かに巫女の指導資格とったけど、冗談でしょ。いくらなんでも『風渡る巫女』の指導なんて無理に決まってるじゃないの」
騙したわねファオブス、などと眉をよせて文句まで言い出した。
「ファオブス?」
『キマルケ最後の金色王のことでしょう』
「へぇ」
さすがサコンさん、博識。
さてと。
「メヌーサ、悪いけどひとりで悶々としてないで、説明もらえるかな?」
「え?あ、うん、そうね」
困ったように、でもメヌーサは改めて居住まいを正すと、コホンと席をした。
ん、珍しいな。
もともとメヌーサは言動のわりに礼儀正しくてきちんとしてる人だけど、こんな風にあらたまって仕切りなおすのは……はじめて見たと思うんだけど。
「メル」
「なに?」
だけど、私が冷静にメヌーサを見ていられたのは、この瞬間までだった。
「あなたが接触したのはね……この惑星カラテゼィナそのものよ」
「…………はい?」
え、えっと?
「メヌーサ、あの。なにいってんの?」
何か聞き間違えたか?それともお疲れなのか?
「メルは聞き間違えてないし、わたしもお疲れじゃないわ。まぁちょっぴり精神的にショック受けてるのは否定しないけどね。
もう一度いうわ。
メルが接触した黒くて巨大な存在は、すなわちこの星の星辰……星精、ガイア、エモラ、大地の母、呼び方はなんでもいいけど、すなわちこの惑星カラテゼィナそのものなの。
だからこそ、黒くて巨大で深くて……でも、あまりにも途方もないからこそ、ひとの手ではどうにもならないと感じられる存在。
わかるかしら?」
「……ごめん、全然わからない」
私の理解を完全にオーバーした内容に、素直に私は両手をあげた。
現状の私は、人とオン・ゲストロ語と日本語のちゃんぽんで話をしていることが多い。オン・ゲストロ語の範疇にある言葉はそのままオン・ゲストロ語で会話するんだけど、メヌーサやサコンさんの語彙にはオン・ゲストロ語にないものがたくさんあって、これらは翻訳エンジンを介される事になり、で、それの入出力が日本語だからだ。
もう少し簡単にいえば。
ロマンシュ語、スワヒリ語、そして日本語を使う三人の人間が何とか共有できるカタコトの米語で会話しつつ、英語にない語彙をネットの翻訳エンジンにかけて、こうだよーとお互いに見せあいしつつ会話しているってイメージが近い、かな?
まぁ、そのスワヒリ語話者が実は音声言語でなくデータリンクによる通信会話だったり、ロマンシュ語使いの方は言語ですらない、得体のしれない能力でこっちの頭に割り込むなんて能力があったりするのだけど、でも、それでも誤訳によるコミュニケーションのズレはどうしようもなくて。
うむ。
たとえ銀河文明の時代になっても、誤訳問題はつきまとうんだなぁ。
ま、言語は文化だから仕方ないけどね。
そんな会話なのだけど、まぁ、しいて言えばひとつ、いや、二つだけわかる単語があった。
ひとつは『ガイア』。
そしてもう一つは『大地の母』。
元の言葉が何だったのか知らないけど、私の持つ翻訳エンジンがメヌーサの言葉にあてたのは……とても懐かしい言葉だった。
本来の意味は全然違うふたつの言葉だけど。
まぁ、この場で言いたいことはだいたい理解できた。
ただ。
元IT屋で子供時代は科学者志望だった、元左脳少年の私がそれを受け入れられるかというと。
ごめん、無理。
魔法だの巫女だのってあたりで既にめいっぱいなのに。
そったら壮大なファンタジー、受け入れられるわけがねえです、はい。
正直にそういうと、メヌーサは呆れたような顔をして、そしてまた笑った。
「そのわりには杖も使っているのよね。
それにだいいち、リュックも杖も異空間収納の魔法に仕舞ってあるんでしょ?ということは日常的に魔法使ってるんじゃないの。
なのに、どうして魔法とか巫女とか理解できないなんて思うの?」
「いや、あるものはあるんだろ。未解明なだけで」
メヌーサの言葉に、私は肩をすくめた。
いや、だってそうだろ。
目の前に何か不可思議な現象があるのに、そんなものは非科学的だから存在しないって方が頭おかしいだろ。
それが幻覚なのか、未知の原理による現象なのかは知らない。
だけど、実際にカラテゼィナの多くの人々を癒すことができたのは事実で、そして、私の素の能力ではそんなこと絶対に無理なわけで。
だったら。
そこには私の知らない、未解明の何かがあるってことになる。
で、それは事実なわけで。
だけど魔法とか、そんな得体のしれないものだと断言されると、いやソレは違うだろって言うしかないぞ。
そういうとメヌーサは、
「よくわからない理屈ねえ……ま、とりあえず錯覚だ、ありえないって逃げまくるよりはいっか」
そんなことを言って、大きくためいきをついた。
「とりあえず、メルがそこまでの能力持ちだったとなると、コウロギやカイマチの杖じゃダメって事になるわね。
まぁ、いずれイヤでも出会う事になるんだろうけど……問題は、それまでどうするかよね」
フムフムとメヌーサはひとりで納得していたが、
「メル」
「?」
「とりあえず、しばらく杖を使うのは誰かがいる時にしなさい。ひとりで使っちゃダメよ」
「なんで?」
「それは……そ、そう!ひとりでいる時に倒れちゃったら危険でしょう?」
「あ、そっか」
「そっかじゃない!わかった?」
「ういっす、りょうかいっす」