甘さと警告
色々とドタバタしてしまったカラテゼィナでの時間だった。
だけど、あまり自覚してなかったんだけど、私自身はかなり疲労していたらしい。
「それでメルの問題なんだけど……ダメね」
「?」
「メル、あなたさっきから全然聞いてないでしょ……って当然か。いきなりあんな事したんだもの」
あんなこと?
「ま、いいわ。起きたら説明したげるから、今日はもう休みなさい」
「ういっす」
寝ようとすると、当たり前のように頭にハツネが乗っかってきた。
重い。
上半身は子犬サイズだけど、下の蜘蛛ボディもいれると大人の小型犬より明らかに大きいサイズだもの。明らかに私の頭よりも大きいのに、それがしっかりと私の頭に乗っかって、さらに転げ落ちないように側頭部とかに脚をからませているものだから。
……うん、まぁいい。それより眠い。
「悪いけど寝室の用意ができてないの。長期の可能性があったから家中みんな封印状態だったし」
「そう……どこでもいいけど」
「突き当りの奥がカノージにつながってるから。船の部屋に寝てくれる?」
「カノージ?」
「メルにわかりやすい語彙がないの……車庫が近いと思うけどむしろ船置き場だから、えーと」
「……マリーナとかヨットハーバーでもいいんじゃないかなぁ」
言っといてなんだけど。
自宅に個人用ヨットハーバー、それも宇宙船のって……金持ちとかそういうレベルじゃないよねえ。
うん、さすが銀河文明……とりあえず眠い。
「わかった。おやすみー」
「おやすみ」
『おやすみなさい、メルさん』
メヌーサとサコンさんに別れを告げ、部屋を出た。
廊下を奥まで進んでいくと木製の扉があり、そこを開くと巨大な空間になっていた。
で、そこには船が停まっていた。
レズラー号、正しくはレズラー・ソゴン号。メヌーサの持ち船。
レズラー号のまわりには小型の整備ロボットが何体も動き回っていて、調整や補給を続けている。
かまわずドアをあけると、
【おかえりなさい、メル様】
「ただいまー、寝にきたよー」
【了解です。お連れの蜘蛛さんもですか?】
「これ、私の」
【了解しました。お名前などはありますか?】
「ハツネ。発音はハ・ツ・ネ」
【ハツネ様ですね、了解です】
さすが宇宙船の頭脳、一発で覚えてくれた。
「寝るね。おやすみー……」
そこまでは覚えている。
もうろうとしてくる頭をごまかしつつ部屋に入り、地球式にしてもらったベッドに潜り込んで。
そしてすぐ、私の意識は電源でも落とすみたいに途絶えた。
「…………ふあ」
何だか、とてもスッキリした目覚め。
ただいつもと違うのは、ちょっと気怠い空腹感があること。おなかすいたなぁ、と思う程度の。
「んー……」
【おはようございます】
「おはよう。……どうしたの?」
レスターは船の頭脳だけど、あまりおしゃべりではない。
つまり、話しかけてくるってことは、何かがあるってこと。
【メヌーサ様とサコン様は現在、カラテゼィナ政府とお仕事中だそうです。空腹だろうから船内で食べていらっしゃいとの事で】
「あらら」
私と違ってVIPだもんなぁ。色々あるんだろう。
それにしても、なんか血圧低いっていうか、いまいち頭が回らないし、目もよく見えない。
ふふ……なんか昔みたいだなぁ。
でも、うん、大丈夫。
体内に意識を向ける。
『システム覚醒……賦活化開始』
む、感覚も頭も急速に醒めてきた。
ようやく見えてきた周囲を……って、あれ?
なんだ?なんで私、天蓋つきのベッドで寝てるんだ?
いや、ベッドだけじゃない。
壁にかけてある服が……昨日着てた巫女服なんだけど、汚れていたはずなのに妙にきれいになってるだけでなく、袖口などにフリフリのレースみたいな飾りがとりつけられていた。
な、なにこれ?
ぐるっと見回した私は……やがて、この事態を引き起こしている実行犯を知った。
ハツネだ。
ちょうどハツネはテーブルにとりついていた。
蜘蛛部分のおしりから糸を出し、それを八本の脚を駆使して信じられない速さで織り上げていく。そしてその織り上げた布に飾りをつけて、テーブルにかけてあったクロスを飾っていく。
ちなみに、椅子はすでに同じ手法で飾られずみ。
……おい。
みるみるうちに機能的なテーブルが、乙女チックなフリフリのテーブルセットに変わっちまった。
なんじゃこりゃ。
思わず手近にある天蓋部分を見て解析してみた。
『パララネア・シルク製のベッド飾り』
ハツネ制作の装飾品。
古い蜘蛛族は最高級の糸をつむぐ力をもっていたが、これはドロイド体でも同様で、しかも生身より多くの糸を紡ぐことができた。
このため、彼らの星は長いこと、その最高級天然シルクで銀河でも有名だった。
おそらくハツネのもとになったドロイドもまた、もとはこれらのシルク工場で働いていた個体と思われる。
しかし、その能力ゆえに彼らは銀河で奪い合いの対象になり、そして滅びに結びついてしまった。
軽く火や汚れ、破壊にも強いパララネアシルクは、こうした蜘蛛族シルクの中でも高級な部類に属する。天然パララネアシルクは別名プリンセスシルクとも呼ばれ、今も珍重され、またこれをお手本に同様の糸が人工的に合成され『パラミ・シルク』として使われている。
うわぁ……。
確かに、糸や繊維質を操るって書いてあったけど。
まさか勝手に部屋を模様替えしちまうとは。
いやそれも違うか?
えーと、今も夢中で糸をくりだし、何かを紡いでるハツネを見ていて、ふと思ったんだが。
もしかして……これって要は蜘蛛の営巣と同じなんじゃないか?
「ハツネ」
「!」
どうやら本気で織物に夢中になっていたらしい。
やっと私に気づいたハツネは、ぱぁぁっと笑顔になると、音もなくパパッと私のそばに寄ってきて、
「……おい」
そしてやっぱり、頭の上に鎮座してしまった。
……なんなんだ、まったく。
「おはよう。……さっそく面白いことになってるわね」
「うん。部屋も何もフリフリになっちゃったよ」
「あはははっ!」
「……別に笑わなくても」
「まぁそれは仕方ないわ、そういうイキモノなんだから」
どうやらメヌーサは予想していたらしく、フリフリがついた私の巫女服を見てもクスクス笑うだけだった。
「まぁ好きにさせときなさい。悪さはしないし、むしろ勝手に服を修理したり浄化してくれたり、扱い方がわかると頼もしい存在なのよ?」
「へぇ……」
なんつーか、おとぎ話の|小人さん(daemon)かよ。
思わず頭を抱えたい気分になった私だったけど、次のメヌーサの言葉に気持ちを引き締めた。
「そんなことより、昨日の続きね。メルがやらかした事についての説明なんだけど」
「あ、うん」
やっぱり、それの説明は必要だよな。
「まず降下してから順番に話してくれる?こちらで把握している情報とあわせてみるから」
「あ、うん、実は」
そうして順番に説明していった。
メヌーサは最初「ふむふむ」という感じで聞いていた。だけど靴屋で人助けをしたあたりで眉をピクッと反応させ、それから広場にいる大量のドロイドを助けたくだりに至っては、マンガの青筋がピクピクしていそうな勢いでものすごい顔をしていた。
そして話が終わると。
「とりあえず最初から言わせてもらうけど……メル、あなたバカ?」
「……はい?」
あんまり単刀直入すぎて、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「人助けに入ったっていう事は別にかまわないわ。そこまで割り切っているのに相手を殺さなかった点は頭がおかしいとしか思えないけど、動機については理解できる。まぁ当然の反応よね?」
「頭おかしいって……」
「相手は軍人なのよ?予想より早く回復して、靴あわせの最中にでも反撃されたらどうなってたと思うの?」
「!」
それは……。
「そ、それは極論だよ。それに店員さんは助かったわけで」
「それ、ただの結果論にすぎないってわかってるでしょう?
そんな偶然の産物を物事の基準にして、これからもこのやり方でいいなんてマヌケな事ほざいてたら死ぬわよ?」
メヌーサは眉をしかめてそんな事を言って……でも最後にクスッと微笑んでこんな事を付け足した。
「でもまぁ、好きになさい」
「え?」
「今後もそんな事を繰り返すつもりなら、勝手にしなさいって事。
もっとも、わたしはそれにつきあうつもりはないし、結果としてわたしに害が及ぶと判断したら、その時点であなたごと切り捨てる。その事を忘れないでね?
これは脅しでもなんでもなく事実から、ちゃんと認識しておいてね?」
「ああ、そうだね……今、メヌーサに見捨てられたら色々と困るし、そこは自重するよ」
それは正直な気持ちだったので、そう答えた。
でもそれに対するメヌーサの返答は違っていた。
「困る?いえ、困る事はないんじゃないかしら?」
「え?」
「もしかして、切り捨てるって意味を勘違いしてる?んーじゃあ、もう少し噛み砕いて説明するわね。
そうね、たとえばだけど。
かりにその靴屋さんのシーンにわたしが同席していたとしたら、メルが靴屋さんと話している間に、わたしはその兵士たち全員にとどめをさして回ったと思うのね」
「……え、なんで?」
「なんでって……そこから説明が必要なの?」
ふむ、とメヌーサは考え、そして言葉をつないだ。
「じゃあそもそもメル、どうして彼らを気絶させるにとどめたの?」
「それは……私がやったんじゃなくて補助頭脳のしごとだから」
「補助頭脳のデフォルト行動はその場合、皆殺しよ。そうしなかったのはつまり、メルが非殺傷を強く望んでいたからでしょう。
で、どうして彼らを生かすつもりだったわけ?」
「いやそれは……だって殺す事ないじゃないか」
「……」
その時、メヌーサは私の顔を、まさに意思疎通不可能な宇宙人を見るような顔で見ていたと思う。
そして、大きくためいきをついた。
「あなたの生まれた国って、どんだけ脳天気なお花畑の国なのよ。それとも、ここ何百年も戦争も紛争もないとか、そういう特殊条件の国?
いやま、どっちでもいいか。
あのねえメル」
そういうと、ずいっと私の前に至近距離ので顔を近づけてきた。
そして。
「これは忠告でなく警告。次からそういう時は皆殺しになさい」
「な、なんでさ?別に殺さなくてすむ事なら……」
「証拠は今、見せてあげるわ。あなたが行った靴屋ってどこ?さっきの話からすると……もしかしてここかしら?」
メヌーサが何かを手元で操作すると、空中にウインドウが開いて写真がいくつもパパーッと流れ出した。
「え?あー……あ、それだ!」
その写真のひとつに見覚えのある靴屋の建物があった。
「『トッパー』のしかも本店じゃないの。よくまぁこんなお店に。店長はこの人?」
「あ、そうそうこの人」
「この人、ここの店長だけど同時にトッパーグループの会長だって知ってる?」
「え……会長!?」
「そうよ?」
「まさか。でもドロイドだよ?」
「人権があるかどうかと役職は関係ないでしょ。
特にここカラテゼィナではね、現場や職人仕事が好まれるの。管理職はむしろ嫌がられる仕事でね、トップはドロイドがやってるとこが結構多いのよ?」
「へぇ……」
「ま、それはいいわ。……この店の五分前の映像があるわ。これよ」
「え……!?」
それを見た私は、目が点になった。
店のあった場所が、瓦礫の山のようになっていた。
なに、これ。
「メルが生かして放置した軍人たちの仕業らしいわね。
あと、この人の死亡情報もあるわ。メルを逃してから店を閉めようとして逃げ遅れたみたい」
「……」
そんな馬鹿な。
「メル、あなたがどういう理由で彼らを生かしたのかは追求しないわ。
でもそれは、自分が去った後に恩人を殺させ、店を焼き払うためではないわよね、たぶん」
「……」
それ、は。
「ひどい物言いだと怒ってもいいし、わたしを嫌ってもいい。だけど聞きなさい。
別に連邦が、この星が特別ひどいわけじゃない、こんなのはむしろ、利害の対立する団体同士がぶつかれば、どこでも当たり前に起こる事なの。
だからね、メル。
……あなたの生まれた国はとても平和な国だったのかもしれないけど、その常識は今すぐに捨てなさい。
でないと……あなた本人でなく、あなたのまわりの人が死んでいくわよ?」
「……本人でなく?」
「ええ、そう。今回の店長さんみたいにね。
あなたが守ろうと思った人、あなたが大切にしたい人が、ことごとく死んでいく事になるのよ……それも他でもない、すべて、あなた自身のせいでね」
「……」
反論したかった。
でも。
反論するための言葉が、何も見つからなかった。
「さて、問題はそれだけじゃないのよね。次の話題に移りましょうか」




